殺される側に産まれて
「悪を倒すことで、ただ悪だけが救われない」
ですか。
ファンタスティックなイメージですな。
正義を思うだけで、為したことがない故の錯覚でしょう。
正義がすべてから感謝されるのは、当たり前ですよ。
正義はあまねくすべてを、例外なく救います。
聴こえてきませんかな?
感謝の声が。
歓喜の声が。
至福の声が。
そう。
悪なる者たちの、私が殺した人々の声です。
正義に背を向けた、堕落。
悪を為すための、愚鈍。
自裁できぬ、怯懦。
――――――――――汚れた命です。
彼ら、彼女ら、その周りの者たち。
皆殺しにしてあげました。
もちろん、感謝される為ではありません。
人間として、当然のことです。
しかし、謝意を拒絶するは無粋でしょう。
ふと思い出す時があります
私が殺してあげた彼らを。
断末魔ののちにたどり着いた、正しき姿を。
《国際連合安全保障理事会/戦争計画グループ/戦後処理班/国際司法裁判所/集中聴聞会非公開資料》
※この「ナチスが勝利した世界で『ガス室に送ったユダヤ人は殺されたことを感謝しているに違いない』と語るSS将校」のような発想は、設定ではなく実在のものである。もちろん「かつてあった」ではなく、1965年9月30日以降のインドネシアでは一般的な考え方となる。
参考1:<本編第二章「東征/魔法戦争」第34話 素晴らしき哉!人生!! >より本編でも時々描写
参考2:「9月30日事件」は歴史的な虐殺事件なので様々な情報が溢れているが、ほぼ価値がない。「虐殺が肯定される世界」を解釈できない執筆者が、日本語の限界に挑戦したあげく支離滅裂な文章になっているのが大半。
参考3:「9月30日事件」概略。インドネシア共和国で生じた虐殺事件。特定民族・特定思想・それらに関与した者・関与を否定できなかった者などなど数十万~数百万ほどが虐殺された。虐殺した側が社会の中心となったために以後今日にいたってもタブーにもならず、普通に「おじいちゃんの自慢話」になっている。孫を抱いたおじいちゃんが、孫と同い年くらいの叛逆者をワイヤ-で絞殺した話をする。TVのバラエティーでおじいちゃんたちが殺した数を自慢し合う。取材に来た外国人ジャーナリストの前で「殺した相手の気持ちを考えて」見せて、「わしが殺したやつは幸せだな♪」と朗らかに語る前にいるのは虐殺の遺族。もちろん近所に親兄弟が殺された人々が普通に住んでいることは、皆が知っている。社会の圧倒的多数派から「当たり前」という視線を受け、表情を崩すこともできない。などなど、これまでもこれからも変わらないだろう。
ただこの反応自体は人類史的には特に珍しくもない。
インディアンや日本兵を殺した経験を楽しく語る退役軍人など、合衆国では珍しくもなかった。インディオを虐殺した南米入植者、世界の植民地での活躍を語る軍人たち、虐殺数を誇張してまでドヤ顔をする兵士などなど実例多数。
当事者が少なくなれば下火になるが、視点が変わるわけではない。
それは地球人類にとって、むしろ普遍的な現実。
彼女は、今日という日しかもっていなかった。
異世界大陸でも豊かな沿岸部。
豊かさを集積した都市街々。
金貨が流れる交易路。
交易が織りなす網目の端。
そんな都市。
その外壁寄りにある街区。
そこら辺りは外壁防御の作業スペース。
戦時には真っ先に壊される、小屋のような何かの群れ。
つまりは貧民街。
そこで産まれた女だった。
日々流れ込んでくる、村々町々の流れ者。
没落して堕ちてきた市民崩れ。
そんな連中よりは、地縁がある分マシだっただろう。
だが、明日はない。
だが、特に不幸ではない。
皆、貧民街では同じこと。
等しく不幸だった。
人間は、皆が不幸なら我慢ができる。
人間は、見える範囲だけが世界。
その辺りは異世界でもあまり変わらないらしい。
貧民街にたむろするのは、都市最下級労働力。
汚物処理に、屑拾いか残飯あさり。
市民から掠めとる。
同じ貧民から奪い取る。
衛兵から狩られて、貧民から奪われて、市民から追い立てられて。
最期は殺される。
死んだりすることはない。
病になっても、病死は出来ない。
切り上げ時を、周りが決める。
基準など無いが、殺されるのは同じ。
場所を空ける為。
もちろん、その遙か前に身ぐるみはがされて。
死体は都市外の塵芥捨て場に持ち去られる。
それは少なからぬ賃金が与えらる。
太守。
参事会。
商工会。
ギルドや地域の金持ちから。
公衆衛生の概念は行き渡っていた異世界。
「殺されるために生まれた我らが、死んでたまるか」
帝国、帝国軍中枢である騎竜民族の戦士たち、その普遍的感覚。
彼等は当然の如く、戦い以外での死を恐れた。
それは吸収され取り立てられた諸族に伝播する。
