青い魔法使い
【用語】
『青龍』:地球人に対する異世界人からの呼び名。国際連合旗を見て「青地に白抜きでかたどった《星をのみほす龍の意匠》」と認識されたために生まれた呼称らしい。
『科学技術』:異世界ではすべて魔法として理解されている。ゆえに地球人は全て魔法使いとして見られる。
まるで魔法だ。
顔認識システム。
情報処理機能としてお馴染み、すでに陳腐化しているとさえ言えるだろう。
カメラ、と称する記録機器には必要不必要に利用意図を全く問わず、付属済み。
むしろそれを無くすことは、システムのバランスを崩してしまう可能性すらある。
確立された仕組みというものはハードであれソフトであれ、バランスに依拠しているらしく。
総体としての処理量を減らしても、全体の調整をとるための負荷がかえって高まることが、ままある。
天秤棒の片方で荷を減らしたら、担ぎにくくなり腰を痛めるような物だそうだ。
誰も試みやしないが。
もしいたらご一報を。
民生用としては単なる補正システム。
データを分割する。
特定条件と合致するものを抽出。
記録情報を修正して人間の平均的視覚への負担を減らす。
軍事用としては、補正は必要ない。
確認分類は人間が関わらないからだ。
観測情報を選別し定点から得られる情報量を最大化する。
顔や目、瞳などの条件付け。
蓄積データさえあれば、どんな対象でも可能。
隊列や雑踏の中から赤い瞳を識別することも出来る、いや、している。
もちろん、それはソフトウェアの働きに過ぎない。
それが処理する情報を入手するハードウェア、群。
滞空する哨戒気球。
滑空する偵察ユニット。
設置された自動機銃。
国際連合軍兵士車両。
その索敵機器。
それらが同一の対象を同時に観測する。
もちろん複数の機器が一つに集中するのではない。
一つの機器が捕えた複数の対象を分割抽出。
複数の機器から抽出し別視点からの見た、一つの対象の複数データを統合再生。
真上から。
斜め上から。
横から。
至近から。
例えば四つの視点からモデリングされた「対象」。
それが、ほぼ瞬時に電子世界に出現する。
観測圏内のミニチュア世界。
そこには当然、敵もいれば味方もおり、敵でも味方でも無い者もいる。
例えば街道端にて身構える帝国軍。
様々な角度から騎士や兵士の瞳を記録。
その先にある対象を割り出して、視界を再構成。
通過するランドクルーザー。
騎士は視線で車体を追わないように身をこわばらせつつ、車窓に映る影を見る。
瞳を動かさないように、強張る筋まで電子空間に再生。
兵はいっそ堂々と。
これ見よがしに荷台上の国際連合統治軍隊員、それが構えるM-2重機関銃の砲口を見あげて目で追う。
そのサポートで視線を隠そうとする騎士に、気を配りながら。
地に這いつくばる女たち。
路面につたわる振動に身を震わせながら、涙と汗を路面に染みこませる。
目を伏せたまま、眼球だけ忙しく互いを覗う。
側背の首筋の動きで推測される。
無作為に蓄積されたアーカイブから、彼我の動きを再現。
予測動作に対して観測機器を集中する。
過去から未来を含む四次元解析。
帝国軍が国際連合統治軍の何を見て、何を聴いたのか把握する。
聴く
――――――――――そう、音も「視て」いる。
集音マイクではなく、光学的に聴かずに聞く。
光は大気を通過するときに屈折する。
大気の密度や運動に反応する。
見えない空気の揺らぎは、その結果現れた光の揺らぎで判る。
大気の揺らぎを解析すれば、大気の振動は見える。
振動が見えれば、再現出来る。
耳元に生じた音。
口元に生じた音。
合成された振動。
全て、見える。
大気の振動、ソレはつまり音なのだが、音が視える。
見えた音は解析されて文字化データ化され、コードで記録され再生に備える。
もちろん大気が不安定ならば観測精度は各段に下がるが。
何の問題もない
――――――――――音を見られている側も、条件は同じだからだ。
耳元の大気状態が悪ければ、帝国兵も聴こえていない。
口元の大気状態が乱れていれば、その乱れを圧するぐらいの振動、大声を発するだろう。
であれば、観測精度が観測対象を下回ることはない。
彼ら自身は発しているのと同じように。
