宗教戦争(日本発)
経済学でいう『市場』とは現実に存在し得ない理論モデルである。
アダム・スミス以来の常識だ。
有り得ない『市場』への信仰。
不合理な『市場原理』という教義。
これらを考察するのは宗教学の役割だ。
これらに対処するのは精神医学の使命だろう。
《ノーベル経済学賞スピーチより》
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/軍政部隊中央】
俺は立ち止まった。いや、魔女っ子が立ち尽くしたから。
まあ、そうだよな。
港湾の封鎖線。
倉庫や商館、店舗などを守る柵。
本来は荷運びの下層労働者を住宅街や邸宅街から締め出す為。
今は荒廃した住宅街や邸宅街から港湾地区を守るため。
元からあった柵を補強して、武装した船員が見張っている。
一昨日までとは逆の備え。
港湾地区から北の門に至る街道沿い。
その境は短槍と兜を構えた衛兵が確保。
彼らが居なければ、道が無くなるだろう。
避難民。
昨日の騒ぎ、いや暴動と殺戮で、家や家族、行き場を失った者。
脅されるまま家に閉じこもったが、朝から始まる掃討作戦の悲鳴に耐えられずに逃げ出したもの。
作戦に動員、正直、大半は徴用された市民の家族。
・・・・・・・・中には当然、狂騒にかられ殺し奪ったものもいるだろう。
盗賊ギルド、港湾参事会、船主たちは個別の犯罪などに興味はない。
別に異世界だけじゃないだろう。
事あるごとに暴動が起きている我が友好関係にある先進国だって、鎮圧後に暴徒を全部検挙したりはしていない。
それでも、ここに集まっているのは、正気を取り戻した連中だ。
数千の老若男女が集まっている。
秩序が保たれている港湾地区の外側が一番安全だからだ。
「基盤を失った者の生活再建は困難でしょう」
坊さんが言う。
いつの間にか斜め後ろ。
自衛隊員の背後を軽くとる地方都市市役所職員。
「Ohoooooo!!ニンジャ!!NINJYA!!NINJYAは本当にアッタンダ!!」
黙れ神父。
『あった』ってなんだ『あった』って。
でも。
東久留米市市役所って、係長に特殊部隊出身者雇ってない?
セガール的な?
「似たようなもんじゃない。あんたの後ろなんか簡単に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヨシ勝負よ!勝った方が今夜一緒に寝る!」
うん。聴かなかった。聴こえなかった。
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/青龍の貴族背後】
あたしは接近に合わせて、立ち位置を変えた。
体裁きなら、あたしが上ね。
殺し合いになれば剣より速く青龍の力をふるうでしょうけど。
青龍の女将軍は怒っているが、怖くない。
やっとわかった。
彼女が畏ろしくない理由。
『青龍の怒り』ではなく、女の怒りだからだ。
ふん。
そのまま勝負。ただ、あたしの意識はそっぽを向いたまま。
あの娘。
青龍の貴族。
あの娘に、その背中を支えるように立つ彼に、何も出来ない。
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/青龍の貴族前】
わたしにはなにもできません。
なんのちからもありません。
だから、のぞんではいけません。
「何が欲しい」
わたしの髪を、あの方、が梳いてくださいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、失礼いたしました!!ご主人様を、あ、あ、あ、の方呼ばわりなど!!ふ、ふ不遜な!!!気がします!!!!!
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/軍政部隊中央】
俺じゃなくてもわかる。魔女っ子が何を望んでいるか。
言い出せないこの子。
言わせたい俺。
ポンポンと頭を撫で、撫でられながら、お互いに手持ち無沙汰。
目の前。
おびただしい人々。
しっかりとした仕立ての衣服に靴。
古着ではあるだろう時代的に。
だからこそしっかりしている。
靴は中産階級以上の証し。
平均以下なら裸足だからな。
肌や髪、ちょっとした装身具。
余裕がある人々、だった。
老若男女、子供にいたるまで、一様に薄汚れている。
なによりも、みんながみんな、そろいの眼差し。
絶望。
下を見ればキリがない。
資産はおろか、命を失ったものは多い。
そもそも失うものすら持たない、持たずに産まれ、持つこと無く圧死した下層労働者はどうなのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて、慰めにならんわな。
むしろ貧民より彼ら小金持ちの方が深刻だ。
物乞いなら既に日常を取り戻しているだろう。
彼ら市民は、満ち足りることを知って、それを失ってしまったのだから。
最初から手が届かないもの。
手に入れたものを奪われたもの。
後者のほうがつらかろう。
坊さんがいつものごとく手回し。
市役所は民生部門だったのかな?
