バッド・コミュニケーション
【登場人物/三人称】
地球側呼称《マッチョ爺さん/インドネシアの老人》
現地側呼称《副長/黒副/おじいさん》
?歳/男性
:インドネシア国家戦略予備軍特務軍曹。国際連合軍少尉。国際連合軍独立教導旅団副長。真面目で善良で人類愛と正義感に満ち満ちた高潔な老人。
旅団には現地職制の副団長が同格としてあり、白を基調とした魔法使いローブのエルフが努めている。区別の為に肌が褐色な彼が現地兵士に「黒副」と呼ばれている。
※第24話<黒騎士>で初登場
※第35話<素晴らしき哉!人生!!> で人柄が判る
※第68話<トモダチ>で魔女っ娘を導いている
他にも、若者たちを導く姿がちらほら……。
「人にものを尋ねる」
そんなときは、まずどうする?
「指を三本落とす」
これだ。
なぜか?
人の指は五本が基本だからだ。
これはあくまでも一般例なので、深く考えることはない。
基本的な考え方を押さえておけばいい。
ならば、それはなぜか。
なぜ五本ならば三本なのか?
理解させるためだ。
対比だよ。
手のひらサイズの物。
その大きさを示すために500ルピア、いや500円玉と並べるようなものだ。
残った指が二本。
失った指が三本。
わかりやすいだろう?
残っているからこそ、失ったことが判る。
判りやすい。
全部失ったのでは、視覚的に理解しにくい。
直後は激痛により理解力が落ちている。
握りしめて見えないだけ、感覚がないだけ。
そう勘違いしてしまうかもしれない
ではなぜ斬り落とすのが三本なのか?
二本ではいけないのか?
三本でなくてはならない。
同じ理由だよ。
喪失感を浸透させるためだ。
まだ三本残ってる。
もう二本しかない。
わかりやすいだろう?
だからこそ、指を落す前に口を塞いでおくべきだ。
猿轡でもなんでもいい。
尋ねるまえに喋らせてはならない。
雑音から情報を読み解く手間がかかる。
省かなくてはならない。
拘束しておくべきだ。
雑念を与えることがないように。
純粋に苦痛と喪失感に集中させなければならない。
動物は七転八倒して泣き喚き叫び狂う。
それにより限られた神経と中枢のリソースを苦痛から逸らす。
心と体を護るための工夫だな。
それと判っていれば、何をすべきかもわかる。
だれにでも。
特別なことなどない。
人類の歴史、地球の歴史において確立された手順だ。
最初に理解させる。
これは取引ではない。
交換でもない。
「得られるものなどなく、ただ奪われるのみ」
それが彼ら。
「与えることなどなく、ただ奪うことだけ」
これが我ら。
これが基本的な考え方だよ。
そこを誤解しているのが素人だ。
多くのファンタジーでおなじみではないかな。
無知ゆえ、というべきか、想像力の欠如を嘆くべきか。
訊ねる。
拒絶される。
殴る。
まったく。ばかばかしい。
無駄だ。
素人というのは、まるで考えない。
訊ねれば、相手は「自分に価値がある」と考える。
拒絶すれば「価値を保持できた」と考える。
殴れば「それだけ自分の価値は高い」と考える。
無駄だ。
最期に情報を得られるのであれ。
何も得られないのあれ。
徒労でしかない。
そもそも殴るのがおかしい。
いや、危険だというべきか。
決して拳のダメージの話、ばかりではない。
もちろん無視していいことでは無いが。
一々身体に負担をかけていたら、千人万人を殺す前に尋ね終れないではないか!
軍人は自愛することも、大切な責任と心得ること。
わかるね。
そして何より危険なのは、肉の喜びだ。
身体を使うことには、大きな喜びがある。
それこそ、中毒性を伴うくらいに、だ。
実際に人を殴り続けるところを見るといい。
「殴る」
ことそれ自体に耽溺する者の、如何に多いことか!