武官は戦場で殺される。
文官は書物に殺される。
死とは迎えるモノではなく、強いられるもの。
歯噛みし、涙し、唸り、睨みながら最期を遂げるべきだ。
帝国を指導している魔法使いたち。
彼等にはその感覚は理解できない。
全部が全部、騎竜民族とは全く関係ない中原の、豊かな大陸沿岸部の出身が主だからだ。
それを理解できないながらも忖度したのが、世界征服を仕掛けた魔法使いたちたる由縁。
科学に至る手前、地球風に言えば実証哲学に踏み入っている魔法使い。
まだ菌やウィルスまで把握はしていないが、何をどうすれば病気になるのか見当は付けていた。
国連軍に仕官した魔法使いは、得られた知識に欣喜雀躍狂喜乱舞。
だが、それを見る地球人の学者たちは、のみ込みの速さに恐れを感じている。
全く基礎がない、というわけではないからだ。
帝国魔法使いの基礎知識。
同じ健康状態の人間を何千人と用意して、様々な環境で比較実験した。
いや、「した」ではなく、「している」のだが。
そんな魔法使いたちの大元。
侵略者である帝国の施策。
全世界を対象にした征服戦争で、敵よりも怖ろしい疫病。
故に、接触したありとあらゆる対象へ、清潔を強制した。
水浴しなければ死刑。
洗濯しなければ死刑。
掃除しなければ死刑。
便所を設けなければ滅ぼす。
ゴミ捨て場を設けなければ滅ぼす。
畜舎と住居を分けなければ滅ぼす。
全ては世界征服の為に!
全ての兵士の健康の為に!
全て軍が進撃し続ける為に!
それは死をもって被支配者に定着する。
故にこそ。
死体は、死ぬしかない病人は、ソレだけで忌み嫌われる。
千年先を行くはずの、地球では多数派の考え方。
「死後の復活の為に死体を保存しなくてはならない」
は?
竜と魔法に支配された、中世程度の技術しかない、野蛮で無知な異世界人。
彼等は、そんな妄想とは縁がない。
いままでも、これからも。
故に死体とは遺体などとは呼ばれない。
利用価値がない傷んだ肉の塊で、病因になるだけのゴミだ。
いや、ゴミというより危険物。
「信仰」という名前の付いた呪い。
地球世界では幾多のパンデミックを勃発させた。
だから異世界の、帝国支配を経験した地域では皆、死体や死体になる過程の存在に敏感だった。
死ぬ前を含めて「死体を捨てること」自体が、ビジネスとなるほどに。
女は、そんな貧民街にいた。
邦で有数の豊かな都市。
その中に邦で一番貧しい街があり。
竜の足裏のような場所で。
つまりは生きて死ぬ。
細く短い人生だ。
肢体を売ることが出来れば、市民になれるかもしれない。
若く売れるうちに小金を稼ぎ、小さな商いで暮らす。
馴染みの客と深く付き合い、終の暮らしを末永く。
この世界で多くの娼婦がたどる道だ。
だが彼女の容姿では、娼婦に成り上がることは出来ない。
娼婦は買われる者、つまり金がある市民に。
あらゆる宗教がない異世界。
とりわけキリスト教の処女信仰がない故に、無宗教な異世界では性欲への抑圧が少ない。
麻薬取り締まりがあればこそ、混ぜモノ入りで低品質な薬が売れる。
麻薬が取り締まられているだけで、命に関わる粗悪品に高値がつく。
薬物を全面解禁したポルトガルで、麻薬組織とともに粗悪品が自然消滅したようなもの。
理屈はまったく等しい。
異世界で、男女の街娼には付加価値が必須。
よほどの容貌でない限り、市民並みの常識が無ければ相手にもされない。
他に定職といえば、もっと無理。
最底辺の下女になるなら常識か、常識を埋め合わせる頭がなくては相手にされない。
いずれにせよ、市民権に繋がる席に空きはない。
身元保証がついた正規ルート。
村々町々から都市に入ってくる、人々。
彼らが都市に必須の下層階級を補充する。
彼女のような貧民は、居ても居なくても良い。
使い道が無くもないが、邪魔でもあるし目障りだ。
故に彼女のような身元不明者は、さて、このまま暮して、生きて二十歳を越えられるかどうか。
だが、そんな「必要とされない」身でありながら、彼女は知られた身ではあった。
「人殺し」だったからだ。
殺人への倫理的禁忌は、まだ無い。
これからは判らないが。
そのあたりは異世界も、地球人類史の中世も変わらない。
だから簡単に殺し合う。
例えば英国議会。
演壇と議席の距離は、抜いた剣の間合いを基準にしている。
議論にともなう抜刀が、斬撃に「なりにくい」ように。
つまりは「なって当たり前」、貴顕に属する人々でさえ。
異世界では、現代地球の大半と同じように、中世地球のすべてと同じように、殺人は日常だ。
だがしかし、そんな当たり前が一目置かれる理由。
人殺しは大変だから。
「人殺しは大変なことです」
と言えば、どんな時代でも納得してもらえるだろう。
意味合いは違うが。
