役割演技
「撃っていいのは、撃たれぬ工夫をしたものだけだ」
異世界転移後、興盛を極めたインターネットでにわかに流行った格言。
なおインターネットの基幹システム、例えばDNSルートサーバなどは日本にもある。そのため異世界転移後もネットワーク自体は寸断されることもなく継続中。従来の海外サイトとのアクセスが不可能不要となったので、システムの再編成が行われた。
管理権は国連の専門機関であるUIT/国際電気通信連合に移行した。が、元々あった管理組織のWIDEプロジェクトが看板を付け替えただけである。
「日本国内だけでインターなのか?」という議論はあるが国際連合加盟国すべての施政下領域(基地や大使館や領事館)が接続されているから間違いではない。
【聖都南端/青龍の軍営内大路//青龍の騎士団/青龍の貴族、左側/お嬢】
わたくしは、ねえ様の視線を追います。
なにもない砂浜。
龍殺しを放つ青龍の騎士。
方々。
何をしてらっしゃるのか、わたくしには判りません。
だから、ねえ様に注目するのが、わたくし、そして、あの娘。
ねえ様は与えられた面貌を時折外します。
わたくし、あの娘の面貌と同じ。
皆さまが、ご領主様には見えているなにか。
わたくしたちには映っていないのですね。
ねえ様が、ご領主様の視界を追われます。
ご領主様の眼は見えません。
でも、ねえ様なら、見えなくても見当を付けられる。
わたくし、あの娘には奈根の出来ないこと。
どうしてどうやって、とはわかりません。
ご領主様のことだけであれば、わたくしも見習いたいのですけれど。
でも、きっとこれは、ちがいますわね。
ねえ様が見えない何かを追えるのは、ひろく剣士としての資質なのでしょう。
資質。
わたくしには在りません。
だから、わかりません。
それでも、ねえ様のことならわかりますわ。
わたくしなら、その仕草でどの辺りをご覧なのか判ります。
ご領主様の眼を追える、ねえ様。
ねえ様の仕草でわかる、わたくし。
それらを言わずと察するのが、あの娘。
その先にあること。
砂浜の中程。
わたくしたちより、頭一つ高い辺り。
わたくしたちの背、二つ分辺り。
青龍の皆様は、何かを貫いていらっしゃるのね。
【国際連合統治軍第13集積地/ゲストハウス前/軍政部隊指揮位置/青龍の貴族】
俺はレイバン型のバイザー越し。
試射内容に満足してみている。
仮想標的は二種類。
帝国歩兵戦列。
帝国騎兵戦列。
単位体積辺りの弾道密度は基準値以上。
他もまあ、標準。
ゆっくり、じっくり、セミオート。
定点集弾率も十分。
誤差修正時間平均。
弾道はほぼまっすぐ、海に向かうが、波打ち際を越えさせない。
機雷や地雷を爆発させたり断線すると面倒だからね。
地雷機雷は空中散布で手間知らず
――――――――――とはキャッチフレーズで、嘘ではない。
地雷機雷の再配置は可能で簡単。
だが、やらなくていいなら、やりたくはない。
そりゃそうだ。
造って壊してまた造る?
波打ち際で穴を掘るような拷問、誰が進んでするものか。
だろ?
それは異常者かドM。
スーパードレッドノート級マゾヒスト。
造り過ぎたも製品を売り込むための市場を創ったり、造りすぎたインフラを無理やり建て直したり、建てすぎた造る設備を動かし続けるために借金をばらまいたり、つく、あれ?
あれれ???
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カンガエテハイケナシコトニキガツイタ。
例によって、波打ち際は地雷原。
剥き出し地雷が多少埋まり気味。
いや、何を警戒してるんだか。
いやいや、異世界大陸の国連関係施設の標準だけど。
敵以前に、異世界産品そのものを寄せ付けない。
ぐるりと囲んだキルゾーンだ。
陸側では時折何かが引っかかっている。
が
――――――――――概ね静か。
迷い込んだ異世界生物。
犬的な、猪的な、人間的な。
警告なんかしないから。
一応、死体は確認するけどね。
遠距離から視認するだけで、回収したりはしないが。
その場で焼くだけ、散らすだけ。
死体が積み重なり、帰って来ない例が聞き重なり、探しに来た者も折り重なれば
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・概ね静かになる。
人間的な何かなら、静かになってはい終わり、ってわけにはいかないと思うかな?