嘆かわしい。
原始的な、すなわち「判りやすい」感覚による、支配の愉悦。
自己とイコールである肉体の力、それに対する陶酔。
銃にナイフにはしなくとも、拳には耽溺する。
それは矮小な個人への回帰に過ぎない。
それはすなわち相手に価値を見出すことになる。
否定すべき相手を肯定し、それを必要としてしまう。
これは拳だけのことでは無いぞ。
凌辱。
拷問。
脅迫。
まったく無意味だ。
それでは奪えない。
むしろ相手を温存してしまう。
人にものを尋ねる姿勢ではないな。
問うのではない。
答えを得るのだ。
考えることを失わせしめ、単純な反応体へと回帰させる。
指三本はその一つに過ぎない。
尋問のための尋問。
拷問のための拷問。
処刑のための処刑。
残念ながら異世界の諸君は、その段階でしかない。
それが人間だ。
そして我々は軍人だ。
人間であってはならない。
軍人は「より大勢を殺すため」に在る。
軍人は個を超越した「正義」のために戦う。
軍人は見失う「我」を持たずして正しくあれ。
故にこそ。
歓喜はその先にこそある。
簡単なこと。
それを、新たな同胞たちに、教えてあげようではないか!
《国際連合技術移転計画「持続可能な開発のための教育(UN Education for Sustainable Development/ESD)」プログラム・講師研修》
【国際連合統治軍第13集積地/聖都市内/中央/大神宮正面前/青龍の貴族】
先手、俺。
俺が自慢のバリトンボイスを発する前に、脳裏に響くのは甘い声色。
「案内役を拝命した」
はい、先手とられましたー!
一手目、ご挨拶。
打った、いや、言ったのは帝国女騎士。
その甘さは俺にしかわかるまい。
いえ、女の子にはわからない世界、ってだけではなく。
ここは男13と女の子9人で、男女比ほぼ4:3だけれども。
帝国女騎士の声を直接聞ける範囲に居たのは俺だけだってだけ。
もちろん集音装置で全員が声を拾っていたとは思うが。
涼やかで良く通る声。
美人は声も美女ですね。
生声でないとわからない。
例えていうなら眼鏡越しで絵を見ても面白くないような
手袋をつけてネコを撫でるのは言語道断のような。
オンライン上の仮想人格を口説くなどありえないような。
そんなふかーいふかーい楽しみ方だけではなく。
この声には実用的な意味もある。
別になくても心地よさは変わらないけどね。
通信未発達世界。
大雑把に考えると中世準拠の異世界。
地球の中世とは違い、魔法を使った基幹通信線が張り巡らされている。
むしろ魔法の最重要利用法だとか。
千年前くらいの科学に異質な魔法と奇跡を咥えた異世界。
いついかなるいつごろから魔法や奇跡が異世界で発見開発発生したかしらないがUNESCOがそれを探り出すまで判らないが、そうとう昔から、それこそ記録が残る限りの、数百歳であたりまえなエルフの記憶で曾祖父が言っていたくらい、そんな昔から異世界では魔法があったようだ。
UNESCOが途中経過を纏めただけではあるが、暴力化学力帝国から巻き上げた資金力を湯水のようにばら撒いて1%のひらめきを足して調べ上げたんだから、それは信じていいだろう。
余談ながら、ばら撒くのは資金だけにしてほしい。
なのに魔法を情報/社会的インフラとして考えるのが、帝国だけ、だとか。
国際連合承認の異世界調査結果。
異世界でも魔法ってのは、火の玉を打ち出すような、アレなイメージ。
まるで魔法を知らない地球人みたいだが。
つまり人は、多世界共通。
どうにも俯瞰できない平面動物なのだろう。
過去の誰かの天才的思い付き。
それを書きため託して積み重ね。
ソレがなきゃ俺にはコレすら見えないもんな。
ありがたやありがたや。
常にすべてに感謝して、楽に過ごそう一度っきりの人生。
そんな俺の為に産まれた天才は、異世界にもいる訳で。
帝国領内領外問わず帝国の息がかかったところ共通。
通信網の拠点〃に魔法使いが重点配置されてるってね。
押し込み強盗か通り魔かはたまた異世界からやってきた文字通りの魔王軍。
そんな俺たちが、白眼視に耐えて情報の重要性をこの世界に伝える必要はない。
異世界の方々に伝えた結果、帝国と同じかと思われたら尚けっこう。
そのほうが受け入れやすかろう。
人間って新奇な事物が苦手だからね。
