Bluff/裏の裏の裏。
【用語】
『BLUFF』
:はったり。虚勢。率直。正直。絶壁……豊満という意味は無いが「大きく魅せる」「自慢」「誇示」という意味はある辺り、どうしろと?
West PointのChickは勘違いしてるけど。
予備ってのはね、用意しとくものじゃないのよ。
最初から取り分けて置いたら遊兵じゃない。
手持ちの札は最初から一度に全て張る。
それが、戦争の勝ち方。
予備を投入したくなったら?
――――――――――その刻その場で前線から創るの。
予備兵力を待機、なんて財政黒字じゃあるまいし。
「まだ半分残ってる」
って奴らみたいに、安心するために渇き死ぬわよ。
・・・・・・・・・まあ、我が国はそればっかりだけど。
【異世界大陸北東部/帝国辺境領/回復予定領/割譲可能領/作戦周辺領/低要度・高危険度区域/斥候周回範囲/???】
「ねぇ♪︎」
怪しい彼女の甘い声。
血統を証明する氏族の人間種の女は例外。
子供の扶養義務も共同体に依拠している。
エルフ以外の一般的動物と、変わらない。
性の禁忌が無い異世界。
性的欲求不満が成立しない。
性の魅力が一番、昂る。
女であるなら。
男であるなら。
仕方ない、とはならない。
満たされた世界に飢えは無し。
餓えないからこそ味わうを覚える。
誰の舌も肥えていれば美食も極まろう。
だだ条件が悪かった。
両替商人は上流階級に居る。
――――――――――明日は違うかもしれないが。
特権階級にも慣れている。
・・・・・・・・・・怪しい彼女はやや違うが。
しかも怪しい彼女を警戒中。
――――――――――金を値と感じぬ商人の天敵。
これでは女に魅了されるべくもない。
いきなり有り金すべてをぶつけられたから。
怪しい彼女の忠実な執事は怪しい彼女に従う。
ならばそれこそがその意思、いや、嗜好か。
なにしろ主従は意思交換していないのだから。
両替商人はそう解釈した。
そうして突きつけられた証券五枚。
それが怪しい彼女たちの有り金。
そう考えざるを得ないその訳。
五枚の合計金額が、現下の異常な状況で、交易路の北端にて活動しようとする商人であれば、用意するであろう金額そのもの。
過不足無く。
必要を満たせる。
失っても経理で片付く。
コストに足りてリスク無し。
誰も疑問を持たない。
定石とはそういうもの。
十枚ではなく五枚でも。
定石を外す定石も定石の範囲。
一枚辺りの額面を上げる。
観せ金としての意味も上がる。
リスク上昇以上の効果を見込める。
それをコストと視なせる背景。
どれだけの予算が在るのか。
勝手に想像されるだろう。
両替商人がそうあるように。
それだけなら見倣うべきことではあるが。
有金出して来やがった。
或いは、まだ在るのか。
そう、疑わせるために。
だからこそ両替商人は、無い、と断じる。
在ると疑わせることが出来ればいい。
それだけで実際には持つ必要がない。
持っているなら他用途に回せばいい。
信用を使い回して商いを拡げるのは、商人の基本。
無駄に金、いや、戦力を遊ばせない。
使わない物を溜め込む愚かさはない。
その類いなら、お近づきになりたい。
だから全力で距離を置いて置きたかった。
幸い手元、今この場に十分な資金がある。
ギリギリ全額両替出来る分を馬車に積んで来た。
希望額を替えられなければ信用問題になるからだが。
信用リスクを避ける為の予備、それが総動員。
――――――――――無駄を避けた商人の鏡。
さっさと両替する証券を視せて話を進めていく。
怪しい彼女、たちではなく、からの証券だった。
海上交易路中心の南北大港付近で発行された物。
大陸沿岸部経済の中心だけに価値は高い。
あの辺りは青龍のせいで商人商会が半減。
だが帰邦事業の中心となり生き残り情報が豊富。
発行元の生存情報は無価値だが証券価値は保証。
それより美味しいのは裏書の内容だろう。
太守領から南北大港まで様々な商人商会。
距離が近いだけに、太守領港街との取引が多い。
青龍来訪後、情勢が安定してからの日付ばかり。
これらの裏書元は十分な商売か出来てる。
そことの関係を辿れば他のアタリも付く。
裏書に載っていない商人商会は推して知るべし。
証券の空売りも買い占めも自由自在に出来るが。
商人商会の盛衰から視える、物流の流れ。
