誇りの在処

じゃあ始めようか。

履歴書出してくれるかな？

いや、持参してるでしょう。え？ああ、忘れたの。まあ、仕方ないね。気にしない気にしない、新人はよくあるよ。

それをフォローするのが俺の仕事さ。

じゃあ、書いて。

ペンと、履歴用紙は、これね。

書いてる間に聞いていいかな？

出身はどこ。

ウェストポイント？サンドハースト？サン・シール？

おいおい、おい、まさか、アナポリスじゃないだろーな？レーガンの名前貰ったからって、いい気になってんじゃねーぞ？

おらぁ！！！！！！！！！！！！！

・・・・・・・・・・・・・・・・・・違うの。

よかったよかった。

あ、もしかして・・・・・・・・コロラドス・・・・・プリングス？

あ、いいんだよ、うん。

四角くても、ね。ほら、正方形だよね。いや、地図つくりやすいよね。四角いし。

・・・・・・・・・・・・・・・気を落とさなくていいよ。

うん、志願するしかないよね・・・・・・・・。

コーヒー飲む？バーボンは？いやいや、飯でも食ってきなよ・・・・・・え？

ああ、字が書けないのか。

うん。

コロラドじゃーね、仕方ないね、じゃあ、サインは×でいいよ。

うん、ただの外泊証明書さ。

大丈夫！

「なにをしている」

「面接ＹＯ！」

《国際連合軍の異文化コミュニケーション：カタリベの手記より》

【太守領辺境村/集落外周/仮設テント/軍政・黒旗団混成部隊/ゲストハウス（天幕）入り口付近】

「今まで何をしていた」

あたしが伝言を伝えると、青龍の貴族が尋ねた。少年は跪き、騎士としての礼を崩さない。平伏しない事で、下民とは違う、と示しているのだろう。

「主たる王を失い父母を討たれ・・・」

あたしは慌てた。ちがう、そうじゃない。

「三日間」

奇跡？ううん、青龍の貴族は、体だけ大きい少年を、子供として扱っている。だから、質問の趣旨を教えてくれたのだ。

おまえは、３日間、何をしていたのか、と。

村が襲われているとき。

村人が殺されているとき。

村娘が奪われているとき。

少年は伏せていた顔を上げて、胸をはった。

「奴儕（やつばら）は我が民にありませぬ」

【太守領辺境村/集落外周/仮設テント/軍政・黒旗団混成部隊/ゲストハウス（天幕）中央】

何の話かな？

俺はこの少年の経歴を反芻した。

１０年前。

王国滅亡。王家断絶。

首府に対する電撃戦で国王その人を失い、遠く港を守っていた旧王国騎士団に貴族軍は四散。まあ、大将首一つで勝敗が決まるのは、中世だよね。

仰ぐ、仰いでいた王家が滅んだ時、旧王国の貴族騎士たちはどうしたか。

従来通り王の首が変わるだけとみたのか？

自分たちの階級は生き残れると考えたのか？

なにも考えなかったのか？

当時８歳だった少年にはわからないだろうな。

８歳、八つか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、まあ。

帝国軍は組織的戦闘が無くなると残党狩りを開始。

中世レベルの旧王国軍。

当時すでに軍隊と呼べるレベルに完成された帝国軍。

しかも策源地は港街で、後方拠点ですらない平時体制の王都、ほぼ王城のみを潰しただけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・旧王国は最初から一度も組織的戦闘が出来なかったようだ。

開戦即占領を始めることになった帝国軍。

実力のある平民を温存して支配体制を再構築。

同時に旧体制の血統を根絶やしにする。

地球史上にてオーソドックス、異世界中世では異例にして帝国普遍の占領政策。

早々に分散して個々に動いた旧王国貴族騎士。

なにもしないできないに等しく、瞬く間に狩り尽くされた

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・領民に。

ここまではエルフっ子証言だ。

見てきたように、ってまあ、見たんだろうな～～。

そして国連軍収集資料より。

帝国軍は旧敵地で分散する愚を避ける。つまり自分で占領地をしらみつぶしにしたりしない。

正直、遊牧民感覚で、血統を絶やす事に熱心でもない。

例えて言えば、七面鳥を撃った後で巣を探し卵を割ろうと思うだろうか？

そんな感じ。

だが、趣味嗜好に合わなくても、旧体制に連なる血統の根絶、それ自体は上手かった。

強者に媚びる弱者の卑しさ。

弱者を見下す強者の傲慢。

妬み。蔑み。無知。誤解。

そして、欲。

帝国軍自体が苦手、嫌いで、手を抜いても支障はない。

占領政策は帝国異端審問官が片付けるのだから。

【太守領辺境村/集落外周/仮設テント/軍政・黒旗団混成部隊/ゲストハウス（天幕）入り口付近】

あたしはソレを見ていたけれど、思い出したくはない。いまさら何を感じるでもないけどね。見飽きるくらい、いつものこと。

それがココでも起きた、だけ。

王国の貴族騎士は王家に認められた存在。

建国の功労、治世の功績、世俗の縁故、いろいろね。概ね気位は高いがその程度、嫌われも憎まれもしない。

まあまあ公正で、間違いがあれば王家の裁断も仰げるから、誰かが困り過ぎる事もない。

神殿とも着かず離れず不干渉。

豊かな土地に住む民の、少なくとも邪魔にはならなかった。

だから誰にも護られなかった。

この少年は、その滅びた貴族の出身らしい。

らしい、というのは、根拠が聴き伝えばかりだからね。あたしは青龍の貴族に伝える前に、村人たちに確認した。訊く、というより、吐かせたわけだけど。

村人たちにとって、旧王国の血族を匿ってしまっているのは禁忌。

帝国時代なら皆殺しにされる大罪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、帝国の処罰はたいてい皆殺しだけど。

