よいことがありますように
エルフは帝国以前、敬意をはらわれていたわ。
あくまでも余所者だけど。
帝国時代、まあ、今も帝国領では変わらないだろうけど、畏怖の対象。
帝国併合からあまり時間がたっていない、例えばここみたいな場所なら、敬遠に多少の憐れみ。
この邦は帝国の領地になって十年、青龍に占領されて三日よ?
あまり時間がたっていない帝国領とほとんど変わらないわ。
青龍の貴族が一昨日出した布告でエルフの地位は帝国以前に戻ったけど。
まあ、何が変わる時間じゃないわね。
だから、帝国領での話は、ここでの話になる。
エルフはそれなりに強い。
多くが祈祷や魔法を使い、長弓短弓に長け動きが俊敏。
帝国領で見かければ実戦経験が多い戦士かもしれない。
それこそ、黒旗団の副長たちのように。
名のある傭兵団の「名目上は奴隷でも実質的には仲間扱い」もあり得る。
殺し合いの世界では、互いに依存する関係が生まれやすいから。
だから、戦場以外で積極的に殺される危険は小さいわ。
場合によっては侮辱するだけで、エルフの仲間(の人間)に殺されかねないし。
帝国官憲に突き出されるにしても、その前か後、危害を加えられる前に所有者の確認くらいは期待出来る。
実は奴隷じゃなくて、鑑札がなくとも、エルフ自身が奴隷だと身分を偽れば、見逃される事もある。
面倒だからか、同情からか。
だからまあ、不自由だし、死にやすいけど、帝国内部で生きるのは可能かな。
コツを掴むまで生き残っていれば、ね。
そう言う意味でいえば、今、人里にいるエルフは、帝国以前から居る連中だとおもう。
エルフ絶滅政策が始まっても、エルフの里に戻るわけでもなく、なんとか適応?、してきた。
逆にここ数十年で産まれた子は、人間を知りようがないわね。
人里に出れば、慣れる前に殺されるし、事情を知ってる家族が出さないし。
そりゃそうよ。
帝国はここ70年くらいに勃興したんだから。
帝国以前から生きてる連中なんていくらでもいるわよ。
あたしも含めて人里に暮らすのは変わり者ばかりだけど。
そう。
長生き。
エルフの特徴ね。
容姿?
ええ、綺麗でしょう。
この肌も髪も肢体も。
戦野に過ごしても、暴飲暴食を究めても、艶が落ちないし体形も崩れないのよ?
奴隷商人に大人気。
あたしたちの成長は人間と変わらない時期がある。
十代後半くらいまではね。
そこから成長が鈍り、止まる。
たいていは十代のまま、年嵩で人間でいう20代前半くらいね。
あなたたちには一番楽しめるみたいね?
余り子どもを産まないから、値崩れしないのよ?
だからこそ、育種家もいるわ。
そう、子供を産めないんじゃなくて、産まない。
なら、商人が考えることは判るわね。
商品に最適でしょう?
ごめんなさい。
・・・・・・・・・・・・そうね、貴女の言葉に腹が立った。
謝罪は受け入れます。
だから、あたしも、謝らせて。
貴女に関係ない憤りをぶつけてしまったわ。
ごめんなさい。
え?違う?
言葉で十分?
・・・・・・・・・・・・・・・ドゲザって難しいのね。
《インタビュー01withフェアリー》
【港湾都市/埠頭/LCAC簡易上部デッキ/青龍の貴族の後ろ】
わたしは背筋を伸ばしました。
頭目さんのお子さんも。
ちいねえ様が後ろ手を組み、訓示。
「貴女の初陣はここからは始まります」
あの子と二人、頷きます。なんだかわからないけど。
『わたくしが言うからって、わからないのに頷かない!』
と怒られるのを待ちます。
「貴女が負ければ、ご領主様の負けです!」
頭を殴られたような衝撃!どうしましょう!どうしましょう!どうしましょう!どうしましょう!
「よくお聴きなさい」
ちいねえ様の流し眼。
「本来であれば、もっと相応しい場を用意するつもりでした。上品で豊かで慎み深く美しい」
あ、いろいろなお洋服を着せらるんデスネ。
ちいねえ様が周りを見回した。
「ここは青龍の海亀からはじまり、血と汗の漂い、鉄の火花が散る舞台」
華やかな笑顔。ちいねえ様、かっこいいです。
「わたくしは、わかりましたわ」
はぃ?
「青龍の側に在るならば」
わたしはその瞳に惹き込まれました。
「この戦場こそふさわしいわ」
ちいねえ様は、わたしの手を握られます。
「安心なさい!」
胸を張り、胸を手でたたく、ちいねえ様。
「わたくしがついています!」
なんて頼もしいのでしょう!
