午前九時/Let’s Fire!
『Fire!』
:「撃て/放て」の意。本来は「放て」の意味合いで使われており、起源は当然ながら銃が登場する以前。
日本語でも銃が登場してい最初の頃は「銃を撃て」ではなく「銃を放て」と言われていた。ソレと同じ理屈。だが主戦兵器が弓矢や槍から銃に切り替わるにしたがい「撃て」の意味が分化し、主要な意味の逆転を起こした。初期火縄銃以来、銃が火を連想させるものであったからかもしれない。
すっかり陽が昇っていた。
白い雲が西から東に流れる。
空気に混ざる内陸の香り。
遠く東の植物。
作物や森の青臭さ。
新緑の萌え立つ香り。
それが流れる此処。
廃都市と解体作業場に戦場跡。
踏み固められた、広い広い人工空間。
資材と人材と骨と石。
香り無き虚構。
だからこそ強い印象が残る。
これがここ、聖都、第十三集積地の朝。
北の大地の陽光は一段と優しく。
沖合の暖流に温められた空気よりもさらに温かく。
高い板塀にはさまれた広い道路。
白い砂利が敷き詰められた路面に黒い影。
ゆっくりと流れていく雲が日差しを遮った。
温かい風が東へ東へ。
ゆっくりとゆっくりと。
海へと向かう。
同じように西側から向かう人々。
内陸部から集まってきた人影。
孤立させられた聖都。
北はほどなく森林となる。
南は青い龍がとぐろを巻く。
北。
森はそもそも踏み込めない。
巨大な木々が密集して、巨大な獣や虫がいるからだ。
森にはそもそも人がいない。
大陸の人々は主に、聖都より南に住むからだ。
南。
冬の間はなんでもなかった。
むしろ海岸線沿いの街道だった。
春になるとなにもなくなった。
なにがあるのかすらわからなくなった。
誰も見たことは無いが。
ソレをだれもが疑わない。
龍が住み始めたのだ。
定期的にソコから船が来る。
龍が宝をもってやってくる。
一握りの商人が品を納める。
有り余るほどの対価を受ける。
船は北に帰っていく。
だから、龍がいる。
そう言われ始めたのかもしれない。
そこに踏み込める者はいない。
そこに踏み込もうとする者はいない。
いや、もういない、というべきか
何度となく誰も帰ってこなかった。
誰でも行けるが誰も帰って来ない。
一人残らず一つ残らず戻っていない。
探す者
調べる者。
迷い込む者。
誰一人。
消息も。
便りも。
風聞も。
何一つ。
誰にも何もわからない。
誰もがのまれて帰らない。
誰でも一つを理解した。
近付くな。
だから迂回する。
南の龍を大きく避ける。
西から南にかけて広がる大陸沿岸部の人口密集地帯。
そこから集まる人々は一度、西に回ってから東を目指す。
東に広がる収容所へ。
赤龍に攫われた百万を超える人々。
青龍に閉じ込められた数十万の人々。
帝国騎兵は馬を宥める。
人より敏感な耳が、脚が、それを捉えたからだ。
地を転がる規則正しい震え。
空を震わす一定の咆哮。
風に乗る灼けた匂い。
人の五感が捕える前から、同じ調律で強くなっていく。
騎士は馬の感覚を疑わない。
その動きを察した槍兵たちが同時に動いた。
敏感な、あるいは慣れた女が身を低くして、走りはじめる。
聴こえなくても聴こえた者に合わせる。
それが慣れであり、練度というモノなのだろう。
幾百を超える女。
彼女たちは街道の端から中ほどを歩く。
多くが荷物を背負っており、互いに邪魔にならないように距離をとる。
お互いに親しい者同士、秘密にしたいやりとりもある。
単なる雑談の中で、情報交換も行われる。
だから、自然と広く広がってしまう。
むしろ、間隔が広いので騎馬や馬車が通るのには不自由がない。
もちろん、街道に慣れた女たちは馬や何かなら素早く察して道を開ける。
多くの場合、それで問題ない。
そこが青い龍の土地だと皆知っている。
そこで青い龍に出くわすことなどまずない。
帝国、青い龍に降った、そのはずの赤い龍。
彼らが今までと変わらずに女たちを先導している。
何かが大きく変わったのは判る。
何がどう変わったのかは解らない。
出くわしてしまえば最期、だからかもしれない。
女たちの大半は立ち止まった。
遠くから響く音に気が付いたからだ。
気が付かない者も周りが止まったので止まる。
皆が聴き慣れない音。
誰もが知らぬ震え。
知らぬからこそ、すべてが畏れる。
