十二日目／After　Coming out

太守領の首府と港湾都市の間。

徒歩の旅人なら一週間、馬車を乗り継げば３～４日、早馬を継げば５～６時間ほど。

だがそれは、主街道を通った場合。

名もなき道、というほどではないが、裏街道もある。

常に人が、隊商が行きかう主街道。

収穫期のあと、港や太守府に向かう荷馬車以外はあまり人通りがない裏街道。

税として、時に輸出品として農村から集められる小麦。

港湾都市に近い農村ならば直接港に運ぶ。

港湾都市から少し離れると、一度、太守府に出る。そこから河船に乗せて港に運ぶ。

主街道もなるべく河沿いに道を作っているが、河に削られた渓谷や山のはざまを通るために、どうしても大回りとなる。

河を下れば半日で太守府から港に着く。

見通しのいい河上を安心して進める社会であれば、だが。

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵先頭】

春。緑が芽吹き、風がそよぎ、生きる音で満ちる。

俺はカッポカッポと進んでいた。

海を、ではない。空を、でもない。なにしろ、カッポカッポである。

ヘリから護衛艦に乗れば、日本への帰還など容易い。

のに、コレである。

「期待した？」

うっせー！

『ＮＥーどんな気持ち？どんな気持ちＹＯ？』

黙れ神父！！！わざわざ指揮車両から割り込むな！！！！！！！俺は駆け出させた。元カノが続く。

まあ、はるか後方の軍政部隊（ｉｎ神父）からいくら距離をとっても、通信は届くけどね。

上空の哨戒気球は通信中継機能を兼ねている。

衛星と比べるべくもないが、太守領全体をカバーするには十分。オートローテーションの中継気球群を通じて冗長化され、出島、更に本土の軍事参謀委員会に直結している。

だからまあ、神父の戯れ言から物理的には逃げられない。

『盗んだ俳句で走り出す～～行き先は～～～わかっている～～～～』

うーん、通信系の上位管制機能で切ってやろうか？上位権限なら、部隊外／部隊内／ＰｔｏＰ／指定グループへの切り替えが自由自在。

もちろん、自分だけではなく、指揮下全員の通信を制御出来る。これはシスターズのような協力者、Ｃｏｌｏｒｆｕｌのような軍属を含む。

例えば選抜歩兵の佐藤、柴の二人だけで通信させる設定も可能。なんの意味もない気がするが。

神父の監察官権限は、俺が完全に操ることはできない。だが部隊内通信傍受以外なら制限可能。だから、神父の声を聴こえないようにはできるが・・・・・・・・・・・・今は制圧したと言い切れない野外だしな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・いざという時、突発的戦闘などで危険。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一人だけ通信が切れていて、戻すまでのタイムラグが致命的になるかもしれない。

いやいや、戻し忘れるかもしれん、俺だし。

決定。とりあえず、我慢。神父は戦死じゃいかん。俺が撃ち殺さないと。

ちなみに、俺達が乗っているのは盗んだバイクではない。

馬だ。

引き締まった体に細い手足。軍馬、っていうより、競走馬。盗んでないよ？いやまあ、前帝国太守の資産だから、盗んだ、でいいのかな？奪った？

魔女っ子が楽しそうでなによりです。

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵/青龍の貴族の前】

わたしはご主人様に身を任せ歓声をあげてしまいました。馬に乗せていただくのは、初めてではないんです。

でも、怖くない。

怖かったのに！怖くありません！！楽しいです！！！

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵先頭】

俺がここにいる理由。

ああ、異世界に、って話じゃない。

そんな理由は日本中の学者・・・・・・・・・・・・物理学から民族学まで、理系文系入り乱れてハイテンションになっている皆さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・が調査中。

