神、天にいまし。世は全てこともなし。
"God's in his heaven. All's right with the world.
――――――――「Pippa Passes(1841)」――――――――
Robert Browning(1812 - 1889)
「神」、天にいまし。世は全てことも無し。
―――――――――すぎゆくピッパ(1841年作)より―――――――――
ロバート・ブラウニング(1812~1889)箸
【すぎゆくピッパ(1841年作)】
連合王国で一、二を争う著名な詩人の代表作。
詩劇となっており
「無垢な子供」
という非人道兵器の活躍を描いた、サイコホラー。
「純真」で「明るい」しかも「汚れなく」響き渡る「歌声」という面制圧兵器によるジェノサイド。
おいバカ止めろ俺に効く!!!!!!!!!!
日々「幸せになるために」努力を惜しまない人々。
そんな努力で成し遂げた、街で一番幸せな人を、狙って通りすぎる少女。
順番に訪れる歌声。
繰り返される殺伐。
魂のキリングフィールド。
良心の欠片でもあれば、絶対に助からない。
瞬時にメンタルを斬り刻み、けっして殺してはくれない。
もうあのころには戻れない。
幸福に責められ続けるか。
優しい誰かに殺してもらうか。
仲間と一緒に死んでしまうか。
――――――――――――――だいたいそんな話。
中原中也を。
太宰治を。
芥川龍之介を。
さらに多くを地獄に憑き堕とした、ブラウニー・ファミリー。
オマエ人間が嫌いだったんだろ?
とロバート・ブラウニングには聞いてみたい。
『地獄の黙示録』
『地獄の黙示録完全版』
を創ったフランシス・フォード・コッポラのような天才だとは思う。
死ぬまで帰国できないのも無理もない。
それは今日も明日も歌っている。
無数の魂に永劫の煉獄を与えながら。
空から見下す異世界。
大陸南部。
高度800m/時速220kmで南下するCH-47J4機。
先行する拠点設営部隊を追って行軍中。
先行するのはC-5M スーパーギャラクシー輸送機3機。
地球世界最大クラスの軍用輸送機。
積載された90式戦車2両と整備部隊、補給物資に施設科。
今、匹敵する機体はAn-124 ルスラーンぐらいしかないだろう。
なお在日米軍基地にはC-5Mが20機、合衆国本土との航空補給線を維持するために運用されていた。
ただし所属は合衆国太平洋軍であって、在日米軍ではない。
ほかにC-5Aがモスボール化され在日米軍集積庫に保管されていた。
古い合衆国兵器は概ね、日本列島の治外法権エリアにある。
さすが「合衆国軍の四次元ポケット」の異名は伊達じゃない。
C-5Aについては異世界転移後、現役に復帰作業中。
ただし整備部隊の大半が初期侵攻作戦と異世界大陸移転に忙殺。
攻勢限界に達したのか何なのか、進軍停止した国連軍。
ようやっと再編成余力が生じたところ。
全機復帰は夏までかかる見込み。
「なんだ、ありゃ」
牟田口二尉が窓にへばりつく。
相席の女性は無視。
空から見下してはしゃぐなんて、と思っている仮名の参謀。
「カメイツジ」
「呼び捨てですか。仮名は付けなくて結構」
相席のツジ参謀は空間投影ディスプレイを見ていた。
窓は見ないし、牟田口二尉を見ないし、ディスプレイを見せようともしない。
あえて指向投影にすれば、映像が指定ユーザーの網膜にレーザー照射される。
よって、対象者以外には見えないのだが。
この場合は、ツジ参謀にしか見えない。
まあ、非対象者は気にしていない。
窓外に夢中で、ツジ参謀の方をチラリとも見ないが。
おかげでツジ参謀の舌打ちにも気が付かない。
「なんだ、ありゃ」
繰り返し。
解らないことは参謀(その役割の相手)に聞く。
自分で調べるなんて考えもしない。
軍人としては正しい。
人間としてはどうだろう。
キリスト教会的には正しく、仏教的には間違い。
神父や牧師は、自分以外に聞くな!
と言う。
坊主なら、己で悟れ!
と言う。
お好きな答えを選んでください。
いくらでも用意がありますので、好みは必ず見つかります。
もちろんツジ参謀は、答えを選んでいる。
与えられたのではなく、選びとるからこその、仮名だ。
だから命令に従うだけの、戦車操作機に答えを与える。
眼下の敵とは関係ない、それはなに?
