anomie/どちらの夢だった?
【用語】
『Anomie』
:社会崩壊に対する集団的個別反応。大雑把に言うキリスト教系文明では魂を教義とするために「個人」を否定し得ないが迷信を廃した科学から言えば人格というのは人体の環境に対する反応に過ぎない……存在しないと言えば判りやすいし前提を理解すれば今の人格を維持し易くなるのでマジお奨めするのだがanomieという用語を作り研究してる人たちがキリスト教系文明の迷信に囚われている上に和訳しているのが基本概念をスキップ出来てしまう現代日本有数の訓練されたアレの為に調べても説明文が意味不明。科学的に説明すれば社会/環境の激変が起これば人格も崩壊し社会/環境が安定しなければ人格たちも安定し得ない。結果、自他の維持が不可能になることが多発。人間たちが不安定な動作を頻発させて、分類すればテロや自殺や犯罪や奇行全般に走ることを西欧の社会学者がアノミーと名付けた。
貧乏ってのはな。
金がないことじゃない。
当てがないことだ。
【異世界大陸東南部/国際連合軍大規模集積地「出島1」/竜の巣/青龍の水飛竜横下/若い参事】
僕らはツイてたな。
――――――――――やらされずにすんだ。
だから殺られなかった。
・・・・・・・・・・いまはまだ。
訳が解らん、何かは判る。
聴かない話じゃないからだ。
話だけなら皆が知ってる。
船乗りならば当たり前だが。
だから当たり前にしないために伝えてる。
そうならない様に。
そう出来ない事を。
それでも言い伝え。
判らぬ者とは船に乗らない乗れはしない。
時折。
必ず。
語る。
互いが船乗りであることを確かめ合う為。
必要は無い知識。
常には無関係。
常に非ざる心得。
いつもの航海なら問題ない。
船は陸沿いに進む。
地形を確かめながら。
触り慣れた流れに沿い。
決まりきった風を操り。
変わらぬ岩礁を抜けて。
見知った顔同士で働く。
嵐を避けることは可能。
港から出なけりゃいい。
風避けの入り江もある。
避けられなけれは死ねば良い。
覚悟も心得も要るわけがない。
風波から船を守ってればいい。
体は勝手に動く。
命令は絶えない。
結果はすぐでる。
溺死するなんて簡単なこと。
生き残れたら最高ではある。
狙えないなら気にならない。
怖くない、っていうのはこういうこと。
・・・・・・・・・・怖がる余裕が無いだけだがな。
いつもの航海ってのは、それだ。
――――――――――いつもじゃなければ?
見知りようが無い場所に流されること。
・・・・・・・・・・全周が海と空しかないらしい。
航路上で遭難しただけならそうはならない。
沿岸だけに必ず人里に漂着物が着く。
保険の為に買い取られるから見逃されない
海運保険は共同基金。
貴重な貨客を常に運ぶ船主たち。
多くはないが少なくもない遭難。
航路上全ての人里に伝手を持つ。
積み荷や貨客を掬い上げる為。
換金出来ない残骸死体でも買い取る。
沿岸住民に漂流物回収を習慣付ける。
そうして貨客の末路を帳簿に付ける。
船主は船の結果を証明しなければならない。
保険の処理の為。
帳簿を付ける為。
荷主へ伝える為。
だから行方不明の船はどうなるのかが判る。
――――――――――判らないと決算が着けられない。
使途不明は甘えかごまかし。
解らないと判るまでが結論。
船が行方不明とはなんぞや?
・・・・・・・・・・まるごと外洋に流されたってこと。
漂着物になるほど船体が傷付かず。
ならば人員貨物の損耗がほぼ無い。
偶々、風にも波にも乗れなかった。
ならばどうなったのか。
証言と日誌と痕跡が一致。
他の港でも記録は同じ。
船乗りが皆、恐れる航海。
恐れる余地を与える航海。
外洋に面した航路の航海。
嵐で沈めなかったら?