終わりなんだね。
知性体なら、生きるコツを知っている。
異世界住民が、俺たち地球人をどう思っていようがいまいが、それを時々自白剤で確かめて把握はしている。
把握してるだけ。
把握はしているから、異世界住民が殺されに来るタイミングは知れている。
最初は駐屯し始めて一週間以内。
初期の警戒感情は、そのくらいで途切れる。
爆音が響き、そして静かになる。
次は現地物資調達の開始。
ただ物品のやり取りをするだけで、変わる。
ここ、第13集積地では、ちょうど今頃の時期
品物を納め対価を受け取る。
それで距離感を見失った者もいるだろう。
だから駐屯地に近づこうと思った者が出ただろう。
実際、食料の現地調達が始まると、何処の駐屯地でも周辺が騒がしくなる。
それは恒例の事象であり、特に騒ぐに当たらない。
すぐに静かになるのだから。
外部隔離用自動機銃は、完全な必殺圏で起動する。
地雷原もそこからだ。
ハリネズミなんてもんじやない。
触れさせないし、触れ合わない。
まさに互いを疫病扱い
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・文字通り。
そこで生じる尋ね人たち。
異世界側から見れば行方不明者。
俺たちか見れば極めて安価な統計数値。
言うまでもなく、異世界側からの問い合わせになど応じない。
呼びかけようと俺たちに近付けば、確実に死ぬ。
もちろん安全に地球人のパーソナルスペースに入る手段もある。
特定の限られた人数だが。
異世界産物購入時に、地球人と異世界人は接触するので。
異世界人の中には、身内や知り合いが行方不明になった者もいたかもしれない。
異世界人の中には、身内や知り合いの安否を尋ねて欲しいと頼まれた者もいるだろう。
いや、おそらくいる。
なら、どうする?
売買交渉や引き渡し支払いにともなう地球人との接触する異世界住民。
皆が皆、下を向いている。
気になる何かをにおわせたり、決してしない。
生きるコツを知っている。
安全保障理事会の思惑通り。
殺されなければ、生きられる。
簡単な話。
よし。
フルオート射撃。
締めに入る。
【聖都南端/青龍の軍営内大路//青龍の騎士団/青龍の貴族、右側/魔女っ子】
わたしは仮面越しに砂浜を見回しました。
波打ち際に赤い光。
そこに立ち入れば、殺されます。
砂浜を見下ろす小高い丘。
丘を包む赤い光。
そこにいる、あるモノ。
丘の上には、青龍のゴーレムがいらっしゃるのでしょうか?
大勢の人たちを住まわせている、広い広い壁の中。
皆さんを故郷に戻すまで、閉じ込めておくために設えた街の中。
そこからはみ出さないように、順番を待つように、従うように。
そうあるように設えられた、青龍のゴーレムさんたち。
その広い範囲を魔法の槍衾で、常に狙い定めている。
だとしたら、わたしたちがいるあたり、砂浜全体が青龍の方々、その口の中。
ご主人様が殺さないから、わたしたちが生きている。
ご主人様の気に触らないから、わたしは生かされています。
わたしは、それを恐れるべきなんでしょうか。
わたしたちは、それを厭うべきなのでしょうか。
――――――――――なのでしょうね。
でも、わたしは、なぜか、すごく
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嬉しいです。
わたしが側にいることを、許していただける。
わたしが側にいることを、愉しんでいただけている。
わたしたちが側にいることを、もしかしたら、喜んでおられるかも。
邪魔にはあまり、たぶん、なっていないと思います。
お役に立てることも、代わりがきくようなことばかりです。
だけど、生かされています。
いつでもおいておけるのに、いつでも棄てられるのに、いつでも殺せるのに。
ご主人様は寛大な方ですけれど、我慢なんかされない。
だから、わたしが、ご不快ではないと解ります。
ご主人様が意図されなくとも。
わたしの命を握っていいただける。
とてもとても、とるにたりないことですが。
つながっているような、気が、勝手ながら、してしまうからです。
【国際連合統治軍第13集積地/射撃場/軍政部隊後方見学席/青龍の貴族】
俺は規定確認を終えた。
部隊単位のテスト規定。
まあ、射線弾道安定にして全小銃正常動作。