彼ら自身が聴いているのと同じように。
だから何もかも、見通せる。
だから何もかも、見通さない。
全知であれど全能ではなし。
大変残念ながら、神に追いつくのはまだまだ先だ。
日本列島、日本社会の莫大な通信インフラと情報処理システム。
産業停止で使い道の無いそれを使い、蓄積され続ける無数のデータ。
解析され分類され記録され報告される。
物理的に基幹回線を抑えた国連軍。
最初から日本のあらゆるシステムへのマスターキーを保持していた合衆国。
黙認から積極関与に切り替えた議会政治家。
彼らが産んだキメラ。
誰も見ない、見ようがない。
誰も気づかない、気づきようがない。
誰にも邪魔されない、そんな手段がない。
ありとあらゆる、人間の限界を超えた情報量。
それがただただ積み上げられていく。
大半の情報はあって無きが如し。
自家中毒に等しい機能不全は、高度に発達した科学の呪いだろう。
もっとも大半の現代地球人は気づかない。
それで適応している。
気づいている例外は
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すくなくとも、対処する自信に溢れはいる。
その貴重な例外。
第13集積地。
朝の風景。
注目する者がいる。
注目される者がいる。
両者に注目する者たちがいる。
だから珍しく、記録され死蔵されるにとどまらない。
音まで再生されていた。
大気の揺らぎから再生された音。
異世界の言葉。
帝国兵。
領民。
帝国騎士。
様々な命令、符丁、合図、呟き、祈り。
それは一通り、地球人たちに理解された。
魔法翻訳。
大気振動を光学的揺らぎとして記録し、記録を基に再現された振動。
それでも、原意を翻訳する。
まさに魔法だ。
【国際連合統治軍第13集積地/白骨街道/ランドクルーザー車内/中央席/青龍の貴族】
俺たちは何もかも丸投げしている。
帝国軍が管理していた人の出入りを含む聖都の管制も帝国軍任せ。
帝国軍が管理していた徴集農民の指示監督も帝国軍任せ
帝国軍という捕虜の管理すら帝国軍自身任せ。
それで何もかもうまくいく。
帝国軍が進めていた本来の作業。
聖都解体工事。
ソレは完全に停止中。
帝国軍にしても、現状況でそれを続ける意味がない。
だから国際連合統治軍の命令には逆らわない。
聖都。
もととも十年間の攻囲戦で周辺地域から切り離された、かつての大都市。
大陸北部の辺境で、本来は人や物が集まるような場所じゃない。
人を集めた神殿も、神殿廃棄が国策の帝国では意味がない。
ましてや反帝国諸王国の政治首都としての価値も、帝国の勝利が決まれば価値が無い。
だからまあ、再建しようという気もなかった帝国。
だからといって、手間暇かけて壊す気もなかった帝国。
良い建材、巨石や砂利の宝庫ではあるが。
解体したとしても、大陸の経済中心部まで運ぶほどの価値は無い。
辺境にさらしておいても意味がない。
どーでもいい、かつての敵地。
魔法使いのトップである、魔導大元帥が壊すと決めた。
騎竜民族からなる帝国中枢も、まあいいか、と思った。
世話になった人に、付き合ってるだけ。
万難を排して続けるようなことじゃない。
また勝ってから再開すればいい、程度の話。
だからすんなりと、帝国軍は作業を止めさせた。
自分たちを閉じ込める居住区づくり。
それが徴集領民のお仕事です。
主な。
ほぼ終わっているけれど。
それも帝国軍が領民たちに指示。
そりゃ、人数が大幅に減った帝国軍としても、領民を閉じ込めておかないと不安なわけで。
だから国際連合統治軍の命令に積極的に協力する。
今は主に。
領民たちを動員して、居住区の土地を開墾中。
これも帝国軍から提案があった。
収穫なんか期待できないけれど。
物資が余ってるいるから必要ないけれど。
百万人を数カ月生活させるにたる物資。
もともとここに駐留していた帝国軍本隊が放棄していった、山のような兵糧と労役労働者用の生活物資。
百万人も残っていない消費人口。
そりゃ余る。
幾万の兵士や何トンものゴーレムや重量不明のドラゴンが踏み固めた大地。
十年前は聖都の人口を支えるの農地だったかもしれないが。
開墾?
