沈黙の春

はじめまして。

エルフちゃんは可愛いですね。エルフ愛好会会長をやってます。一都二府十二県にて幾千の同志と共に

――――――――――（流し読み）――――――――――

副会長にはメールは止めとけって言われましたが

――――――――――（読み飛ばし）――――――――――

エルフちゃんが窓から田園を見下ろしてはしゃいでいるのが可愛くて可愛くて

――――――――――（読み飛ば・・・・・・・・・・・・・・？）――――――――――

けっこう人がいないんですね。機械農業じゃないから区割りが大ざっぱなのはわりかりますが、雑草を抜いているのかすら気になりました。大学のトラクターを持って真のエルフ農業を

――――――――――（中断）

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵先頭】

俺がそれを読んだ時、副会長は正しい、そう思った。だが、会長はそれを素直に聴くタイプじゃなかった。だからこそ、検閲をくぐり抜け、俺が読む羽目になったのだが。

国際連合に、いや、国連軍にはご意見ご要望批判賞賛色々届く。これは前線兵士たちの家族や兵士間の私信を除いた話だ。

紙に代表される物理メールは列島内部限定。

電子メールは国連管轄地域全域に送ることができる。

送ることは、ね。

公的な窓口に届いた物は、それなりに処置をする。味も素っ気もないテンプレートを組み合わせた機械応答じみたアレだ。

ご意見ありがとうございました（その内容がどうあれ）。

内容は担当者に伝達いたします（いつ誰にとは言わないが）。

国際連合へのご協力を今後ともお願いいたします（口をつぐんで目を閉じろ）。

実際、国際連合のしかるべき、名無しの部署は解析サイトで書き散らされている文章にこそ注目しても、直接送られるメッセージは歯牙にもかけない。

解析サイトでブイブイ言わせていた人間が消息不明になることはあっても、一日一通以上メッセージを送り続ける人間の素性が調べられることはない。

与党連合幹事長もこういっている。

『有事につき個々人の主張や思想を確認する暇はありません。どなたのアピールであれデモであれ請願であれ個々人の責任でお好きにどうぞ』

まあ、議員は投票箱にたたきつけられる意見以外に関心はないのが当たり前だが。

『指導』して放送印刷させている『世論』以外に見向きもしない官僚よりマシか。

そんなこんな『でも』集まり続けるメッセージ。

中には前線の特定部隊宛てもある。部隊宛てでも、関係者以外には部隊名などわからないから名指しじゃない。

元カノみたいな有名人なら、個人名かアダナ「マジックナイト・スレイヤー様」で宛先になる。

「ドラゴンスレイヤー様」では無理だが。

ドラゴンスレイヤーは山ほどいる。ＵＮＥＰ（国際連合環境計画）に禁止されるまで、１ｏｎドラゴンが米軍関係者に大流行だった。

だが、魔法騎士をタイマンで殺したのは元カノしかいない。

俺が解読した謎愛好会会長のメールの宛先は？

国際連合が公開した、先頃取り消した、エルフっ子の画像データ。そのタグに対して、条件指定して送られたからだ。

＜写真のエルフちゃんを守護している兵隊さんの隊長へ＞

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいけどね。

もっとも、宛先が判別されれば届く、とは言ってない。

むしろ、ほぼ届かない。

分類し国連軍メールサーバーに蓄積されるだけ。

別に元カノだけじゃない。

兵士たちの家族や兵士間の私信を含めて、出所問わず国連軍に向けた、国連軍から出る、ありとあらゆる信書。

例外なく、しかるべき部署で内容を確認。該当部署により必要があると判断されれば、宛先に配信されることも無くもない。

それは検閲じゃないかって？

検閲だ。

もちろん。

軍事参謀委員会は外部からの私信をスルーしたりしない。

戦時下故に検閲は当然？まさかまさか。日本国憲法はそれほどスカスカじゃない。立憲主義に立つ民主国家でそんな事が認められる筈がない。

まあ、民主国家かどうか色々議論はできるが、割愛。

あいも変わらず、異世界転移以後、日本国憲法は尊守され続けている。

なら単純な話。

日本国の、最高法規。

国際連合は日本国の施政下にない。憲法違反ではなく憲法以外。

それ自体が憲法に抵触しないか？大丈夫！むしろ日本国憲法には、確立された国際慣習に従い条約を尊守すると明記されているぐらいだ。

別に憲法より条約が上って話じゃないから安心していい。

此方のルール。彼方のルール。管轄権と責任範囲のお話。日本国内法は国際連合施政下にて『準用』されているが『適用』されてはいない。

かくして国際連合軍活動地域ではありとあらゆる通信は傍受解析加工されている。

合法的かつ日本国憲法に違反せず。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三佐のオヤジは元々法科崩れ。

