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完全侵略マニュアル/あなたの為の侵略戦争  作者: C
第十章「異世界の車窓から」

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狂気の正常化

【用語】


『青龍』:地球人に対する異世界人からの呼び名。国際連合旗を見て「青地に白抜きでかたどった《星をのみほす龍の意匠》」と認識されたために生まれた呼称らしい。


『赤龍』:「帝国」の別称。

地球人と戦う異世界の世界帝国。飛龍と土竜の竜騎兵と魔法使いを組み合わせた征服国家。70年ほどかけてユーラシア大陸に匹敵する面積を持つ大陸の東半分を征服した。特段差別的な国家ではないが、エルフという種族を絶滅させる政策を進めている。


『魔法』:異世界の赤い目をした人間が使う奇跡の力。遠距離の破壊、伝達、遠隔視、読心などが使える。魔法使いを帝国では組織的に養成しており、貴族に準ずるものとして扱われる。


『科学技術』:異世界ではすべて魔法として理解されている。ゆえに地球人は全て魔法使いとして見られる。



「痴漢は犯罪です」


こんな標語を見たことはないだろうか。

これが狂気である。


文字数を増やせばこういうことになる。


「痴漢は犯罪ですから、やってはいけません」


この文章を考えた人間。

この文章を標語にした人間。

この文章に違和感を感じない人間。


「狂気」


とはこれである。


解説が必要だろうか?

しかし敢えて、文字数を増やそう。



犯罪だからやってはいけないのではない。

やってはいけないから犯罪なのだ。


犯罪で無くなったら?

やってもいいのだろうか。


相手の不快感と苦痛を考えることは無いのだろうか。

他者の意志と感覚に共感することは無いのだろうか。

対象の利害と都合を認知できないのは何故だろうか。


つまり。

この標語、その意味の中には、存在しない。


他人が。



「暴力は犯罪です」


というバリエーションがある。

ご丁寧なことに、追記。


「カッとなって人生が変わった」


とかなんとか。

どう変わったのか、どう思わせたいのか、それはわかる。


「暴力を振るえば大損することになりますからやめましょう」


つまりこういことか。



「殴ると殴った拳が痛いからやめましょう」


バットを用意すればいいんですねわかります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばかばかしいでは済まない。




「○○は犯罪です」


のロジックは、狂気である。



「犯罪だからやってはいけません」



そう真顔で言う人間は、少なくはない。

ロジックを組みかえればこうなるのだが。



「法律で禁止されているからユダヤ人を差別してはいけません」


であれば、必然的にこうなる。


「ニュルンベルク法が施行されたのでユダヤ人を差別しないといけません」


そうなったのだが。



「劣等人種だから差別しろ!」


と叫んでいる人間のほうがマシだ。

そこには思考があり、判断があり、議論もできるし、説得もできる。

あるいは解りあえないかもしれないが、そこに、その人は存在している。


だが、しかし、考えないモノには処置無し。

その物は判断ではなく、反応しているだけなのだから




「法律だからそうしましょう」


つまりこの言葉には「価値観」が無い。


善悪。

美醜。

尊卑。

ありとあらゆるものがなく「法律」しかないわけだ。


人間は社会的動物である。

人間は考える葦である。

ならコレは?


彼らは言うだろう。



「そんなつもりで言っているのではない」


それはそうだろう。

「つもり」など持てようはずがない。

考えることができないのだから。




規準が無い。

規準が無ければ立ち位置をはかれない。

故に立場が無い。

立場が無いから何者でもない。

何者でもないから模倣せざるを得ない。

模倣は従属となる。



存在が無い。




字面に反応している。

音列に制御されている。

事に気が付けないでいる。


ならばコレは知性体ではない。



考えない葦は、人ではない。

人ではないなら、社会不適合者だ。


ひとでなし。

歴史に多くの爪痕を刻んだ、バケモノ。



彼らは昨日も叫んだろう。

法律に書いてある!

彼らは今日も叫んでいるだろう。

法律に従え!

彼らは明日も叫ぶのだろう。

我々は悪くない!