想定目標には余裕余裕で殲滅可能。
火器管制の補助システムが使えるからね。
もちろん、火器管制は標的を指示するだけ。
照準とも発射動作とも無関係。
だが単なる弾頭、その射線弾道を示してくれる。
バイザー越しに視覚的に、闇夜の曳航弾のように。
射手を含む味方にだけ見えるのだから、これは大きい。
多少ずれても、部隊射撃だから誤差の範囲。
いや、悪い結果になるわけがない。
テストってのは、そういうモノ。
悪い結果が想定されるなら、テストの意味がない。
目標設定、経過手順、前提条件、どれかか全てが間違っている。
落第が発生するテストは、テストする方の無能。
まあ役立たず前提な学校とは違い、戦争をする軍隊はそんなことはしない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ことが多い、と望まれている、のを知っている、ならいいな。
今、俺がいる軍隊は大丈夫。
先祖代々軍人であることを追求してきたコーンパイプ継承者の夢と希望で出来ている。
はい、そこ。
妄想とかいわない。
だから全員の銃弾は500m先、バイザーが見せる標的方向にとんだ。
十分、十分、大変良くできました。
正確にはバイザーは端末で、火器管制システム自体は駐屯地のサーバー内部だけどね。
いや、より正確に言えば異世界大陸の大規模集積地のシステムかも知れず、未だ遠き我が愛する寝床、もとい祖国日本列島に在るのかもしれない。
各部隊規模や発生想定予測戦闘の規模に合わせて、空いているシステムリソースが回される。
ECMでもかけられない限り、自分たちがバックアップを受けているシステムが、何処のどれだかわからない。
例えば、都区内で災害が起きてシステムがダウンする。
すると、異世界大陸で戦っている小規模軍政部隊の火器管制が途切れる。
まあ、すぐにバックアップに切り替わるけれど、あり得るのだ。
実際のところ、異世界転移前からそうだったりする。
ECMを想定しなければならない互角の相手と行う戦争。
そんなものが死語になってしいからね。
先進国、当時は列強か、同士の戦争なんて結局は第二次世界大戦が最後だった。
永遠の発展途上国や後進国、ゲリラやテロリスト相手に電子戦なんか必要ない。
現代先進国軍隊の役目。
有り余る高スペックオーバーキルで、雑多な消火器を持って立ち上がってきた健気な抵抗者を、一方的に蹂躙すること。
何処の悪役かな?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のお手伝いをするふりをして、テロリストの注目を避ける、のが、我が自衛隊の役割。
何処の憎まれ役かな?
そんな幸せな時代には、もう戻れないなんて言ってたまるか。
戻れないなら次回の選挙で思い知らせてやる。
官僚の暴走を止めるために議員を選んでるんだからな?
俺たちも公務員だけど、官僚とは違うのだよ役人は!
は、さておき。
それでもついてるハイスペック。
無意味なオプションは、最新兵器のお約束。
この場合は演習サポート付火器管制システムのことだが。
マンターゲットなんか使わない。
表示はできるが、意味がない。
特殊部隊や狙撃手じゃないんだから。
100m先の誤差が2cm以内とか、そんなことを求めてない。
兵士に求められるのは、弾幕形成。
人体が通り抜け不可能な密度で7.62mm弾頭をバラまく。
5.56mmじゃ殺し尽くせないので。
一発必中の必要はない。
ひとりひとりを殺さずに、一定範囲を皆殺し。
それが一般隊員のお仕事。
まあ個別必殺を狙う役目もあるけどね。
佐藤と芝。
選抜射手は、ある標的を狙い撃つ。
是も先進国共通の現代戦闘基本。
現代戦なら指揮官や衛生兵、ランチャーや手榴弾を構えた相手が標的。
対被害に防被害。
今、異世界戦闘では赤い瞳の魔法使い、土竜に騎乗した竜騎士。
そして兵を指揮する騎士貴族って辺りは共通項。
飛竜相手だと、小火器じゃなくて対空火器。
うちらなら、車載のM-2重機関銃で牽制してタイミングを計り、対戦車ミサイルで仕留める。
この場合は、BGM‐71D TOWミサイルを武器科隊員が操作。
赤外線放射やレーダー反射が弱い竜相手に、非常に頼もしい有線誘導。
通称、ドラゴン・スレイヤー!
