責任問題

「問題が生じた場合、まずもって行うべきは対処であって糾弾ではない。

解決し、しかる後に責任を取らせるべきだ」

「対処できる者はいくらでもいますから、安心して銃弾を浴びてきなさい」

――――――――――国際連合軍事参謀委員会の日常――――――――――

【国際連合統治軍第１３集積地/駐屯地居住区/ゲストハウス/出入り口付近外部給水所/青龍の貴族】

俺は自分の心音を聴かせるように、エルフっ子の頭を調整。

背中を中心に腕を回して、手のひらを使って撫でる。

繰り返し繰り返し、その意味が体に浸透するように。

出来るだけ包み込むように姿勢を整えるのだが。

こういう場合はボディランゲージ最強。

つまりこれ。

目の前で泣く子がいたら、どうする？

抱きしめるに決まっている。

感情が高ぶっている時に、言葉は無力だ。

子供を理解する必要はない。

――――――――――出来るかわからんし。

原因を特定するのは後回し。

――――――――――解決よりも対処が先。

理非善悪状況予測可能性は無視。

強力な全周防御。

それを実感させることで護るのだ。

護られていると思わせる。

伝えるべきは唯一つ。

――――――――――すべて任せておけ――――――――――

メンタル・ダメージ・コントロール。

打撃を受けた場合にどうするか。

傷を拡大させないことが最優先。

戦場と同じだな。

戦場知らんけど。

訓練キャンプの軍曹が言っていたから間違いない。

「一発くらったら？逃げろ隠れろ絶対撃つな！味方を探してＳＯＳ！！！」

ｂｙ軍曹。

とりあえず撃ち返すバカは今も多い。

が、同士(friendly )撃ち(fire)になるだけだ。

弾は狙って撃つ物で、とりあえずばら撒くモノじゃない。

そうもいかないようだが。

保持より、後退。

索敵より、遮蔽。

反撃より、救護。

味方の仇をとるよりも、味方の傷を抑えよう。

敵の数を減らすより、味方の数を減らさぬよう。

攻撃戦力を維持するよりも、防御態勢を向上させる。

現代戦の鉄則。

クレームはハートマン訓練キャンプ代表番号まで。

戦場については、だ。

泣く子の対処は俺担当。

対処だけは、俺にしかできないから仕方がない。

第一、エルフっ子が泣きそうになっている理由は判っている。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――きっかけが俺だから。

