弱者の優位
【用語】
『佐藤』『芝』
:主人公『俺』の部下。選抜歩兵(物語世界での選抜射手)であり、異世界転移後の実戦経験者。曹長に次ぐ軍政部隊戦闘作戦の中心
『軍政部隊』:「俺」が率いる増強分隊。司令官(俺)、監察官(神父)の二人の将校と下士官一人、兵十名(選抜歩兵2名、衛生兵一名)。独立した作戦単位として活動する為に軽装甲機動車と3 1/2tトラック各ニ台、KLX250(軍用バイク)二台、偵察ユニット四機と機動ユニット、各種支援装備が配備されている。
『偵察ユニット』:ラジコン機4機と制御装置がセットで一ユニット。部隊の作戦行動中は常に周辺上空にいる。詳細スペックは「第110部分 DRONE WARS/ラジコン戦争」参照
『哨戒気球』:国連軍作戦地域上空で常に滞空している気球。異世界転移に伴い、人工衛星のサポートを受けられなくなった地球人類が生み出した代用品。単機能複数期の各種があり、偵察衛星替わり観測機能、通信衛星替わりの中継機能、GPS代わりの測位機能(複数の哨戒気球の位置から任意の場所を特定できる)などなど。
『科学技術』:異世界ではすべて魔法として理解されている。ゆえに地球人は全て魔法使いとして見られる。
「強い者が勝つのではなく、勝った者こそ強い者だ」
呆れたものだ。
戦ったことがない者にしか思いつくまい
――――――――――無意味。
「勝てば官軍」
寝言を抜かすな。
単なる勝者に与えられる呼称は
――――――――――蔑称だ。
「運も実力のうち」
実力とは何ぞや。
ミッドウェー、ワーテルロー、桶狭間
――――――――――偶然か。
勝利とは虚構にすぎず。
強者には敵が多くあり。
優劣では物差しがない。
結論。
強弱と勝敗には全く関係がない。
結果と正邪が連動しないように。
能力と成果が無縁だということ。
ならば?
【聖都/聖都市内/中央/大神宮正面階段/隊列先頭中央/青龍の貴族の手が届かない距離/一足飛びに届く距離/エルフっ娘】
一つは、彼、青龍の敵。
それは、あたしたちの敵。
だからこそ青龍の貴族、その敵は聖都にいるかもしれない。
青龍の敵は青龍。
それはそうよね。
青龍と戦えないようじゃ、敵になることはできない。
犬に怒れば人で無し。
そもそも敵とみられる以前の話。
癇に障っても怒らせることはできない。
あたしたちがいる世界は、犬と同じ扱い?
まあ、そうね。
対等なわけがない。
あたしたちと青龍、力の差はそれぐらいある。
だから彼らは、あたしたちに色々と気を遣うんでしょう。
彼らなりに、強者が弱者を扱うように、ね。
あたしたちからの気遣いは、なるべく避けようとしているし。
比肩しようがない強者であればこそ、気苦労も多いわけ。
あたしたち、青龍以外を、うっかり踏み潰さないように。
そういう感覚は、あたしたちにもわかること。
それはきっと、青龍自身の快不快、矜持と美感を護るため。
でもすべての青龍が、青龍一般の規律や美学を共有できるわけもない。
だからこそ、青龍の女将軍が、同じ青龍の将軍たちを皆殺しにしたわけだし。
※第28話<修羅場>より
その意味で、彼、青龍の貴族は、貴族として配下や僚友を見張っている。
あたしたちは青龍の陣営でも、彼、青龍の貴族から離れない。
それは、まあ、離れたくないだけじゃない。
彼、青龍の貴族が、あたしたちを離したくないだけ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――でもないわよね。
ふん。
【国際連合統治軍第13集積地/聖都市内/中央/大神殿正面階段途中/青龍の貴族】
俺の耳、その奥にも響く音。
骨伝導スピーカー、その振動。
周囲の環境に関わりなく、特定の者にだけ響く音。
その合図を受けたのは、佐藤と芝、俺。
二人は隊形を離れて小走り。
どうしたのかな?
