二十四話
そして向けられる視線。それは、俺の持つ地図へと一直線に向かう。
「……ん」
考え込みながら青年の口から唸り声が聞こえてくる。次いで、程なく「成る程」と得心。
「つまり、あんたが案内をする代わり、オレはあんたの剣になれと。そういう事か?」
至極当然だろう帰結を彼は声に変えて口にする。俺と彼は初対面の間柄。
何かを提示された場合、それはギブアンドテイクであると事を結び付けるのが正常である。
けれど俺は、その言葉に対して首を横に振った。
「まさか。別に俺はそんな事を望んでないよ」
若干苦笑い気味に破顔しながら言葉を返す。
「こんな事を言ったのも、強いて言うなら、貴方が悪い人には見えなかったから。そう心配されずとも、襲い来る魔物くらい自分で倒せるから」
「……随分な自信だな」
「当然じゃん。なんて言ったって、俺は『星斬り』だからね。星を斬る人間が魔物如きに立ち止まるわけにはいかないんだ」
立ちはだかる障害は全て斬り捨てる。
そのくらいの気概がなければ話にならないから。
と、胸中にて言葉を付け加えた俺の鼓膜に、ひとつの笑い声が届いた。
そしてその声は、弾けでもしたかのように段階を踏んで大きく轟いてゆく。
「くっ、は、はハッ、はははは! アハハハハハハハハ!! 星斬り? なんだそりゃ。あんたはまさか、空に浮かぶアレを斬ろうとでも言うのかよ?」
その哄笑に対し、むすっ、と顔を顰める俺であったが、残念な事にそう言われ笑われる覚えはある。
そして、沈黙は即ち肯定だ。
「これでも二十五年生きてきたが、そんな事を宣う奴には初めて出会った。……だからこそ、先達として言ってやる。分をわきまえなければ待ち受けるのは死のみだぞ」
「言われずとも分かってるよ。分かってるからこそ宣うんだよ」
それ即ち、己が分をわきまえた上で、『星斬り』などという与太としか思えない行為を出来ると言い切っているという事実に他ならない。
事実出来ると俺は信じている。
俺には唯一無二の『星斬り』の男の記憶があるのだから。だから決して、不可能ではない。
「……はっ、折角オレが親切に忠告してやってんのに聞く耳なしか」
「聞いてる。ちゃんと聞いてる。貴方の言葉を聞いた上で俺はそれでもと、ただ〝ミナウラ〟に向かおうとしてるだけだよ」
「それを聞く耳を持ってねえって言うんだよ」
はぁ、と青年は何度目か分からない嘆息をする。
「……認めたかねえが、友人曰くオレは方向音痴って呼ばれる人間らしい。案内してくれるってんならその厚意に是非とも甘えさせて貰いてえんだが、本当に、オレはお前を守らなくていいんだな?」
「二言はない」
「はっ、即答かよ。ま、その意気や良し。あんたの威勢だけは買ってやるよ」
思わず苦笑い。
俺のあまりの潔さに彼は笑みを溢していた。
「分かってるとは思うが、〝ミナウラ〟に近付けば近づく程魔物は多くなる。戦闘は間違いなく避けられねえ。……死んでもオレを恨んでくれるなよ」
「再三に渡ってそう確認を取らなくてもいいよ。この考えは何と言われても変わらないから」
「……ったく、餓鬼のなりして可愛げのねえやつ」
やはり、目の前の彼は悪い人間でないのだろう。事実、こうして良いのか? 良いのか? と言葉を変えて確認を取ってくる。
……恐らくそれ程までに彼の目から俺という人間は頼りなく見えるのだろう。
「そんな事言ってっと、手え貸してやんねえぞ」
同時。
がさりと葉擦れの音が俺の耳にも届いた。
直後、脳裏に浮かぶ一つの可能性。
周囲に蔓延する鉄錆に似た死臭を嗅ぎながら、事切れた賊共の亡骸に目を向ける。
————魔物は、血に聡い。
二年前の失態。
ゴブリンの血を身体に付着させてしまっていたせいでオーガを誘き寄せてしまったあの光景が不意に思い起こされた。
「————魔物」
その言葉を口にした瞬間、俺の表情から笑みが反射的に抜け落ちる。右の手は腰に下げる剣の柄へと向かい、静かに握り締めた。
「へぇ?」
魔物など度外視と言わんばかりに俺の挙措をジッ、と見詰める青年はどこか感心したように声をもらす。
「で、どうするよ。オレとしては案内役をここで失いたくは————」
けれど俺は彼の言葉にこれっぽっちも耳を貸す事なく、視線の先に隠れているであろう魔物へ限界まで圧搾した警戒心を向ける。
そして体重を前へと傾け————後方へ土塊を蹴飛ばしながら、跳躍。
「————ねえから、っ、て、オイ!? オレの話ちったあ聞いてけよ!?」
