殺す側に産まれて
大変残念なお知らせです。
あなたは、こちら側に産まれました。
ですので、以下の問題にお答えください。
無回答も回答に含まれます。
制限時間は産まれてから死ぬまで。
回答結果は知りえる場所に設置されます。
さて問題。
10人が地獄で苦しみ抜くかわりに、他の全員が助かる。
全員で楽に死ぬ。
どちらが正義だろう?
自分で殺す。
他人が殺すのを見ている。
どちらが正しいだろう?
「それは誰にも決められない」と言ってなにもしない。
決断し自ら実行する。
どちらがアナタだろう?
軍曹はヘルメットを上げた。
タバコが欲しいな、と思う。
持ってないが。
軍曹はニコチンカプセルを使う気にもなれなかった。
悲鳴と負傷者が散乱する、隙間なく散乱する場所に立っている。
こういう時は、紫煙が必要なのだ。
軍曹だけではなく、異世界に乗り込んだ地球人は誰もタバコを持っていない。
異世界に持ち込めば銃殺だ。
もちろん「受動喫煙」などという迷信は関係ない。
異世界を征する基盤は科学。
それを指導する国際連合。
征したいのか、結果としてそうなるだけか。
軍曹には判らない。
だがいずれにせよ、非科学的な要素は除外している。
特に「軍事は科学」を体現する合衆国大統領にブレはない。
信じる、という性質が無いだけかもしれないが。
だいたい、何故思いこめる?
煙は約400~800倍に希釈される。
タバコの先から流れる、見方によっては有害物質。
科学的には薬効物質。
煙、副流煙。
口から吸うモノを主流煙。
その中に含まれる物質を比較すればいい。
副流煙の中に含まれる有害物質は、主流煙の最大でも40倍。
それが煙として希釈される。
単純計算で、400分の一になれば、0.1以下。
無風状態でこれだ。
が、空気の動きがない空間は、まずない。
もし人体に影響を与えたかったら?
火のついたタバコの先を、ずっとくわえて煙を吸引する必要がある。
薬効を受ける前に外傷を負う。
それでなお火を絶やさずに吸い続けれは、悪影響があるかもしれない。
それが可能な者が地球人類と同じ組成構造ならば。
無意味な迷信
――――――――――地球人には、だ。
しかし異世界生物は、その組成構造が判らない。
筋組織、神経線維、臓器や骨格、その動きは同じように見える。
実際に多数の実例を直視した限り、ソレに間違いはなさそうだ。
だが、細胞レベル、細胞核細胞膜遺伝子構造に至ると、曖昧にして推測ばかりが重なっていく。
衆参両院法務委員会主導の社会学的実験として推進されている「完全管理下における接触制限完全解除実験」に医学者生物学者遺伝学者その他理系が大挙して介入。
それこそ「地球人/異世界人間の交配により、受胎過程トレースを繰り返し遺伝的特性を比較し得るサンプルを確保する」という目的にすり替えてしまう動きが表面化しているくらいだ。
母体内の受精卵割着床プロセスを複数継続比較することにより、ゲノム解析より早く生物の特性を確認できるとかなんとか。
戸籍法国籍法などの改正案を早期にまとめたい議員たちは「10世代くらいで結論付けの方向性が見つかればよし」としている。
国家基本政策委員会を中心に、官僚に変わって政策決定に参画を始めた科学者たちの主流派が「10年以内に仮説の取りまとめ」を主張している。
蚊帳の外に置かれているのは、各省庁とその審議会に所属していた学会の異端者たち。
いずれにせよ、中心となる実験が進まないことにはどうにもならない。
ゆえに慎重にならざるを得ない。
地球由来の化学物質、いやむしろ地球生態系由来の自然物。
何が起きるか判らない。
薬効成分から予測可能?
そもそも竜が空を飛んでみせる世界だ。
生物学以前に物理法則に反している。
どんな法則が働くかさえ判らない
―――――――――――今は。
もちろん地球にいたとされる恐竜さえ、現代科学では存在しえないのだけれど。
恐竜が存在し得た理由は、未だに解っていない。
地球の重力下、浮力のアシストを受けられない地上で、巨大生物が存在出来たはずがないのだ
――――――――――科学的に。
化石がなければ「非科学的」「物理法則に反している」などと一蹴されていただろう。
あるいは
――――――――――魔法があったのかもしれないが。
まだ、判らない、解らない
――――――――――だからこそ開戦に先立ち、全ての兵器は動作テストを繰り返した。
1ヶ月かけて射撃、走行、飛行に航行。
M-14など主戦兵器への兵装転換。
実戦未経験の自衛隊にむけた予備作戦。
そう見せかけ、それも無くはなかったが、数百数千数万の機器が定説通りに機能するか確かめた。
そして今のところ、仮説は覆っていない。
地球上と同じ様に現代科学が反応する
――――――――――戦争を支える仮定。
つまるところは、それが科学。
すべては仮説であり、すべてを疑い続けるべし。
だから、軍曹の気分は叶えられない。
未だ、だが。
所詮は時間の問題。
そう豪語してはばからない。
科学者と、それを支える政治家たち。
時間の問題、つまり、いつとは言ってない。
タバコ一つを吸うために、十万年かかるかもしれないが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・などと考えていると、気を逸らすことは出来る。
聴かない訳にはいかないが、聞いて楽しい訳もない。
苦痛とも感じない。
それが唯一の救い、唯一ってところがツいてない。
軍曹の耳に響くのは、周りを埋め尽くす悲鳴と苦鳴。
互い違いに絶える間のない、声。
苦痛を吐き出し、助けを求める叫び。
