与えることで奪うこと/「名前」の由来(Origin of weird name!)
【用語】
※今回の用語に関連するのは第151話「幕間:略奪婚の基礎知識」です
『条約派』:対地球人戦争中の帝国内派閥。緒戦の大敗と以後のヒューミントにより『敗北不可避』と結論した帝国。よって負け方が史上最大最後の議論となった。戦闘ではなく、戦争の敗北を前提としたことは初めて。だから国論が別れたのが初めてなら、初めて国論が生じたとも言える。この争いは帝国上層部に深刻な亀裂を生み、帝都や皇宮内部での武力衝突が繰り返されたとのこと。
その一方を占める派閥は皇太子が中心となり、皇族や大貴族を中心としている。
主張を要約すると「帝国が存続しているうちに休戦し講和をむすぶべし」としており「形式や条件は問わない」となる。
帝国さえ存続すれば世界征服予定表を百年ほど修正するだけですむ。
より深く敵を把握し力を摂り込み、より強化された帝国で征服に乗り出すだけのこと。
過去の歴史でも同じ方法は試みられており、ほとんど成功している。
それをまた行うだけである。
という主張。
従来の路線、その延長で考えているあたり保守派と言える。
故に「世界征服」ということ自体に疑問を持っていない。
そのあたりは騎竜民族らしい。
『決戦派』:以下同文。
その一方を占める派閥は皇兄弟大公が中心となり軍将官将校や魔法使いを中心としている。
主張を要約すると「戦力が残存しているうちに決戦し講和をむすぶべし」としており「手段や手順は問わない」となる。
帝国を存続させるには講和しかないが、そのためにこそ総力決戦が必要である。
それにより敵を正しく把握し敵に当方を知らしめ、帝国を新しく高度化するだけのこと。
修正範囲を超えた現世界征服予定表は、現在までの成功をもって完了とする。
また造り直すだけのことである。
という主張。
従来の路線、その全否定で考えているあたり革新派と言える。
故に予定表は白紙と考え統一見解が無く、共存から再征服まで何でもあり。
そのあたりが騎竜民族らしい。
二人の男が長い廻廊を進む。
誰にも会話を聴かれてはならない。
だから歩き続ける。
誰もが会話をみなければならない。
だから歩き続ける。
「なんとも興味深い」
「自分には『気味が悪い』と思えましたが」
「おまえの女のことだぞ」
「叔父上とは違います」
「女の肌に在れば火傷の痕さえ愛しくなるに」
「叔父上だけです」
「どちらも愉しいものではあるが『戯れあう』と『愛する』は違うモノだぞ」
「ですか」
「戯れるときは相手と踊るようなもの。合わせてまぐわってこそ楽しめる」
「ですか」
「愛するというのは戦と同じく一方的なものだ」
「はぁ」
「相手と戦ってどちらが勝つか負けるかということよ」
「はぁ」
「まだ、愛する女と姦っておらぬからわからんのだな」
「叔父上!」
「その調子だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行きすぎでは?」
「せいぜい争って見せてやろう」
「斬り合いでもしますか」
「今、動きを封じられたくない」
「では」
「で、あの女が子を為せば名前を付けたがろうな」
「女の自由では、在りますが」
「子なれば男には無縁ではあっても、情もあろうな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・産まれたばかりの赤子を、なんと呼びようもありませぬ」
「どんな人となりとなるのかわからんしな」
「こうあれかし、と願って名づけるのだとか」
「そこが気色悪いのだがな」
「呪詛にしか思えませぬ」
「呪詛であろうが」
※異世界には魔法や奇跡があり、迷信や信仰はない。
※呪詛も実態に影響を与えるものとして存在している。
【国際連合統治軍第13集積地/聖都市内/中央/大神宮正面前/青龍の貴族】
あしたのために、その四。
子どもの視線は最高のコーディネーターである。
単純に子ども相手にカッコつけるだけでイイ男は生まれる。
チラ見してくる魔女っ娘をモフモフしながら、カッコイイ、エルフっ娘とは別系統のイケてる女、帝国女騎士と相対する俺。
お嬢も掴んで、いつもより余計にモフモフしております。
けっしてほとばしる何かを抑えがたくその場駆け足に等しい行動をしているわけではないと理解してほしい。
「まずは、今日の、話だ」
お、猶予を与えられた?
