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完全侵略マニュアル/あなたの為の侵略戦争  作者: C
第七章「神の発生」UNESCO Report.

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戦友/band of brothers & sisters.



何をしてるのかは、判る。

何を意図しているかまでは解らない。


「そなたのことは、わからぬな」

「こっちのセリフだ」






令嬢は、一言、伝えた。

少女のまぶたを閉じた。


この異世界には、死者を弔う習慣はない、と軍曹は聴いていた。

何をしたいのかが、解らない。





異世界には死者を弔う習慣がない。

それは生死の狭間が曖昧、ということ。


身体は単なる物体であり、その人物の象徴でもある。

塵でありながら、誉でもある。





令嬢は賞賛を惜しまなかった。


帝国貴族として。

龍の誇りを受けるおのが身として。


称賛すべき、娘。



令嬢がこの娘について、知っていることは少ない。

いや、ほとんど無い。


だが、十分だった。

この娘について、知るべきを知っていた。



Dr.ライアンは令嬢に見せていた。

単に、視られるのを意識していなかったのかもしれない。


偵察ユニットの操作など解らない。

軍事技術や電子工学に縁がない文系万能人。



偵察ユニットの映像。

令嬢にもなじみがある、遠見の魔法であると考えたので受け入れやすかった。




令嬢とDr.ライアンが注目した二人。


次々と上空を通過する複数の偵察ユニット。

そのとらえた映像を、指揮中枢がコンマ以下のタイムラグで編集。

指定したポイントの映像を、まるで一台の上空カメラから映したように描写する。


故に、流れるような数秒の動きを見ていた。


偵察ユニットが収集した映像も、こんな処理ができる。

できる、が。


それを知っている兵士はあまりいない。

戦闘の為だけであれば、必要もない。



全体状況に注目して全く違うデータを見て、個別の動きに気付くのが遅れた伍長と二等兵。

高精度俯瞰映像全体にはついていけず、ことが済んでから事態を把握したDr.ライアン。


唯一人ですべてを見届けた、令嬢。

介入こそできなかったが、それを恥じてはいない。


(見事)

声を出さずに感嘆した。




自分たちが、軍曹たち青龍と一時的な盟約関係にある、と令嬢は理解している。

それが従属的なものであると受け入れてもいるが、同時に双務的なものと解釈している。



令嬢一行と青龍一行。

互いに敵同士。


お互いに殺し合うために、お互いを守り合う。


だから、余地があれば軍曹たちに警告を発していただろう。

従属を強いられているからといって、ただ守られて良しとはできない。


断じて。

良しとするようなことが、心をよぎることのない令嬢。

よぎれば恥じて、死ぬだろう。


だからこそ、危険な場に跳びだしたその姿を注視して、その周囲に視線を走らせていた。




だが、その娘には。

そんな余地のない動きだった。


軍曹を、青龍の騎士を襲った手並み。


体術の素養はない令嬢。

だからこそ、武術に長けた者たちを幾人も見てきている。

その彼女をして、感嘆させる動きだった。




令嬢は考える。

その驚嘆すべき戦士。

令嬢にとっても敵である娘を、映像越しではなく、直にして。



良く見て、触り、覗って。

やはり、と、知る。




この娘、戦う素養は全くない。

体つきで判る。


鍛えておらず、貧相で健康的でもない。

腕力で言えば令嬢が上で、それと判って戦えば令嬢の圧勝。


だからこそ、生涯で最高の、最期の一撃だったのだろう。



故に、誉。


勝てると判る戦いは、責務でしかない。

成功する事業は、義務でしかない。


帝国の世界征服が、予定でしかないように。




敵わぬと知ってなお、為すべきことをなす。

それこそが。


功し(いさおし)


