幕間:コストパフォーマンス/per kg,m2
作るのは簡単。
始末は大変。
殺人には利益が生じる。
死体には負担が生じる。
【戦場清掃】
あまり馴染みがない言葉かもしれない。
単純に言えば、戦闘後の死体処理である。
戦闘があれば、死体がでる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・事が多い。
戦闘を偽装したセレモニーでなければ、必ずと言って良いほどに死体が出る。
そして誰もがその処理に困る。
ほうって置けば腐り、疫病の原因となるからだ。
腐る前に食べる訳にもいかない。
人間は食用に向かない。
筋が多くて、調理しにくい。
そもそも手間に比較して、可食量が少ない。
たとえば屠殺の手間を抜くにしても、解体だけでひと手間だ。
不衛生なのは野生動物とかわらない。
だが保有する寄生体により、対人疾病の原因になりやすい。
人体を宿主とする有害寄生体は、同じ人体に親和性を持つからだ。
――――――――――一応、注意喚起。
人間に限らず、あらゆる生物には
「同種族を殺さない/食べない/尊重する」
などという本能は、まったく無い。
個別に愛着は生じるだろう。
死体を埋葬し、花を備えもするだろう。
そして同じ様に食滓をゴミ捨て場(貝塚)に投棄する。
人はペットの死に涙して、産み落とした個体を殺す。
人形にすら名前をつけ、人間を売る。
それは単なる自然現象であり、人類の少数派である一部先進国の大半以外では、日常。
先進国の中ですら、多数派であるだけだ。
それはまた、別の話なので割愛。
ここでは地球人類史に置ける中世と、異世界は同じだということ
――――――――――死体の扱いについて。
つまり、ゴミだ。
農耕牧畜が軌道にのれば、死体の価値は無くなる。
コストパフォーマンスが合わなくなる。
禁忌ではなく、単なる優先順位。
故に飢饉でもなければ、廃棄物。
地球人類史でも死体を尊重するのは、キリスト教の影響。
それがキリスト教圏の末端に浸透したのは、さて、中世後期か。
ちょうどキリスト教圏で広域疫病が全盛期迎える直前
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、これも余談ではある。
つまり死体は、廃棄するしかない。
異世界でも、地球でも。
帝国の征服戦争が普及させた、異世界の公衆衛生概念。
キリスト教の純潔信仰が、入浴習慣を衰退させた地球欧州。
どちらが純潔でどちらが清潔か、言うまでもない。
だが、現代地球と異世界現在なら、解り合える。
異世界人の死体はゴミ。
その認識において、相互理解に達していた。
幸いして。
異世界転移以後、異世界にて異世界人に殺された地球人は三桁程度。
死体と言えば、異世界人。
間違いない。
では廃棄人体、いや死体をどのように誰が廃棄するのか?
まず、どれだけ処分すべきか。
帝国軍数十万から都市住民数万、村落や小規模殿部隊まで様々ある。
次に、誰が作業するのか。
基本にして大半は、異世界住民への委託となる。
これは防疫上の理由。
現代火力戦の特徴として、戦闘の大半は短時間で終わる。
故に腐敗の余地がない新鮮な死体が大半だ。
しかし腐敗せずとも、人体は不衛生なモノ。
血や肉それ自体が、感染源となる。
故に地球人は、異世界人そのもの以上にその死体への接触禁止。
WHOなど一部の例外をのぞく。
だから、死体破棄は異世界住民へ全面的に委託される。
では、どのように処分するのか。
処分は一律、埋設処理。
燃料資源が森林や石炭程度しかかない異世界。
資源総量の限界。
熱効率の技術的上限の低さ。
異世界住民に委託する以上、ほぼ全て埋設になる。
焼却処理が行われるときもあり、北方の占領地のF-16Cによる爆撃処理が知られている。
軍政直轄統治下では、テルミット処分も行われている。
が、これは結局、国際連合が介入しており、一部の例外だ。
では委託するとして、その形態は?
廃棄物が集積された場所、その近隣異世界住民が動員される。
もちろん対価を提示した上で、強制する。
なぜ強制するのかといえば、やりたがらないから。
異世界人にとっても、死体には衛生リスクがある。
やらなくていいなら、やらないだろう。
なぜ対価を与えるかといえば、死体を増やさない為だ。
国際連合の基本方針。
恨みは残さない
――――――――――物理的に。
長期強制労働に対価を与えない?