いや、悪いのは全部メンゲレ大尉だけどね？

俺も、気楽に考え過ぎていた

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――大反省。

エルフっ子、見た目は１０代半ば過ぎくらい。

２５６歳だが。

要は中学高校生くらいなのである。

２５６歳だが。

つまり、俺はやらかしてしまった。

子供に、なんてものを見せてしまったのか。

あれだあれ。

メンゲレ大尉がエルフっ子を連れて見学ツアー。

それを黙認した俺。

実践、戦争犯罪現場！！

第十三集積地近くに位置する、跡地。

１１８５６人分の死体が、放置されている場所。

※第２６１話「地獄/ベアトリーチェの導き」参照

兵器の取扱説明書通り、敢えて展示させてある。

此処に到着した直後は、皆の目に触れないように苦労して目をそらさせていた。

※第六章２１４話「シェヘラザード」参照のこと

今朝起きたばかりのボケた頭で、判断ミス。

地球上ですら造ったことがない、地獄。

異世界で初めて使用された、地球産化学兵器の最終形態。

ホスゲンオキシム。

その考え抜かれた破壊力は、高い致死性だけではない。

凄惨無惨な人体破壊。

その爪跡を判りやすく末永く残すこと。

戦争裁判や歴史的評価など度外視。

最終戦争人類絶滅上等な時代に、生まれたコンセプト。

後世なんか考慮外。

戦闘とは？

人体を破壊するだけにあらず。

人心を破壊するものなり。

相手に我が意を強要するにあたり、反抗余地を根絶するに二つあり。

身体を殺すこと。

意志を殺すこと。

将校として受けた基本教養

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま、ロクなもんじゃないけどね。

その効果を見聞きした人間の、その心を砕く心理攻撃

――――――――――それが最初から、用兵思想に組み込まれている。

その場所を、見聞してしまったのだエルフっ子が。

中学高校生くらいの子供が。

２５６歳だが。

メンゲレ大尉がすべて悪い。

俺はバカだ。

嫌な予感だけ弄び、顔を洗って振り返るまで、気が付かなかった。

泣く子を見るまで、やらかした、と思わなかった。

ほんと、俺ってバカ。

【聖都北辺/青龍の軍営/青龍幕舎/出入り口内側/お嬢の背後/魔女っ娘】

わたしは、ちい姉さまの側によりました。

朝食の用意が出来たのです。

冷めちゃいますが。

温めなおした方が

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・？

ご主人さまを呼びにいかれた、ちい姉さま。

戸口に固まられて何を

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わ、わ、わ、かりました。

ね、ね、ね、ねえ様が、ほほおずり皆が寝静まったときだけ、こっそりなさる、仕草を、すっごくはっきり、おきているごしゅじんさまに我をわすれて

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――忘れさせられた、のですね。

わたし、落ち着きます。

わたし、落ち着きます。

わたし、落ち着きます。

ご主人さまに、ねえ様が、どうかされてます。

ちい姉さまが、目を皿のようにされるのも、無理からぬこと。

うぅ～～～～～～～～～～また、ご主人さまが！！！

ねえ様がむずがり、ご主人様が力いっぱい抑えます。

いつもは言葉で強いられるのに、今朝は力で抑え込まれておられます。

うらやましいです！！！！

わたしまだ、命じていただいたことしかありません！！！！！

わたし、今日はまだ撫でていただいてません！！！！

いただいて当たり前なんて思えませんが、思いたいのに～～～～～～～～！

どうしましょう？？？？？？？？？？？？？？？？？

やっぱりお食事は暖め直すべきでしょうか見ていていいのでしょうかだめな気がしますが肢体がかってにまえのめりに！！！！！！！！！！

【国際連合統治軍第１３集積地/駐屯地居住区/ゲストハウス/出入り口付近外部給水所/青龍の貴族】

後悔先に立たず。

という、事前に思いもつかない古代の英知をかみしめる俺。

エルフっ子を撫でながら、確かめる。

目が潤んでいる

――――――――――――――――――――――――――――――――――――やっぱ、涙目だな。

化学戦。

それを追体験してしまった、少女が一人。

大の大人を、その心を砕く、そのために計算された劇場。

大虐殺現場を、見聞きしたばかり。

２５６年間、それなりに修羅場を潜り抜けたはずのエルフっ子。

戦場も見ただろう。

虐殺も見ただろう。

殺して殺されそうにも、なったと思う。

敢えて聞いたことはないが、怖いから。

俺より修羅場を潜り抜けていることは確かだ。

戦争って美味しいの？

って状態で半世紀以上対外的な脅威がない国に産まれ育ったからね、俺。

余りに退屈だから、海の向こうの打ち上げ花火が季節の風物詩になるくらい。

あれ、そのうちスミソニアン博物館送りだろうな。

そのとき「ミサイル」と説明文がつくのだろうか？

「みさいる（笑）」

とか

「ミサイルを造ろうとしたと証言しており……」

「水爆の原理は知っていたと証言があるが内容は確認できておらず……」

と解説文がコントのような事実になるだろう。

なお、スミソニアン博物館は再建されている。

神奈川県の在日米軍相模総合補給廠がそれ。

