捕食者の宴/Ｐｒｅｄａｔｏｒ

とても平凡な事実がある。

地球上のことだ。貴方も私も知っていることだ。

世界中を侵略した帝国。

ありとあらゆる残虐非道を繰り返した民。

彼らは、その行いに罪の意識を感じない―――――――――――――――――――――――――――これまでも、これからも。

彼らはおよそ多くの人類に共通した感性を持つ。

彼らは概ね普遍的な倫理観と美意識を持つ。

彼らは罪悪感も誠意も身につけている。

であれば、こうなるのは必然であろう。

地球上では、とてもありふれた平凡な結果だ。

罪悪感という機能が発動するプロセスは地球人という種族に共通なのだから。

『カタリベ』たる老婦人は、とある政治家の私邸で名もなき青年に取材した。役目を変えたとはいえ、外国人特派員協会に籍を持つ彼女にとって、これはやはり取材だった。

最初に『あなたたちの名前を公開することはない』と約束する。すると青年は少し残念そうだった―――――――――――――――――――――――――――彼女にとって、信じがたいことに。

「まあ、ここでカッコつけるほうが、カッコつかないですね」

言い回しはどうでもよかった。あるいは誤解があったのかもしれないと思い、取材を進めた。

「人間は恐怖に対抗する機能が無いんです。羽根がなければ飛べません。ただ落ちることしかできない。だから同化する。恐怖に同化しようとします。成功したら、物理的な表れ方で『転向者』と呼ばれたり『復讐者』と呼ばれたりしますね。どちらも同じ、イコールです。大成功すれば『英雄』になれるかもしれませんが、いずれも精神異常ですから、ここまでくると運次第です」

カタリベが取材をやり通せたのは、過去の経験で鍛えられていたからだろう。紛争地帯で子供を兵器にする連中や、大義を見失い虐殺者になり果てた大国の兵士たちと渡り合ったからだ。