「支援策はこちらに。手持ち資材と資金で十分対応可能です。資産調査中ですから、未確認資産の情報で担保を設定し大商人達から借り出すのがよろしいでしょう。彼らの地元、商業基盤でもありますから、無利子で通させます。統治の安定、経済波及効果、印象操作などの試算はこちらに」
坊さんが、中空に描くディスプレイ表示。
ざっと見、悪くない。
中世の人口比で言えば少数派な中産階級だが、彼らの技能と経験は社会の背骨。
放置は有り得ない。
試算は試算に過ぎないが、許容範囲だ。
どうせ、俺の金でも無ければ、国連が必要としている資産でもない。
前太守が悪名と引き換えに集めた資産だ。
彼の驕りでギャンブルも悪くない。
え?太守の評判?聞いたことあるかって??
税金を集めて嫌われない訳がないじゃないか。
俺なんか、住民税が基準だぜ。
その数字だけで市長や市議会選挙の投票先を決めてる。
さて。
如何されますかな現地代表・・・・・・・・・・・・・・魔女っ子フリーズ中。
うーむ、つくづく悪い事をした。
現地代表にしちゃったから、言葉を選びすぎてしまうんだな。
とりあえず、言ってみればいいのに。
困っている人を助けたい。
ってね。
子供なんだからさ。
困っている人を見て算盤をはじいちゃう悪い大人に遠慮することないぞ?
帳尻合わせは悪党がやるからね。
「HEYHEYHEY!」
あ?
神父が指差すその先は?
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/青龍の貴族背後】
あたしが青龍の女将軍の邪魔をしていたら、青龍の貴族が傍らを見た。
どうでも良いかと(ひど!)無視していた青龍の役人。
視線に引きずられるように前にでる退けた腰つき。
青龍はだれもかれも皆姿勢が良く、歩き方が体の重心を意識している。
だから、この役人だけが目立つ。
「は、」
?
「反対です!」
??
「歳入の目処もたたないのに予算を組むべきじゃない」
青龍の僧侶を見た。
青龍の役人は、青龍の僧侶に反対したのね。
何かと思ったわ。
「財政均衡論ですか」
あら。
いつも柔和でありながら、意味を見いだせない笑顔。
常に『あなたに配慮していますよ』と仕草で示す青龍の僧侶。
それが一変。
嘲るような気配を醸し出す。
「それが何か」
青龍の役人が反駁した。
初日の尊大さは影を潜め、特に青龍の間では目立たぬように努力していた、成果があったとは言わないけど、の役人が睨む。
「義務教育の欠陥ですな。教科書を読み込めば国債と信用創造の仕組みが理解できるのに」
「財政赤字などとるにたりない、といいたいのかな」
青龍の貴族に処刑されかける前に戻ったみたい。
宗門論争?
ザイセイキンコウロン、っていうのは宗教かしら?
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/軍政部隊中央】
俺は元カノをチラ見。
「アタシは教科書を読んだわよ。中学生のころ書いてあった」
おおー美容と化粧とバストアップにしか関心がなかったと思ったが。
「理解するわけないじゃない」
中学生全国模試トップ10がそれか。
「クロスワードパズルの要領よ」
おい。
「教師も教科書書いたやつも、内容理解して無いでしょ」
いや、それはウチの中学だけかも知れないだろ!文章も切り貼り感すごかったけどさ!
「じゃあ、アンタが説明しなさいよ」
え。
「はーい、みんな傾聴」
おい!しかものってきたよシスターズ。
素直に信じちゃいけない。特に女を信じちゃいけないよ。こうなっちゃいけな、ぐふっ。
「例え話だ」
引くに引けないから押し通す。
わかったような気にさせるだけの話。
「100万円もっていたとする。それは100万の価値しかない」
適当に話して煙にまこう。
みんな答えを知らない。
つまり!
俺が答えを知らなくてもバレない!
フッフッフ。
簡単な推理だよワトソン君。
「コレを国債に替える、これは資産だ」
お嬢はピンときたか。
さすが両替商の娘。
いわゆる手形は、海上交易が始まれば必須。
手形は兌換(貴金属と交換可能)紙幣の一種だ。
俺たちは不換紙幣で限界、あるいは限度を、よくも悪くも消したがな。
「資産を担保に100万借り出す。国債の利子で駆り出しの利子を相殺する」
たとえ話だ、たとえ話。
現地の皆にもなんとなく伝わる。
帝国も大陸規模の戦争を80年近く続けているくらいだから、国債や証書を多用するからな。
最近は暴落しているらしいが。
「手元にある価値は額面200万になる」
なんか、関心してる。子供相手の話ネタじゃないんだがな。
「100万円と100万の国債。更に100万で国債を買うとどうなる」
同じ事を別な誰かがする、でもいいが。
「繰り返すだけで手元の額面が増える」
手元、つまり市場に流通する通貨が増える。
通貨が増えればお金が周り、お金が回れば景気が良くなり、景気が良くなれば経済基盤が大きく強くなり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・繰り返し。
利子?通貨増大のインフレーションで相殺されるから、どうでもいい。
「ナイス!シュはパンを五千分割シマシタワー!Let’s Go!Credit!」
ボケ!
