アンドロポフ・ゲーム
【用語】
『資本論』:共産主義者の聖典。のわりに語られているのは資本主義についてだったりする。タイトルに偽りなし。著者が規定している共産主義は修正資本主義の行き着く先(高度化の先)に成立するように書いてある(と読める)。
反対者が一人もいない世界に生きたいのかね。
君にふさわしいのはわが祖国だ。
共和国は君を歓迎する。
・・・・・・・・・・・・わたしかね?わたしは遠慮しておくよ。私はコミュニストでね。
真の革命的人民はデ○ズ○ーラ○ドとコンビニがないところには成立しない。
資本論にもそう書いてある。
※嘘ではない
《朝鮮民主主義人民共和国国家主席国連記者会見にて》
『アンドロポフ・プラン。旧ソビエト・アンドロポフ政権による東欧統治システムの西側呼称(体制破綻後に命名)。他の多くの計画、作戦、体制と共に大元帥死後に破棄されてしまった。チェルネンコ体制における集団指導では、KGBによる反ソビエト運動プロデュースという発想を維持出来なかったのである。このシステムでは、選抜された工作員が反ソビエト/反共主義者を組織しこれを拡大し持続的に運営する。衛星諸国治安当局にはKGBが介入。KGBが直接管理する反体制運動のみ成功を演出し、競合運動を封殺、統合を促す。そしてこれを永続的に繰り返し、従来ソビエト管理下にある衛星諸国の体制だけではなく、反体制をもKGBの管理下に置く。こうして創りあげた〈反乱分子〉は3つの機能を果たす。まず衛星諸国民のフラストレーション操作。自然発生的反体制分子を吸収統合し続ける為に〈反乱分子〉は反ソビエト活動を成功させる。管理された彼らの成功はソビエトにまったく影響を与えない。しかし、その喧伝だけで諸国民のフラストレーションを低減させる。人命を必要数消耗させるだけで、大衆心理を自制的に、さらに、治安対策容認に誘導する。次に衛星諸国体制側の外交的失点を自由に作成することができる。反体制運動の反ソビエト活動における〈戦果〉は諸国にソビエト体制への献身を要求する有力な根拠となる。最後に衛星諸国政府の安全かつ効率的な体制再編成。管理能力に欠ける/ソビエト体制維持に不適切な政府を解体する場合に反体制運動の活動を高揚させる事で〈自発的〉退陣に誘導し、場合によっては反体制側からの人材取り込みも可能であった。西側においても類似した体制、すなわち〈体制による反体制管理〉は存在し、むしろ成功裏に運営されていた。インドネシアなどでは、独裁者親衛隊の重要な職務が、野党党首選任であり『野党党首選任に失敗した親衛隊長が解任される』事例もあった。日本の55年体制においても、与党による野党保護による恒久的支配体制が組まれていた。こうした先駆的な事例故に、アンドロポフ・プランはソビエト連邦内への応用も期待されていたのだ。しかしながら先述経緯をもって本システムは東欧での実験中に破棄。しかも管理下にあった反体制運動は、東欧の不満分子を一掃する為に刈り取られた。これにより大元帥死後の混乱は回避された。だがしかし、それ以降KGBは衛星諸国反体制運動への支配力はおろかパイプをも失った。その結果、衛星諸国内の調整不可能なフラストレーションは反ソビエト圧力を強める。弾圧は反発を生み、フラストレーションを強化。弱体化する衛星諸国体制側を支えるテコ入れが求められ、資源を浪費し外交的選択肢を狭めてなお体制を支えることができない。KGBが創りあげた〈反乱分子〉残党は蓄積された経験と拡大を続ける混乱を利用し再組織化。かくして導かれた東欧支配の破綻が、一夜にして全ソビエトに致命傷を与えたことは歴史が教えるところである・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
母譲りのシルバーブロンドをかきあげた彼女は、陽気に手をふった。
「カタリベー!!」
あくまでもロシア的な陽気さ。アメリカ人の陽気さが降りそそぐ陽光なら、彼女のそれは木漏れ陽だろう。オープンテラスでジャムを添えた紅茶を傍らに、キーボードをたたいていた彼女。