令嬢を護って、暴徒に斬り込んだ騎士たちの様に。

令嬢を装って、暴徒を引き付け続けたメイドたちの様に。

自分もこうやって死ねるだろうか、と。



令嬢は、羨ましさを感じて、娘の顔を見る。



血まみれの肢体に、空を見上げた顔。

奇跡的見えるが、必然的に汚れていない。

令嬢はそこに意図、言い換えれば配慮を感じた。



青龍の騎士、軍曹を見あげる令嬢。



顔を避けたのだろう。

それは令嬢にとって、安堵を感じる心根。


いつ殺されるとも知れぬ、虜囚。

令嬢にも、その自覚はある。


死ねば同じとは言え、あの青龍の騎士(軍曹)に殺されるなら安心できる。



令嬢は、素敵な最期を遂げた娘の、髪を梳く。

閉じた瞼を整え、顔を清めた。


意外に穏やかな表情。



苦痛が極まった果てに訪れる、脳の鎮痛反応。

いわゆる臨死体験に入っていたのかもしれない。


だが令嬢は、野暮な科学的解釈を知らない。


ゆえに、選びとった最期の必然、とみた。

もちろん、令嬢が知らないのは、その点だけではない。


この娘。

何処で産まれたのか。

どの様に生きて来たのか。

何を思ってきたのか。


だが、それはとるに足りない。


そう令嬢は思う。

だだ一つ、一生とは、ただ一度の誉があればこと足りる。



この娘は、一太刀報いたのだ。


一太刀浴びせられたのは、青龍の騎士だけではない。

守られている、令嬢自身も、だ。



赤龍(世界帝国)に挑み、青龍(国際連合)に挑んだ。


そして、ひとたび赤龍を凌駕した、青龍の騎士に刃を届かせた。


幾十万の帝国軍士卒。

生涯を兵事に捧げた者たち。

才に恵まれ研鑽を積み続けた人々。


彼らが夢にまで見て、一蹴された。



それを、成し遂げたのだ。

年若の娘が、単身で。


武装し身構え戦いに踊る青龍の騎士に。

そして討たれた。


その敵に。


しかるのちに、青龍の騎士自ら介錯。

これほどの栄光はない。





介錯。

軍事国家の常として、味方殺しの発想はある。

異世界の騎竜民族にも、それはある。



治癒魔法はあるが、人体構造への理解が進んでいない時代。

いくら解体して再生しても、微細な細胞や微生物への理解には及ばない世界。


死ぬより辛い状況は幾らでも起きた。

治療とは安楽死を当然含む。


地球世界で長らくそうであった通り。

医師に準ずる役目には、患者を殺す責務をもつ。


殺せない者は、誰も生かせない。


目の前で助けを求める人一人。

その一人を殺せぬ者には、世界の誰も救えない。

字義どおりが、最低条件だからだ。



それだけなら、とるに足りない。

騎竜民族にとっては。



命というものを目的とは考えない騎竜民族。

命の維持ではなく、命の解析を目的ととらえる魔法使い。


両者が築いた帝国。


彼等は延命というものに興味がない。

死ぬという行いにより、なにが生じるのかだけに興味をもった。


故にこそ。


「生きねば」

等とは感じない。


死ぬことなど無意味。

重要なのは「起こること」ではなく「起こすこと」。

制御できない事は、制御すればいい。


つまり。

「殺す」

「殺される」

ことは意味以前。

無意味でさえも、意味の内。


それは始点。

すなわち、誉なのだ。


このあたりの感覚は、現代合衆国市民には遠すぎた。

もちろん、令嬢から見て軍曹の行動も理解が及ばないのだが。







軍曹は判らないなりに、解った。


年若い帝国貴族の感覚。

少女自身に対する敬意。


死体、あるいは死、という一般的なモノに対する感傷ではない。

虚礼ではなく、礼儀。


それはこういうモノなのだろう。

だが。




令嬢は立ち上がった。


「そなたにも、敬意を」


軍曹は、いよいよわからない。

それは自分が受けるべきモノではない。


軍曹は、そう思う。

軍曹たちが帝国貴族令嬢を守る。

それは任務だ。


しかも、資料として保全しているだけ。

令嬢は理解して、それに同意しているのだろう。


だが、だから、令嬢に対して胸をはることではない。


もちろん、戦場で、街中で、民間人に感謝されることはある。

罵倒されることと同じくらいに、ある。


憎まれることをした数だけ、感謝をされる。

そういうものだ。


それは仰ぐ旗とは関係ない。

ましてや政治的立場と関係すらできない。



戦争が一つ起これば?