マキャベリ曰わく「苦痛は一瞬で最大限に与えるべし」の真逆。
敵を創り作業効率は落ち、見張る為に兵員を動員するから異世界住民との接触が増える。
戦場跡を含めて、すべてを統治するならかまわない。
「権力」
それは拒絶を力で服従させること。
進んで従うようにするのは「権威」という。
言葉の意味としては、だが。
権力を確立する為に、最初に「強制」するのは必須プロセス。
そのためには「相手に拒絶させる」必要がある。
そのステップ一つで、人間は従順になる。
出会い頭に、理由を付けずに殴りつけるのと同じ。
強制収容所などでよく使われる手段だ。
現に帝国なら、戦場清掃こそが新領土への第一布告。
領民を消耗させずに、支配体制に従属させる儀式。
だが地球人には、いや国際連合には異世界統治の意志はない。
そんな自殺行為を犯すくらいなら、出会い頭に皆殺し。
その方がマシだ。
そして死体片付けの為に死体を増やしては、本末転倒。
故に恨みを遺さない範囲で強制する。
その為に国際連合は、報酬を支払う。
対価、それは死体の付属品。
死体を生み出したのは国際連合。
故に死体が生前所有していた物は、国際連合に所有権がある。
これは異世界全般の慣習、その拡大解釈。
敢えて言えば、異世界の慣習にはグレーゾーンがある。
まず戦利品は勝者の特権。
これは自明とされる。
次に戦場漁りは、近隣住民の役得。
あくまでも勝者が戦利品を集めた後。
勝者が持ち去らなかった物は、捨てられた、と見なされる。
捨てられた物を拾ってなにが悪い、と言うわけだ。
そしてそれは、それなりの収益になる。
勝者が持ち去らない安物、行軍の邪魔になるかさばる物。
例えば衣服を剥ぐだけで、金になる。
だが遺棄品を漁られるのを、良しとしない風潮もある。
富裕層、土地土地の支配階級は、概ね嫌う。
廃物目当ての物乞いを嫌っているのか、廃物販売に伴う市場の混乱を嫌うのか。
だから戦場漁りは非公認、暗黙の了解。
ここに拡大解釈の余地がある。
そして国際連合が現地の慣習を尊重するのは、作戦上支障がない時だけ。
よって国連軍は戦利品として所有権を貫徹する。
敵の所有物すべて、生きた捕虜から死体の持ち物にまで、だ。
無論、死体それ自体は含まれない。
異世界でも地球でも、死体は財産にはならないから。
そして異世界住民にその認識を強制する。
自明の権利で暗黙の役得を凌駕する。
強者のごり押しに、多少の理屈付け。
だがこの理屈は、異世界住民にも理解し易い。
そして死体の平野その物が、説得力。
いずれにせよ反抗の余地はない。
が、理解させる手間が省けるのは大きい。
力こそすべて、とは大きな間違い。
理解させられなければ、従わせられない。
こうして手に入れた利権を、強制労働の対価にする。
「本来、国連軍の戦利品を譲渡する。代わりに死体や残骸を処分せよ」
ということ。
さて、友好的了解を得られた協力的異世界住民は、どれだけ得られるのだろうか。
どちらにせよ拒否権はないが、対価によっては「強制」ではない偽装が可能。
それは処分対象が戦闘員か非戦闘員かで二分される。
主に野戦跡にある戦闘員の死体、の付属品。
これには大きな価値がある。
本来であれば、勝利した側が回収するのだが。
国連軍、それに類する組織が回収するのは命だけ。
火力投射後、銃剣を付けた普通科兵士たちが戦場を丹念に歩き回る。
そこで刺突が繰り返され、降伏する余力があれば捕虜を連行する。
故に。
異世界でいう戦利品は、概ね戦場に残される。
防具武具は、貴重な金属資源。
手入れは行き届いており、加工細工と併せた技術は付加価値。
農兵や野盗と違い、正規兵は高給取り。
装具や衣服も標準以上。
傭兵に至っては、財産を抱えて戦う事も多い。
その場ですぐに命乞いができるように、宝石や見せ金を用意しておく。
実際のところ、戦場では効果的だ。
死に物狂いの相手にとどめを刺すリスクより、投げられた宝石を拾う。
ソレが賢明な人間のやることだ。
残念ながら、国連軍には通じない。
そもそも生前、会話する距離に近づかない。
だからこそ、死体の価値は極大化。
一人を埋める手間など、身包み一つでおつりが余る。
近隣住民から見て、異例。
此処まで極端な戦利品放棄(利益は戦死者の数に比例)は例がない。
なにしろ30分で数万数十万を殺戮する戦い。
現代戦は異世界初だからだ。
そのために、概ね現地住民には歓迎される。
従来の戦場清掃とは、破格の利益があがるからだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一方的な虐殺現場から受ける恐怖を無視すれば。
もちろん「利益があがればいい」わけがない。
類例のない利益、資本の移動はしばしば大きな不利益を呼び込む。