そして村人たちは帝国と青龍の区別が曖昧。

赤龍と青龍が違う、とは判る。

青龍たちは、髪、瞳、肌の色が人間には有り得ない色、つまり黒。

あの娘を前にしても、青龍は旧王国関係者には見えない。ならば馴れ合いは期待出来ないし、慈悲深くも見えない。

あたしから見れば、村に来てから青龍は、すごく慈悲深く振る舞っているけれど。太守領に来た時からだけど、村人にはわからないしね。

それに気がついているのは子供と村娘たちくらい

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、青龍は慈悲を与える気なんかないから、仕方ない。

だから、村人、特に事情を知っている大人たちの口が重い。

王家を見捨てた旧王国貴族の血族を潜ませていたこと。それを旧王国に縁がない青龍が、どう判断するかわからないから。

まあ、王家を見捨てた、っていうのは一つの見方と帝国の宣伝だけど。

旧王国時代。

帝国により王都が陥落。

普段は王都にいたが戦時故に前線で難を免れた貴族騎士。連中は王家が無くなり領地に戻る。

帝国異端審問官たちは、何も言わずに欲を転がした。

武器をとらずに馬を走らす逃亡者――――――――――武力の否定。

王家を護らずに保身に走った臆病者――――――――――大儀の否定。

竜と魔法が求める賞金首――――――――――理と利を与えて囁きまわる。

善きことの為に。

善きことの為に。

善きことの為に

――――――――――――――――――――――――――――――悪を討て。

ヤツらは我らを盾にする――――――――――王家のように。

ヤツらを追わねば殺される――――――――――王家のように。

ヤツらは自分の腹を守る気だ――――――――――ならば逃がしてなるものか。

館に家財、金貨に宝飾、女に奴隷。

善きことの為に、悪を討て。

帝国軍が姿を見せれば貴族も郎党も逃げ去る。稀に戦っても一戦すら保たぬ。虚仮を剥がせば騎士も農夫も大差ない。

戦火の余波で生まれた避難民の焦燥が口火を点ける。

貴族騎士は元領民に追われ、大半が帝国軍に突き出され、討ち取られた。その家族は報復を恐れた領民たちに吊された。

家財と子女は売り飛ばされ山分けにされた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あたしは、一部始終見ていた。

例外はいくらでも有るけれど、例外でしかない。

青龍への仕官を求める少年。この村を含む土地、その領主だった血族か。当時まだ幼く、領民たちから憐れまれ、見逃されたのかもしれない。

一度匿ってしまえば、手遅れ。

貴族騎士が滅びれば帝国軍は矛先を新たな領民に向けた。血に酔って勢いがついた家畜の牙を折る。異端審問官が定めた基準。

一定間隔の村を焼く。

一定人数を磔にする。

一定期間に領民を竜の餌にする。

領民という集団を去勢して家畜にする、決まりきった手順。

村人は憐れみをかけた少年を見て、思っただろう。

いまさら改めて帝国に突き出しても、村人たちの皆殺しは免れない。

同じ理由で村の外に出す訳にもいかない。

だが、改めて殺す度胸もない。

それが今日まで続いたという。

少年も幼いながら生きる為に息を潜める事を覚えたということ。

すべては惰性。

結局、棄てるに棄てられず、村の外れで養われていたようだ。豊かとはいえない村。少年の家族を殺した、殺させた、後ろめたさ。

生き残りの子供に、村人が捨て扶持を与えるに十分な理由だ。健康でたくましく育っても、隠されていたから、帝国が義務付ける労役にかり出されなかったわけね。

村人たちの中には気にかけた者もいる。

村に養われたのは確かだろう。

村にかばわれたとも言える。

なら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝する気には、ならない、わね。

【太守領辺境村/集落外周/仮設テント/軍政・黒旗団混成部隊/ゲストハウス（天幕）中央】

俺は

『野盗に襲われている間は大変だったね』

くらいの気持ちで声をかけたのだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・話がさかのぼってしまった。

さかのぼりすぎだろ。

少年の親が領主でも、そりゃ関係ないわな。

【太守領辺境村/集落外周/仮設テント/軍政・黒旗団混成部隊/ゲストハウス（天幕）入り口付近】

あたしには、青龍の貴族が戸惑っているのがよくわかる。慣れないとわからないくらい、微妙に。

「お前はヤツらの仲間か？」

少年ははっきりと戸惑う。質問を理解出来ていない。仕方ない。

「僭越ながら申し上げます」

あたしは他人がいるとき用に言葉使いを整えた。青龍の貴族が微かに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑う。