と思わなくもないが、警報ではない。
警報はもっと明瞭で誤解の余地がないからな。
つまり非戦闘員が気にする必要はない。
そして戦闘員は理解している。
つまり俺には関係ない。
良かった良かった。
俺は変化を受け流す。
これは規定の行動。
指揮をとる曹長から、指揮官である俺へ。
情報共有、確認の合図。
CCメールみたいなもん。
なら支障はない。
なら問うまでもない。
なら知っている素振り。
実際、俺たちの隊形に乱れなし。
元々、二人は先行してたからね。
隊形を組んでいる隊員たちも平然
――――――――――予定行動か。
二人が抜けても死角は増えない。
曹長はそもそも合図の送り主だろう。
俺に合図が響いたのは、俺が驚かないように。
気遣いありがとう。
何もなしに二人、佐藤と芝、部隊一の戦力が動き出したら
――――――――――驚く。
訳が分からず無反応、歩行継続ならいい。
奇襲を受けた時の基本動作は、進行方向全力疾走だけどね。
知るとやるでは大違い。
俺の場合、立ち止まってフリーズしかねない
――――――――――最悪。
進む隊員たち、止まる俺、は避けないと。
そんなことになったら、隊形が乱れる隙が広がる。
部隊の予定行動を把握してない、部隊指揮官?
それこそ隊形が乱れる隙のもと。
俺、指揮官。
建て前だけだって、全員がしっているにしても、だ。
何もかも知っている演技が、将校。
何もかも知られている演技が、兵卒。
何もかも知らないフリが、下士官。
【聖都/聖都市内/中央/大神宮正面階段/隊列先頭中央/青龍の貴族の手が届かない距離/一足飛びに届く距離/エルフっ娘】
あたしにも判る、その配慮。
耳に響いたから――――――――――三人から聴こえた。
サトウ、シバの両卿。
そして彼、青龍の貴族。
普段は何もかも無視してるけど、やっぱり主君なのね。
両卿が石段を駆け上がり、それを視界の端で確かめた青龍の貴族。
物見――――――――――でしょう。
あたしは手順を想像。
あたしたちが向かう大神殿。
先行した二人が抑え、本陣が続く。
皆が登る石段は、開けている。
誰か何かが身を隠すなら、石段をあがりしな。
次いで神殿の中。
物見が殺られても本陣は無事。
石段上がり口に敵がいるなら、上をとられる
――――――――――問題なし。
銃で戦うなら、高低差は意味がない。
上から下に勢いをつける、それは格闘や弓矢、刀槍戦。
石や矢と違って銃は魔法で鏃を飛ばす
――――――――――まっすぐに、ね。
射程が変わらないなら下から上の方が狙いやすい。
下からなら身をかがめて石段に伏せたまま放てる。
上からなら射線を下に向ける為に身を乗り出す。
放ちやすく身を隠せるのは、下からだ。
エルフの耳や魔法使いが使い魔で、見えない姿を捉えても
――――――――――放つ瞬間はおなじこと。
だからこそ下から向かう時、上がり口が、そこだけが危険。
逆に相手が上で待ち構えて、下から上がった瞬間を狙っていたら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一撃はくらうわよ、ね。
だから一番強い青龍の騎士二人と、青龍の貴族。
三人のやりとりは短く端的。
他の誰もが関わりなく三人で。
他の皆は青龍の騎士長がまとめて。
普段なら青龍の騎士長に何もかも任せるのに、青龍の貴族自身が采配を預かる。
相変わらず何も言わずに、何も示さず。
いつもと違って二人を一瞥。
――――――――――先駆けの誉は、主が見届ける、か。
【国際連合統治軍第13集積地/聖都市内/中央/大神殿正面階段途中/青龍の貴族】
俺が慌てない限り問題なし。
よってシスターズ&Colorfulは平常行動。
いつも通り、いつも通り。
出会ってから1カ月半だけどね?
エルフっ娘は前方を見たまま、耳は俺に向けたまま。
魔女っ娘は帝国女騎士の視線に曳かれて佐藤と芝を目で追う。
お嬢は今気がついて、Colorfulを見返した。
Colorfulは?
物珍しそうに周りを見ていた。
が、橙・碧・朱・翠・白の順で俺をみる。
なんだかんだと俺、つまり保護者の視線を気にする当たり、子どもだねえ。
で、あたふたと慌てるところも、やっぱり子どもたち。
いや最適解を探さなくていいからね。
室内や車中で一緒に居るときは、迷いが無い。
シスターズのサポート。
魔女っ娘の料理を手伝ったり。
お嬢のお茶に合わせてお菓子を焼いたり。
エルフっ娘の片づけを手伝ったり。
まったくいつも通り
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕事以外は家事ですか?