人ひとりを殺すために、どれだけの手間と技術が必要なことか。
そもそも人間サイズの中型動物は死ににくい。
大きさはそのまま耐久力と言っていいい。
殺す側とそう変わらない。
しかも傷つけられるのを受け入れたりしない。
暴れる、逃げる、逆襲する。
銃が生まれるまでは、それはそれは大変だったのだ。
道具があれば簡単だが、それも時代によってはそうもいかない。
異世界。
中世準拠。
銃以前に、剣一つにしても入手困難な時代。
持ちやすい岩や大石が転がっていると思ってはいけない。
煉瓦の塊すら値段がつく資材なのだ。
刃物一つとってもそう。
鉄生産量が上がり、鍛冶職人が増えて、更に支配層の目をかいくぐり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そこまでしなければ、殺人道具は手には入らない。
であれば素手で殺すしかない。
少なくとも、多くに人殺したちにとっては、他に選択肢はない。
人殺しが一目置かれる理由。
それは苦労や投資に見合う評価だ。
そこで「人殺し」の勲章を手に入れた彼女の話に戻ろう。
とはいえ彼女は、それほど苦労した訳ではない。
彼女が殺したのは同じ貧民街に住む人型の屑。
どの女にも相手にされない馬鹿。
それに襲われた。
そこに別な、馴染み男が通りかかった。
二人で戦い、馬鹿は逃げず、弾みで殺せた。
それだけだ。
女の肢体に夢中で、殺さずに抑えようと必死で、まるで周りが目に入っていない間抜け。
とっさに示し合わせたので、かなり有利に戦えたし片もついた。
そして馴染みの男は、手柄を女に譲ってくれた。
馬鹿の持っていたナイフごと。
常日頃、馬鹿が見せびらかしていた貴重なナイフ。
それは貧民街の皆に、英雄譚を信じさせた。
男が企んだ通り。
馬鹿はそれなりに体格が大きかった。
馬鹿を利用する連中もいた。
だが、誰も文句は言わない。
女に負けた。
その一点で「いつ死んでもおかしくない馬鹿」は「殺された方がいい馬鹿」となったのだ。
おかげで彼女は貧民街で安全な立場になった。
「体格に優れ凶器を持った男を、素手の単身で殺してのけた女」
皆が讃えた。
野生動物と同じように、暴力がヒエラルキーを決める。
それが貧民街。
そうしてくれた男と彼女は仲良くなった。
いろんな話をした。
それは明日のはなし。
娼婦にはなれなくとも、娼館の用心棒にはなれるかもしれない。
女たちが中心となる商売には、男の立ち入りにくい場合もある。
人殺し。
それだけならいくらでもいる。
多数派ではなくとも、ありふれている。
男でも女でも、だ。
だが「男に勝った女」は少ない。
そうなれば名前だけでいい。
そもそも男相手に百戦百勝なんて、誰も思わない。
だから、強そうに見えなくてもいい。
「ああ見えて手を出すと痛い目を見る」そう思わせること。
それが彼女の武器。
それが通じるうちに、女を相手にする役目を得ればいい。
そうなれば彼女は、女を殴って男を脅し、楽に稼げるようになる。
二十歳を越えることも容易くなる。
市民権にだって手が届くかもしれない。
彼女は、男が何を言っているかわからない。
だが、従えばいいのはわかった。
45ACP弾が、少女の腹を撃ち砕く。
軍曹は見下ろしていた。
襲撃者。
軍曹より頭二つばかり、背丈が低かった。
それが幸いしたのだろう。
少女は小柄な体を屈ませて、一気に駆け寄った。
確かに視界に入らないわけだ。
下から突き上げる形で、まっすぐにプロテクターの隙間へ凶器を突きこんだ。
その小柄な体自体が、攻撃にふさわしい位置取りを与えた。
背面脇腹付近。
肝臓を背後から一突きにする場所。
「少女」と判ったのは、みすぼらしくはあっても小奇麗な服が女物だったからだ。
軍曹が放ったガバメントの一撃。
大口径拳銃弾は、華奢、というより貧相な少女の体内に止まったたまま。
体内でひしゃげて内蔵をかき回す。
すべての運動エネルギーを解放。
その衝撃で少女を、背後に吹き飛ばした。
もちろん致命傷。
だが、一面の死体に受けとめられたために致命傷以上の打撃は受けず、呻き喚く。
軍曹は苦笑を禁じ得ない。
ちゃんと即死させないように撃つ、自分の冷静さ。
なのにガキ一人の接近に反応しなかった、自分の迂闊さ。
あえてヘルメットを外した意味がない。
ヘルメットを被っていれば、不意討ち内を受けなかったかもしれない。
戦闘装備の外周マイク、そしてフィルタリングソフト。
うごめく生者のノイズから、敵対行動を聴き分ける。
その程度は、慣れれば誰でも出来ること。
むしろ軍曹は自分耳に頼った。
それなのに、聴こえた殺意を無視してしまった。
だから、一撃くらったわけだ。
これが魔法使い相手なら、軍曹は死んでいただろう。