似合わない話し方だとわかってるわよ！！

「この者は野盗ではございません」

少年はやっと意味が分かり、怒りで顔を紅潮させた。

マメシバ卿が確認済み。

労役に駆り出された為に若い男がいない農村。青年にすら見える少年は目立っていた。真っ先に青龍の魔法をかけられたくらいに。

青龍の貴族は視線で頷いた。当然、その結果は知らされてるわよね。

つまり。

「では答えろ」

青龍の貴族、最初の質問。それが伝わらないから、繰り返したんでしょうに・・・・・・・・仕方ない。

あたしが補足した。

「君は村人に責任はない。恩義もない。義務もない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・間違いない？」

少年は頷いた。

「あたしが君を蹴り倒した時、君の代わりに頭を下げた娘がいたわね」

もちろん、少年が頼んだわけでもなく、勝手に少年を心配し、勝手に見守って、勝手にかばって謝ったのだろう。

だから、少年には義務も責任もない相手だ。

「彼女が襲われている時に、君は何をしていたの？」

【太守領辺境村/集落外周/仮設テント/軍政・黒旗団混成部隊/ゲストハウス（天幕）中央】

俺はこの少年に何かが出来た、とは思わなかった。

村を襲った野盗集団。

殺し傷つけ奪う事に歯止めを失った連中。

我流で武術の真似事をしていただけの少年にどうしろ、と？

野盗が襲って来たときに、対抗できる力などない。

集落の外、村外れで村娘の一人でも野盗から隠せれば、幸運だろう。

それとて、かえって自殺行為になったかもしれないのだ。

村の食糧は集落内で管理するから、野盗が居座り続ければ飢える事になったかもしれない。

逃げた者がいるとバレれば、他の村人が危害を加えられたかもしれない。

かえって集落で目立たないようにしていた方が無事な場合すらありえる。

正解なんかわからない。

愚行が成果を生むときもある。

賢者が善意で頭を絞って破滅に至るときもある。

何もしないで流されていたとして、成功するか失敗するか判るわけがない。

誰も自分の責任など取れないんだ。

そして俺には、じゃなくて、俺だから余計にわからない。

身一つでおんなじよーな状況になったとしたら？

想像したくも無いが、出来もしない。つまり最善の対応は無理だな、俺には。

だから、もういい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで、こういう話になったんだ？

【太守領辺境村/集落外周/仮設テント/軍政・黒旗団混成部隊/ゲストハウス（天幕）入り口付近】

あたしを視線で制した青龍の貴族。

「我々と仲良くなれば良いことがある――――――――――などと、思うな」

少年は震えた。

あたしも意外に思ってしまうけど、否定出来なかった。

領地、爵位、貴金属を下寵する青龍の貴族

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・有り得ない。

まってまって、あたしたちは救われてる、それこそ有り得な・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結果として助かっても、青龍から対価を示されたこと、何かやるから何かしろって言われたこと、ない、かな？

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ない。

一方的に与えられ、あたしたちが必死に何か出来ないか探してる

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――だけ。

助けられてから、救われてから、かろうじて親しくなったような。

・・・・・・・・・・・・・・・親しい、よね、たぶん。

「結果を恥じるな、悔やめ」

少年は羞恥心で俯いたまま。

「次は考えろ。何をするか、何もしないか」

その声に引かれたように顔を上げた少年。

「見えるか」

少年は、涙をぬぐって、頷いた。

「結果を誇らず、恥じず、振り返るな」

ソレは役にたたん、とばかりに青龍の貴族は吐き捨てる。

「立て」

少年は操り人形のように立ち上がる。

「ゆけ」

少年は天幕を走り出た。

青龍の貴族、その声には、麻薬のような響きがある

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あたしにだけかもしれないけれど。

「疲れたか？」

いけないいけない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、よろしいでしょう、か」

妹たちが入って来た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お客様が帰られましたでしょう？」

だから戻って来たのであって、盗み聞きいたしておりません、と。

「ご主人様は、誇られないのですか？」

あの娘の問いかけ。妹分は慌て、青龍の貴族は答える。盗み聞きしてたわね。背を向けたままの妹分と、気がつかないあの娘。

「誇る誉める、それは他人がやる」

青龍の女将軍みたいに？

しょっちゅう兵を自慢してるわよね。でも、青龍の貴族にねだってるけれど。ドワーフの手柄で自分を撫でるように、って。

「つまりな」

妹分が二人とも撫でられてる！青龍の貴族に！

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

長い、沈黙。

あの娘も妹分も、撫でられてるうちに目を細め、どーでもよくなってるわね。

「！」

青龍の貴族は思いついたみたい。

「みな可愛らしく、賢い」

あたしたちを見回した・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え！！！！！！！！！！

「それを誇るのは当然だろう」

？？？？？？？？？？

青龍の貴族は天幕を出た。あたしたちが固まっている間に

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――わからないわよ！