はぁあっ!? と、声をあげる青年であったが、魔物に対する俺の姿勢は先手必勝。
相手から仕掛けられる前に虚を衝いて攻め切ってしまうというもの。
故に。
「多分、ここらへん」
言葉にするが早いか、腰に下げていた剣を引き抜き、それを逆手持ちに持ち替える。
そしてぐぐぐ、と槍投げの要領で右の手を引き絞り————それを投擲。
「はぁぁあっ!? あん、っ、底無しのバカとは思ってたが、自分の武器を手放すって頭おかしいにも程があんだろッ!?」
後ろで青年が何してんだあんた!! と悲鳴のような叫び声をあげていたが、やはりこれも度外視。
何故ならば、俺の得物は己の側に常に存在している魔法であるから。
次いで、投擲した剣が大地に突き刺さるや否や、その付近で身を潜めていた魔物の気配が音を立ててその場から散開。
数は————五か。
「ごめんっ! そっちに二体行った!! 魔物は四本足!! 多分、ウォルフ!!」
要らぬお世話であると知りながら、慌てて俺は大声を上げた。
四本足の肉食獣。
人の手足など容易く噛みちぎるその魔物の名は————ウォルフ。
恐らく賊共の死臭に誘われてやって来たのだろう。あの青年の恐るべき技量に気を惹かれ、完全に失念していた。
親父からも、死臭のある場所からは数十の魔物に囲まれて尚、倒し切れる自信がないのであれば、出来る限り遠ざかれと口酸っぱく言われていたというのに。
「いや! それは構わねえが!! それよりあんた、剣が今ねえだ————ろ……?」
しかし、必死の形相で心配する青年の言葉とは相反して、俺の手には投擲された筈の剣が既にある。だからなのだろう。
彼が途中で言葉を止めてしまったワケは。
「一体くらい突き刺さってくれても良かったのにさあ。やっぱ、そう上手く事は運ばない、か」
ウォルフは素早い魔物だ。
狙いを定めれば必ず当たってくれる。なんて生優しい魔物ではない。そして現に、投擲した剣は虚しく大地に突き刺さっている。
「……い、や。十分上手くいってるとこれは捉えるべき、だね」
散開した五体のウォルフ。
その三体が俺に狙いを定め、一斉に草陰から飛び出して襲い掛かって来る。
いつも通り、俺目掛けて一直線に飛び掛かって来ていた。
「いくら素早いとはいえ、狙いが単調なら対処のしようがある」
特に、先手を取られるとウォルフに限らず知性の低い魔物は決まって直線的に襲い掛かってくる。予め直線的と分かってさえいれば此方にも対処のしようがある。
若干身体を屈め、一瞬で創造した剣を地面に滑らせるように。
そして跳躍した勢いを乗せながら——一閃。
ごり、と骨を斬る独特の感触が剣から手に伝い、少しだけ眉をひそめながらも、振り切る。
続け様、手首を返して再び一閃。
転瞬、二つの首が、同時に宙に飛んだ。
「ん」
一呼吸のうちに、更に死屍累々。
確実に三体の魔物の首を飛ばした事を確認してから、肩越しに後ろを振り向くと案の定と言うべきか。魔物を始末し終えていた青年の姿が視界に映り込んだ。
鼻腔をくすぐる鉄錆と肉塊の臭い。
凄惨に大地を彩る赤色と相まって不快さが天井知らずに上昇してはいるが、この二年でそれなりにもう慣れていた。
「……こりゃ驚いた。村人の癖してあんた、〝魔法使い〟か」
成る程。
あれ程の自信はその〝魔法〟の存在があったからこそなのかと。剣身が赤く染まる俺の得物を見遣りながら青年はそう言った。
「確かに、戦い方もそうだがアレ程なら、オレの言葉は要らぬ節介だったな」
ウォルフは決して強い魔物ではない。
強さでいえば二年前に出くわしたあのオーガの方が何十倍も強い。
それでも、目の前の青年が要らぬ節介だったと言葉にした。
その理由は恐らく、手際の良さが理由だろう。
「案内してくれるってんなら。と思っててっとり早く恩を返そうかと思ったが、この様子だと不要らしい。だから、この件についてはいつか恩を返させて貰うとする。————今更だが、オレの名前はシヴァ。ただの剣士だ」
随分と強いただの剣士だなと思いながらも、シヴァに倣うように俺も名乗り返す。
「俺はユリウス。『星斬り』を目指すただの剣士だよ」
「はっ。……それはあえて言わずとも、さっき聞いた」
やはりどこか呆れながらも、シヴァは俺の発言に笑みを向ける。ただ、先程までの棘のようなものはすっかり消え失せていた。
「んじゃ、次の魔物がやって来る前に早いところ、案内を頼むわ————ユリウス」








