戦友/band of brothers & sisters.
何をしてるのかは、判る。
何を意図しているかまでは解らない。
「そなたのことは、わからぬな」
「こっちのセリフだ」
令嬢は、一言、伝えた。
少女のまぶたを閉じた。
この異世界には、死者を弔う習慣はない、と軍曹は聴いていた。
何をしたいのかが、解らない。
異世界には死者を弔う習慣がない。
それは生死の狭間が曖昧、ということ。
身体は単なる物体であり、その人物の象徴でもある。
塵でありながら、誉でもある。
令嬢は賞賛を惜しまなかった。
帝国貴族として。
龍の誇りを受けるおのが身として。
称賛すべき、娘。
令嬢がこの娘について、知っていることは少ない。
いや、ほとんど無い。
だが、十分だった。
この娘について、知るべきを知っていた。
Dr.ライアンは令嬢に見せていた。
単に、視られるのを意識していなかったのかもしれない。
偵察ユニットの操作など解らない。
軍事技術や電子工学に縁がない文系万能人。
偵察ユニットの映像。
令嬢にもなじみがある、遠見の魔法であると考えたので受け入れやすかった。
令嬢とDr.ライアンが注目した二人。
次々と上空を通過する複数の偵察ユニット。
そのとらえた映像を、指揮中枢がコンマ以下のタイムラグで編集。
指定したポイントの映像を、まるで一台の上空カメラから映したように描写する。
故に、流れるような数秒の動きを見ていた。
偵察ユニットが収集した映像も、こんな処理ができる。
できる、が。
それを知っている兵士はあまりいない。
戦闘の為だけであれば、必要もない。
全体状況に注目して全く違うデータを見て、個別の動きに気付くのが遅れた伍長と二等兵。
高精度俯瞰映像全体にはついていけず、ことが済んでから事態を把握したDr.ライアン。
唯一人ですべてを見届けた、令嬢。
介入こそできなかったが、それを恥じてはいない。
(見事)
声を出さずに感嘆した。
自分たちが、軍曹たち青龍と一時的な盟約関係にある、と令嬢は理解している。
それが従属的なものであると受け入れてもいるが、同時に双務的なものと解釈している。
令嬢一行と青龍一行。
互いに敵同士。
お互いに殺し合うために、お互いを守り合う。
だから、余地があれば軍曹たちに警告を発していただろう。
従属を強いられているからといって、ただ守られて良しとはできない。
断じて。
良しとするようなことが、心をよぎることのない令嬢。
よぎれば恥じて、死ぬだろう。
だからこそ、危険な場に跳びだしたその姿を注視して、その周囲に視線を走らせていた。
だが、その娘には。
そんな余地のない動きだった。
軍曹を、青龍の騎士を襲った手並み。
体術の素養はない令嬢。
だからこそ、武術に長けた者たちを幾人も見てきている。
その彼女をして、感嘆させる動きだった。
令嬢は考える。
その驚嘆すべき戦士。
令嬢にとっても敵である娘を、映像越しではなく、直にして。
良く見て、触り、覗って。
やはり、と、知る。
この娘、戦う素養は全くない。
体つきで判る。
鍛えておらず、貧相で健康的でもない。
腕力で言えば令嬢が上で、それと判って戦えば令嬢の圧勝。
だからこそ、生涯で最高の、最期の一撃だったのだろう。
故に、誉。
勝てると判る戦いは、責務でしかない。
成功する事業は、義務でしかない。
帝国の世界征服が、予定でしかないように。
敵わぬと知ってなお、為すべきことをなす。
それこそが。
功し
令嬢を護って、暴徒に斬り込んだ騎士たちの様に。
令嬢を装って、暴徒を引き付け続けたメイドたちの様に。
自分もこうやって死ねるだろうか、と。
令嬢は、羨ましさを感じて、娘の顔を見る。
血まみれの肢体に、空を見上げた顔。
奇跡的見えるが、必然的に汚れていない。