地球でも異世界でも同じ人間。
のようにような観測結果。
なにかをまったく新しく始めるときのコツ。
今までと同じように、と枕詞をつけること。
それが事実かどうかなんて、誰も気にしやしない。
それは今回も採用されたわけで。
俺たちができるだけ異世界にかかわらない。
そのために、必要な範囲でかかわるため。
俺たちの流儀を理解できなくていいので体感していただく。
国際連合が必要な範囲で。
脅威にならないように加減しつつ。
情報インフラに異世界協力者を組み込めるわけだ。
そのために帝国の事例は大変参考になり利用できる。
だがもちろん先駆者で元独占者である帝国にも限界は多い。
魔法が個々人の資質に依存している
――――――――――誰でも使える科学との差。
異世界側から見て、圧倒的格差。
ついでに魔法使いが少なく、存在自体が運任せ。
もし血統があったら、魔法使い牧場が出来てるだろう。
ハーフエルフ奴隷牧場と同じノリ。
あまり好きじゃありません。
魔法使いが血統じゃなくてよかった良かった。
血統だったら間違いなく多数派非魔法使いの道具にされていただろう。
俺たちのような異世界からの侵略者がそれに加わった日にゃ、地獄絵図。
個々人の資質に頼る時点で、科学とは絶望的な差になる。
異世界人が一人残らず魔法使いだったとしたら?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一人残らずUNESCOの科学的資料にされるだけだ。
まあそれは余談。
ここで考える価値がるのはきれいな女体、ではなくてそれもあるが、女声。
帝国女騎士の声。
実に良い声だ。
俺個人の好みというだけではなく。
科学に匹敵、あるいは凌駕するのが魔法しかない世界。
ゆえに良い声の、帝国軍中での在り方は決まっている。
巨大な軍事組織を機能させるためのC4Iシステムだ。
まあ単純に指揮系統と考えりゃいい。
現代軍隊とは違う、中世準拠世界のチート国家。
個々兵士の管制はおろかコミュニケーションツールは無く、命令伝達は声による。
それでも指揮系統の発想はあるのだから、チートだよね。
卑怯きたない不正インチキ八百長を意味する言い回しは、不適切かも知れないが。
現代組織に近いということで。
いや現代軍隊はコミュニケーション機能排除を進めてるけど。
兵士個々の交流は部隊強度を下げる。
兵士個々が戦況把握すれば、指揮系統が崩壊する。
SNSにいたっては、個人的に利用してる段階で反逆者。
個人情報暴露サービスを使えば、情報を垂れ流している奴の個人情報多数大量特定余裕。
職業職能スケジュール、性別年齢趣味嗜好カテゴリー分け、間接情報を集めれば組織内部の評価まで推察できる。
数を集めることも検察機能で楽々自動、フォローと称するストーキングも自動化簡単、専用プログラムなんかフリー素材。
無数の兵士たちが突然、SNSを止めたら?
何を意味するか言うまでもない。
それを誰が見ているのかも。
これを想像出来ないなら、最初から組織の一員である能力がない。
すでに様々な計画作戦民事軍事で露呈した自殺自爆自滅行為。
秘匿されてる要人のスケジュールが、周辺の下っ端SNSからバレバレだった。
実際に起っていることだ。
皆さん、意味が少しでもある仕事役割使命があるならば、SNSは止めましょう。
やってもやらなくてもいい。
いてもいなくてもいい。
そんなあなたはやってもいい。
そして異世界号令事情、つまりは人力。
そーいう意味で女の高い声が重宝されるそーな。
疲れてるときに響くと、思わずアイアンクローしちゃうくらいだ。
そりゃ聞き逃されないだろう。
少ない帝国軍女騎士は伝令や触れ役からキャリアを始めるんだって。
女の軍人は騎士から。
騎士、士官適性が無ければ帝国軍には入れない。
建て前だけの為に、合理性をすっとばして、女性兵士を最前線に送ってる。
そんなあったまわりぃー米軍より、異世界帝国は文化的。
え?
陸上自衛隊?
普通科戦闘職に女?
決して前線が生じない。
その確信あってこその前衛女性自衛官。
異世界転移なんか想定しない。
それは不可抗力の範囲だろう。
俺が先手をとられたのもしかたがないね。
そうおもうだろう?
エルフっ娘。
いつもより余計にひっつかれております。