これはもちろん、リアル竜殺しって意味、もある。
そしてもちろん、M47 ドラゴンより竜殺しに向いている、って意味。
M47 ドラゴンは完全携行対戦車ミサイル。
異世界転移後、戦争勃発後に大活躍。
一人で不自由なく使えるからね。
戦間期、つまりは二月末以降、帝国軍を内陸に逐ったあとの、にらみ合い。
いま真っただ中の時期の最初に、名を挙げた。
一人でできるドラゴン退治!
誰でもできるドラゴンハント!!
レベルアップにドラゴンつぶし!!!
などなど。
全面戦闘時には、竜を歩兵で倒そうなんてしなかったし。
戦間期、作戦方針の変化とやらで勢力圏を広げにかかった国連軍。
残党狩りも盛んで小部隊歩兵部隊で竜に出くわす確率も上がった。
ちょっとだけ。
だから携行兵器で竜を倒す機会が増えたのだ。
で、遭遇戦だと軽い武器が多いからM47 ドラゴンを持ち歩く兵士が少なくなかった。
その結果、ドラゴンにはドラゴン、という意味で意味で定着。
さらにその結果、偵察ついでのドラゴン狩りは禁止となったが。
きっかけは、練馬連隊温泉卵事件で検索!
そうなると、単身でドラゴンと戦うバカはいなくなるわけで。
そうなると、対竜戦闘にドラゴンを使わなくてもいいわけで。
そもそもが、掃討選が終わると遭遇戦も減るからいいわけで。
部隊単位で戦うなら、長射程大威力でより安全に一方的に戦いたいよね。
わざわざ小銃とミサイル抱えて突っ込む必要ないよね。
で。
TOWミサイルが対竜戦闘のメインになった。
無整備で7年間放置可能という放りっぱなし兵器はミサイル界のトカレフ!
射手は単に標的を見続ければいいという簡単操作は歩兵の夢!!
これだけでもすごいのに、頑張れば個人携行個人操作も可能とかいうのは、まあ、なくてもいいや。
しかもベトナム戦争で山のような実戦経験を経て、未だに改良中。
例によって、山のような在庫がうなっている。
保守管理費が安くあげられるから買いこんだろうね。
気持ちはよーく解ります。
俺のところの車両にも積んである。
第13集積地まで持ってきてないけれど。
俺たちが集積地から借りる車両にも積んでるけどね。
だが、さすがに試射はしない。
異世界住民全員に10発ずつ撃ちこんでもまだ余る、などと笑えないネタにされてる7.62mm弾とは違う。
惜しむ必要はないけれど、もったいないは日本の美徳。
だからここに持って来ない。
試射場に持ってきてるからといって、M72LAWを撃ったりしないけれど。
つまり、選抜射手の佐藤と芝のお仕事とは?
二人は土竜までに対処するのである。
M-14一丁で。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大変な仕事だ。
絶対に命じたくない。
きっと察してくれるだろう。
まあ、あとは、地球世界も異世界も共通、撃ちもらした標的の処理。
弾幕斉射とはいえ、隙間を完全には塞げない。
そりゃそうだ。
これは、俺んところが小部隊だから、ってだけじゃなくて。
統制射撃にも、人間的な限界があるということ。
ソレを抜けてくる、精神力で肉体を凌駕しちゃったりする敵。
それを個別に潰すのも、選抜射手のお仕事。
――――――――――必中じゃなくて、必殺ね。
胸か腹に数発使って確実に殺す。
ヘッドショットなんか狙わない。
素人じゃないんだから。
そんな確実性にかけることは考えない。
軍隊以外じゃないんだから。
「HEY!Me――――――――――n!!!」