「貴女の隣には、わたくし。背中には、ねえ様。皆がついてます」
あの子を指差す。
「貴女はこの子のお姉さんとして、見事に闘って」
握り拳。
「勝利するのです!!!!」
ハイ!
【港湾都市/埠頭/LCAC簡易上部デッキ正面】
「体育会系ノ波動カンジマーAMEN?」
キモ!ジョジョ立ちかよ!
「シュワキマシタワー!『タ波感』ト名ヅケマショー!」
もう日本語じゃねー!本当に在日米軍スラング?
いやいや。ほうっておこう。
それよりなにより。シスターズ+1、の1の方。
え?任務?あーまあ、ぼちぼち。
さて、目先の問題。
ハーフエルフは子供が産まれない。つがいの片方だけでも両方でもハーフエルフなら産まれない。
と思われている。
後で国連軍の虜獲資料を検索すると例外が記録にあった。
正しくは『まず産まれない』というところか
検証が出来ないから、まあいいか。
子供を産めない。
それがどんな意味を持つのだろうか。
迫害され殺される理由になるのだろうか。
中世以前、子供の価値は無いに等しい。
ようやっと価値が普及してきた程度。
上流階級以外にはほぼ無意味。
農村部では労働力の継承という視点から、都市部よりは重い。だが、村落単位で子供を共有財産視するので、個々の受胎能力に関心は少ない。
人口そのものに価値が生まれるのは産業革命後、しかも黎明期(それでも一世紀は固い)だ。
(以後、過剰生産が日常化して生産自体に価値がなくなると人間も暴落する)
ならば、
『子供が産まれないハーフエルフ』
が迫害され殺される理由は何か。
まったく単純。
数と力。
力は数。
数が金か知らないけれど。
子供が産まれない。
増えない。
他の種族と混ざらない。
永遠の少数派。
特殊能力なし。
無害安全な敵。
だ。
つまりは、サンドバック。
恒常的な不平不満をぶつけるのに最適。
ただし、無害安全と同じ理由(元々少なく死にやすく殺されやすい)で稀少品。
たいていは想像で罵倒して我慢。見かけたら機会を逃さず、レッツ虐待!
確認完了。
なら、やることは簡単。
【港湾都市/埠頭/LCAC簡易上部デッキ/シスターズ最後尾】
あたしは青ざめていた、と、思う。
青龍の貴族は埠頭の頭目を見ている。
いよいよ上陸。
その時が来る。
あの時、何を『わかった』のかわからない 。
いつものことだけど。
青龍の貴族は何も説明しなかった。そのまま、笑顔で立ち去った。
後を追ったが、何を聞けばいい?
――――――――――結局、わからないまま、此処まで来てしまった。
だけど間違いない。
はじまりの日。
街を焼こうとした。
あの時の顔。
蒼い龍の逆鱗がどこにあるのか。逆鱗に触れてからでないと判らない。
だが、その後なら、よく解る。
意味がない時に解ってしまう。
解るまでは恐ろしい。
いや、恐ろしいのは、その後のはず。
何とも曰く言い難い。
ため息をついた。
青龍は、あたしが伝えた事を理解した。
母子の生き残りを賭けた頭目の思惑。例え今生の別れでも受け入れ子供を護る覚悟を。
青龍の貴族は、理解して好感を持った・・・・・・・・・筈。
互いの利益を説いて、貪欲に生を求める姿を知った時。
青龍の貴族の眼に浮かんでいたのは、感嘆、だったし。
でも。
青龍の貴族は、絶対に、それを無視する。
頭目の思惑も、それに感じた自身の感情も。
それが悲劇になろうと喜劇になろうと。
好意を抱いた相手には『酬いる』のではなく『報いる』のだから。
ソレを受ける相手によっては、最悪の災害。
さて。
あたしが、あの子に出来る事は終わり。
あたしは。
あの娘を傷つけないように護れるだろうか?
【港湾都市/埠頭/LCAC簡易上部デッキ/青龍の貴族の後ろ】
わたくしが、気にしない訳がありません。
ねえ様と、ご領主様の内緒話。
わたくしたちは扉の外でした。
もちろん、立ち聞きなどいたしません。
何も聞こえませんし。
何があってもどうにも出来ません。
『正妻のよゆー』と笑っていらした女将軍さんは気にしない様子。正妻気取り以外は、流石と申せましょう。
いえいえ。ここはジョウリクセンに備えなくては。
きゃっ!
わたくしたちは、開いた、というより、降りた壁ごと倒れ込んで、ご領主様に抱き止められました。
扉だったの?