最初の印象と違い、青年は自分の仕事を理解していた。

「いや、健康に悪いですから、数字だけ見るようにしていますよ。画像解析は自動化されてますし」

仕事の結果を理解して、ソレを忌避する感性もある。だが、個人名を隠そうとは思わない。それに水を向けてみた。

「アイヒマン裁判ですか？ということは、貴女がＨａｎｎａｈ Ａｒｅｎｄｔ？」

意味は通じた。

「大丈夫ですよ。今回は負けませんから」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――絶句。

裁かれるか裁かれないか、それだけなの？

カタリベが、行われたすべてを語り継いで、いずれ後世の審判を受けると知ってなお、微笑んでいる。

侵略戦争の、虐殺作戦の、立案運営にかかわってなお。

あなたは侵略者であり、虐殺者なのだけれど。

「ああ、そうですね」

気負いもなく、熱意もない、大義も使命も義務も・・・・・・・カタリベは、ふと気が付いた。青年の、何一つない、空気のような自然さに。

ヒムラーの情熱もない。

アイヒマンの義務感もない。

ゲッペルスの正義感もない。

人間は殺す。捕食者の、日々の営み。

牛にも。

鳥にも。

植物にも。

罪はなく、殺されるべき理由はないし、多くは抵抗すらできない。

これを虐殺という。

犠牲となった罪なき命に、感謝する人間がどれだけいる？

いなくはない、か。

正当性などないのに犠牲にした命に、本当に罪悪感を抱く者がいるか？

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いない。

いたら心の病を疑うだろう。

牛を殺し。

鳥を殺し。

人を殺す。

それが、捕食する側の都合だけでしかない、日々の営み。

常に殺す側の論理。

圧倒的強者の感覚。

獲物との断絶、隔絶、そもそもが同じ次元にいない。

人と動物の違いはなんだろう？

人間は何を基準に相手への接し方を分けている？

『同じ人間なんだから、尊重しよう/大切にしよう/話し合おう』

つまり、

『同じ人間なのに、以下略』

という現実があるからこその、言い回し。

事実から言えるのは『同じ種族』という基準ではないということ。

では

『同じ力を持っているのだから尊重しよう』

という言葉はありふれているだろうか？あまり聴かない。

存在しないから？

当たり前だから？

大義を必要とする人たちがいる。

中世の低い文化に甘んじていた異世界に文明をもたらした！

帝国の恐怖政治から異世界の人々を開放した！！

日本が生きていくために仕方なかった！！！

人類の歴史上連綿と続いてきた定型文。

繊細に過ぎる、弱く脆い人たちは、気が狂いそうなほど、必死に叫ぶ。

過去に傷つき続け、心の傷を癒す麻薬を浴び続けなければ、生きていく事ができないほどに、いつ自分が捕食される側になるか怯え続ける。

優しくて――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――悲しい人たち。

その対極。

「正当化すると弾丸が当たらない、とか？」

目の前にいる、含み笑いをかみ殺す、青年の健康な心は、何も感じない。

「論破しても敵を作り敵に備えさせるだけですから、遠回しな自殺か利敵行為ですね。大義なんか外に向かって言うことじゃないですよ。高らかに大義を謳いあげるなんて、滅ぼしてからで良くないですか。どんな意味があるかは知らないですけど、無害です」

痛みがないから言い訳ももいらない。

最高指導者の側にいて、あらゆる情報を浴びていて、自分たちが常に殺す側であると知っているのだから。

大義？正義？自己弁護？

彼らは言い訳などしないだろう。しようと思いつきもしないだろう。人間が食らった動物を気にかけないように。

牛や豚に必死に抗弁する人間がいたら、それは病人だ。

カタリベは思う。

半世紀後。

彼はまだ生きている。

大陸の人々から言われるだろう。

「侵略者！」

「虐殺者！」

「略奪者！」

それを聴いた彼は？

その言葉を理解する彼は？

それを、罵声だと、実感できるのだろうか？

【太守府/港湾都市/奴隷市場/迎賓館/謁見の間の控室前廊下】

僕と妹は迎賓館の、本来の主であった奴隷商人を中心に、館の中を走り回る。

青龍の貴族に欠けるもの。

――――――――――――――――――――儀仗兵と儀典官。

青龍の貴族が、新たな領土で、はじめて開く園遊会。

重要な意味を持つそれを、仕切る者がいない。

最初から、いない。

想定されていない。

式典を願った身ながら、どうするのかと思った。

まったく簡単だった。

「好きにやれ」

――――――――――――――――――――――――――――――はぁ？本当だった。

青龍の僧侶も役人も、道化すら、まったく無関心、欲しいものはなんでも申し出ろ、ってだけ。

この土地の儀礼を無視しないし学ばない。だから、任せる。やりたい者、地元の者に。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――なるほど、儀典官などいらないわけだ。

