鏡の中の向こう側

私が空に浮けば皆こう言うだろう。

「あなたは空に浮いている」

これは貴方の責任だ。

私が銃を向ければ皆こう言うだろう。

「あなたは空に浮いている」

これは私の責任だ。

私が法律をかざせば皆が進んで叫ぶ。

「あなたは空を飛んでいる」

これは誰も責任を取らない。

それを真実と呼ぶらしい。

【太守領辺境村の集落/中央/軍政黒旗団混成部隊前衛】

ごもっとも。だから余計に物悲し。

俺は王様の気持ちがよくわかる。わかりたく無かったが。どの王様だって？ロバ耳を晒された方。

「今なら、殺されません」

（すぐに虐殺がはじまりますよ）

「みなさんに、生きていてほしいんです」

（そう思っていない人＝俺がいますよ）

無垢な唇から紡がれる言葉。

しかも事実、真実、本当のこと。否定も言い訳も見当たらない。

俺を見上げてへにゃりと笑う紅い瞳と青い瞳

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まったく、悪意がないと言い切れる魔女っ子とお嬢。

シスターズは俺たちに好意的だ。

何故か。

勘違いしてんじゃないかな～～～～悪い男にだまされたりしないだろ～～～か？～～～～～～～～～と、とっても心配だったのだが。

――――――――――――――――――――そんなことは無かったぜ。

俺より正確に解っていらっしゃる。

頭をなでながら思う。

ＯＫ！

騙される心配はないとわかった。

だがしかし。

やっぱり、この子らの将来が心配だ。

とんでもない殺人者に惚れ込んで、しなくてもいい心労や苦労を重ねてしまうんじゃないだろーか。

お父さんは許しませんよ！

つまり、この子たちは鏡のようなものだ。

俺が何者か教えてくれる。

・・・・・・・・・・・・・・・・教えてくれなくていーです。

好意的に見ている、正直な目線から見て、俺たち、俺は虐殺者だ。

まあ、侵略者だからね。

多少はね。

多少じゃないね。

よくあるじゃないですか。

人殺し！

って、叫ばれるアレ。

バケモノ扱いはなれたのに、新たな属性が！！

真実は時として人を傷つける。

きもーい！

クサーイ！

エローい！

とか、そんな事じゃない。

言われたことは無いが、そーいうアレなら笑い飛ばせる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん。

しかし、即死級の攻撃もある。

姪っ子にオーデコロンをプレゼントされた時はどうしようかと思いました。

いや、いや、朗らかに受け取りましたけどね？

付けてみましたけどね？

姪っ子も喜んでくれてるように見えましたけどね？

クンクンして確認してましたし。

でも、アレですよ？

高校生のセンスじゃないと思うんですよ？

遠まわしに、あれ、耐え難かった、のかな、と。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ええ、

まあ、訊けませんでしたけどね？

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほう、あの、雌が」

まあ、アレですよ。

異世界では、特に現地住民に近付く俺たち軍政官は、香料禁止ですけどね。

現地住民に、何が、どんな影響を与えるかわからないから。

化学物質アレルギーとか、匂いの種類が禁忌に触れたりとか。

（だんちょー！だんちょー！）

（わかってる！）

だからこそ、あれだ、隠し立て不可能。自分の事はわからないっていうしね。年齢的には、早い、ってもね？個人差があるし、むしろ、加齢しゅ

「はい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・差し出された刀。

「ほら！ドワーフメイドだよ！」

いや、まあ、凄いんだな。刀身を見ればわかるよ。うん。この刃紋は日本刀の、一種だよね。鍔口はサーベルみたいだけどね。

あ、木の葉が――――――――――――――――――――刀身をすり抜けた、いや、斬れた、抵抗なしに。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――だんちょ――――――――――」

