科学ではないから科学的/Not my job.
【登場人物/三人称】
地球側呼称《マッチョ爺さん/インドネシアの老人》
現地側呼称《副長/黒副/おじいさん》
?歳/男性
:インドネシア国家戦略予備軍特務軍曹。国際連合軍少尉。国際連合軍独立教導旅団副長。真面目で善良で人類愛と正義感に満ち満ちた高潔な老人。詳細は第一章「進駐軍/精神年齢十二歳」第35話〈素晴らしき哉!人生!!〉参照。
旅団には現地職制の副団長が同格としてあり、白を基調とした魔法使いローブのエルフが努めている。区別の為に肌が褐色な彼が現地兵士に「黒副」と呼ばれている。
世に過ちなど有り得ませんな。
正しく生きるか。
悪しく殺されるか。
ただそれだけのこと。
正義とはなんぞや?
・・・・・・・・・貴方は生きている。
故に、既知のことなれば。
自らが正義でなく、何故に生きておれましょうや?
〈国際連合軍独立教導旅団副長/インドネシア国家戦略予備軍所属/母国の9月30日事件で大活躍し皆から尊敬されてきた偉人〉
【異世界大陸北東部/帝国辺境領/回復予定領/割譲可能領/作戦周辺領/低要度・高危険度区域/斥候周回範囲/???】
落とすところが、善い。
斧は投げてはいけない。
その質量が逝かせない。
無駄に飛び散らない、血肉骨脂。
綺麗なモノで片付け易かろ。
ピンポイントで標的だけ始末。
周りに向けた筒先に出番はなし。
斧が外れると思っていたわけではあるまい。
投擲の基本は放物線。
まっすぐよりも避けにくい。
射撃の低伸とは違う。
特に人の視界は真上を向いていない。
当てにくく。
避けにくく。
慣れやしない。
エルフが矢を番えたのは、嫌がらせ。
ドワーフが大嫌いだから。
本気でカバーするなら銃を使う。
SR-25よりガバメント。
エルフの技術ならば狙って撃てる。
・・・・・・・・・・拳銃は狙う物じゃないが。
拳銃とは拳の延長、向ける物。
――――――――――射程など無きが如し。
最大で一桁m範囲に撃つ。
・・・・・・・・・・外れようが無い間合いで。
射撃場のゲームとしてなら、狙ってもいい。
――――――――――まったく無意味だが。
而してそれは人間の話。
エルフの場合は狙い撃ち。
二桁m圏内でピンポイント。
防弾装備の隙間を抜くなら意味があるけど。
・・・・・・・・・・異世界ならば鎧の隙間か。
もちろん板金を抜く距離から撃つべき。
7.62×51mm弾ならそれも不要。
狙いたがるのはエルフの性癖なのだが。
その辺りの事情を余り知らない、怪しい彼女。
怪しい彼女は別な事に注目中。
大斧の投擲だけではなくて。
黒旗団、その中の青龍の静止。
人間とは違い、黒髪黒瞳に褐色の肌。
隊列を組んだまま手元を視ている。
使い魔たちの五感と合わせてるのだろう。
眼で周りを観ずとも周りが視える。
知ることは操ること。
まるで世界を腹の中に収めているように。
してみると、怪しい彼女ものまれている。
知られて操られている自覚もあるけれど。
黒旗団の青龍たちに、この邦の青龍の貴族に。
――――――――――さて、どうするか。
手札が全て晒されていても困らない。
ブラフを使わなければ済む話。
強者の強きはそれだ。
それが怪しい彼女の知る世界。
強い国家に所属する。
強い階級に産まれ育った。
強い女が怪しい彼女。
だから人の形をしていた肉に興味が無い。
怪しい彼女の魔女。
陽動だった場合に、まだ備えたまま。
怪しい彼女の執事。
予備戦力が不要と視て、始末に係る。
大斧に割られた子供に金貨を一枚。
いや、子供の残骸の上に、か。
いや、大斧の代価ではあるが。
いや、ドワーフの私物、だが。
金貨一枚あれば届ける理由になる。
ドワーフ・メイドの道具は高価。
ドワーフにしか使えない大斧も。
ドワーフ以外は鑑賞して楽しむ。
刀の様に道具はまた美術品になり得る。
金貨一枚で購える品ではない。
とはいえそれは売り難い。
しかも黒旗団団員の私物なら。
金貨と引換なら、拾って届ける方がマシだ。
ドワーフは拾わない。
戦場で矢を拾わぬ様に。
それは無用な危険だから。
投擲兵器とは、そういう物。
だが届けられたら引き取るだろう。
ドワーフ・メイドは少ないゆえに。
代わりは多ければ多いほどによい。
投擲兵器とは、そういう物。
それで始末は御仕舞い。
・・・・・・・・・・誰も気にしない死体。
子供サイズ。
片付け易い。
比較的だが。
もともと死体処理は面倒な作業。
再利用不可能。
時を置くと腐る。
つまりは汚物。
生ゴミの方が使い所が在るだろう。
街中には処理役がいる。
屑屋。
肥料屋。
塵芥屋。
それらのギルド持回り。
死体の持ち主から。
死体が出た街から。
死体の持ち物から。
費用を回収し、市外の処理場へ運ぶ。
人間の死体は素材にする。
街道整備に使う舗装材。
処理場とは焼却炉。
骨まで灼き、砕いて使う。
生ゴミなら最終的に肥料になるのだが。
人間の死体は病気の元。
ほぼ丸のままでは時間がかかる。
処理をするのも手間の元。
埋めれば腐り難く土地が使えなくなる。
風に晒せば臭いし獣に食わせれば邪魔。
河や海に流せば漂って流れ戻ってくる。
結局、灼くのが一番、効率が良い。
特に海沿い港街。
風を利用した炉が造り易い。
燃料費も効率によって安い。
内陸からも日々運び込まれ、稼働効率も悪くはない。
街道整備の素材を得ることを考えれば公共事業扱い。
それでも当たり外れはあるわけで、この死体は外れ。
浮浪児だ。
これは、めったに有り得ない。
親子という考え方が無い世界では。
異世界他、非先進国の常識で。
親が有り得ない。
子が有り得ない。
そんな人類史の大半では、子供は共同体が育てる。
村。
町。
街区。
都市。
地縁によって成り立つ社会。
そこでは誰が誰を産んだのか、なぞ意味がないから気にもされない。
少数例外の特権階級では、血族組織が育てる。
そこで初めて親子の文字が出てくるのだが。
親子とは血統書のサインと変わらず字面だけ。
権利は血族全体に対して求め。
義務は血族全体に対して負う。
そら親子兄弟姉妹で殺し合うわな。
鑑定家に忠誠を抱く品物が在ろうハズがない。
OK?