効率的で感心した。

そして僕が何を思っても、関係ない。主宰が無関心な儀礼を、可及的速やかに、遺漏無く、やり遂げなくてはならない。

「明日やれ」

と言われたら、普通は１ヶ月、最低半月はかる園遊会を半日で準備するわけだ。しかも、園遊会に関係なく、やらかすヤツらを食い止めて。

僕が全力を、今も注いでいる間、お嬢様は着々と手を打ち続けている。だが、だが、しかし。これは決して無駄にしない。

【太守府/港湾都市/奴隷市場/迎賓館/王の間/大扉前】

わたしは固まっていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで！わたしなんでしょうか？？

あぅあぅ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさいごめんなさいお役に

「後でな」

「ハイ」

ご主人様の手を握りしめて・・・・

――――――――――――――――――――お役にたてなければ二度と――――――――――。

【太守府/港湾都市/奴隷市場/迎賓館/王の間/中央】

気を失ってるわね、あれは。

あたしが落ち着いているかといえば、とても無理。でも、我慢。あの娘に必要な自信。

青龍の貴族に大切にされている。

青龍の貴族は無条件に守ってくれる。

青龍の貴族は何も求めていない。

――――――――――――――自分が必要とされる時はこない――――――――――――――――

――――――――――――――――これまでも、たぶん、これからも――――――――――

恐怖だ。

裏切られない事。

与えられ続ける事。

必要とされない事。

ただただ、ひたすらに、失うことなく、欲するものを与えられ続ける。

これほどの恐怖があるだろうか？これほどの暴力があるだろうか？これほど残酷な扱いがあるだろうか？

離れられない。離されない。離れたくない。

いまさら？

でも、まだ気が付いていない――――――――――あの娘がそれを実感するのは時間の問題。

その時に彼を支える自覚がいる――――――――――彼に必要がなくとも、手を添える感覚が。

でないと、狂う。

ただただ隷属してしまう。

耽溺するなら悪いことじゃないと思う。でも、他に道がないから、じゃダメ。

それじゃただの調度品にしかなれない。

首輪を付けるなら、自分で付けること。付けないなら『いつか』を目指して背中を追い続けること。

【太守府/港湾都市/奴隷市場/迎賓館/王の間/中央/魔女っ子の背後】

俺は授業参観か学芸会に迷い込んだようだ。

なんか、エルフっ子の眼差しが、あれだ、おかんになってるな。お嬢も拳を握り口元でハラハラと、ねーちゃんか。

後ろでさっきの子どもたち

「「「「「「「「「「「「がんばれー」」」」」」」」」」」」

言っちゃったよ！！

魔女っ子に悪いことしたな。うん。まあ、緊張するよね。人前に立つのは俺も苦手だ。前じゃなくて、囲まれてるけど。

俺が魔女っ子に頼んだのは、贈呈役。

集まった船主達に渡す、ＩＦＦの引換証、でありかつ起動キーカード。

ＩＦＦは国連軍謹製で独立した３つ一パック。これを船に付けて、一つ以上が正常動作すれば沈められない。

指定海域に入らなければ。

国連海軍封鎖線では臨検しないから注意。

発見即撃沈。撃沈海面に爆雷投下。哨戒気球と、対人定置機雷設置。なお、事前事後に報告なんかしません。

リアルタイムに国連海軍旗艦ブルーリッジに表示されるけどね。

実際、封鎖線とは無関係に、ＩＦＦ無しの海上物体の排除は国連海軍の日常だ。海運が止まるのも当たり前。

とはいえ、１ヶ月くらい前から、大陸東側沿岸では現地の海上交易が再開し始めている。

これから始めるのと同じやり方だ。貿易商の皆さん、お待たせしました。

いや、俺が隔離されていたから判子押せなかったんだよな。判子だから、手で押さないとダメ。代理指揮官には委任不可。

まあ『制海権が地球本土防衛の要』だっていう軍事参謀委員会の決定はわかるが。

生活の糧を失っていた相手には、ねぇ・・・・・・・・・・・・もちろん、俺たち

『国際連合軍、その作戦上の必要はあらゆる全てに優先する』

なのだが。

すぐ渡そうと思ってたんですよ。いや、ほんと。

【太守府/港湾都市/奴隷市場/迎賓館/王の間/中央/青龍の貴族の側面】

あたしが見守る中、青龍の貴族に肩を支えられ背を押され、あの娘は会場中央に。

周りを囲む紳士淑女。

その外周の片側に立つ青龍の騎士たち。彼らは筒先を重ねない位置に立ち、銃を携えている。

この建物は、青龍の騎士たちより遥かに多い兵士をたむろさせる黒旗団が駐留し、沖には海龍。

・・・・・・・・・・・・青龍たちは、騎士たちは、青龍の貴族が占領初日に殺されかけたのを忘れていない。

紳士淑女は具体的な事をわかってない、でしょうね。

銃を、その力を見たのは北岸の民衆と盗賊ギルドの愚連隊だし。

だが、自分たちが死地にいることは感じているのが、緊張から見て取れた。

奴隷市場の迎賓館で、一番広い、王の間。

王、とは大きく出たものだけれど、王国時代から名前が変わっていない。