「首です」
見れば判る。
この高度と速度では、見にくいが。
牟田口二尉は、見て判って、解らないから聞いている。
ツジ参謀は、視て解らず、判っている範囲で応えてる。
視力も動態視力も、この戦車兵の方が参謀より上だ。
それはツジ参謀にとって、はなはだ不本意だ。
仕方なしに舌打ちを隠した。
ツジ参謀は、わざわざ肉眼で見たりはしない。
事前にデータで確認しているからだ。
だが、肉眼でもだいたいのことは判るだろう。
見過ごせるようなことではない。
小さく見えても、見逃せない。
数が違う。
一つや二つ、いや、百や二百ではないからだ。
眼下一面が人の首。
しかも、顔が上を見上げるように、杭にさした首。
無数、に、見える首、首、首、首・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いくつだ」
何故聞く、と思うツジ参謀が教えた。
あくまでも、答えたのではなく、教えたのだ。
ツジ参謀の中で。
「5078人分」
計測は画像処理で行われた。
非常に数えやすい。
適度に間を置いた、杭の先端。
丁寧に表情まで判るように串刺し。
開けた、丈の低い草が大半の、草原いっぱい。
つまり上空のチヌークからよく見える。
まるで見せているかのように。
「嫌がらせか」
「恨みを買う覚えが?」
「誰かに恨まれる覚えはない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
胸を張る牟田口二尉。
ジト目のツジ参謀。
スケルトンやアンデットを90式戦車で挽き潰したのは、まあいい。
しかしどうだろう。
獣人を120mm滑腔砲で吹き飛ばした。
生き残りをM-2重機関砲でミンチにした。
所詮、法律的に人間じゃない。
棄てて置き、近くの村人に片付けさせればいいものを
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その後、わーざわーざ、埋葬した。
一人で破片を拾い集めて、荼毘に付して、
――――――――――――――――――――ツジ参謀は、待たされた。
迷惑なことに。
般若心経のサンクスリット語版聖歌まで流す手の込みよう。
あれは58分くらいある。
延々と不毛な作業で一日潰した後に、ロスタイム追加。
仏教国ではポピュラーで、CDも売っているけど、なんで牟田口二尉が持っているのか。
90式の外部スピーカーから大音量で流すのか。
異世界住民が可聴範囲に居たら、文化不干渉原則に抵触しかねない。
国連決議違反は死刑しかないのに。
しかも、だから上官にレポートを出す羽目になった。
大迷惑なことに。
そこまでさせた以上、牟田口二尉のパーソナリティは異常だ。
付き合わされて、当たり前のように手伝いを求められ、断固拒否して観察し、最後までやり遂げてしまわれたのをイライラしてみていたのだからわかる。
ツジ参謀には、解るのだ。
一般的な自衛官は、異世界人を人間と区別出来ない。
普通に銃撃、砲撃、爆撃するが。
そこに心理的抵抗が生じる。
いくら殺しても殺しても殺しても
――――――――――何も感じない。
それは倫理観を仕込まれた現代人には、気味が悪い体験。
軍事参謀委員会から見れば、懸念していた問題の不発。
殺す側でさえあれば、戦争神経症は生じない
――――――――――とてもありがたい。
当面は
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・将来的には?
だから、計測中。
その結果、エルフ、ドワーフと対象が変われば違和感も薄れるとわかっている。
要は、外見の類似性と正比例。
で、牟田口二尉。
異世界人はおろか、ケモノモドキをすら、人間扱いしている。
うん、おかしい。
異常者だ。
――――――――――ツジ参謀の判定。
それはさておこう。
なら、その人間同然を殺して殺して轢き潰しているのだから
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恨まれて当然、と思わないのだろうか?
だいたい牟田口二尉が所属する第七師団が、指揮する部隊が、何人の異世界人を踏みならしてきたか。
人型と似ているだけで似つかない、ケモノモドキだけじゃない。
むしろ轢死体まで地球人そっくりで、素材だけなら見分けがつかない異世界人。
そんなまるで人間を中心に、およそ、あらゆる種族を一方的に蹂躙した経験者。
「子供じゃあるまいし」
窓にへばりつく仕草は、確かに子供っぽい。
ツジ参謀は、ムカムカを押し殺す。
だが、今の生首は
――――――――――牟田口二尉に、関係ない。
「近くの街の、元住民です」
「首だけハヤニエにする街」
「何で断定?そんな街ありません」
百舌の早贄のように、なんか理由もなく殺した相手を、とがった枝先に刺しておく習慣はない。
判明している限り。
「串刺しウラドの係累か」
「いません。疑問形にすればいいと思わないでください」
串刺し野ざらし惨死体。
それを使って威圧や脅迫に使う事例自体は、べつにおかしくはない。
地球でもよくあるし異世界にだってあっただろう。
が、今はない。
異世界には、だが。
帝国軍による見せしめ。
竜に生きたまま喰わせる方が、よほど怖い。
大規模なデモンストレーションは、帝国流に改変された。
それ以外は残っていない。
今後は国連流になるかもしれない。
瞬間大量虐殺。
痕跡まで完全消滅。
化学処理されて永続保存など。
が、地球人にもツジ参謀にも、知ったことではないのである。
「内紛か」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おそらく」
牟田口二尉が、機内、ツジ参謀を見た。
一方、ツジ参謀はそっぽを向いている。
牟田口二尉が窓を離れたのは、チヌークが草原上空を過ぎ、首が見えなくなったからだ。
「近くの街で、住民の半分が殺されました」
「半分残したのか」
「私じゃありません」
「そりゃ残すわけがない。カメイツジなら皆殺しだな」
それはそうだが、それは別に、ツジ参謀だけではない。
仮名だけではなく、国連軍は皆そうだ。
と思ったが
――――――――――ツジ参謀は、牟田口二尉の感想を無視。
「で」
説明を求める牟田口二尉。
それが判ってしまう、ツジ参謀。
実際に起きたことは解らない、から確認中。
だが、判っていることは、ある。
内紛、と言えば言える。
だが、普通の内紛は、ある領域で完結する。
都市なら都市の中、街なら、村なら、その中で。
外にはみ出す場合は、領域VS領域、の形をとる。
都市と街、街と街、村と村々、など。
妥協が生じない場合、彼我に力の差があるものだ。
この虐殺の場合、周りの村々街々に都市まで根こそぎ参加したのが異常、と言えた。
都市一つ、ではなく、都市の一定範囲。
階層と街区に対する殲滅作業。
参加者は半月ほどかかって、集まった。
村々の力自慢、街々の自警団、都市の衛兵、用心棒に傭兵団。
彼らは一斉に移動を開始して、徐々に集まった。
一城市へ。
攻城戦?