金というのはソレ単独で存在しているのではなく、循環している。
循環の周期が安定することでこそ社会を維持できる。
ただし、この場合はそれが適正値に収まった。
「混乱が生じた場合地域単位で削除」と考えていたのは軍事参謀委員会。
ゆえに、この結果は自然の成り行きである。
従来の戦場漁りには、リスクがあった。
戦場漁り同士の争いや、故買商人の争い。
果ては商品市場の混乱など。
では異世界転移後のばあいはどうか。
国連軍が広範囲に呼びかけ、都市や地域単位で請け負う戦場清掃。
それは組織的に行われる。
末端の暴走は最小化。
組織ごとの対立は、彼らが畏怖する国際連合の威光で片付く。
国際連合は何一つしないが、スケジュールは押し付ける。
莫大な死体の山を見る。
それを殺した国際連合の命令が頭にある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どんな争いも、ほどほどで収まり、絶対にスケジュールには影響させない。
大きな利益、極限の恐怖。
人を動かす二大要素。
ソレは平和をもたらしは、しない。
だが、平穏だけは、もたらした。
都市殲滅の場合も基本的構造は同じ。
なお街や村は戦場と区別されないので、都市とは城壁都市を指す。
都市を皆殺しにした場合は、皆殺しにしないことはあまりないが、近隣住民たちに始末がゆだねられる。
処分作戦に無関係な、殲滅対象ではないから無疵の住民ばかり。
地縁がありそうな地域を丸ごと殲滅するので、当然だが。
※詳細は<第74話 「幕間:善悪の彼岸」 >参照のこと
ただし、戦場清掃と違ってスケジュールはない。
都市が生み出す富と言うのは、蓄積された物資ではなく流通を制御する機能。
証書や手形の発行決済保障。
物流に関する情報交換売買。
紛争の前例管理開示に調停。
廃墟から引き出しようが無いモノが、価値の9割を占める。
戦場と違って瓦礫が多い都市清掃は、負担が大きく危険も多い。
なので、残骸から得られる利益は労力と比較すれば大きいとは言い難い。
さらに動員される人びとは近隣からと言っても、地域単位の話。
そもそも直近、つながりがある地域は一緒に根絶やしにされているのだ。
基本が徒歩移動である上に、中継点となる直近の街や村が無人。
遺棄品をある程度利用できるにしても、途中途中で遺棄品を回収しながらなので移動の手間が倍増する。
リスクが高く、メリットが少なく、コストがかかる。
もちろんそれでも、必要があればやらせる。
「作戦上の必要は、ありとあらゆる全てに優先される」
のだから。
だからやらせはする。
無理のない範囲で。
そもそも都市の残骸は城壁、周りの無人地帯で隔離されている。
囲い込んで皆殺しにするために、丁寧に精密砲撃をしているのだ。
更に破砕作戦の前段階で周辺地域の無人化も完了。
廃棄物の大半は防壁と距離で、周辺環境から物理的に隔離されている。
水源水脈の汚染さえ防げば、緊詰の課題とはいえない。
ゆえに「おいおい片付ければいいよ」という扱い。
委任された異世界住民たちも、回収しやすいところだけ回収。
周辺の無人化した街や村落には、流民がたまらないように新しい住民が入居する。
「おいおい」の部分は、村落街々市々単位で得られた利益に応じて役割分担。
大抵は封鎖で放置。
河を中心とした水脈周りを片付けて、城壁の穴を塞ぎ補修を続ける。
周辺の再入居者たちで街道を見張って、不審者の接近を防ぐ。
年一回か半年に一回くらいをめどに、委託された地域で人を出し合って掃討清掃作業を予定。
何年かして鳥獣風化で扱いやすくなってから、最終的な片付け。
委託された地域から提出された計画書と、実際の進捗を見る限りこんなところだ。
今後の見通しとしては「必要と感じたら再開発」と答えるところが多い。
とはいえ、定期清掃くらいまでだろう。
これからのことではあるが実際には、都市自体は放棄されることが多いと思われる。
何十年、あるいは何百年かかって生まれた都市。
それを再開発すれば年単位で時間を置かざるを得ない。
その月日があれば、その都市が担っていた機能は近隣都市に移行してしまう。
大規模都市建設。
その為の資本蓄積がない異世界。
カルタゴを破壊し尽くしたローマ。
ローマの恫喝で都市を移したカルタゴ。
いずれも、中世世界には成り立たない古代の産物。
異世界でいえば帝国規模の勢力以外、都市開発には手をつけられない。
よって海陸通商交通の要所要所に、いくらかの空き地がうまれた。
かくして「異世界改造計画」が問われることとなる。
※不発弾、地雷、遺棄兵器の回収、化学兵器の除染などは別の機会に。
※地球人の遺体処理については又の機会に。
※一部の隊員(第七師団戦車中隊長など)兵士は独断で異世界兵士を埋葬している。
※独断が銃殺になる/ならないの基準は不明。