ゆえにこそ、多くが止まる。
そして聴き慣れた悲鳴。
近くから響く。
人であれば誰もが聴き逃さぬ音。
人であれば本能が知らせる臭い。
街道の中央より。
ゆえにこそ、女たちが一人残らず身を退いた。
中央の反対側、端の方へ。
悲鳴の原因。
半身を軽く斬り裂かれた女が、のたうちながら追い立てられる。
帝国兵が槍を同輩に預け、剣を振るう。
殺さぬように。
怯えるように。
叫ばせるために。
都度都度、血と肉と、悲鳴が跳んだ。
悲鳴と血肉を撒き散らして、よろめき走る。
皆がそれに続く。
動物の常。
同種の悲鳴を聴けば、逃げる。
悲鳴に近づくことはない。
悲鳴から遠くへ、遠くへ。
皆が怯えて走り出す。
持てる全力を尽くし、機敏に、瞬時に、全員が。
白骨街道の端へ端へ。
端へと殺到する。
街道をはみ出すと、その先には板塀に囲まれた居住地がある。
街道の端と、板塀の端。
広い広い領域。
その領域は、踏み込むのを禁じられている。
だが、禁じた帝国兵に追い立てられている。
少なからぬ、ように見える女が斬られている。
なんだかわからぬままに従っていた禁制。
客である、この土地に縛り付けられている男たちに聞いた怪談。
死の呪いだの炎の呪文だの龍の結界だの。
そんなことは、ほとんどの者が思いつかない。
ただただ、街道の中央から皆を追う、帝国兵士から逃れるために。
そこに殺到する。
その機を測る帝国騎兵。
二人一組で大きく振りかぶり、騎馬を走らせ勢いをつける。
放たれる短槍。
帝国騎兵と言えば弓矢が多い。
しかし槍も使える。
長槍は歩兵装備。
短槍が騎兵装備。
剣は下士官以上。
短剣が兵士以下。
本来、短槍も矢も狙うモノではない。
一度に部隊で放って、ある範囲を制圧するモノだ。
それでも使い慣れていれば、狙い打ちができるようになる。
ごく自然になるのであって、兵としての義務ではないけれど。
嗜みとしての投槍。
確実を期する為に同時に投げられた槍。
狙いを過たずに貫いた。
街道の端を乗り越えかけた女を。
鮮血を撒き散らすその姿。
何本かの短槍と、同じ数の女。
地面に縫いつけられた、女、だった死体たち。
動物は、同じ種類の死体に近づかない。
同じ理由で殺されるかもしれないと考える。
手慣れた女が、その血潮の際に伏せる。
その動作に多くの女たちが続く。
突き立つ死体。
噴き出す血潮。
そこが境界、狭間、生か死か。
皆が皆、その手前、生きるほうにうずくまる。
判りはしないが悟ってはいる。
死体を越えて10歩も進めば殺される。
はるか先の板塀に囲まれた白い街道。
街道を抜ければ殺される。
青い龍の魔法が爆裂する。
それ見たことが有る者もいる。
それを聴いたことが無い者はいない。
その境界線には赤い印があるという
見えない赤。
赤い光の代わりに、赤い血潮。
悲鳴と死体の境界線。
それは誰にでも理解できる。
それで誰もが死を免れる。
青龍が定めた結界。
街道を外れたモノを砕く。
居住地を抜け出すものを砕く。
砕いてゆっくりと殺す。
死体はそれ以上死なない。
こうして女たちは運命から逃れられた。
青龍の前に立ちふさがるという運命。
青龍の結界に飛び込むという運命。
特に命令されたわけではない。
つまり、それは、いつものこと。
領民の女たちは、音や振動への感覚は鋭い。
しかし、反応は鈍い。
青龍の竜、その音や振動になれていから。
そして、青龍は速い。
姿が見えてからでは間に合わない。
だから、だ。
訳が分からない轟音の代わりに、聴き馴染んだ断末魔を与えた、だけ。
何処から立ち去り、何処で立ち止まるべきか。
反応させた。
それは帝国兵士の思いやり。
街道とは何か?
軍道である。
軍勢が通る。
兵糧を運ぶ
伝令が走る。
だから塞がせない。
それが青龍の隊列であっても。
道を空けるのは当たり前だ。
結界とは何か?
兵器である。
貴重な魔法。
稀少な魔法使い。
強い意志の集積。
だから浪費させない。
それが青龍の魔法であっても。
槍で済むなら手間でもない。
帝国兵士の日常的反応。
変わらぬように。
訓練されたように。
捕虜となってなお。
つまりは、思いやり。
軍は軍同士。
青龍への思いやり。
こちらCICです。
今、通話のお時間よろしいですか?
