幕間:善き教師、善き生徒。
剣。
馬上で振るうことを想定した長物。
ただし刀身は細い。
取り回しやすく、鎧武者相手には狭間隙間に突き込みやすく、抜きやすく。
なによりも軽く、持ち続ける人と乗せ続ける馬が疲れにくいように。
片刃の刀身は鋭く、革の部分であれば切り裂けるほど。
両刃としないのは、刃背を厚くして強度を維持する為。
鎧。
要所を竜の皮で補強した革鎧。
騎乗鎧なので軽さ重視。
胸甲、肩当て、篭手、手甲、脛当が竜の鱗。
それ以外は厚い革。
完全におおうことはせず、特に背中側に隙間を明けて通気性を確保。
特徴的なのは、乳房を圧迫しないように成型された胸甲だろう。
もちろん大きさは個々正確にあわされている。
小さければ呼吸を圧迫する。
大きければ鎧がずれる。
どちらも命取り。
この世界でも女の成長は男より早く終わるので、最初に作られた鎧のサイズが変ることは、まずない。
女の装備は全体に軽く、弾性重視で造られている。
男に劣る筋力。
それでも取り回しがしやすいように。
男に劣る耐久力。
力を受け流して体に響かないように。
より長く戦えるように。
より多く殺せるように。
よりよい戦争のために。
総力戦。
それは個体差を同一化させるものではない。
均一化させるものだ。
技術は男を女に、女を男に合わせるモノではない。
そんな無駄なことは考えない。
帝国には女の装具があり武術があり騎乗術がある。
製造、訓練、組織化技術。
それは一人一人を補強して、同様の戦力単位と為すことだ。
それが帝国のドクトリン。
軍事的に、全てが戦争に集約される社会的な発想。
もちろんのこと、わざわざ女を前衛に立たせたりはしない。
士官か魔法使いとしてのみ考えている。
戦争は剣を振り回すことでは無い
その程度は馬鹿以外にはわかる。
剣は指揮剣であり、主に味方に振るわれる。
それは指示として、あるいは懲罰として。
ゆえにこそ女の剣術は単独前提、一人か少数を相手にするものが多い。
逆に男の剣術はおおむね連携を想定し、全状況に対応する形をとる。
その発想が産ませて育てた女騎士。
鎧の下は騎士服の略装。
首元までを覆う厚手のノースリーブ。
手腕は汚れやすいために、防寒用以外は布を付けない。
革鎧と手ならそのまま水に流せるからだ。
正規の騎士服であればブラウスになるところ。
そして異世界では特段名前が無いが、地球で言う乗馬ズボン(それもいろいろな名前がある)を履いている。
足元は膝下まで届く長靴。
金属の面貌と兜は馬に架けてある。
常ならば従卒に持たせるところなのだが、特別な任務故に独りで立つ。
鎧は長時間付けたままにするものではない。
だが作戦中は何時間でも身にまとう。
特殊な状況に備え、騎士学校では数日間外さない訓練もある。
あえて今日は軍装とした。
作戦の意図からすれば、礼装や騎士服、個人所蔵のドレスはいきすぎだ。
ただし普段であればアップにまとめている髪を背中と両頬に流している。
専任スタッフと策を練り、自慢の髪質を魅せつけて秀麗な顔を彩るように。
時々しか命の危険を感じない、それも愉しい楽な戦場。
訓練を含む任務以外で、肢体を磨き上げるのは娯楽の一部。
女騎士としては当たり前の日常ではあるが、それでこその大役。
剣を磨き。
馬を肥やし。
美貌を整える。
軍人として当然だ。
そして標的を待つ。
まったくもって、慣れてきたものである。
敵が彼女たちを知るくらい、敵の能力は知っている。
そう感じる彼女が思い浮かべるもの。
敵。
それは砲爆撃で擦り潰された三十万人ではない。
化学兵器に灼かれた一万人でも、ない。
ましてや数千人を十分で肉塊に変換する自動機銃でもなければ、空から常に全周を見通す哨戒システムでもなく、彼女たちを常に盗聴する監視網でもなく。
炉だ
――――――――――人間を焼くための。
聖都を占領した青龍。
彼らが、目についた万ほどの領民を擂り潰した後、最初に命じたこと。