「Здравствуйте! 」
「まるで留学生ですな」
呼びかけられた壮年の男は、親しげに腕を広げた。どこかで見ている誰かたちに、何も持たない事を示すために。
「留学生よ?さ、どうぞ」
壮年の男が対面に座った。愛くるしく小首を傾げる彼女は、確かに10代でも通るかもしれない。いつものライダースーツではなく、淡色をまとめた春物のコーディネート。
「他人のメシを食ってこい、と言われましたか」
男の言葉に頷いた彼女。目許が父親にそっくりだ。
「その他人、まあ、家主を無くしたようですが?」
彼女は本気で考えこんだ、ように見えた。
「ああ」わかった「違う違う」男にはわからない。
「あなた達の指導者から学べってね」
最近亡くしたのは家主でも見本でもない、と。
『留学先』は、お父さんと、その日本の友人に勧められたらしい。友人、は字義通り。工作資源の『オトモダチ』ではないだろう。
日本の連合与党。
領土も面子も反省も開き直りも、ゲームチップ扱い。
その一角を占める小政党の指導者。
謝ることで何か得られるなら謝罪。開き直ることで得られるものがあるなら前言撤回。
面子と領土を引渡し、取り返し、反省は口先ひとつ。
手のひらは何度返しても減らない。
歴史的真実とやらには興味がない。
重んじるのは、今。
案じるのは、これから。
歴史とはタダで使える贈答品。虚飾と虚礼、換金するのが見せどころ。
日本政府は『ロシア本土と交渉が妥結するまで、領土交渉は棚上げする』と表明。
衆議院領土問題特別委員会委員長はその『友人』だ。
また○○ハウスを創るのだろうか?
「だから、ですか」
「あら、その話?」
誰も確証を持たないだけで、誰もが知っている事実。
彼女の表情は『そんなことが聞きたいの?』と言わんばかりだ。
転移直後には序列8位。大使館文化広報官に過ぎなかった彼女。その上位者は7人『いた』のだ。
今は序列最高位。
地球の父の代理人。
異世界転移後の人類社会指導者、その一角。
「・・・・・・・・・いえ」
あらゆる事実に触れられる。だが、それを公開出来ない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――カタリベ。
権力者から誘われ、男は承諾した。
ならば、知り得なかった事を知るべきだ。
「まずお礼を」
「ん」
彼女は鷹揚に礼を受けた。目上から尊重される事に慣れている。そして、テーブル上のノートPCを見る壮年の男に答えた。
「大丈夫よ。校正していただけ」
流暢な日本語。
彼女の国の彼女の職業では、当たり前に赴任国の言葉を身につける。
だが彼女の言葉は『仕事の邪魔ではなかった』ともとれる。
それが正解なら、仕事中でもあったわけだ。
示唆と解釈。
虚々実々の腹芸。
もっとも、彼女の職業と今の地位に私的な時間は無いだろうが。
「家業ですから」
澄まし笑いが子供っぽい。だが、その一言は重い。ノートPCを閉じた。接続先は国連専用回線と化したエシュロンか?壮年の男は想像した。
「オフライン」
彼女は軽く続ける。責任と地位がある人間は、電子的ネットワークに繋がらない。特定の人間が彼女に連絡を望めば、この店に電話がかかる。
彼女がどこかで誰かに連絡したければ、近くの民家の固定電話で、あるいは通行人が携帯をうばわ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・徴発される。
「オジサマからレポートを、ああ、過去のものをよませてって、ね」
二人は知っていた。オジサマとは国連の、日本議会の指導者。なぜか主要国上流階級の子女が私邸に滞在することが多い衆議院議員。
「これから起きる事を知れば、大元帥は楽しまれるわね」
大元帥。
自称でかつ公式には一人だけ。
他称でかつ非公式にも一人だけ。
自分で自分を任命した独裁者。
皆に自然と呼ばれるようになった独裁者。
壮年の男は思わず、彼女の視線を追った。
代々木公園から溢れ出した反戦デモ。響くシュピレッヒコール。国連の戦争、武力制裁でも平和創造活動でもいいが、それに対する異議申し立て。