まあ、愛玩奴隷を買いに来た、財産だけでなく地位と権力もある、特権階級用の館、その特別な部屋。

何回使われたのかは怪しいけれど、毎日磨き上げられていたのは間違いない。

それを満たす紳士淑女、着飾った名士貴卿、まあ、爵位持ちは・・・・・・・・・・・・・・二人だけ、か。

【太守府/港湾都市/奴隷市場/迎賓館/王の間/壁際】

僕は「約束通りだな」という同業者の、喜び溢れた声に愛想を返す。約束ね・・・・・・・・・・港街に着いた時の、青龍の貴族と交わした会話から、僕らはこう思っていた。

『資産接収を終えたら、出航許可を出す』

僕はそれを取引だと思っていた。

僕らは青龍の作業を手伝い忠誠を示す。

青龍は僕らの生業であり、止まってしまっている交易船の出港を許す。

・・・・・・・・・・な、訳がなかった。

僕は昨日、自分の勘違いを知らされた。その場で出港許可を渡された僕は、ようやく理解した。

青龍の貴族、青龍は取引などしない。

『出港許可を出すまでに資産接収を終えろ』

と命令していたのだ。

そして、僕は毎朝昼晩確認していたのだが、最後に確認した昼過ぎは、終了まであと少しだった。

つまり、つまり、終わっていない。

許可を与えられた、つまり青龍の貴族が決めた、当然僕らには知らされていない期限に、命じられた仕事が終わっていなかった。

終わった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕が。

僕は死を前に泰然と構える人間じゃない。

だから、必死に言い訳を考える・・・・・・・・・考える・・・・・・・・・・・・考える・・・・・・・・・すると青龍の僧侶が声をかけた。

青龍の貴族に。

『接収は終わったのですか？５分前は終わっていませんでしたが』

最悪である。言い訳の前に手遅れ決定。死んだ、僕が。

『・・・・・・・・・・・・・・・ああ、失礼いたしました。つい今し方、終わっていましたか』

！！！！！！！！！！

僕は、絶句。

『そうか』

今、確認した青龍の貴族。まて、待って欲しい。

『ええ、２分前に』

それは、僕が、声を、青龍の貴族に許可証を渡された瞬間。僕は、つい、口が滑った。

『ご存知でしたか』

もちろん、終了を、ではない。終わらる時間を。青龍の貴族は、不思議そうな、表情。

『予知は出来ない。予測は別だが』

極めて短文。

青龍の貴族は質問を歓迎する。だが、同じ事を聞き直されるのは、嫌いだ。魔女やお嬢様、エルフが事ある毎に警告している。

青龍の手を煩わせないように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺す手間を、かけさせない、青龍の貴族への配慮。

だが必要ない。

僕は、理解した。

僕ら民に命じる時、青龍の貴族は期限を区切る。それは当たり前だが、それを命じられたものに知らせたりはしない。

試している？

いや、違うな。期限は僕ら、命令を受けた民が、限界まで努力すると達成出来る数字。

限界を越える必要はない。限界に達しない理由も、ない。

青龍の貴族は、命じる時も、期限の瞬間、次の命令をする時も、当たり前な顔だった。

命令を果たせたか確認したりはしない。

果たせないならば、手を抜いていたことになる・・・・・・・・・・・・・・・・それが『当たり前』なのだ。

僕は物思いに耽りながら、同業者をいなした。

全員に説明する自信はない。

妹に伝われば、まあ、今は仕方ない。

魔女と青龍の貴族。部屋の中央。

後ろから見渡す僕、前から見回す妹。

皆を守り、自分を守る最適位置。

バカは前後から止める。

最悪の場合は？

妹は青龍の貴族、その足元に屈む。僕は部屋を出る。完璧だ。

【太守府/港湾都市/奴隷市場/迎賓館/王の間/中央/魔女っ子の背後】

俺は魔女っ子のフリーズに気が付いた。

いや、背中越しに表情が見えるわけがない。さっきまで何かを確かめるように、俺の手をニギニギしていた魔女っ子。その手が、止まってしまったからわかった。

予定では、魔女っ子が船主一人一人にカードキーを渡す、ハズだった、よな？

いや、ハズってのはまあ、シナリオ書いたのが・・・

・・・・・・・・・・・・・・壁際なんて素敵ポイントをキープしている若い参事だからだ。

シナリオを俺は読んでない・・・・・・・・・・・・・・・チェックは魔女っ子への演技指導と合わせ保護者会（おかんエルフと姉お嬢）に投げ・・・・・・・任せたのだ。

あれーーー？

いやいやいやいや、国連軍大尉は動揺しない。

シナリオを知っているエルフっ子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダメだ。

ウルウルハラハラで気が付いてない。

お嬢！アイコンタクト！！

「「「「「「「「「「「「「キャー」」」」」」」」」」」」」

黄色い声を上げる魔女っ子親衛隊の指導に余念がない。

コンサートか？

教訓。

子どもとはいえ、同い年の女の子だけを群れさせると、うるさ

・・・・・・・・・・まあ、どうにもならん。

孤立無援？

うん、シナリオライターは離れすぎ、だが、届け心の声！！！！！！！！！！