十年間は一切農作物を育てていない軍用地から、何をしたところで収穫できるわけがない。
農業舐めんなって話。
そりゃ徒労。
国際連合統治軍も。
帝国軍も。
領民も。
そんなことは判っている。
だから畑を造らせる。
だから肥料を造らせる。
だから住居を造らせる。
時間を潰させるために。
時間を潰していることに、向き合わせないために。
なにかをさせないと、ならないからだ。
なにもさせないと、なにかをしでかすからだ。
何もさせないなら、殺すべきだ。
殺さないなら、何かをさせるべきだ
拍手。
さすがの帝国軍。
人間を管理するコツを把握している。
いやね。
言われてみればわかるのだよ。
俺たちにも。
千年分の歴史があるから。
でも、やっぱり現役にはかなわん。
何でも載ってる辞書がある。
調べさえすりゃ何でもわかる。
無数の索引だけで陽が暮れる。
だから大丈夫。
俺たちと帝国軍捕虜の一隊。
その利害が一致しているうちは。
そんな頼れる帝国軍は様々な雑事を、時間を潰させながら、それ自体が管理統制を強める策を考えだしていく。
既にある宿舎をバラして再度、建て直しをさせる。
居住区内に開けた広い土地を整地させ耕させ水を引き肥料を造る。
時折変化をつけるのが、各居住区から選抜された者たちで行う外部作業。
その一つ。
最低一万からの原材料。
それで一万人分の人骨を造る。
もっと原料が増えることもちょくちょくあったが。
処理に困ったりはしなかった
何万人分もの人骨。
数十万の人手。
綺麗に焼きだす。
等しく砕く。
砂利にする。
砂利を此方彼方に配置する。
道を見張ってほころびを治す。
道を慣らして踏み固める。
そんな山のような、煩雑な作業。
そんな山のような、手馴れた人手。
ここにはまだまだ、五十万人ばかりいる。
それでも余るくらいだ。
だから道路は真っ白です。
路面が何で白いのか。
素朴な疑問は回答拒否。
絶対秘密。
大人の世界。
まあ、綺麗に砕かれているから、判らないだろうがね。
大きくなっても判らないほうがいい。
保証する。
なんか悪趣味な記念館が開かれそう。
歴史的真実は体に悪い。
子どもには特に。
膝元でもぞもぞしているのは、魔女っ子。
胸元でもぞもぞしているのは、お嬢。
ある意味で二人より世間知らずな、五色十二対の瞳。
Colorfulの少女たち。
そのままの君で居て。
大人の存在意義ってのは、その辺だぜ?
異世界には大人も子どもも存在しないって?
なら、俺がその第一号だな。
え?
やだな~~~~~~!
「A/RES/ES-11/8(国際連合第11回緊急特別総会8号決議)」
を破るわけないじゃないですか!
(「異世界文化不干渉原則」の根拠)
国会決議が認めた地球人類の総意たる国際連合の方針ですよ?
日本国憲法を守る義務を負う特別職国家公務員がそれに逆らうなんてありえませんよね。
いや、ほんと。
「なお、作戦上の必要がある場合はこの限りではない。」
なんて規定を見たことすらないと言い切れますよ?
(国連決議をうけた軍事参謀委員会通達)
※決議と通達の原文は第15話<三者面談>参照