ブレーンは法学者、しかも憲法学者が目立つ。

国連軍を仕切る合衆国大統領の娘。

欧州メインの弁護士。事務屋に過ぎない日本の弁護士と違う、法原理と判例を組み合わせ社会をこねくり回す役目だ。

異議申し立ては、再建された国際司法裁判所まで。

誰が再建したか聴きたい？

つまりは、そういうこと。

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵中ほど】

あたしは眼をこらし耳を澄ます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――何も聴こえない。

春風、草木の芽吹き、羽ばたき、せせらぎ。

聴こえない。

人の音が。

有り得ない。

春。農村。この邦、北の大地が暖かくなった種まきの季節。

一番、忙しい時期。

畑は広がっている。耕された痕。斑に地を飾るのは広がる雑草。水路に水が流れている。いや、溢れている。

チグハグで、統一感がない。人の気配が判るが、感じない。

もともとの苦境を考えても異常だ。

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵先頭】

俺は農業を知らない。国連軍も関心を持っていない。だから、異常に気がついたのは、僥倖だった。

エルフちゃん愛好会だかの会長が暇な農業大学学生だったからだ。

しかも、常識的かつ友情に厚い副会長の忠告を無視する、人間性。

画像の背景まで解析する着眼点。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・坊主にくけりゃ袈裟まで憎い、じゃないが、エルフっ子が可愛ければ、エルフっ子が見てる景色まで愛しい？的な？

そのほとばしる情熱が創りあげた、何故か俺宛ての謎文章。

それが国際連合のスクリーニング検閲ソフトにヒット。

普通は『虐殺』『殺人』『処刑』などなどで引っかかる事例が多い。

今回は『農地』が引っかかった。

このメッセージは検閲削除、差し戻し、黙って破棄、ではなく

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二重三重のシステムチェックを生き残り通過して、人間の検閲官が再々々

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確認。

結果、農業関係の考察にマーキングされて転送されて来た。

俺に。

全文。

エルフっ子への、まあ、愛情？に満ち満ちた溢れんばかりの賞賛絶賛美辞麗句をかいくぐると

――――――――――カットしとけよ検閲官――――――――――

確かに無視しえない記述が出てくる。

該当部署には今後必要な部分だけ抜き出すように要望

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・したら、全文内に関連情報が入っている可能性を否定する根拠はない云々とテンプレートメッセージが返ってきた。