学者と名がつくものは

『異世界を調べよう！』

『異世界転移を調べよう！』

の二派に別れて狂喜乱舞する奴ばかりだ。

まあＴＶに出ている肩書き『学者』(笑)な方々は『あと３ヶ月で資源が尽きる』と深刻そうに語っている。

今も。

４ヶ月目に入ってしばらく経った今朝も。

まあ聴いてない（受け流してる）からいいけどね。

なら、俺がここにいる理由。

ああ、大陸に、って話じゃない。

それは三佐が俺を大陸派遣軍に送り込んだからだ。まあ、それ以前に俺が投票した議員達が国連軍創って大陸侵攻作戦を始めさせたからだが。

なら、俺がここ太守領にいる理由、って話でもない。

それは三佐が俺を軍政官に仕立て上げたあげく、占領してこいって命じたからだ。みんな三佐が悪いんだな、うん、俺は悪くない。

だが、俺がいるここ。太守領東部、港から太守府に至る道すがら。のどかに見える農村部に居る理由は誰のせいか？

それは、まあ、これだけは、俺が悪いんだが。

いやいやいや・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が原因ではあるが、悪くはないよ。

うん。きっと。シスターズも喜んでるし。

じっと手を見る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のは手綱があるから無理。

上を向いて歩こう（馬が）。

『涙が～～～～～コボレナイＹＯーＮｉ！』

神父・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前、本当にアメリカ人？

中に日本人が入ってないか？

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵中ほど】

あたしは青龍の貴族、その視線を追った。

遙か高みに鎮座する青龍の使い魔。普通の人間には見えない。あたしがエルフだから、青龍の貴族と同じ距離の遠くが見える。

エルフで良かった、かな。

青龍の貴族が使い魔と交わす会話。何を話しているのかしら。あたしには、エルフの耳でも、聴こえない。音を使わず会話するから。

あたしたちの世界で、魔法使いなら使い魔と目を共有できる。でも使い魔が見たモノを魔法使い自身が見る、だけ。

青龍の使い魔は、見たものを水鏡のようなものに映し出し、誰でも見られる。

青龍の貴族にお願いすれば、あたしたちにも扱える。

この邦を見下ろす眼。よっつ、四匹、四個のソレが全土を見回す。うち一つは常に青龍の貴族の上。鳥のような形をした『偵察ユニット』とは別に、敵を探し続ける。

常に、絶え間なく、休みなく。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて事を、問われるままに答えるのだ。

青龍の貴族、彼は。

青龍も、隠し事はする・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・らしい。

ついて歩く史家に『問えば答えがあると思うな』そう、事あるごとに言う。

重要なこと、大切なことは、誰も教えてはくれない。

自分で考え、探し、見出さないと、いつまでもいつまでも無知なまま

つまり、これはとるに足らないこと、なのね。

絶え間なく敵を求め続けること、天空の眼。何もかも、いつでも常に、命じられる事もなく。

それは、すごいを通り越して、恐ろしい力。

それを些末なこと――――――――――――――――――――とすら感じない、青龍の貴族。

その力を誇示したりしない。聞かなければ教えたりしないから。

その力を隠そうと思いもしない。聞けば教えてくれるから。

青龍の貴族が持つ力。

彼に言わせれば、『青龍の世界から与えられた』だけで、自分とは関係がない、自分が誇るべき何ほどでもない、らしいけど。

【一昨日】

俺が三佐から受けた命令。

国際連合軍軍政本部所属の俺に、正々堂々と命令する陸上自衛隊三佐。実質的上司とはいえ、指揮系統無視も甚だしい。

命令はしかるべき手順を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて言える訳もない。

言ったが最期、どんな嫌がらせをされるかよくわかる。

俺がＷＨＯ防疫部隊所属にされるか、三佐と俺の二人方面軍を創られるか。

めんどくさくなれば

――――――――――――――三佐がそう感じれば――――――――――――――

―――――――――――――――――――こんどはＦ／Ａ-１８が飛んでくる。

そこでまあ、しぶしぶ拝命したりしたのだが。

『可及的速やかに帰還すべし』

悪くない。毎度々、単文簡潔な命令は三佐の癖だ。何処へ、どうやって、どうして、と書いていない帰還命令。

パワハラ三佐の命令は応用が可能。ってか、必須。

『三佐がやれと言ってますので協力願います』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これで押し通せるシチュエーションは多い。

命令って言わないのが秘訣。

便宜から装備資材に部隊まで、命じられた側（この場合は俺）が手配する。

慣れてくると、応用が出来る。

沖合の護衛艦も、三佐が元カノ達を押し込んだくらいだ、間違いなく三佐の息がかかっている。

抜かったな、三佐。

いつもなら部下が命令を乱用出来ないように仕向けるのに。

ふっふっふっ。

飼い犬に手を噛まれるがよい！

早速トランク一つでヘリから護衛艦、更に彼方の母なる大地に！！！！！！！！！！

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、行きたかった。

―――――――――――――――――――三佐に連絡する用件が無ければ。

エルフっ子の個人情報削除。

その為に、三佐の個人的職権乱用横紙破り越権専横を、願い奉らないといけない訳で。

そこでこんな会話をする羽目になった。

ノンフィクションである。

三佐はまるで俺の前に立っているように現れた。肌艶までわかる３Ｄ通信。だからといって、映像を出さないといけない決まりはない。

普通は出さない。

音声だけで足りるし。

むしろ、文字だけで足りるし。

艶々しやがって・・・・・・上機嫌の三佐は危ない。三佐は不機嫌なほうが扱いやすい。自制するからだ。

俺は三佐の顔色をうかがいながら端的に説明。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・という訳です」