座礁も漂着も出来なかったら?
船と船乗りはどうなる?
嵐はいずれ収まってしまう。
陸から離れると風は弱まる。
潮の動きは留まるに等しい。
風が無ければ?
波が無ければ?
陸が無ければ?
船は進まない。
漕げるのは舟。
行き場はない。
なのに生きている。
外洋に出てしまった刻。
風も波も無い最中。
待つだけで済まない刻。
そんな刻に何が起きるのか。
証言が三例。
日誌が十八例。
痕跡が七例。
百年の間、これだけある。
うちの港の百年間だけでこれ。
他の港でも似た例がいくらでも。
未帰還。
顛末不明。
行方知れず。
そんな船が百倍はある。
百年間変わらなかった。
百年先も変わるまい。
それが船乗りに伝わる。
誰も防げない。
誰にも起こりえる。
役には立たない。
かもしれないだけ。
外洋で孤立。
三日間が限度だ。
一週間、保てれば奇跡。
正気を失うまで。
反乱が起きるのは間違いない。
もちろん無意味。
船長を吊るしても船は進めない。
風も波も無関係。
だから誰もが狂って、それで御仕舞い。
翌朝に風が吹いた船を知っている。
何故そんなことをしたのか?
判らないから誰もが尋ねた。
生残り皆にも判らなかった。
何がは判るが何故は解らん。
百年に限らず考え尽くした。
船長が横暴だったのか?
そんな訳がない。
人望が無きゃなれない。
それを維持できなきゃ解任。
何かあれば先ず皆の目が集まる。
船は閉じた箱の中だ。
毎夕寄港するとはいえ。
内輪の繋がりは重要。
わざわざ命綱を斬る訳がない。
船での反乱なぞ稀なこと。
不和の種には誰もが気付く。
撒かずに枯らせるのも慣れる。
食糧や酒が失われた?
船が破損して備蓄を失うとか。
ならば反乱すら出来ない。
壊れた船上の何処で争えるか。
糧食備蓄は出発港で大量に準備する
船は夜進めたりはしない。
毎日寄港するのが前提だ。
といっても補充はしない。
たかが知れてる中継港の在庫。
積み荷の目的地じゃない。
夜明けから夕方まで走る船。
中継港に着けばすぐに夜。
日暮れ以降に何か出来るのは青龍だけ。
上陸なんか出来やしない。
予定外の補充が要るなら翌日。
明るくならなきゃ積込出来ない。
仮に積むだけで済んでも出港が遅れる。
貴重な航行時間を費やせるものか。
船は糧水を半月分以上積む。
航海日数の倍くらい。
だから買わせる為の用意が中継港にはない。
街自体の物質を譲って貰うんだが。
交渉して集めて積み込んで。
日を跨ぎかねない。
だから船上に居る限り、飢えは起こらない。
船が沈まない限り浸水しない糧食保管庫。
最悪でも遭難しても最低一週間は保つ。
三日間過ぎても半分以上残っている。
外洋で孤立して進めなくなったら?
飲み食いは出来る。
出来ることはない。
なにもわからない。
ならどうする?
寝てりゃ良い。
順境にあれば到底不可能なこと。
食うために日銭を稼ぐ。
収穫のために日々働く。
遭難でも無きゃ寝て過ごせない。
それが庶民だ。
一週間は困らない。
その先はツキ次第。
堂々と遊べる。
外洋ゆえに釣りは無理だからな。
海藻が無ければ小魚は居ない。
小魚が居なければ大魚も居ない。
退屈かもしれないが。
たかだか一週間のこと。
待つしかないなら、待てばいい。
誰もが考える。
選ぶ余地なんか無い。
なのに反乱暴動に至ってしまうって。
食い尽くすまでは間があろうに。
飲み尽くすまでは間があろうに。
尽くしてから死ねばいい。
尽くす前に風が吹くかも。
誰も考えた通りには逝かないらしい。
選ぶ前に、そう為る。
話を訊いた限りでは。
話を読んだ限りでは。
話にある通りの残骸。
船に火を付けそうになった
・・・・・・・・・・そんな話まである。
逃げ場の無い船上で。
殺された側じゃない。
反乱を起こした側が。
追い詰められた側が最期の抵抗!