OK!
親子という概念がない。
互いに扶養し合う、って意味の。
だから人類は滅びないで済んだ。
子供。
老人。
その他。
扶養義務が個人にあれば?
扶養義務が集団にあれば?
どちらが安定するかなど、考えるまでもない。
義務、と言っても法律ではない。
単なる親切の延長でしかない。
余裕があれば誰でも出来る。
普通、子供が飢えない様に、出来るならする。
普通、子供が泣いていれば、あやしたりする。
普通、子供を知っていれば、小遣いくらいやる。
普通。
普通。
普通の繰り返しが人類史。
それが法律で強要されている
・・・・・・・・・・誰が意識しているもんか。
だから育児ノイローゼも無い。
だから介護殺人もない。
だから浮浪児なぞ居ない、普通なら。
今日、今、港街で浮浪児が殺られた理由。
・・・・・・・・・・例によって青龍が原因。
異世界の普通が壊されるのは全て地球人類のせい。
ついカッとなってはいない。
抵抗されたからでもない。
訳もわからなくもない。
だが悪気はなかったのだ。
・・・・・・・・・・護衛艦を入港させたら都市が半壊するとか。
そう。
都市が半壊。
港街の北半分。
富裕層以外の居住地。
街区が子供を育てていた地縁社会。
――――――――――まるごと消滅。
してたら良かったんだけどね。
・・・・・・・・・・社会は消えたが人は生きてる、ある程度。
その中には子供も居るわけだ。
あの暴動と虐殺を逃れられた。
バイタリティー溢れる奴らが。
単に運が良かったのかもだが。
そもそもパニックを起こして殺しあったのは大人。
パニック鎮圧の為に皆殺しにされたのも大人だから。
当事者でも元凶でもない子供は、殺され難かった。
巻き添えで勝手に死んだだけ、と言っていいのやら。
それなりに生き残ったのは、間違いない。
だが子供である。
大人サイズなら、すぐに食い扶持が見つかる。
復興特需真っ最中。
食うに困ると言うことは、本当に子供なのだ。
南岸の生かし残りの収容。
職人や伝手持ちに限った話。
偶然に生き残った大人は、復興計画に吸収消滅。
では、子供たちは。
何しろ扶養してきた地域社会が無くなった。
物理的に一人一人を殺したので残骸も無い。
別の都市にでも行けば受け入れ余地もある。
無力故の生き残りは、近くにしか行けない。
それが港街の南岸、富裕層の街だった
・・・・・・・・・・だからダメだった。
富裕層は氏族社会。
血縁による世界観。
子供老人の扶養は、所属する氏族が行う。
豊かなだけに、それで誰一人、困らない。
・・・・・・・・・・路上の子供など、眼に入らない。
なんとかする前に、なんとかしようと思う前に、ナニかが居ると気が付かない。
飢えに気付いた浮浪児たち。
力尽きる前に動き出す。
残飯漁り。
・・・・・・・・・・邸宅街に路上のゴミ捨て場などありはしない。
高い塀。
尖った柵。
隙間無き門。
武装した私兵。
それを潜り抜けられるなら、浮浪児ではない。
物乞い。
・・・・・・・・・・路上の物乞いなぞ、富裕層は気が付かない。
寄付。
強請。
嘆願。
富裕層にとって物乞いは園遊会に居る者だ。
路上窃盗。
――――――――――たいして意味はないが、他に可能性はない。
富裕層そのものに手が届く訳も無し。
だが富裕層の使用人なら路上を行く。
大抵は大人だがギリギリ大人もいる。
隙を突ければ強弱に意味はない。
・・・・・・・・・・成果も無意味であれ。
富裕層は現金を使わない。
日常的な買い物は顔と名で行う。
御使いの使用人たちも同じこと。
言葉を携えて走り金や物を持たない。
御使いついでの息抜きで、路上で飲み食いするとしよう。
それすら奉公先の名前と古株奉公人の顔で信用払い。
決済は奉公先の舘屋敷の雑費から支払われる。
最早、直接、飲み物食い物を狙うしかない。
親子関係が存在していない異世界では、まことに珍しいストリート・チルドレン。
北岸消滅から早、一ヶ月が過ぎた。
混乱中の半月は炊き出しがあった。
その間は誰も生きることが出来た。
※ep.72 〈青龍の統治〉より。
それ以後は誰も知らない、気付かない。
浮浪児の自然消滅まで如何ばかり。
そのカウントが、また一つ。