令嬢はそこに意図、言い換えれば配慮を感じた。
青龍の騎士、軍曹を見あげる令嬢。
顔を避けたのだろう。
それは令嬢にとって、安堵を感じる心根。
いつ殺されるとも知れぬ、虜囚。
令嬢にも、その自覚はある。
死ねば同じとは言え、あの青龍の騎士に殺されるなら安心できる。
令嬢は、素敵な最期を遂げた娘の、髪を梳く。
閉じた瞼を整え、顔を清めた。
意外に穏やかな表情。
苦痛が極まった果てに訪れる、脳の鎮痛反応。
いわゆる臨死体験に入っていたのかもしれない。
だが令嬢は、野暮な科学的解釈を知らない。
ゆえに、選びとった最期の必然、とみた。
もちろん、令嬢が知らないのは、その点だけではない。
この娘。
何処で産まれたのか。
どの様に生きて来たのか。
何を思ってきたのか。
だが、それはとるに足りない。
そう令嬢は思う。
だだ一つ、一生とは、ただ一度の誉があればこと足りる。
この娘は、一太刀報いたのだ。
一太刀浴びせられたのは、青龍の騎士だけではない。
守られている、令嬢自身も、だ。
赤龍に挑み、青龍に挑んだ。
そして、ひとたび赤龍を凌駕した、青龍の騎士に刃を届かせた。
幾十万の帝国軍士卒。
生涯を兵事に捧げた者たち。
才に恵まれ研鑽を積み続けた人々。
彼らが夢にまで見て、一蹴された。
それを、成し遂げたのだ。
年若の娘が、単身で。
武装し身構え戦いに踊る青龍の騎士に。
そして討たれた。
その敵に。
しかるのちに、青龍の騎士自ら介錯。
これほどの栄光はない。
介錯。
軍事国家の常として、味方殺しの発想はある。
異世界の騎竜民族にも、それはある。
治癒魔法はあるが、人体構造への理解が進んでいない時代。
いくら解体して再生しても、微細な細胞や微生物への理解には及ばない世界。
死ぬより辛い状況は幾らでも起きた。
治療とは安楽死を当然含む。
地球世界で長らくそうであった通り。
医師に準ずる役目には、患者を殺す責務をもつ。
殺せない者は、誰も生かせない。
目の前で助けを求める人一人。
その一人を殺せぬ者には、世界の誰も救えない。
字義どおりが、最低条件だからだ。
それだけなら、とるに足りない。
騎竜民族にとっては。
命というものを目的とは考えない騎竜民族。
命の維持ではなく、命の解析を目的ととらえる魔法使い。
両者が築いた帝国。
彼等は延命というものに興味がない。
死ぬという行いにより、なにが生じるのかだけに興味をもった。
故にこそ。
「生きねば」
等とは感じない。
死ぬことなど無意味。
重要なのは「起こること」ではなく「起こすこと」。
制御できない事は、制御すればいい。
つまり。
「殺す」
「殺される」
ことは意味以前。
無意味でさえも、意味の内。
それは始点。
すなわち、誉なのだ。
このあたりの感覚は、現代合衆国市民には遠すぎた。
もちろん、令嬢から見て軍曹の行動も理解が及ばないのだが。
軍曹は判らないなりに、解った。
年若い帝国貴族の感覚。
少女自身に対する敬意。
死体、あるいは死、という一般的なモノに対する感傷ではない。
虚礼ではなく、礼儀。
それはこういうモノなのだろう。
だが。
令嬢は立ち上がった。
「そなたにも、敬意を」
軍曹は、いよいよわからない。
それは自分が受けるべきモノではない。
軍曹は、そう思う。
軍曹たちが帝国貴族令嬢を守る。
それは任務だ。
しかも、資料として保全しているだけ。
令嬢は理解して、それに同意しているのだろう。
だが、だから、令嬢に対して胸をはることではない。
もちろん、戦場で、街中で、民間人に感謝されることはある。
罵倒されることと同じくらいに、ある。
憎まれることをした数だけ、感謝をされる。
そういうものだ。
それは仰ぐ旗とは関係ない。
ましてや政治的立場と関係すらできない。
戦争が一つ起これば?