マメシバ三尉の涙目は、愛娘を止めるに止められないお母さんのような。

お手伝いをしようとし、米を洗剤で洗い始める様を見てどうしようもなくなった、感じ？

俺はマメシバ三尉を視線で抑え、手を伸ばす。

「え？」

コイツは昔からそうだった。小学生のころウチの猫が死んだとき、コイツはカブトムシをくれた。何故に？いや、どうしろと？

と、当時の俺は今と同じ反応をした。

涙も引っ込んだしね。

今は泣いて無いけどね。

子供の前で大人が泣いていいのは心の中だけだし。

「えへへー」

とだらしない笑顔の元カノ、の頭を撫でながら、俺は頭の９割を仕事に切り替えた。あと一割は、感謝と元カノに被選挙権があることへの危惧だった。

がんばれ日本。俺は頑張るのヤだけど。

【太守領辺境村の集落/中央/青龍の円陣中心】

あたしは指をくわえて見ている妹分たちに、ちょっと、ほんの少し、羨ましさを感じた。

まあ、その・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいのよ、うん。

「始めろ」

青龍の貴族は手を動かしながら、一言。

それを受けたのは集落の外から来ていた青龍の騎士。サトウ殿、シバ殿が野盗の一人、多分、野盗の頭を皆にわかりやすく引きずり出した。

あたしの耳に青龍達のやりとりが響くから、他の野盗はドワーフ達が集落から離して縛り上げているのがわかっている。

引きずり出されたヤツ。手足を透明な蔦、青龍の魔法具、で繋がれた野盗は身動きが出来ない。

銃に砕かれた肩を庇いながら、悲鳴を上げた。

青龍達は村人を眺める。村人から集まる驚愕と嫌悪。

皆と同じように見回していたマメシバ卿。青龍の貴族、騎士に頷いた。

村人と野盗は仲間ではない、みたいね。

そして手当ての終わった村娘とともに、マメシバ卿が平伏した村人たちの間に入る。村娘には、青龍の長い外套がかけられていた。

見慣れぬ、異質な衣装をまとう、顔なじみに驚く村人たち。

さっきまで野盗になぶられていた怪我人が、傷一つ無しに元気に帰ってくれば、ね。

必要な時間だけ確保する為に、出血を止められただけの野盗とは違う。村人たちは、恐れおののきながら、立ち上がる者も逃げる者もいない。

マメシバ卿は武器を持たない代わりに、手の平に小さな水晶玉。

青龍の魔法を経て、港街の魔法使いが村人たちの心を覗き、青龍の魔法でマメシバ卿に伝えている。

野盗の頭を地面に転がした青龍の騎士、サトウ殿。銃を構えて、マメシバ卿の動きに合わせて村人たちに向ける。

シバ殿は、あたしたちと村人の間に回る。青龍の貴族、青龍の女将軍、青龍の騎士。三人に囲まれた、あたしたち。

村人は野盗の仲間ではない、から、味方とは考えない青龍。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・青龍からみれば、どれほど弱くとも、野盗は敵。

敵に従っていれば、それも敵。

従わざるを得なかったとしても。

進んで従ったのだとしても。

被害がでようがでまいが。

――――――――――――――――――――青龍には関係ない。

敵の都合など敵味方識別の役にたたない。被害の有無より可能性を考える。

敵である。

その結論以外は必要ない。

だから、一番自然なのは数人捕らえて皆殺し、なんでしょうね。

村人を殺さなかったのは、あの娘がそう願ったから？

あの娘の求めに従ったからこそ、村人を捕虜として扱っているのかな。

だから

――――――――――村を野盗から救ったのではない――――――――――

そう、態度で示していた。

【太守領辺境村の集落/中央/軍政黒旗団混成部隊前衛】

俺はざっと見回した。バリスタは無いね。ボウガンも無いね。

いしゆ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・武器自体持ってないね。

あと一歩、いや、半歩で虐殺だったね。

脅威ではない民間人を意図的に殲滅するという意味で虐殺。

赤子を含む子供、少年少女、若い女性に中高年、老人。

魔女っ子の機転が無ければ１２１人を、俺が、殺させていたわけだ。

今後、魔女っ子に先頭を行かせる事はしない。

つまり、次は、こういう人たちを殺させる、俺が。

その時、俺が何を感じるのかわからない。いや、感じないかもわからんな。いつも通り、ここ半月ばかり、殺し続けてきた。

・・・・・・・・・・・・まったく、異常なし。

人を殺したことより、人殺しと言われたことのほうが気になるってのは、なんなのかな？

まあいい。

『村長さんはお任せします』

マメシバ三尉は骨伝導マイクで、ほぼ声を出さずに通信してきた。目の前で地面に頭をこすりつけている、老人。

【太守領辺境村の集落/中央/青龍の円陣中心】

あたしは老人たちに視線を走らせる。この状況では、何もできないけれど。

見知っているだけの大人までは、どうでもいい。古い時代を、感じ取れるのは老人だけ。いっそ、

「立て」

と思ったところで青龍の貴族、その声が響いた。彼の目の前で平伏する老人、身なりが一番良い、つまり村の長だ。

老人は縮こまり、更に地面に頭を埋めようとした。

真っ先に平伏したのは、村人を導こうとしたわけじゃないのね。

真っ先に恐怖に耐えられなかっだけ、か。

これじゃ村人が指示を求めないわけだわ。

村人たちも、個々に怯えて、互いを窺うだけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ない。

一番、当たり前の反応よ、ね。

「そこのキミ」

マメシバ卿？村人たちの間を歩くマメシバ卿が、後ろの方で跪いていた、少年、いや、青年かな？に声をかけた。

「何か言いたいかな？」

マメシバ卿の傍らに付き添っていた村娘が慌てる。

「言っていいよ」

知り合いかしら。

「立って」

マメシバ卿に促された青年は、卿よりも背が高い。でも、卿に下から見下ろされるように気圧されたまま、声を絞り出そうともがいている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じじい！」