住民に見えない高みから、単に見守る国連軍。
それをしり目に、異世界住民たちは市の外壁前に陣取り、城門で監視を始めた。
まず先に集まった者たちで、市を封鎖して、目的の人々を閉じ込め続ける。
その間に、各々役割分担を決めていたらしい。
後続が到着し、移動が終了。
開始。
その動きが始まる当初から市街の半分が封鎖されていた。
貧民街や、下層住民の居住区。
きっかけは、暴動。
居合わせたUNESCO兵士により、鎮圧。
以後、ずっと封鎖。
木戸が補強され、城壁城門が固められ、街路に路地にバリケート。
食糧や水は差し入れられ、閉じ込め続ける体制。
上空から監視する限り、隔離された人々は活動的。
警戒感は溢れて動きは低調、だが、疫病には見えない。
以後に発生した直接接触。
その経緯をみても、疫病でないのは間違いない
封鎖地域に入って行く隊列。
地域の全住民の代表者たち。
彼らはまったく、接触を恐れていなかった。
むしろ恐れられ、逃げ惑う人々を追い回す。
捕らえ、殺してでも逃がさず、縛り上げ縄を通す。
小屋や建物を打ち壊し、引きずり出す。
城壁周りは隙間にいたるまで、見張りをつけて逃がさない。
先頭にたったのは、他の村街都市からやって来た人々。
元々、その市に住んでいた人々は、サポートに回っているようだった。
そして狩り出された人々は、数珠繋ぎにされ、引きずられて打ちすえられながら草原へ。
途中で殺された数百人も荷車に積まれ、運ばれた。
後は単純。
草原にはすでに何日も前から、杭が林立。
さらに杭を追加しながら、連行された人々は穴へ。
草原には地域中から鍛冶職人が集められ、多数の斧が用意されていた。
斧も人も、次々と交代していく。
穴の縁で首が落とされ、体は蹴りこまれ首は回収。
顔が上を向くように、擦れないように落ちないように。
慎重に杭に刺されていった。
――――――――――それが顛末、一部始終。
偵察ユニットも哨戒気球も監視に付いた。
だが元々、大規模駐屯地と中継拠点を結ぶ、空路の真下。
経過観察に不自由はなかった。
大規模魔法陣の可能性を踏まえ、国連軍所属の魔法使いたちが調査した。
が、魔法とは全く関係がない、という結論。
人口が半減した市には、周辺の街や村から手伝いが派遣され急場をしのいでいる。
奴隷も値下げの上で斡旋され、必要な資金も近くの大きな都市参事会が低利で融通しているとか。
幾人かを拉致尋問して確認した結果。
つまり間違いはなく、この虐殺がこの邦に与える混乱は最小限で収まるようだ。
国際連合としては問題なし。
結局、これはなんなのか。
この儀式、のようにも見える行為は、継続中なのか終了しているのか。
これから始まるのか。
――――――――――現在調査中――――――――――
調査中と悟られたら、本来の意図をゆがめてしまうかもしれない。
上空や地上から、それと悟られないように観察継続。
ほとぼりが冷めたら、大規模な調査が始まるだろう。
関係者や非関係者と思われる者たちを、拉致して尋問する。
記憶障害が残るかもしれないが、問題のない範囲で広く薄く多数から。
ツジ参謀の説明。
そこまで聴いた、牟田口二尉は最後まで聞かずに口を挟む。
いつものことだが。
「まるで神隠しだな」
「ほとんど帰宅できますよ」
ツジ参謀としては、牟田口二尉の言い様に馴染めない。
印象で語るのが、悪いとは言わないけれど。
結論付けるのは、飛躍にすぎる。
「生贄か」
「異世界に、生贄を捧げる神様は居ないんですが」
「出来たのかな」
「どこのどいつです」
「空から見下ろしてるのは、間違いないな」
<第七章 了>