あふれ出そうな美辞麗句を、封印する俺。
実務的なことを話すなら、俺だけに向いてもよし
――――――――――そんなところか。
今日は、顔見世に徹してくれる。
魔女っ娘たちへの挨拶は済んだ。
雑談で距離感もつかめた。
顔合わせの次は、ミーティング。
何分、今朝初めて会ったんだし、しかも俺の観光計画は行き当たりばったり。
それを誰にも知らせてすらいない。
何しろ今朝、思いついたからな。
つまり彼女も、今朝呼ばれたのか。
そりゃ、首謀者の俺が質されるよな。
そしてなにより、帝国女騎士、その本分。
もともと彼女、帝国軍の関心は敵である俺たちにある。
中でも俺を見るのは当たり前。
彼女とは仲良くなれそうだ、だから危ない注意注意。
一人に集中するか、一人を基点にする。
偵察役が一人で、オール人力。
それはかえって好都合。
距離を詰めながら接触しない、それは偵察とナンパの基本。
前者は判らんが後者は得意です。
「一日ともに征く」
延長もアリですか?
「ので何なりと申し付けられよ」
俺の返事を待ったりしないんですね。
「地理風土は知っている。が、由来に疎い」
先にカードを配るタイプ。
自分の機能だけは伝える。
後の先を狙うタイプかな。
「どうされるかな」
さっさと具体的な話に入り、挨拶どころか名乗りもなし。
とはいえ、やはり、か
――――――――――名前がない世界。
【聖都/聖都市内/中央/大神宮正面前/青龍の貴族の左前/魔女っ娘の左後ろ/お嬢】
どんなやりとりがあったのか、わたくしには判りません。
が、この場の仕切りが誰のものかは、解ります。
ご領主様の視線ひとつ、ねえ様に向けられてますものね。
あの娘、わたくしは当然にしてそれが解ります。
Colorfulの皆も、わたくしの仕草に気がついた様ね。
それが判らないのは、あの女だけ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と思えたらいいのに。
あの女も判ってますわ。
解らなくても、判ってはいます。
ソレを無視して見せただけ。
察しがいいこと。
あくまでも、わたくしたちに知らせるために。
あの女は、あえて、ご領主様に確かめる。
察しが悪い無能、そう思われることは無い、と看破して。
あの女が誇示する事。
自分は眼の前にいる男に、ご領主様に従う。
自分は同席している女、わたくしたちには関係ない。
自分は従うべき男、ご領主様の命で女たちの面倒を見る。
用があるときは、ご領主様を通すがいい。
――――――――――ふ~ん。
よーく、解りました。
ねえ様が、わたくしの指先をつつく。
受け流す、ということね。
大人でいらっしゃるわ。
でも。
わたくしは、大人であるより、女なのです。
【国際連合統治軍第13集積地/聖都市内/中央/大神宮正面前/青龍の貴族】
俺には名前があるが、そこに意味はない。
それがどんな名前であっても、役に立つことは無い。
――――――――――マメシバの魂から生じる叫びが聞こえたような?
まあ、名前で困ることはあるよね。
キラキラネームは論外として。
名前敗けってってのはある。
それは昔からある。
訳じゃない。
名前。
個人名。
それにも始まりがあって、終わりもあるだろう。
日本で言えばいつからか。
普及し始めたのが明治以降、かな。
要は西欧から持ち込まれたんだが。
戸籍制度のせいで強制されたんだ。
それ以前、苗字が特別であったように、個人名も特殊。
家名はあり、役割名があり、渾名があるが個人名がない。
それはおかしくはない、むしろフツーだ、いつものごとく。
中世にはない、ってか、現代地球先進国限定の、常識。
産まれた子に名前をつける。
キリスト教により何百年もかけて徐々に広まった奇習。
極少数派カルト教団が信徒を確保する為に、生誕時点で囲い込みを図った。
それが始まり。
一般社会には、まったく意味がないよね。
だからこそ、暗黒の中世欧州で千年かけなきゃ広まらなかったんだが。
個人名、なーんて言っても、ほぼほぼ使い回しばかり。
名前だけで文化や地域を特定出来るくらい。
名づけた人々の、意欲の無さがうかがえる。
王様なんか二~十八世まであったり。
革命で王が吊されなけりゃ、いくつまでたっしたのやら。
個人名という奴は、それだけ必要性がなく、意味がない。
古代ローマ、ギリシャでは家名だけだった。
大アントニウス、小アントニウス。
アントニウスさんちの大きい方と小さい方。
兄弟なら、兄と弟。
親子なら父と息子。
他になにが要る?