主戦派と反戦派が生まれる。

派閥が生じれば分派生まれる。

分派が生まれて転向が起きる。



三十年戦争のようなモノ。


カトリックとプロテスタントが手を組みカトリックを攻撃し、プロテスタントとプロテスタントが殺し合い、カトリックとカトリックが以下略。


感謝と憎悪は比例して、敵も殺せば味方も殺す。

軍曹にとっっては、そんなものだ。



だが、それとは違う。

感謝ではなく、敬意とは。



そんな軍曹の戸惑いには、まったく無頓着な令嬢。

軍曹は、騎竜民族との付き合い方を学んだ気がした。





令嬢は死体に刺してあった剣を抜く。

それは石畳に置くより取り扱いやすいように、でしかない。

死体、というより、刀掛台のような物。



そして、取り掛かる。


傍らの重傷者を見てのぞき込み、左右からゆっくりと観察。

慎重に剣を突き刺した。


首下から頭頂に向けて一突き。

一捻り。



それは軍曹がやるべきこと。

助けない命に対する、殺人者の振る舞い。


何を、と言い掛けた軍曹。

言わせない、令嬢。


「そなたが、なにものなのか」


令嬢は次に狙いを定めながら、答えた。

問わせないが答える。


「そなたが、なぜおこなうのか」


胸の上下する部分を、刺し貫く。

刺された体の口から、血があふれ出る。


令嬢が、子供が、人を殺していく。


彼女を狙い、返り討ちにあい、死にきれずに死にゆく人々を。

地獄の苦しみの中でこと切れていく連中を。

殺してくれと、助けてくれと、死にゆくしかない者たちを。



「知ることは出来まい、が、知ろう」



止めるべきなのだろう。

軍曹が。


オマエが手を汚す必要はない。


民間人/非戦闘員の代わりに軍人が殺す。

子供の代わりに大人が殺す。


知る必要はなく、考える必要はなく、決断する必要もない。

手を汚す必要はない。


仮に、その死がオマエの為であっても、それを受け止める必要はない。

殺すべきと決め、殺し方を決め、殺すのはオマエのあずかり知らぬこと。


それが、軍曹が持つ本来の感覚。



「そなたの邪魔をするつもりはない」


軍曹は、役割を再開。

令嬢の先にいる、散弾で崩れた顔を抱えて呻く女。

歩み寄った。


肋骨を避けて、銃剣を突き、捻る。


一刺しで息絶えた。


二人は次々に繰り返す。

断末魔の悲鳴が上がり続けた。



「賛成せぬ」


令嬢は手を休め、軍曹が抜いた穴から噴き出す血を観察。


「同感できぬ」



別な重傷者に取りかかる。

令嬢は、メイドに髪をまとめさせた。

視線ひとつで、従う臣下。


のぞき込むのに、垂れた髪が邪魔だったようだ。


明らかに戦闘員ではない令嬢。

相手を、これから殺す負傷者を、ゆっくりと上下左右から観察しないと判らない。

一刺しで、楽に殺せる場所を、刺し貫く方向を、力の入れ加減を見極める。


執事が頷き、メイドたち、警備役たちに手出しさせない。

軍曹も、伍長と二等兵を任務に集中させた。



「捨て置くように勧める」



ほぼ安全だが、油断は出来ない。


矢に石なら先制制圧出来る。

だが、帝国の魔法使いが浸透してこないとは、言い切れない。


UNESCOの大規模活動。

地球人と異世界住民の直接接触。


それに注目するのは、軍事参謀委員会と帝国の諜報組織だから。


「だが」


令嬢が軍曹に近づいた、側にいる次の目標。

逃げようとして、逃げられない負傷者。


最新の外科的措置が講じられれば、助かるし健康体に戻れるだろう。

つまり助かる道はない。


自分が死ぬことは理解できないが、これから殺されるとはわかっている。

だが、既に手足に力が入らないので、もがくだけ。


それでも、助けを求める。

二人の耳に、良く聴こえる。



「だから」


令嬢はメイドたちを下げ、ドレスの裾を切り裂いた。

潜伏生活においてさえ、纏い続ける上質のドレス。


もちろん、国連軍侵攻前よりランクは落ちているが。

逃げ延びながらも、家臣臣下たちがその時手に入る最上のものを用意し続けた。


令嬢の適当な裁断。

メイドが慌てて手早く、整える。



「手伝う」


脚を動かしやすくして、良く踏み込んで突き出した剣先。

肋骨を掠めながら、心臓を貫いた。


剣先がひねられ、体内に空気が入る。

脈動する心臓から、抉られた穴を通って血潮が噴出した。


軍曹が令嬢の肢体を引いて、血を避けさせた。

びっくりしているようであれば、やはり自ら殺すことに慣れてはいない。



「手が空いておるのは、ひとりゆえ、な」


胸元で軍曹を見あげる令嬢。

見下して視線を合わせる軍曹。


「殺りたくはあるまい」

「お互いに」






そして日が高いうちに、迎えが到着する。

それまでに一通りは終わり。


この奇妙な共同作業で、176名の元暴徒たちが殺された。




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