――――――――――なら解りやすい。
沈まない船と飲料酒に食糧を抱え込んだ側が、自分たちが抱え込んだ船に火を放つ、だ。
どれだけ火を付けてしまったのやら。
帰って来れなかった船では。
それだけ追い詰められていたんだな。
もしかしたら、ってヤツに。
かもしれない、に救われない。
かもしれない、には殺される。
大陸有数の富豪たちでさえも。
それが起きたらしい。
今日、聴いた。
その刻の話。
支配の喪失。
青龍は何も命じなかった。
布告すらない。
降伏勧告は帝国に向けて。
領民を視ない。
流民、市民、氏族に富豪。
観すらしない。
忙しく帝国を逐うだけだ。
海の喪失。
青龍は出港を禁じなかった。
何処も同じ。
船は帰って来れないだけだ。
沈められて。
それだけで皆が理解したが。
逆らえない。
殺されたら逆らったと判る。
それまでなにも判らない。
二月末に青龍が来た。
三月半ばには十万の死体を片付け終わった。
四月には投機が始まっていた。
それが何故かは判らない。
物不足は無かった。
人が山ほど殺された。
都市も畑も荒らされず。
むしろ物は余っていた。
十万体の片付け中、炊き出し用意は楽なくらい。
帝国資産以外の在庫は手付かずで残されたからな。
太守領と同じように。
青龍は戦利品以外は構わない。
もちろん沿岸部一帯の話。
大港湾都市だけの話じゃない。
十万人が消えた。
十万人分の在庫が残された。
いくら大きくとも、二つの都市だけで済む話じゃない。
最初は物の値段が下がったくらいだ。
ギルドが介入したくらい。
運送費が賄えるよう。
穀物の古い物から費えるよう。
再び課税が始まった刻に慌てぬよう。
先々を考えれば不足は見込めた。
作り手が激減したのだ。
おそらく、と誰もが考えたろう。
そんな時に会所を再開させたのは、特段の意味はない。
ただ港湾都市機能を出来るだけ早く戻しただけ。
むしろ取引の成立自体、期待しなかった。
先行きが不安なだけに、形を戻したかったのだ。
都市参事会は気がつかない。
先物が動いた。
秋に向けた取引だ。
収穫が絶望的。
当然、値が上がる。
普通のことだ。
とはいえ穀物は年を越せる。
むしろ大変なのは来年だな。
参事会の皆は、そう考える。
今年の秋はともかく、来年の秋など誰にも判らない。
年を越すのは今の在庫。
去年の収穫物だろう。
時期により差が付いた。
新しい収穫物に売買特約が付く。
新しいとはなんぞや?
昨年秋か、夏か、春か。
今年の春か、冬か。
春小麦に対する冬小麦の交換比が乱高下。
収穫物とはなんぞや?
小麦か、大麦か、燕麦か。
芋か、肉か、野菜か、魚はダメか。
同じ品が食糧と飼料で値が替わり決まらない。
売り買いが現物を離れて証文に換わる。
売り買いが今に関わらず後先が変わる。
売り買いが在庫を観せる演技に代わる。
日々の消費までがかわるのに時はかからなかった。
売り惜しみ。
買い占め。
粉飾に虚構。
会所を閉じると言う噂一つで暴動が起き、パンを買う行列で順番が売り買いされ、作付け前の畑に盗賊が入る。
嗤って観て居られなくなった富豪たち。
仕事が無い船乗りを武装させた私兵を動員。
そこで初めて氏族が加わっていると気がついた。
金が在るのに馬鹿をやる。
――――――――――そんなことがありえるのか?
それが有り得るんだよなぁ
・・・・・・・・・・だから観えても視えなかった訳か。