まったくもって、その通り。

悪意のない悪人はいないし犯意のない犯罪者もいない。

ソレは病人だから。



狂人は狂気を自覚できない。


《ドキュメンタリー「官僚社会末期」より「法治主義妄想症」一部抜粋》





【聖都南端/白骨街道/らんどくるーざーの中/青龍の貴族の右隣/エルフっ娘】


あたしは知っている。

彼が気を散らしていることを。


青龍の貴族は知っている。

あたしが気が付いた、出来事を。



土竜(らんどくるーざー)が走っていく。


まるで襲歩並の速度。

よく訓練された騎馬ならばこれくらいの速度は出せる。


ソレを続けられやしないけれど。


馬が全力疾走できるのは、短い時間。

百回、あたしの鼓動が打つ、その間くらい。


土竜(らんどくるーざー)は平気で走り続ける。


どうやったらこんなこんな軽快な走り方ができるのかしら?

どうなったらこんな大きく重い体で疲れ切らないのかしら?

どうやって青龍はこんな土竜(らんどくるーざー)を操っているのかしら?



馬を交互に乗り潰していく帝国軍令だって、こんな速度を続けられやしない。


どれだけ馬を乗り潰しても、潰される馬から乗り換えや通信筒を渡さなければならない。

そんなことを全力疾走の短い距離ごとにしたら、走るよりそこで時間をとられるだろう。



青龍の速度に対抗できるのは、飛竜だけかしら。


でも、距離が近いとやっぱり無理ね。

飛んで降りるだけで時間がかかる。



あたしは最初、そんなことを考えていた。


一番関心があることは、別にしていたのだけれど。

それはそれで面白く、ソレはソレだけで楽しんでいたのだ。


まるで少女に戻ったように。


速さは楽しい。

そう想って。

でも、違った。


戻れやしないのね。

知らなかった頃には。



速いということは、良かれ悪しかれ時間がかからないということ。

良かれ、悪しかれ。


そこにたどり着くまでに時間がかからない。

それが起るまで間が無いということ。


速く着けば、早く対処できる?

速く着けば、対処の時間が無いだけ。


あたしは知ってしまった。

だからこそ、ソレだけだった。


だからどんどん近づいていく。






その場所へ。

そこから先へ。

その続きへ。



人の耳目の遙か先。

ほどなく至る、血泥の儀礼。


あたしは眼と耳で。

彼は青龍の魔法で。


あたしは見えて聴こえる範囲まで。

彼は過去から未来まで。




きっと、先に知ったのは青龍の貴族。

あたしは反射的に、気が付かないフリをした。

それも知られていたのでしょうね。


それと同時。


土竜(らんどくるーざー)が身を固くした。

甲羅の隙間が引き締められ、風の流れと空気が切り離される。

でも感じずにはいられない。


不愉快。


そう感じる主に、土竜(らんどくるーざー)が反応したことを。

ソレそのものには、|土竜《土竜(らんどくるーざー)が反応しないのに。



あたしは風を見て、風を香り、風を聴く。



風を遮っていた人影たちが、突っ伏したのが判る。

濃密な血と体液、恐怖する汗の臭いが風を満たす。

響き渡っていた断末魔の絶叫が慈悲を請う呟きへ。


背中越しでもわかる。


串刺しにされた肢体は、矢を受け声もない。

薄斬りにされた肢体も、息絶え血に広がる。


鼓動が懸命に血を吹き出し、筋が最期の力で手足を揺らすだけ。



皆が道を空けた。

皆が地に伏せ動かない。

皆が静かに怯え終わる。


だから、必要なくなった。


悲鳴を鳴らして、悲鳴を止めた。

半鐘とおなじように、帝国兵士たちが。


彼、それを知っている青龍の貴族。

女たちをあやしながら、困惑。


帝国兵士の虐殺に?



ちがう、わね。

困惑の向きは、下。

這いつくばる女たち。



帝国兵士たちはいつも通り。

意味のある者しか見ない。


近付いてくる青龍、あたしたちも載っている土竜(らんどくるーざー)に注目。

警戒はしていないけれど、割り切ってるのかしらね。



彼らの生殺与奪を握るのは、青龍。

警戒したところで意味がない。

労力気力の無駄遣い。


今は。


だから、青龍に、青龍の土竜(らんどくるーざー)に全力で注目。

青龍の一端なりと調べつつ、他のすべてを温存する。


いつか。

そのために。


帝国兵士は虜囚であっても戦い続ける。


まったく。

どなた方と、良く似てることよね。


腹立たしいわ。


同じ事をしていても、あたしの感じ方が違う。

それは仕方がないし。


だけど、似ているからこそ、青龍は帝国兵士たちに関心が無い。


青龍は自分が規準。

当たり前すぎて、何もかも受け流してしまう。


それが合理的である内は、眼を向けるどころか気が付きもしない。

一つ一つの当たり前に気を惹かれたら、何もできなくなるだろうけれど。


だから、困惑する。

ほんの片手間に、だけれども。

帝国と同じように。


なぜ殺されるがままなのか?