主戦派と反戦派が生まれる。
派閥が生じれば分派生まれる。
分派が生まれて転向が起きる。
三十年戦争のようなモノ。
カトリックとプロテスタントが手を組みカトリックを攻撃し、プロテスタントとプロテスタントが殺し合い、カトリックとカトリックが以下略。
感謝と憎悪は比例して、敵も殺せば味方も殺す。
軍曹にとっっては、そんなものだ。
だが、それとは違う。
感謝ではなく、敬意とは。
そんな軍曹の戸惑いには、まったく無頓着な令嬢。
軍曹は、騎竜民族との付き合い方を学んだ気がした。
令嬢は死体に刺してあった剣を抜く。
それは石畳に置くより取り扱いやすいように、でしかない。
死体、というより、刀掛台のような物。
そして、取り掛かる。
傍らの重傷者を見てのぞき込み、左右からゆっくりと観察。
慎重に剣を突き刺した。
首下から頭頂に向けて一突き。
一捻り。
それは軍曹がやるべきこと。
助けない命に対する、殺人者の振る舞い。
何を、と言い掛けた軍曹。
言わせない、令嬢。
「そなたが、なにものなのか」
令嬢は次に狙いを定めながら、答えた。
問わせないが答える。
「そなたが、なぜおこなうのか」
胸の上下する部分を、刺し貫く。
刺された体の口から、血があふれ出る。
令嬢が、子供が、人を殺していく。
彼女を狙い、返り討ちにあい、死にきれずに死にゆく人々を。
地獄の苦しみの中でこと切れていく連中を。
殺してくれと、助けてくれと、死にゆくしかない者たちを。
「知ることは出来まい、が、知ろう」
止めるべきなのだろう。
軍曹が。
オマエが手を汚す必要はない。
民間人/非戦闘員の代わりに軍人が殺す。
子供の代わりに大人が殺す。
知る必要はなく、考える必要はなく、決断する必要もない。
手を汚す必要はない。
仮に、その死がオマエの為であっても、それを受け止める必要はない。
殺すべきと決め、殺し方を決め、殺すのはオマエのあずかり知らぬこと。
それが、軍曹が持つ本来の感覚。
「そなたの邪魔をするつもりはない」
軍曹は、役割を再開。
令嬢の先にいる、散弾で崩れた顔を抱えて呻く女。
歩み寄った。
肋骨を避けて、銃剣を突き、捻る。
一刺しで息絶えた。
二人は次々に繰り返す。
断末魔の悲鳴が上がり続けた。
「賛成せぬ」
令嬢は手を休め、軍曹が抜いた穴から噴き出す血を観察。
「同感できぬ」
別な重傷者に取りかかる。
令嬢は、メイドに髪をまとめさせた。
視線ひとつで、従う臣下。
のぞき込むのに、垂れた髪が邪魔だったようだ。
明らかに戦闘員ではない令嬢。
相手を、これから殺す負傷者を、ゆっくりと上下左右から観察しないと判らない。
一刺しで、楽に殺せる場所を、刺し貫く方向を、力の入れ加減を見極める。
執事が頷き、メイドたち、警備役たちに手出しさせない。
軍曹も、伍長と二等兵を任務に集中させた。
「捨て置くように勧める」
ほぼ安全だが、油断は出来ない。
矢に石なら先制制圧出来る。
だが、帝国の魔法使いが浸透してこないとは、言い切れない。
UNESCOの大規模活動。
地球人と異世界住民の直接接触。
それに注目するのは、軍事参謀委員会と帝国の諜報組織だから。
「だが」
令嬢が軍曹に近づいた、側にいる次の目標。
逃げようとして、逃げられない負傷者。
最新の外科的措置が講じられれば、助かるし健康体に戻れるだろう。
つまり助かる道はない。
自分が死ぬことは理解できないが、これから殺されるとはわかっている。
だが、既に手足に力が入らないので、もがくだけ。
それでも、助けを求める。
二人の耳に、良く聴こえる。
「だから」
令嬢はメイドたちを下げ、ドレスの裾を切り裂いた。
潜伏生活においてさえ、纏い続ける上質のドレス。
もちろん、国連軍侵攻前よりランクは落ちているが。
逃げ延びながらも、家臣臣下たちがその時手に入る最上のものを用意し続けた。
令嬢の適当な裁断。
メイドが慌てて手早く、整える。
「手伝う」
脚を動かしやすくして、良く踏み込んで突き出した剣先。
肋骨を掠めながら、心臓を貫いた。
剣先がひねられ、体内に空気が入る。
脈動する心臓から、抉られた穴を通って血潮が噴出した。
軍曹が令嬢の肢体を引いて、血を避けさせた。
びっくりしているようであれば、やはり自ら殺すことに慣れてはいない。
「手が空いておるのは、ひとりゆえ、な」
胸元で軍曹を見あげる令嬢。
見下して視線を合わせる軍曹。
「殺りたくはあるまい」
「お互いに」
そして日が高いうちに、迎えが到着する。
それまでに一通りは終わり。
この奇妙な共同作業で、176名の元暴徒たちが殺された。