国債を『国民一人当たり○○万円』とか吹くアホウの真似すんな!
あくまでも、経済サイクルのたとえ話だからな!
個人の財布と経済全体を一緒にするなよ!!!
個人の借金はマイナスが多いが、国(米国以外の先進国)の借金はプラスが多いってだけだからな!!!!!!!
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/青龍の貴族左】
わたくしは、ご領主様のお話を聞いて、実家の商いを思い出してしまいます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ご領主様は、なぜ商いの話がわかるのかしら。
損得など気にされていないから、商家出身には見えないわね。
正直、お父様が近い事を仰っていましたけど、それよりも一段、いえ、俯瞰したように聴こえますわ。
「財政赤字が問題なのは、発展途上国や合衆国など国内に資産が無い国だけです」
青龍の僧侶さん。
青龍の役人。
まだ、続いてましたのね。
「日本の財政赤字は不足しております。地方債を含めてたった一千兆!理想値は1.5倍です」
チョウ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・兆?
数字の単位??
「その根拠はなんだ!」
「国内の所得です。個々の資産を、世界有数の信用を誇る日本国の保証をつけて世界金融市場に流す。一般金融機関では背負えない責任です」
青龍の世界の、資産、単位――――――――――チョウ、兆が当たり前なの!!!!
「財政が破綻する」
「しません。信用創造効果で市場に流れる資金は10倍にも100倍にもなる。そこから見込める税収は利子負担を凌駕する」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見当のつかない世界。
【太守府/港湾都市/北街道/北岸地区と港湾地区の境目/軍政部隊中央】
俺はボクシングの観戦気分。
まあ、役人がエキサイトする理由はわかる。
『死んだ後に復活するわけ無いじゃん』ってカトリックに言ってみた。
みたいなもんだ。
「可能性に過ぎない!」
「不換通貨はそもそもが可能性です。増税と歳出削減で市場に流れる通貨を減らして不況を作り出し、経済を活性化させないという悪い意味で、財政赤字を増やし続けた財務省20年の事実をご案内いたしますか」
理論と史実を混ぜると焦点がバラけるぞ。
「仮に日本の財政が再建されたら、それだけの資金が世界経済から抜かれる事になる。何が起きるか自明のことです。財務省の指導で報道はされませんが」
ラッシュラッシュ。
あーあれか。
与党議員には一人一回、財務省の役人を論破するノルマがある。
いや、非公式らしいが、バレバレ。
国会の衆参両院全委員会に財務省の役人は呼ばれてる。
いや、喚問や弾劾裁判以外に。
どんな議論も財政の話に繋げられる。
だから、財務省の信仰中枢で論難しやすい、財政均衡主義は一番狙われる。
もちろん、議員がとちった時以外に報道はされない。
だが、その動画は当の議員が把握している全支持者(可能性含む)に送られる。
衆参両院議員600以上の動画を比較した検証動画には山ほどタグがついた。
まあ、憧れの自宅待機生活者激増で暇なんだろうな。
『シナリオ通り』
『想定内』
『アドリブ突っ込みに棒読みで応える政府委員の鏡』
『謎のアンジャッシュ(双方わかってない)』
『朗読会(一回100万)』
『うちの先生はバカだけと可愛い(噛んだ!)』
『うちの先生は可愛いけどバカ(公認取り消し?)』
『怒鳴り愛国会』
『うちの政府委員が泣き出すはずがない(可愛い)』
『美人時計。政府委員編(悪党顔議員セット)』
などなど。
お、続いてた、
「世界の金融機関や政策当局で日本の財政再建を望んでいるところなどない。日本の財政赤字が無くなれば世界経済が破綻するからです」
その日本が無くなってるんですが。
まあ、日本が特別って訳じゃなく。
EUが消えたら日米が。
アメリカが消えたら日欧が。
それぞれ破綻する訳だけどね。
あれ?
そうなると?
日本がなくなった地球はどうなる?
いや、なった、んだ?