こんな厚い鉄壁が扉で、こんなに軽く開くなんて!
気を取り直します。
お姉さんとして!
覗いた扉の先は広い埠頭。
薄汚れたゲストが並んでいます。
「ありがと」
ねえ様はわたくしたちが預かっていた、頭目のお子さんを抱きかかえて、ご領主様の後に。
もう!なんなんですか!
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/上陸開始】
僕は私掠船の連中を睨みつけた。
やはり、衛兵や、用心棒にさえ見劣りするのはやむを得ない。
船員服など数えるほどしかない。当たり前ではある。船上生活で着飾る奴が居ればクビにする。
制服は船長のみ。
ウチの商会では士官以上に支給してはいるが。
まだまだ血煙が残る今、着替える気にはなるまい。
問題ない。
これから、青龍の騎士団を迎えるのでなけれは!
こちら側は皆、有り体にいえば、暴徒にしか見えない。
左腕に青い布を巻いたのが吉凶いずれに転ぶか。今朝方、目印を決める際に青龍の色を思いついたのだが。
まあ、暴徒と区別されるために、一番確実な目印だから、仕方ない。
さあ、青龍の海蛙。口が開く。
青龍の騎士達が槍を構えて駆け降りてきた。
【港湾都市/埠頭/LCAC簡易上部デッキ/青龍の貴族の後ろ】
わたくしは最終確認いたします。
「あなたは?」
「右端!」
「わたくしは?」
「左端!」
「真ん中は?」
「ねえ様!」
よろしくてよ。
淑女の戦、ここにあり。
あの娘の社交界デビューですからね。
わたくしの責任をもって、唐変木たちを討ち取って差し上げましょう。
雑魚ではなく、この場で一番価値が高い三つ首を。
「あの・・・・・・・・・」
「主人に恥をかかせない、それがたしなみよ」
女の、か、仕える者の、か。
それは教えてあげないわ。
早く急いで覚りなさいよ?
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/国連軍上陸部隊前衛中央】
俺。
頭目。
商人。
若い参事。
元カノ。
同年代である。
すごいな~。
普通のサラリーマン(国際連合出向中自衛官)な俺には想像も出来ない世界。
才能!胆力!!幸運!!!武勲!!!!
これで世界は安泰だ!
俺も安心して失業者になれる。
頑張れみんな!!!!
応援するぜ!
「GOD!哀れな働きバチのdreamをお許しクダサイ!」
せっーよ神父!
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/港町有力者正面】
僕らが見守る中で、青龍の貴族は降りてきた。
両脇を固めた騎士達。左右と背後に従えた少女たち。
いつも通り、散歩するような歩調で。
降りたった。
子供を抱いたエルフが続く。
なぜ?
なぜ!
なぜ?
皆の視線が集まる。
左右はお嬢様と魔女。
前に来た。
左が両替商。
中央が頭目。
僕は右。
青龍の貴族、魔女がその袖を引いた。
「一晩で来たのか」
僕は恭しく跪いた。
最初に声をかけられた。
一昼夜早馬でかけ通し、朝まで同業者を駆け回り、朝から船乗りたちを怒鳴り散らし、空腹に耐えている甲斐があったと言うものだ。
「ご主人様、船乗りの方々がこちらの参事さんの・・・」
魔女が!なんていい娘なんだ!!
青龍の貴族に一瞥され、配下の船乗りと同業者達が跪いた。
一呼吸、二呼吸。
「ご領主様、兄ですわ」
左の両替商が妹に紹介された。
やはり、侮れない。
親バカ兄バカより、お嬢様の方が手強いな。
その身を投げ出して青龍に取り入るくらいの辣腕家だ。
困り弱り憎たらしいが、それでもなお小気味良い。
叩き潰して差し上げよう。
さてさて。
当たり前だが、お嬢様は実家を基盤にするか。
よし!
魔女を応援しよう!
まだ正妻は決まっていないようだ。なら魔女の方がいい。
なにしろ後ろ盾がない!しかも青龍の貴族のお気に入り!!
世継ぎも・・・・・・・・・・・・まあ、先になりそうだが、いや、未発達を揶揄してる訳じゃない、年齢相応だし、青龍の貴族の趣味だろう?
任せたまえ!
僕が必ずや第一婦人にしてあげる!!
成長する前になんとかするさ!
資金力と人脈で両替商には劣るが、幸いにお嬢様の実家では父と兄が乗り気ではない!