帰還命令の事をおくびにも出さず、エルフっ子のデータ流出問題について必要事項のみ伝える。

データ管理部署担当者の名前、上司の名前、関連データの管理者に稟議先。これだけ挙げれば、何処に誰に圧力をかければいいか一目瞭然。

三佐の通話一つで済むように配慮。

いやーほれぼれしちゃうね！上司に無駄な手間をかけさせない！！俺ながら部下の鏡だね！！！

『へぇ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～』

命令は端的なんだよな、三佐。含みを持たせるのはオフィシャルじゃないノリ。

まあ、越権上等暴走基本。いつ鉄道を爆破してもおかしくない、懐かしささえ感じる旧軍ちっくな三佐に、オフィシャルもプライベートも無いか。

チシャ猫みたいな表情は、趣味で傀儡国家創りそう。

だが、コレを凌げば。

『つまり、あの可愛らしいエルフさんを、ネットのおもちゃにしたくない』

おい、言い方言い方。

『ＹＥＳかＪａで答えなさい』

おい！！！！！！！！！！

『本音を、おっしゃいな』

便宜をはかってやるから、楽しませろってか。

『自分の女を見せびらかしたくないタイプよね？貴男は』

おーそう来るか。

「ＯＫ？こちとらＤＴジャネーンダヨ？Ｂｉｇ　Ｍａｇｎｕｍクラワシチャル！――――――――――ＯＨ」

とりあえず、曹長に神父をつまみ出させた。目で通じ合う、理想の下士官だね。

『ん？』

愉しそう～ですな、三佐。飼い犬をなめるなよ？

「ええ」

『ん？』

キタ！不意をつけた。

「あの子は俺の女です」

『！』

俺の返しに面食らってるな？

「俺以外に指先一つ、視線一つ譲りません」

くっくっくっ。

ロリコン扱いでからかうつもりだった部下が、まさかのカミングアウト！驚いてる驚いてる。

「忙しくて抱いておりませんが。まだ」

『！！！！！！！！！！』

ほーれ、ほーれ、慌てるがいい。

あれで三佐は根っこが真面目だからな。

「全員まとめて、譲りません」

そろそろ方向転換。やりすぎると後が怖い。からかってるとばれると、自動再就職で永久勤務にされかねん。

「安心してください。お互いに望んでいる事です」

万一、微かにでも信じられたら、別な意味でＦ／Ａ-１８がやってくる。三佐はからかう割に、ガチなクズを嫌ってるからな。

そろそろタネあかしをして笑ってやろ・・・・・・

『ぷっ』

？

『はっはっはっはっはっはっはっ！！！！！！！！！！』

うーん、先にバレた。さすがに、ネタに走り過ぎたか。

『わかったわ』

よし！

『任せなさい』

楽しませた、か。

「よろしくお願いします」

完全勝利。これでエルフっ子の肖像権は、これ以上侵害されない。

『三人とも幸せにしてあげなさい』

まだいうか。

ともあれ解決・・・・・・・・拡散した部分は、まあ、個人的に詫びるしかないな。

『あ、あと』

しまった！通信中！切り損なった！

『早く太守府に帰ってきなさい』

釘を挿された――――――――――大敗北。

もちろん、こちらから通信は切れない。儀礼上ではなく、管制機能は上位者が持つからだ。だから、話を終わりに持って行くべきだった。

よろしくお願いし、失礼いたします、でまとめるところだったのに。

まあ、仕方ない。

俺はお茶を差し出す魔女っ子に礼を言った。からくり人形みたいな動きもかわいいな。

【太守府/港湾都市から太守府へ/主街道を離れた裏街道/先行騎兵中ほど】

あたしは、青龍の貴族から意識を振り払った。昨日の醜態を思い出して、自制。

「ねえ様？」

妹分が振り返って見上げてきた。あの娘が青龍の貴族の馬に乗り、妹分があたしの馬に乗る。

「ねえ様もお聞きでしょう」

！！！！！！！！！！

「ご領主様は、いつ落ち着かれるのでしょう」

忙しい、から・・・・・・・・・・・してな

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・！！！！！！！！！！

あたしは一昨日、埠頭で、しゃがみこんでしまったのだ。

青龍のおじいさんと話していたら、突然耳に聴こえた。首筋に付けた魔法の首飾りは、あたしたちと青龍を声でつなぐ。音ではなく突然耳の中に響くから、周りには聞こえない。

いつもなら、青龍の貴族が呼びかけてくる前に、あたしの注意を促す音が鳴るのだけれど。

その時は、何もなしに響いた。

あたしは、魔法だから関係ないのに、息を潜め、耳を集中してしまった。青龍の貴族、彼の声。一部始終、聴こえた。

あたしに向けた言葉、じゃないから、本音よね・・・・・・けど、あたしの事、だよね。

なんでなんで？互いに望んでいる？？

気づかれてたの！！

気が付かれないのもおかしいけど！！！

望まれて、たの！

何も言わなかったくせに！！！

今だって、あたしに言ってないくせに！！！！

・・・・・・・・・・・・・・・言うまでもないってことかしら・・・・・・・・・・・・・・・らしくは、あるけど。

つまり、これは、それで。

どうやってどうしようどうなるの！

「ねえ様、そろそろお帰りください」

妹分の冷静な声。こんな調子で、昨日は青龍のおじいさんに心配された。

のはいいけど、ドワーフどもに気遣われたのがショックだった。

もう、それは全力で走ったわ。顔を隠して。

「貴女は大丈夫？」

妹分の首筋で輝く、青龍の首飾り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・当然、聴いていたわね。

たぶん、こういう事について、三人の中で一番知っている。

・・・・・・・・・・・あたしが、苦手すぎるのが、大問題。

「閨の中は、ご領主様にお任せですわ。なにもかも」

一呼吸。

「ただ、お忙しいからこそ、癒やして差し上げたい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど。

「ですから、待ちません。ねえ様は如何なさいますか」