一つは居住区の壁造り。
二つは焼却炉の建築。
作業地区。
本来、聖都を破壊するための作業スペース。
神殿の柱石。
巫女を称える彫像。
奇跡を記録した碑石。
無数の住まいを築いていた煉瓦。
全面を覆っていた敷石。
様々な素材を割り砕く。
最終的には掘り起こした土や瓦礫を運び出し、保管し、塩を混ぜ込み運び込む。
聖都を跡形もなく消し去り、人の近づかない不毛の荒野にする。
その作業をする場所。
もともと焼却炉はあった。
無数のゴミを片付けるために。
燃料の関係から、あまり利用を推奨されなかったが。
焼却場もあった。
竜の炎で死体を骨に、骨を資材に変えるために。
竜が撤退してからは、使いようが無くなっていたが。
青龍は既存のモノを無視。
そこに、作業地区の一角に、無数の炉を築かせた。
すべて海沿い。
内陸から海岸線まで遮蔽物がない場所。
それは帝国兵から見て意外なもの。
煉瓦と土盛り。
簡単な構造、単純作業で作れる。
だから職人たちに諮り徴集領民たちに命じて、帝国軍が造らせた。
容易く短期間に。
しかし、だからこそ、驚愕した。
炉の囲みの中。
枠を立体的に重ねる。
まるで通路の様に。
そこは火種を置く場所。
そして風を、炎を、まんべんなく通す道。
囲まれた炉の中は、まず海に口を開ける。
そして同じように、陸側にも開閉自在な口がある。
開く。
閉じる。
途中で止める。
開閉具合を自由自在。
後は風。
海と大地。
熱吸収と保持率の相違。
先に温まり、先に冷える。
寒暖差が生む、空気密度の差。
海風、陸風。
大陸内陸部に生まれた騎龍民族が知らない道理。
沿岸部の領民たちも気がつかなかった利用法。
炉内の火口に点火。
風は炉内を循環し、時々に合わせて陸海逆に抜ける。
風の取り入れ口の、単純な蓋。
それが巨大な鞴を調整。
焼却量、焼却物の大小、気温湿度、リアルタイムの燃焼度合い。
すべてを考慮して、最適稼働の炉内環境を保つ。
一切、電子機器は使われていない。
帝国兵から領民まで、誰にでも解る、鍛冶経験者なら使える。
炎の色を見て、外から安全にたしかめて、外から危険なく操作できる。
焼却物の水分をいち早く飛ばす。
残った脂肪が筋組織や骨を芯にして燃焼に加わる。
燃料を最小に保ちながら、一度に1万体の焼却が可能。
まさに、占領軍が真っ先に造るべき施設。
しかも建築に要した労力は稼働労働力の十分の一程度。
24時間作業で、24時間とかからず実現した。
まあ、一番優秀な労働力、職人たちをすべて投入はしたが。
造り方を理解させ、動かし方を教えるのに三日とかかっていない。
帝国軍、騎竜民族は感心した。
殺す相手に自分の墓穴を掘らせる。
それくらいは当たり前。
だが次元が違う。
炉への搬入、償却、回収、搬出まですべて死体共に任せられる。
そして利用法は、必ずしも死体処理ばかりではない。
焼き加減を自由自在に調整可能。
生焼けでは砕くに手間がかかる。
焼きすぎれば脆くなり役に立たない。
程よく焼けば、砕きやすく砕けにくい。
インフラストラクチャーを最も重要視する帝国。
欲するは人体から得られる最高の素材。
街道舗装資材(人骨)をえる。
その効率が飛躍的に高まる。
この素晴らしき未来のために。
自らの骨が、帝国の街道を造るのだ。
それを言祝ぐ誰よりも。
だがもちろん、安定的に簡単に高い熱量を得られれば。
鉄を初めとした金属精製、冶金の量的基準が変わる。
いままで竜の炎を使っていた。
限られた竜は軍用生産に集中していた。
竜以外で誰にでも簡単に炎を得られる。
無数の農具が鉄でできる。
無数の工具が鉄でできる。
それは農地、都市の生産性を飛躍させるのではないか。
燃料も労力もいくらでもある。
領民はいくらでもいるのだから。
それはつまり、強大な統一帝国の存在が一つの市場を生み出したから。
まず情報が行き渡り。
次に物流が行き渡る。