人手不足を解消し生産収穫は変わらない。
だが問屋に海運陸運が滞れば値が変わり過ぎる。
年単位で元に戻る前に見込の変化は続くだろう。
このアタリは速く動けば誰でもが当たる。
だから一刻も早く動き出さないとハズレ。
今日着いた船客が動き出せるのは明日になってからなら質が同じ証券でなくとも噂が飛び交い相場への支配力が一気に下がればたかだか上流階級の一商人では大儲けで終わってしまう今すぐに店に帰り
―――――――――と思っていたところに怪しい彼女の艶声。
もちろん両替商人は即座に対応中。
どうせバレてる裏書を視る目を逸らさずに。
やむを得ずと示して怪しい彼女から眼を逸らす。
両替する対象を敢えて観せ目を逸らしたい。
怪しい彼女が出した、証券の対価。
金貨銀貨銅貨を三人の手持ち可能な範囲。
邦一番の銀行家の証券を大口小口で多数。
小口は街ならば換金出来そのまま使える。
大口は即金払いで舟だって買えるくらい。
更に両替商人名義の複数銀行口座残高付。
準備不要で腰を据えて商うことができる。
手持ちの札を全部出した両替商。
もちろん受け取る怪しい彼女。
証券証書は右から左へ執事の懐に。
金貨銀貨銅貨などは傍らの魔法使いへ。
同い歳の魔法少女に持たせても、自分は持つ気がない。
貨幣は重いからだろう。
腰の剣より軽かろうが。
革鎧と比べたらどうだ。
とはいえ特権階級には当たり前のこと。
必要があるから持つんじゃない。
必要な物はもたせるだけ。
持ちたいからこそ身に付ける。
だから剣も革鎧も自然だ。
だからこれも、とても自然なこと。
「街を案内しなさい
・・・・・・・・・・してくれない?」
執事のツッコミ。
魔法使いのスルー。
怪しい彼女の言い直し。
普段の姿が偲ばれる。
「かしこまりました」
受けた両替商人。
――――――――――怪しい彼女が美女だから?
いや地球基準なら美少女だが。
だから受けたのら間違いない。
特別に美しい女からの誘いとあらば
・・・・・・・・・・乗っても自然に観えるだろう。
「徒歩で宜しいですな」
奴隷市場から街に向かい出た時に徒歩。
迎賓館付の馬車を敢えて使わなかった。
それと知らなくとも徒歩だとは伝わる。
だから確認ではなく、手順。
怪しい彼女は答えず応えた。
「馬車を帰しますので、お待ちあれ」
氏族に属する従者。
当主に属する馭者。
信用できる者たち。
忠誠と能力が信じられる例外。
忠誠だけなら言葉を待つ。
能力だけなら此処にいない。
二人は命じるまでもなく動く。
敢えて指示して隠す手もあるが
――――――――――観せる手の内が信用の糸口。
従者が両替した証券を座席に仕舞う。
馭者と共に両替商人に向き直った。
さもそれが形式であるかの様に。
真意とは時候の挨拶に忍ばせ観せ聴かせ。
両替商人は怪しい彼女に背を向ける。
このやり取りには無関係と示して。
あくまでも両替商人の家中で済ます。
「お前たちは先に店へ戻るように」
そして馭者が鞭を当てる前に呼び止める。
重要なことはついでに言い付けるものだ。
「その前に頭目へ荷物を届けてからな」
従者と馭者は、馬車上で一礼。
急いで走り去った。
盗賊ギルドの頭目、その船へ。
頭目は意味に気が付くに決まっている。
証券。
先物。
相場。
値の上下はゼロサム・ゲーム。
証券を読んだ。
値上がり値下がりを予んだ。
利鞘を推んだ。
気が付かなかったことに気が付いた。
独りで儲ければ殺される。
それは当たり前のことだ。
皆に損をさせるのだから。
売り買いしなければ生じない値動き。
儲けるのが勝手なら。
儲けさせないのも、また自由。
儲ける損する決する。
それは強弱によってきまること。
いずれ起こることではあるが。
先陣を切れば的になる。
戦の様に敵味方はない。
自分以外の全てが敵する商い。
皆を抜け駆けた両替商人。
儲けの規模が身代より大きい。
損する者たちが自身より強い。
それでも値動きは止まらない。
両替商人のせいではないが。
先陣が市場を動かす。
便乗たちが利を稼ぐ。
損の報復は先陣だけ。
目立った者だけが吊るされる。
――――――――――明日の昼には、数珠繋ぎで港湾に浮かんでいるだろう。
手に入れた証券、その記載の価値が予想外に大き過ぎた。
だからこそ手に余り、それに備えもしてあるわけがない。
なら、どうする?