ここ、沿道のオープンカフェからよく見える。
「一万以上、一万五千人以下。与党、親与党系野党関係の反戦団体4つが企画運営。これに学生運動が合流、参加人数はむしろ学生が多い。東京ドーム国連本部前に向かいデモンストレーション。警視庁は新設の第12機動隊を配置するが『騒乱の可能性はなし』と見て、盾もプロテクターもなし」
彼女が何かを読み上げるように続けたが、目は行進の中程に集まる主催者達を見ている。
壮年の男もわかった。
「気がついた?」
周囲から浮いているスーツ姿。主催の団体幹部の中。わざわざ行進を抜けて訪れた人間から、時々挨拶を受け深々としたお辞儀で応じている。
「この国では有数のオルガナイザー」
壮年の男は見知っていた。前回の、前々回の選挙で。ある政治家の私設秘書、その一人。
なにを、と思う間に男の前にココアが置かれた。
給仕にチップをはずんだ彼女。
壮年の男は腕時計を見た。
男は注文を聞かれてもいない。ならば彼女が事前に頼んでおいたのだろう。席に着いてからしばらくたっているなら、この時間を指定したのか。
破裂音。
「間違えようがない」
小声でささやく彼女。
まさに。誰もが爆竹だと思う。
デモ行進の先頭。学生達のリーダー、若い女性だ。学生たちの先頭に向けて、沿道から日の丸を振った数人が飛び出した。
いわゆる右翼ではない。
学生達とより年上だが、統一感の無い集団。
警備の機動隊が集まる。
デモ行進の先頭を囲む。
飛び出した者達がこの国の旗をふり怒鳴り、学生達が怒鳴り返す。
デモ行進中程の主催者達は、動かない。
集まった、地元の区議会議員たち?が主催者を宥める。
このデモを、無言無表情なスーツの男が取り仕切っている?主催者も、地方議員も皆がチラチラと彼を見ている。
壮年の男には、そのように見えた。
主催者達に駆け寄る独特の雰囲気を醸し出す別なスーツ姿は刑事だ。
報道現場で働いた経験があれば、私服なのに、日本中どこでも同じカラーを持つ彼らを見間違えることはない。
機動隊、いや、警察は日の丸集団とデモ行進両方を解散させることにしたようだ。
事件を防ぐ為には、群集心理にかられやすい興奮した集団を解散させて落ち着かせるしかない。
どちらかに警察が荷担したと見せない為には、両方解散させないとまずい。
主催者たちに駆け寄ったのは、所轄の刑事だろう。
警備指揮は警視庁の公安だろうが、責任は所轄に負わせるわけだ。
地元地方議員が主催者に混じっているから、面識がある所轄の方がいい・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とでも指示が出たのか。
上手く行くわけがない。
お互いにホームグラウンド上。
面子があり、宥め透かしのゲームが始まっている。
所轄を使うにしても、警視庁の、むしろ場慣れしていない風を装って、キャリア官僚を前面に出せばいいのだ。
第三者が出てくれば、所轄は安心して頭を下げられる。
キャリア官僚を守る為、というのは警察内で手柄になるからだ。
地元地方議員たちも、第三者の手前で突っ張れない。
所轄とは小さな世界の利益共同体。
よそ者の前で所轄刑事に恥をかかせるわけにはいかない。
そんな配慮が働く。
だが、たかがデモ。
形だけ威圧に来てる公安。
闖入者も声だけがでかい軟弱な集団。
学生はしょせん子供。
機動隊隊員一人でも抜ける訳がない。
威圧する必要すらない。
警視庁の管理官はすっかり高みの見物だ。
おかげでデモ主催者も動けなくなり、先頭の学生だけがいきり立っている・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先頭の学生、だけが。
デモ行進後方の反戦団体会員や、シンパ達は目配せと囁きを交わして動かない・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が起きているか、わかって、はいない顔。
彼らには、事態が判らなくとも、素直に従える相手から、指示が出続けている?