いえ、戦即かもと思いまして。
データリンクの方がいいかなーと。
いえいえいえ。
オペレーターの森と申します。
、よろしくお願いいたします。
いえ、お気になさらず。
いま、御気がかりはほかにあるのでは。
はい。
ソレをお知らせする為に通信しました。
はい。
此方でも確認しております。
はい。
索敵は貴隊に焦点していますから。
あ、それですか。
大丈夫です。
時々、殺されるんですよね。
私達には関係ありません。
はい。
一応、照準してあります。
155mmですけど、ガス弾ですから。
15秒以内に最高密度になります。
撃ちますか?
あ、はい。
最初は催涙ガスですから、窓をおろしておけば大丈夫ですよ。
皆さん装面はお持ちですよね
無着色ですから運転にも支障はないかと。
後は次弾の塩素ガスで片づけますので。
密閉に手間取っても大丈夫!
ガス圏には入りませんよ。
風向きも問題ありません。
周りのエリアがパージされるだけで済みます。
撃ちますか??
弾片を気にされてるんでしたら、ゲスト用ランドクルーザーの車体天井は防弾化されてますから。
まあ万が一ですけど。
撃ちますか???
ですか。
待機のままで。
自動機銃の方がいいですか?
SIRENモードなら30秒以内に制圧できますよ。
街道は全て複合管制下ですから。
至近弾もないです。
オートですから全部照準済みで、射撃プログラムも上がってますね。
無力化だけなら10秒以内で。
撃ちますか????
連射の度に銃身交換して試射もしていますから。
ベストコンディションです。
誤射なんかありませんよ。
あったら奇跡です。
撃ちますか?????
あ、はい。
待機のままで。
いえいえ。
千年の差があるんですよ?
そりゃ、戦いようはありますけれど。
弓と槍で近代兵器と戦え、って言われたら戦って見せますが。
それは、こちらから見てる、だからできるんです。
あちらが何も知らないのに、こちらは知ることができるんです。
透視能力を独占してポーカーをするようなものです。
ゲストはもちろんですけど、日本人、いえ、地球人が危険に遇うわけありません。
民間人一人にでも怪我を負わされたら、陸自、いえ、国連軍の恥です。
一生、恥ずかしくて陽向を歩けなくなりますから。
自決しますよ。
この状況ですから。
それができる可能性を思つけませんね。
戦争を始めるなら、実際に人が死ななくてもいいわけですし。
。
そんなことを起こせたら無能じゃなくて、ワザとです。
軍法会議にかけられます。
反乱罪で死刑ですね。
あの民間人を突撃させてるUNESCOならともかく。
あの民間人は自殺志願者と変わりませんけれど。
その民間人ですらまだ死んでませんしね。
ですから、ご安心ください。
砲撃も。
銃撃も。
ガス攻撃も。
安全です。
全部まとめて、でもできますよ。
司令の許可は出ていますから。
砲撃も銃撃もガス攻撃もそのほかも。
あ、そうですか。
ご配慮ありがとうございます。
でも、御気兼ねなく。
そのためのCICですから!♪!♪
即応部隊も、いつもいます。
危険を感じるような気がしましたら、いつでも御声がけください。
是非ご遠慮なく。
そのためにここ、CICにおりますので。
さあ?
わかりませんけど?
儀式かも知れません。
儀礼かも知れません。
礼式かも知れません。
時々処刑するのが秩序維持に必要、って仮説もあります。
文化人類学の先生たちが見てますよ。
きっと今も。
予定表提出の時点で判っていましたから。
駐屯地に居る方々が起き出しています。
また殺されるんだろうなぁ、っておっしゃっておりましたし。
あえてわざとはやらないんです。
自然発生でないと資料にならない、とかおっしゃいましたけど。
あ、確かに撃つと先生方がガックリするかもしれませんね。
でも、もう一通り殺されましたし。
いいのではないかと。
撃ちますか♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
※「戦即」:戦闘即応態勢。部隊の戦闘員全員が銃を構えて照準しないし目標を定め、引き金に指をかける寸前で待機すること。攻撃命令を出す指揮官や下士官は集中していなければならない。もちろん事前に直属司令部や近傍味方部隊戦闘指揮所には通告される。
国連軍用語。
※「データリンク」:戦闘情報を各部隊や部隊内郭レベルで共有すること。だがこの場合は音声通信ではなく、より簡略化したテンプレートメッセージ(符丁や略語の組み合わせ短文)を意味する。操作はバイザー内側の表示に視線を数瞬向けるだけなので、話をするより集中が乱れない。