否定しきれない所を突いた切り返し。

サラリーマンの鏡みたいな、仕事したくない感満載な名文。

同僚なら尊敬する。

テンプレートを創った奴、使った奴。同僚ならね。

まあ検閲官としては、要は、メンドクサイ、ってこと。つまり、今後も精査は俺にやれ、と。なんか、この文章読んでるとムカつくんだけど。

『それはＬｏｖｅ！！ＤＡ！』

キモ！神父！布教活動やめい！坊さん召還！お前らの宗教じゃ愛は至上だろうけどな、仏教じゃ捨て去るべき煩悩なんだよ！

※執着は不幸と苦悩への一本道。殺人の二大原因は金銭関係と痴情のもつれです

『ＮＯＮＯＮＯ』

ドャ顔デフォな神父は声音だけでドャ顔。どんな声だよ！！！！！！！！！！

『ムカッとＫＴ――――――――――』

オマエにな。

『ＯＫＯＫ！ＹｏｕｒエルフＰｒｉｎｃｅｓｓにナンニモシナイヨ～～～サキッチョも～～～～～～～ＭＥはＮＥ！』

あ゛

『変な日本人？ワザワザワ彼氏宛にエルフへのＬｏｖｅ ＬｅｔｔｅｒをＪｕｓｔナウ！』

？？？？？？？？？？

『あーそりゃ怒りますわ。戦場なら後ろから撃たれるレベル』

マメシバ三尉？

『監察官は検閲も任務でしょう』

『ＯＨ――――――――――ＭＥ監察官、リメンバー！』

神父！オマエ！忘れてたろ！

『まあまあ大尉殿。後宮に色目使う不届きメッセージは監察部が片付けるってことで』

『バッチコ――――――――――イ！！！！！！！！！！』

コウキュウ？神父に丸投げていいわけか？

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵中ほど】

あたしは動揺を抑えこんだ。

――――――――――全部、聴こえてるんだけど。

青龍の貴族から、知らされてはいた。

あたしの肖像が大勢の目に触れた、と。まあ、どうでもいい。

でまあ、あたしの肖像を見たボンボンが、美辞麗句を連ねた文を送って来た、訳ね。

だからどーした、って話。

でも。

青龍の貴族が不機嫌になった。

どこかの男が、あたしを褒め称え、青龍の貴族、彼が不機嫌

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。

ふふ。

ふふふ。

ダメダメダメ。

後後後。

後で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う違う違う。

後宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから、ダメ！！！！！！！！！！

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵中ほど/騎上/エルフっ子の前】

こういう時こそ、わたくしですわ。馬の上、背中のねえ様によりかかります。

「ねえ様？何を気にされていますの？」

あら、面白い。ねえ様は百面相から、いつもの静かな緊張感を取り戻されたわ。

「種まきの時期なのに、人気がないわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですわね。

改めて見回す。

こんなにいい天気で、農夫が畑にいませんね。

「ただでさえ人手が足りないんだから、休む間もないはずよ」

わたくしの怪訝な表情に補足してくださる、ねえ様。

「今年は特に、ね」

ねえ様のお話。

十年前から、この邦は帝国のへいたんきょてん（兵站拠点）。遥か南の戦場に、大量の穀物を送り出させる。

帝国はその為にこの邦を穫ったのですね。

だから、村々の収穫は大半が税として徴収される。

過去、穀物を南の市場に売りさばき莫大な富をもたらしていた海上交易。十年前からは、穀物の輸送費を稼ぐ商売に様変わり。

まあ、相場の心配がない、確実な商いではありますけれど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・商い、っていうより帳面仕事。

役人みたい。

それだけでも苦しい農民達は、秋の収穫が終わると、労役に駆り出され

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・て、ましたの？

人手で荷車を押して税を運び、穀物は港の蔵に。それが終われば船に載せられて、南の戦場へ。

兵士ではなく、人足として。

戦場で付城や要塞を造り、街道や港を再建し、戦場痕で誰も集めない死体処理。

昨年はとりわけ多くの人間が南に送られたのですね。遂に陥落した反帝国最期の拠点、星都を破壊し尽くすため？

あの、大都市を？

丸ごと？

再建じゃなくて？

敷石一つまで剥がして砕き、地面総てを掘り返し、大量の塩を鋤き混み

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お待ちください。

一から都を造る方が安くつきますわ。

何のために？

「帝国の貴族も騎士も呆れてたけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・魔法元帥の命令みたいね」

儀式？でしょうか？

あ、ねえ様。話の腰を折ってしまいましたわ。

ささ。

つまりは、そのあれやこれやで、反帝国との戦争が終わったのに、この邦からは例年以上に農夫が南に送られたのですね。

重労働に耐えられる人間が、一人残らず。

労役は、さすがに冬だけですよね。

春先には戻らないと、種まきが出来ずに秋の収穫どころじゃなくなりますし

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・春先、には

――――――――――？？？？？？？？？？

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵中ほど】

妹分も、気がついた。あたしも２ヶ月前に懸念して、１ヶ月前に確信したこと。

冬の初め。

やって来たのだ。海の向こうから。青龍が。

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵先頭】

俺は内心、頸をかしげた。

『写真のエルフちゃんを守護している兵隊さんの隊長へ』

まあ、兵隊さんの隊長なのは否定しない。不幸にしてクビになってないからな。

だが釈然としない。

俺は、エルフっ子たちを、守ってる？・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かな？

単に協力して貰って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・任務に利用してるだけのような。

軍属と違って給料払ってないしな。

エルフっ子は家族同然の魔女っ子を守りたい。だから協力してくれている。

エルフっ子に限らない。お嬢もだ。

なら、俺は魔女っ子を守ってるか？

魔女っ子は地元代表。

元々、ろくでもない扱いをされてきた魔女っ子。

代表ってのも騙され利用され、ただ押し付けられただけ。

地元の有力者と、俺が押し付けた。

つまりは魔女っ子を良いように利用して、芋づる式にエルフっ子とお嬢を好き勝手に使い

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――サイテー。

俺か！！！

ど、どうしよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、まて。

いまさら取り返しがつかん。

三佐も言っていたじゃないか！！三人を幸せにしろ！！！って！！！！！

幸せ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

猫を抱いて日向ぼっこ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人それぞれだからな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

俺に出来る事が更に乏しいし。

うん、機会を創って聞こう。

何が欲しい？

俺に叶えられる範囲で何でもかなえよう。

【春の日本列島】

神父秘蔵のエルフっ子画像。

視線を向けた相手を全否定する、蔑みを通り越した無機質な表情。

神父のアイ・カメラ（グラサン）が捉えたベスト（？）・ショット。

その一枚、至極のそれ（？）が流出。

日本列島のとある農業大学が、まるまる一つ、異世界大陸の北辺特定地域研究解析を専門にするようになったのは、また別な話。