帝国兵士たちは、武具を足元に向けている。

ただし力は入れていない。


何故向けているかと言えば、青龍に敵意を示さないため。

今は。


そして片手間に、自分たちが殺した者の生き残りに向けている。

一応。


なぜ?

なぜ、仲間を殺した相手を、殺そうとしないのか?


――――――――――そう、いぶかりながら。



あたしも、そう思ってしまう。


帝国と同じ疑問を持つというのは、とってもとっても腹立たしい。

青龍と同じ疑問を持つということならな、それはそれなりに安心する。

彼と同じ疑問を持てるのだから、ついつい自負もしてしまうけれど。



愉快ではない。

殺す方も気に入らない。

殺される方も気に入らない。


ソレを見ている連中には、腹が立つ。



それがつまり、あたし。


あたしだけ、だった

――――――――――今までは。


よく視える。

よく聴ける。

そこでおしまい。


エルフ

――――――――――話さざる者。


見えるけれど、視ない。

聴こえても、聞かない。

話せるけど、訊ねない。


エルフはいつからか、いつまでも

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・傍観者。



今も、そう。

判るけれど、解らない。





帝国の感覚。


人は羊より安い。

馬よりも、牛よりも、時には麦よりも。


人間は、たいていの動物より役に立つ。


何にでも使える。

何でもする

――――――――――人間。



でも。

だから。


価値が無い。


手間がかからないから。

手間をかける価値もないから。


自分で自分の面倒をみる。

勝手に増える。

何処にでも何時でも幾らでも。


だから、馬は宥めても人は殺す。


タダで手に入る黄金。

探して掘って精錬が必要な鉄。


どちらを重んじるべきか、バカでも判る

――――――――――帝国。


公平、ではない、か

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・帝国、騎竜民族は、正直。



誰も救おうとしない。

ソレを繕うことも無い。


誇らない。

恥じない。


ただの日常。



繕っていた諸王国、その貴族や大商人。

連中は殺すまいと努めるふりをして、結局もっと殺していた。

それはきっと帝国よりも、もっともっと。



最初から救う気が無い相手に見殺しにされる、たくさんの人々。

最初から救う気の無い相手に選ばれ殺される、いくらかの人々。


憎んで恨んで殺される人。

諦めて顔を伏せて殺させる人。


言い訳して詫びながら殺す人。

困惑して疑いながら殺す人。




あたしには、どちらのことも解らない。





エルフはエルフだけを重んじる。

だから、人間を侮蔑している。


同朋も守らない獣。




同種を守る理由があるか?

と言われたことがある

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に無いけれど。


しか、守らない獣。

さえ、守らない獣。


あたしは?


しか守れない。

耳を閉ざす卑怯者。


獣たちのように、開き直ることもできない。

ほんとうにエルフね。




あたしは彼、青龍に耳を澄ませる。

赤龍の様に困惑しながら、疑っていない。



一塊にならない範囲。


あたしたちの乗る土竜(らんどくるーざー)

それを前後を挟む土竜(らんどくるーざー)


二頭の土竜(らんどくるーざー)、その背に乗る青龍の騎士たち。

彼らは一様に、筒先を敵に向け続ける。


敵。



地に伏せている女たち。

地に伏せさせた兵士たち。


疑わない。


必ず戦いを挑んでくる。

戦わない者などいない。


そう確信している。



困惑しても疑うことなく殺す人。



はるか彼方から、使い魔が敵を監視しているのだろう。

遠く近く、殲滅するための魔法が組まれているのだろう


見えないし聴こえないけれど、間違いないと判る。

そういう人達だから。




青龍。



全てを知る。

全てに備える。

全てをあやつる。


そして何も、解ってない。


羨ましい?

妬ましい?

なってみたい?


そんな、わけない。


ただ一緒に居たいだけ。

そして、欲が出てしまう。


あたしは、判るけれど

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・解る日がくるのかしら。




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