そして人口が増大し、貧困層が増加して、四半世紀もあれば安定する。
その間が与えられるかどうかはわからないが。
いずれにせよ燃料は有り余るだろう。
炉はいくらあっても余ることはない。
増やせば増やすだけ、豊かになればなるだけ、更に燃料が増える計算なのだから。
そんな炉を造るところから全て燃料自身に任せられる。
何万人もの虐殺を日常化するために、必須ではないか。
帝国軍が、騎竜民族が、まるで異世界の発想だと感じたのも無理からぬこと。
なにしろ人を殺す時は、衛生面の配慮こそが最重要なのだから。
魔法の源たる生贄にしつつ魔法で殺せば、殺人にかかる労力はなんとかなる。
だが死体処理は魔法では無理。
人体は竜にとって珍味に近い。
主食になり得ない以上、喰わせるのも限界がある。
無制限に必要以上に殺せた帝都建設。
あれは全ての竜を処分に投じられたからこそ。
そんな贅沢なことが出来たのは、戦間期なればこそ。
帝国史上、一度しかない。
魔法使いたちの書いた帝国史には、そう書いてある。
つまり決定だ。
ゆえにこそある、物理的制限。
埋設処理も労力のみならず場所をとる。
帝国軍は死体処理の配慮から、殺し尽くすのを控えるくらいだ。
だが、それはすべて過去となる。
騎竜民族は、その簡素で効率的な感覚が気にいった。
とてもとても気にいった。
これならすぐにまねをできる。
必要なのは風が一定の強さ、周期で吹き続ける土地。
全兵士への聞き取りで、候補は挙がった。
内陸部でも大河川や内陸湖周辺ならばあり得る。
同じように風がとれる場所。
熱伝導率の差が出来るのは水陸だけではない。
砂漠と森。
草原と荒野。
山と平野。
原理は知らなくても場所を知ることは出来る。
誰にでも、だが、帝国は領域外を含めた気候に関する膨大な資料がある。
帝国は戦争の為に創られたのだから当然だ。
帝国軍の工兵は、率先して作業に参加。
命じられるまでもなく、建築から稼働運営まで。
そう報告し調査を続けている。
資料を持ち帰らずとも、記憶で再現できるように。
記録するのは、記憶するために。
整理し要所を抑える。
最小限の人数で最大限に再現できるように。
もとより、全員が帰還できるわけがない。
そう考える、当たり前の軍隊。
だから共有する。
生存優先順位は、技術を持ち帰られる人間。
当然だ。
それは今後の帝国の為に。
勝利する日のために。
再建よりさらに高みへ。
この地にいるのは精鋭帝国兵。
生かして帰されるわけがない。
当然いつか、皆、炉にくべられる。
もちろん、皆殺しにされても別に舞わない。
それはこのレベルの部隊が総力を挙げてなお、青龍に及ばない。
それが判るだけで大きな戦果だ。
帝国軍の偵察部隊や密偵が聖都周りを徘徊している。
だが何も判らなくてもかまわない。
それは最高の索敵諜報技術が通じないと判る。
約束された成功。
そして、成功で満足する発想は、無い。
物理的に可能な戦果は、全て上げなくてはならない。
だから、誰かが生き延びれば、足りる。
必要なのは細部ではない。
根本的発想だ。
最悪、騎士一人でも伝えられよう。
長期間の接触が、互いを知る機会をつくる。
どちらにとってプラスかマイナスか。
詳細が判れば僥倖。
ただ全力をつくすだけ。
簡単な役割。
それは誰にでもできる。
竜の民ならば。
まったく、と彼女は思う。
捕虜になって良かった。
我らはついている。
望んで得られはしない。
世界で一番強い竜の民。
世界で一番大きな帝国。
世界で一番賢い魔法使い。
高みにて見下す我らを、遥かな彼方より踏みにじる。
更なる高みに至る為、龍がもたらす恩寵。
このような贈り物。
どうか我らに、我らより強い敵をください。
望めるものなら誰もが望む。
何を捧げても狂喜しよう。
生きるすべてが欲するもの。
教えられずともわかる、竜の民の根源的欲求。
強い敵。
大きな敵。
優れた敵。
それは、世界一つより価値がある。