出生した時点では、氏族が判れば十分以上。
それすら血族に意味がある、富裕層だけだ。
一般的、人口の99%には意味がない。
目に入る範囲で過ごすなら、名前を付ける必要ない。
そして技術的な限界から、人類の大半が目に映る範囲で一生を終えていた。
現代ですら、人間の認識は眼に入る範囲で終わるけどね。
ディスプレイの向こうや文字の向こうが実感されることは、まずない。
なら渾名や役割名で足りる。
渾名は私的な関係での、ある意味、個人の評価。
役名は集団の、ある意味、公的な評価。
日本だって戦国時代の家系図などで当主以外が、男・女としか表記されていないことはむしろ一般的。
息子や娘が居たらしいが、名前が判らない。
よくあるよくある。
歴史学者を称するアレは言う。
いえ、アレ呼ばわりは俺じゃないっすよ?
軍政官研修の教官です。
そんなバカ、以下略は、いろいろ想像、いや、創造する。
名前の記入が省略されている。
個人が軽視されている。
うん、ばーか。
って言ったのは以下略。
記録がないのは、存在しないから
――――――――――名前が。
一人一人に名付ける合理的な理由は、ない。
今だってそうじゃないか。
勤務先で考えればいい。
上司に名前が必要か?
役職名と部署名が有れば足りないか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うちだけか?
もちろん、渾名で補足。
鬼、仏、地雷、メディック、死神。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この上官は実在する。
いやまあ、名目上の、上官だけどね。
実質的な指揮官は、口に出すのもはばかられる。
三佐、渾名はアレ、とか。
大抵、ジェスチャーです。
上階があろうとなかろうと、陸海空中どこであっても。
上に視線を向ける。
それだけで伝わる人には伝わります。
伝わらない人には伝わらなくていい。
俺がヤバいので、伝わらないでいい。
そんなもんだろう?
上司なんて。
な?な?
で、同僚は名字、家名。
親しくなければ個人名なんか知ろうとしない。
たまたま耳に入るだけ。
家族なら?
お父さんお母さんお兄ちゃんお姉ちゃん。
全部、役割名か。
友達なら?
渾名だアダナ。
実際俺は、名前を思い出せない相手と親しく話をして、普通には別れて再会できる。
ファンタジーフィクションでよくあるよね。
親しくない相手に真名を教えない。
呪術的な意味?
ねーよ。
真名をしられると支配される?
ねーよ。
もっと実利的な話。
親しくない、とは、得体のしれない相手。
ぶっちゃけ、味方以外は敵。
敵に役職名、役割を教える訳がない。
将校が戦場で拳銃を隠し、指揮しているそぶりを見せないように。
狙撃される世界でなくても、狙われるからな。
その役割は味方だけが知っていればいい。
渾名はもっとマズい。
それは呼ばれる人物の評価や能力を示すからだ。
特徴を知られたら、付け入られる。
それは味方が知っていなければならず、敵に知られてはいけない。
だから名乗らない。
だから教えない。
だから訊ねない。
そもそも名前がねーよ。
だが、帝国女騎士にも当然、階級はあるだろう。
騎士、の一言でまとめられるわけがない。
それを俺に教えることは、まずない。
当然、戦友から呼ばれる渾名、通り名もあるはずだ。
それは戦友たちが必要とする、彼女の能力や戦果に由来するだろう。
それを俺に教えることは、まずない。