俺が眼を離すといかんのだな。
寝ろ、休め、寛げ。
って命令すると、俺の周りで待機を始める。
だめじゃん。
それも駄目だが今この時、遠足中はどうかといえば、それなり。
神殿前下車からこっち、周りを珍しそうに見ていた。
俺と周りが半分半分ってあたり、まあよろし。
シスターズは自然な動作。
物珍しさと不安が半々ってところ。
そこはほれ、慣らしていけばいいだけだ。
問題はこっち。
Colorfulは訓練された動作。
慣れと不慣れが均衡状態、ってのはどうするか。
常に誰かを意識して、魅せることを意識している。
今はお客さんが同席。
余計に気を張っているところが見て取れる。
慌てるところや戸惑いは、俺やシスターズ以外にはわかるまいよ。
それでもその視線や注意を、意識している。
これは教育の成果なんだろうな。
美しく愛らしく。
その姿や仕草をアピールするように。
愛玩対象として鑑賞対象として、自覚的行動。
それはColorfulの大きな武器だ。
これからどんな人生を送るか知らないが、大いに役に立つだろう。
んが、今はアウェーというか、ホームグラウンドじゃないというか。
どうもColorfulは、屋外が苦手らしい。
じゃなければ、不慣れというべきなのかな。
被差別民で迫害対象だけに、外を出歩く訓練は受けてないのかもね。
ハーフエルフとの関係は、異世界ではスキャンダル。
この娘たちが過ごす予定の人生設計に、屋外車外ってのは考えにくい。
貴族王侯の城の奥か、幾重にも囲まれた馬車の中、いって豪華な船の上。
育ての親的な奴隷商人も、社交の訓練はしなかっただろう。
つまり、その辺りが俺の、俺たちの責任であり好都合。
Colorful、この娘たちの人生は切り替わった。
国際連合が決めた人生が、これから続くよ絶え間なく。
良いところはそのままに、不慣れなら新しいことには適応させやすい。
他人の目に敏感なところは生かそう。
他人にどう魅せるか身についているのは最高だ。
他人の視点を欺けるようになれば、主導権だって握れる。
自衛官と同じ、ゼロから始まるなら、どうにだって。
対人関係の作り方。
人付き合いの処方箋。
組織の使い棄て方。
俺が教えられることは多そうだ。
【聖都/聖都市内/中央/大神宮正面階段/隊列先頭中央/青龍の貴族の手が届かない距離/一足飛びに届く距離/エルフっ娘】
彼が自分の女を傍から離さない理由。
あたしたちに具体的な危険が起きないように。
もう二つ三つ理由が欲しいけれど、それは別の話。
青龍であっても、あたしたちと変わらない、ところもある。
女を襲うような青龍は、無くもない。
でも、それは例外。
青龍自身がそれを嫌って、居るから。
そもそも過去を再現できる。
※第8話<人間って、なんだっけ?>より
青龍同士でも隠し事は通じない。
青龍同士の方が処断は厳しい。
青龍の女将軍のように。
※第28話<修羅場>より
※第447話<幕間:「あの件」に関する記録>より
なら?
青龍と、青龍に支配された者だけがいる、聖都。
そこで自由にふるまえるのは、青龍だけだ。
青龍の世界で彼が自分の女を守ろうとする理由。
単に傍から離したくない、っていうなら最高なんだけれど。
それはない。
腹立たしいことに。
なら?
青龍であっても、あたしたちと変わらない、ところもある。
刺せば血が流れる。
妬みもすれば嫉妬もある。
趣味嗜好があれば争いもある。
力があり、地位があり、認められていればなおのこと。
あからさまに彼、青龍の貴族を欲しがる、青龍の女将軍。
わざとらしく意図的にそれと伝わるように、彼を揶揄う青龍の公女。
青龍の貴族は公女の家門にあるみたいだし、公女の敵は大勢いるとか。
ならばこの、繰り返される演習も、演習という名目の何か、なのかもしれないわ。
青龍の貴族。
青龍の貴族、その敵は、別な青龍の貴族。
あたしたちの世界で争い合うように、青龍同士が争う
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おかしくはないわね。
ならばそう。
あたしができることが広がりそう。
青龍の貴族、その敵の眼に、あたしが映らないなら。
弱いということは、勝てないということじゃない。
比肩しうる力が無いほど弱者。
それでも刺せば殺せる、殴れば倒せる、捻れば折れる。
それはきっと、弱者故の強み。
あたしの武器。