証券を保持したまま相場が動いてから便乗して売買。
その記載から足が付いて、殺されるかもしれない。
疑われるだけで商いに差し障りが生じる。
証券をすぐに焼き払えば、手数料分の損害で済む。
後から知られても、手堅い商いが評価されるだろう。
市場の混乱で生じる損得は元々と割切る。
それならリスクは最小限。
まったく安全ではないが。
それはいつも変わらない。
変わらず、ただの、上流階級。
(――――――――――冗談ではない)
安全に過ごして何が楽しい。
生きる為に産まれたんじゃない。
金と命を使わないなどもったいない。
この両替商人は、そういうタイプ。
それでも今まで殺されなかった。
それは戦い方を知っていること。
それも誰にでも出来る弱者の技。
強い相手には強い敵がいる。
青龍のように世界一強いなら別だ。
身の回りの強者は比べて強いだけ。
弱者はむしろ強者の眼に映らない。
だから利用しても見過ごして貰える。
今回も同じこと。
大勢に損を強いる情報。
それを強者に渡す。
大勢の恨みを買う動き。
それを強者に任す。
大勢の中に紛れて動く。
弱者は目立たない。
盗賊ギルドの頭目ならば、渡した情報を読み取る。
――――――――――いや、元々の知識が違うのだ。
単なる両替商人よりも、広く深く判るはず。
それを利用して莫大な利益をあげるだろう。
その後で応分の分け前を受け取る方が儲かる。
自分で相場を張るリスクもコストもかからない。
ゼロサムで奪われる側の抵抗や妨害や報復。
港街の一大勢力、盗賊ギルドなら防ぎ得る。
火付け役が、この両替商人だとは気付かれまい。
盗賊ギルドの頭目は、青龍の可愛がっている女。
どんな情報を何処で入手しても不思議ではない。
ましてや青龍の貴族、その女に誰が逆らえるか。
逆に両替商人が献上した情報を、盗賊ギルドの頭目は、既に知っているかもしれないが。
・・・・・・・・・・その心配は無い。
それらしい市場の動きは、今日まで無かった。
青龍は何もかも知っているが、何もかもに関心がある訳じゃない。
むしろ財貨や資産に関することを、面倒ごと扱いすらしている。
青龍の貴族に惚れている女が、彼の興味に従わない訳がない。
だから別の、両替商人からの情報なら自由に動けるはずだ。
もちろん真逆の可能性もあるが構わんだろう。
どちらにせよ、利益には出来る。
知っていて動かないのかもしれないが。
その場合は情報を黙殺して仕舞う。
ならば動かないのが青龍の意志だろう。
それは本来、両替商人には判らぬこと。
両替商人は端金で命を購える訳だ。
青龍の逆鱗に触れずに済んだのだから。
敢えて恭順を示したことは、今後に繋げる。
港街の頂点との伝手なのだから。
どちらにせよ賽は投げられた。
後は結果を待つだけのこと。
気になるからこそ好都合。
美しい娘と一緒ならば出会う知人も怪しむまい。
怪しい彼女の案内に立てば、街の彼方此方を周る。
――――――――――それは自然に様子を知ること。