異世界転移で明らかになったとおり、ありとあらゆる兵器が備蓄されていた。

博物館物の品もたくさんあり、順次実戦に復帰している。

いずれは戻そうと考えているとかなんとか。

異世界の大規模集積拠点のどこかに移そう、って話もある。

だとすれば、竜と一緒に展示できるかもしれない。

日本列島内に復活した某国から

「みさいる（笑）」

の設計情報を引き出して、

「春の風物詩（花粉症と違って被害はない）」

と看板を付けるのも楽しそうだ。

こんな微笑ましいジョークもある。

俺のとこ(日本)は平和だったな。

何気に自慢だが。

だが、ソレとコレは別。

ガチの世界は、通年コントと違って実在していた。

すなわち戦争。

今日まで俺と、日本人と関係なかっただけで。

戦争のための工夫。

人間が人間と判るように人間をやめさせられた姿。

大地を埋め尽くす、汚濁の海。

異世界でどれだけ体験を積んでも、絶対に見ることが出来ない。

地球化学の粋。

そんな簡単なことを、知らなかったわけじゃない。

当たり前のように考えついたし、徹底的に学習させられた。

自動車一つで街がパニックに陥る。

艦艇一つが沖合に停泊しただけで街が亡びかける。

銃撃で殺される最中になお、殺されていることに気が付けない。

知らないということは、そういうこと。

俺たちの存在自体が暴力で、ただ、出会っただけで殺してしまう罪悪人。

殺すつもりがなくても、壊すつもりがなくても。

ソレは俺たちのせいだろう。

最悪だ。

そんな簡単なことを忘れてしまったことが、最悪だ。

繰り返し繰り返し、訓練され教育され、言われたじゃないか。

「貴様は、バケモノなのだ！我々、地球人は異世界から来た悪魔なのだ！！ただ生きているというだけで異世界を傷つけ壊し殺しつくす！！！しかも自重することはない！！！！」

軍政官訓練キャンプで怒鳴っていた、軍曹。

理解は出来ても実感が伴わなかった、訓練生。

忘れていた俺。

そりゃ泣くわ。

エルフっ子。

涙を流す前に、抱きしめた。

涙が零れないように。

タイミングが早かったかもしれない。

涙を流した方が、良かったか。

俺も、とっさに動いたからな。

近く、すぐそばの宿舎内にはシスターズの小さい二人がいる。

姉貴分のエルフっ子。

小さな二人に聴こえるところで泣かせるのは、本意ではないと思ったのだが。

忍び泣くならいけるので、遠慮せず。

と思って顔を見ると、俺と眼が合う。

直ぐに胸に顔をうずめてくれた。

よし。

俺をハンカチだと思っていいぞ。

息を塞がない程度に力を込める。

泣き声が漏れないように。

俺を防音材と思っていい。

服の布地や人体は、けっこう音を吸収するのだ。

俺は敢えて、自責の念から切り替える。

これも、訓練の成果だ。

笑え。

嗤え。

気をそらせ。

ただ、行うべし。

なお一層、力を入れる。

【聖都北辺/青龍の軍営/青龍幕舎/出入り口内側/お嬢の背後/魔女っ娘】

わたしは硬直してしまいました。

「朝っぱらから、童女幼女に見せつけて、ナニを始めてるとは

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ワザと、ね」

わたしに向けた言葉ではない、と判りながらも怖い声。

わたしの背後に立たれるのは、ええと、この砦の、青龍の女騎士さま。

お名前は聞いておりませんが、わたしたちを警護するお役目とか。

最初に教えていただいたときは、なにが何やらわかりませんでした。

そもそも、わたしたちにはご主人様がおられるのですから。

だから、わたし、わたしたちは安心です。

ご主人様には、自ら率いられる騎士団の皆さまがおられますし。

サトウさまやシバさま、騎士長さまなどなど。

その皆さまは、やっぱり、わたしたちを囲んでくださいます。

だから、わたしたちを守るため、と言われてもよくわかりませんでした。

ご自分の命に無頓着な、ご主人様をこそ、護っていただきたいです。

ちい姉さまに教えていただくまで、その意味に気が付きませんでした。

恥ずかしいです。

つまり、ここ。

青龍の皆さんが聖都周りに築かれた、砦。

ご城主様は青龍の貴族。

ご主人様とは別の貴族様。

その方から、わたしたちを見れば。

ご主人様は、お客様のようなお立場。

その女である、わたしたち。

何もなくとも、何も起こり様があるわけがなくとも、礼儀として守り人を付けるものなのだとか。

ご主人様が、それを喜んで受け入れたのも貴族の礼儀。

儀礼を示す。

それを受ける。

要不要の問題ではないのよ、と。

なるべく方々にお聞きしたりお願いしたりなさい、と。

そうしないと無視しているようにも見えて非礼になるわ、と。

さすが、ちい姉さまです。

だから、昨夜も今朝も、なにかれとなく、おたずねさせていただいております。

気さくな方々で、すぐに打ち解けていただいた、ような気がするのですが。

背後にいらっしゃったのは、その青龍の女騎士さま、中の御一人。

失礼にも全く気が付かず、覗き見なんてことをしてしまっていて、わたしは、慌てて、取り繕

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えませんでした。

わたしの不始末は、ご主人さまの恥になるのに～～～～～～～～～～。

「大丈夫よ」

優しい目

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・皆様に黙っていて、くださいますか？