長に怒鳴ったが、続かない。

身じろぎもしない青龍たち。

ますます縮みあがる村人たち。

硬直する老人、長。

・・・・・・・・・・・・・・・・・春風と陽光に彩られた、

死の静寂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

囁くあの娘。その囁き声は、思いのほか、響いた。

「二度目は、ありません」

長は慌てて立ち上がった。

立ち眩みを起こし、支えられる・・・・・・・・・・・・・・・青龍の貴族に。

あまりの出来事に、皆の視線が集まった。

【太守領辺境村の集落/中央/軍政黒旗団混成部隊前衛】

俺は目の前にいる爺さんに、深く深～～～～～～～～～～く、同情した。

若者があらかた労役に駆り出され、領主が騎士たちとともにいなくなり、平和に慣れきった女子供に中高年ばかり。

そこに襲いかかる元気いっぱいな野盗が十数名。

どうしようも無かったろうな。

殺される奴を減らすのがせいぜいか。いろいろと、ヒドい目にあった村人も多かろう。あんまり

・・・・・・・・・・・娘さん達は特に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

見たくない。

俺の心の健康の為。

村人の不平不満、野盗の無理難題。

このボロけた爺さんが、背負わされたんだろうな。

村長、ってか、エルフっ子に聞いた話じゃ、野良仕事が出来なくなった老人たちからなんとなく決まる、村の長、だっけか。

この村では俺の正面で震えている老人だ。

旧王国時代から、村には必ず村人たちのまとめ役がいる。大抵は世話役程度。村の中高年、つまり大人たちと話し合い、農作業の労働配分、種を中心とした備蓄の管理、時々まれに他の村や商人との交渉などが役目。

私有の概念が薄いから、住居や畑に収穫物、薪拾いや狩りの場所となる森林も、村単位での管理となる。

一村を越えて、神殿を中心にしていた村々をまとめる役目にまでなれば、それなりの権力をもつこともあるようだ。

そこまでいくと、有力な村の長による持ち回りになるらしい。

有力な、ってのは、例えば文字通り地理的に真ん中辺りにある村。

あるいは街や街道に近く、外部からの情報や物流に触れやすい村。

もしくは土地や水脈に恵まれ人口が多い村。

例外は基盤になる村と関係なく、たまたま長にカリスマ性があった、とか。

そんな条件に合う村の長が、地域を束ねる。

そんなもんを固定化したら領主を脅かすし、長側も危険が危ない。だから、持ち回りになるのも当たり前か。

この村は、地域の外れ。

地の利、街道や水源や街、に遠く、カリスマ性は推して知るべし。

そんな村長なんざ平時なら貧乏くじ、今なら罰ゲームだよな。

いやはや爺さん、頑張ったね。

『計測完了です』

お、それな。

【太守領辺境村の集落/中央/青龍の円陣中心】

青龍の貴族は、長を座らせた。あたしが背中をたたき、あの娘たちが、青龍の三角形から前に出る。青龍の貴族、青龍の女将軍、青龍の騎士はあたしを見て何も言わない。

村人たちは、注目したまま。

物音一つしない。

「みなさん」

青龍の貴族の左側についた妹分が呼びかけた。村人たちが視線を向けた。

「参事会はご存知ですね」

大人達は、頷かなくとも知っている顔だ。

旧王国時代は作物の買い付けに、商品の売り込み。

帝国時代は徴税代行に資金貸付取り立て。

個々の商人、商会が扱ったとしても、保証を付けるのは参事会。

だから、それなりに浸透している。

だから、妹分の名乗り、つまり金融を仕切る筆頭参事の家名は効果があった。

この辺りを仕切る商会、その実務を仕切る手代の名前に特徴を交えて話すのは、流石ね。

人目を惹きつけてやまない、誰にでもわかる高級なドレスを身にまとう妹分。

歳不相応な話しぶりが、かえって皆を引き込む。

その背後に、異質違和感の粋たる、青龍たちが居れば決定的。

「こちらが」

妹分が青龍の貴族を仰いだ。

「ご領主様」

そして、抱きついた。そのまま、村人たちを見る。あの娘もとっさに、青龍の貴族に抱きついた。皆の注目が集まり、コクコク頷いた。

あたしが老人たち、数人だけど、を睨んだ。彼らが前に出て、首を垂れる。

あの娘が、声を張り上げる。

「ご主人様の、ご命令に従ってください」