「サン、ハイ」
悲鳴。
「Молодецы♪」
悲鳴そのものより、目の前のロシア人、ロシア大統領の声に捕らわれた。
可愛らしい声なのだろう。
その容姿に似合いなのだろう。
だが、壮年の男には、背後で機動隊に蹂躙される学生達、悲鳴と流血、それこそがこの声に似つかわしく思えた。
「フツーの国なら暴動なのにね」
騒然とする街頭。通行人が店に逃げ込み、壮年の男とロシア美女だけがカフェテラスに取り残される。
逃げ崩れた学生、通行人が目の前の通りを走り抜ける。
(この状況で、機動隊が、なぜ?)
壮年の男は状況を理解する為に視線を走らせた。
「ホラホラ」
指さされた先。
いつの間にかデモ行進の中程、いや、先頭が崩れて先頭に繰り上がった主催者達、から後ろ。
皆、座っている。
いつの間にか集まり、刑事や地方議員でもない、別なスーツ姿たち。
身振り手振りで指図しているが、指図されているデモの参加者からは浮いている。
彼らスーツたちに従って、一部の参加者が立ち上がり旗を立て、拡声器で呼び掛けている。
町内会の旗?
主催者達は所轄刑事を押し立て、警官達に壁を創らせる。
学生は逃げ散り、機動隊も目標を失って呆然としていた。
「ハイ、終わり」
彼女の声が聴こえた訳もないが、機動隊に下がれ下がれと怒鳴り声。
ハウリングする公安の管理官とおぼしき怒声がスピーカーから響く。
所轄の警察官はむしろ機動隊を遠巻きにして、デモ参加者や学生を守るように機動隊を押し下げる。
道端で呻いている人影。
大惨事だ。
「平和な国ですね」
壮年の男に睨まれた事にすら気がつかない、彼女、ロシア大統領。
確かに、彼女の父が支配する国なら、とっくに人死にが・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに、日本以外の基準からすれば『平和な光景』だ。
「大丈夫です。死んじゃったら、反戦運動が失速しちゃいますから」
呻く人影には必ず救護の陰がつき、救急隊がすでに多数走り込んでいた。
惨劇の場は既に救急車に囲まれている。
「懲りたんですよ。催涙弾で殺されたら、フツーの国なら革命なのに、日本じゃ逆なんですから」
壮年の男を安心させるように。
「お帰りはあちら」
自分かと思った壮年の男。
だが、違った。
座っていたデモ隊は、主催者の指示で立ちさり始めた。
後ろから順番に。
旗について行く所は、まるで観光客のように。
所轄の警察官達も誘導を手伝っている。いつの間にか機動隊はいなくなっていた。
「ニュースに何秒映されまます?」
壮年の男は経験から考える。
今夜は15秒。
今の、所轄警察官がデモ参加者を誘導する映像だけだ。
むしろ、途中でデモに割り込んだ連中を大きく取り上げて、機動隊の暴行は曖昧にする。
誰も死ななかったのなら、だが。
既に警視庁、いや、官僚機構内部の責任転嫁が回り始めている。
暗黙の了解で機動隊に因果が含まされ、先ずは第一次粛正。
形が着いてからマスコミに報道許可が与えられる。
記者クラブの調整で体裁が整えられ、明日の昼過ぎに機動隊の『行き過ぎ』と『関係者の処分』が報道される。
5分か。
ニュースにとりあげられる時間。
責任転嫁はしばらく周り続け、時々、力関係で割をくった省庁が槍玉に上げられる事が、夏の参議院選挙まで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ないな。
この話題は、来週いっぱいがせいぜい。
マスメディアの世界では、最初から存在しなかったことになる。
関連記事も動画も企業サイトからは削除されるだろう。
「あら、往年のタス通信かプラウダかしら」
自称民主主義国家。自称法治主義国家。自称自由主義国家。
「権力の為の権力。支配の為の支配。権力を確認し続ける為の支配・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ファンタジー!!」
恐ろしい国の大統領、その嗤い声。
手段の為の手段。
目的と手段の転倒。
自家撞着自閉縮小再生産。
目的も思想もない官僚独裁体制。
――――――――――――――――――――――――――――フィクションでは『ディストピア』と呼ばれる。