魔女よ。
借りは倍返し。
僕が好意に報いる立派な商人だとみせてあげよう。
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/国連軍上陸部隊前衛中央/青龍の貴族左】
わたくしが兄を紹介し、当たり障りなく(我が兄ながら情けない)挨拶を終えました。
当然、ご領主様は兄以下の商人たちに無関心。
わたくしが主だった方々をご紹介。
もう!兄様ったら!無難なんて一番ダメな事を!
ご病気かしら?
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/港町有力者正面】
僕が横目に見る中、盗賊ギルドの頭目は澄まし顔。
コイツの扱いは、しくじった、かもしれない。
盗賊ギルドの頭目。
もちろん、他の参事とは違い、僕は正体を知っていたが。
その正体を青龍の貴族に伝えるかどうか?
迷っていたら、とうに青龍は気が付いていた。
つまり、僕が隠していたと考えるだろう。
いやいや、知っていたなら、僕がそれを察していたと考えるかもしれない。話をそらすよちはある?よし、ある。
頭目から恨みを買わないで済むのも悪くない。
その線ですすめよう。
と考えていた。
今朝までは。
益体もない事を考えていたら先を越されたのだ。
青龍の貴族に拉致されて、あっという間に組み敷かれた頭目。
青龍の名前で港の皆に命令するくらいに。
つまり、青龍に仕えたわけだ。
今も、紹介が三人の最後でありながら、余裕綽々。
いち早く青龍に服属したのは見事、だ。
だが・・・・・・・・・・・・ん?子供?
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/国連軍上陸部隊前衛中央/青龍の貴族右】
わたし、ちいねえ様が一歩さがりました。
ねえ様が、あの子をご主人様へ。
お母さんに返しました。
あの子の耳を撫でながら。だいぶ、羨ましいです。
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/港町有力者正面】
僕はまたしても、やられた。
「母親だ」
青龍の貴族が、子供を渡して、頭目に命令。
まさか。
まさか。
まさか。
人質を出す?出させる所だろう?そこは!
青龍の嫡子、な訳がない、が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この耳。
ほかの連中はともかく、僕も、両替商も見ただろう。
ハーフエルフ。
青龍の貴族と背後のエルフ、の娘か。子供を産ませているとは!!
範囲広いな!好みは魔女やお嬢様くらいじゃなかったのか?これは妹でも行ける?いや、エルフだからか?まだだ!まだ見極めないと!
「御意志のままに」
だ、れも、耳には気がつかない、だろう。頭目が真っ先に抱きしめたから。
青龍の貴族、の庶子。
ハーフエルフなら、手元に置けない。
庶子を預ける事で頭目への信頼を示した。
ハーフエルフと判らずとも、その信頼は港中が目撃した。
帝国があっさり駆逐された理由はこれか!!
なら、まだまだ、僕が知らない青龍の配下はいるはずだ。
僕は必死に表情をを取り繕った。
なにしろ、付き合いが長いと思っていた頭目に、すっかり出し抜かれたのだ。
今の瞬間まで、兆候もつかめずに。
他には?
神妙な顔。
素知らぬ顔。
驚愕した身振り。
誰が、どこまで、青龍に通じている?
そうか!
あえて頭目を目立たせたのは、ほかの配下から目をそらさせるため。
探り出すか?いや、敵対行動と思われるのがおちだ。
そっとしておくべきだろう。
【港湾都市/埠頭/LCAC正面/国連軍上陸部隊前衛中央】
盗賊ギルドの頭目がいかにしてエルフの子供を宿したのか。
さておき。
母は慕われている。母は最大限努力している。母は子供を護ってきた。
親が資質に欠けない限り、子供は側にいるべきだ。
力の問題なら。
力関係の話だけなら。
俺でも他人の役にたつ事もある。
適当に理屈を考えよう。
どうにでもなる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・三佐に会わないように、気をつけよう。
【港湾都市/埠頭/LCAC簡易上部デッキ/青龍の貴族の後ろ】
あたしは頭をふった。
頭目の感謝を受けるいわれはない。
頭目は戸惑った表情。あたしの視線をみて、瞳だけに驚きを浮かべた。
あたしに出来るわけないじゃない。
あれ?
あれれ?
いつもなら、他人の感謝をとりあえず受けて、先々役に立てようとしたところなのに。
それくらいしないと、あの娘を守れない、はず?
「ねえ様?」
いけない、あの娘に心配させちゃう。
「大丈夫よ」
あの娘も戸惑った。
「なにもかも失敗して。負けたのよ、あたし」
妹たちが余計に戸惑う。でも、心配や不安はない。
「あ、あの、とっても嬉しそうですけど」
顔に出た?
「良いことがあったのですか」
あたしは頷いた。
「善いことがあったのよ」