そんなノイズを自然に無視。
異音だけを聴き分ける。
戦闘装備、集音マイクのフィルタリングではない。
軍曹はヘルメットを外し、背にしたままだ。
戦慣れが生む、自然なスキル。
まだ物陰で泣き声が聞こえる。
圧倒的多数の苦痛にまみれた叫びの中、端の方から聴こえる異音。
軽傷だったのか。
意識があるのは、確かだ。
意識だけなら、此処に転がる連中は、持っている。
だいや、苦痛に埋め尽くされたソレ。
気絶していないだけ。
意識とは言うまい。
泣き声。
きっと、思い出したのだろう。
自分たちは殺される側だと。
いつもいつまでも。
ついカッとなって、自分たちにも殺せるのかと勘違いしてしまった。
殺す側になれるかと、希望を抱いてしまった。
運の悪い奴がいたものだ。
希望ほど辛いものはない。
希に望めるそれだけで、叶うと誰も保証しない。
泣き声は、一生続くのだろう。
大半が悲鳴と苦鳴しか出せないものを。
それなら早く死ねるのに。
これから報われない生を過ごさなくてはならない。
とはいえ、それは結果に過ぎない。
憐れむ、憐れまれる。
それは逆だったかもしれない。
こと、軍曹と暴徒たちの関係だけで言えば、だが。
軍曹が八つ裂きにされる。
暴徒全員を恐怖させる。
12秒間で決まった、同じコインの裏表。
ほんの僅かな手違いで、順番が入れ替わっただけなのだ。
道は二つあった。
軍曹を殺した後に、暴徒は国連軍に殺される。
軍曹を殺す前に、軍曹に殺される。
どちらにせよ、彼らは死ぬのだが。
選べるのなら、望んでいただろう。
AC-130に瞬殺される、楽に死ねる道を。
そんな救済を軍曹が否定したのだ。
だから、彼らは地獄を感じている。
神を、天国を知る前に。本来的に宗教を持たない彼らが。
軍曹の意志によって。
軍曹は肩の痛みに気がついた。
うん、撃ちそこなったらおしまいだったかな、と。
やはりショットシェルは連射に向いているとはいえない。
それを押して撃ちまくった。
反動を逸らしやすい安定姿勢ではなく、連射しながら振り回して。
AA-12は工学的に工夫を凝らした構造で、発射の反動を打ち消している。
といっても、安定姿勢での利用しか想定していない。
ソレに加えて、熟練兵士にしかできないテクニックを加算
取り回しと発砲反動を同期させ、衝撃を全身に散らす。
ムチャもいいところ。
そんな曲芸が全部成功するとは。
まったく軍曹は運がよい。
それがいつまで続くやら。
それでも残った、身体の痛み。
これは使い方の問題としか言いようがない。
この戦闘記録は共有される。
開戦からこの方、すべての戦闘記録はデータベース化。
データ閲覧は日々勤務の一貫。
個々人、班から分隊小隊師団にいたるまで。
取り分け数少ないAA-12の戦闘記録。
駄目な例として、皆が知る。
そして
――――――――――皆が倣う。
海兵はそんな連中だ。
絶対服従と積極的反骨精神。
日々、殴り蹴り怒鳴るのは、人形を造るためじゃない。
人間を維持するためだ。
上官への反抗は、兵士失格。
上官への反発を失えば、兵士として欠落。
軍曹は、女の上官を思い浮かべた。
上官?
階級は上だが、指揮系統には属さない。
だが軍曹参謀委員会委員として軍を指揮する。
命じず、服従させず、問いかけ、誘う。
――――――――――メフィストフェレス。
もうAA-12に弾はない。
フルオートだけに、弾丸の消耗が早い。
弾倉一つ空にするまで6秒。
ショットシェルは大きい。
それを32発詰めた弾倉も、また大きい。
だから携行数は二つ。
部下、伍長も二等兵もM-14を装備。
弾丸に互換性はない。
もともと単独戦闘など想定されていない装備。
軍曹、伍長、二等兵の臨時編成。
屋外では伍長と二等兵のM-14が前衛で、軍曹のAA-12が突破役。
通りや路地、扉や壁をM-14の射程と貫通力で威嚇。
AA-12が接近して制圧する。
屋内では軍曹が前衛、伍長と二等兵が後衛から突入。
AA-12の散弾幕で廊下や戸口を制圧。
M-14で狙い撃ち、遮蔽物を抜き撃ちぬいて前進する。
そんな想定だったので、暴動鎮圧など考えない。
だからこそ、手持ちの装備でやるしかなかった。
最初から可能性を踏まえていたら?
相応の装備を用意し
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ないか。
UNESCOも国連軍も、暴動を鎮圧したりはしない。
AA-12が配備されたのも、限られた戦力で密度の濃い防御弾幕を造る為。
街を制圧するのは、想定外。
暴動が起きれば守りながら脱出するだけ。
暴徒個々になど目もくれず、街そのものを消滅させる。
その為の戦術、その為の装備。
その為に随伴車両いっぱいに積んだ、弾薬と予備銃器。
上空を睥睨すり爆撃機。
そして軍曹は、味方の支援を止める為に定跡を外した。
だから、何も、ない。
でも次回は、弾倉をもっと背負ってもいいかもしれない。
対人威力強化型のM72E10を用意して、12ゲージサイズ(約18mm)の小型榴弾を弾倉に詰めてもいいだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・次にやらかす機会が来ても、やっぱり一人でやらざるを得ない。
軍曹は弾がない銃を下げて、独り立つ。
死に逝く者たちの中、ただ独りの生者として。
部下の二人は使えない。
伍長と二等兵は館の中。
帝国貴族令嬢死守。
それは絶対条件。
国連軍の作戦目的なのだから。
作戦目的が危険になれば、危険になる可能性有り、と判断されればトマト祭りだ。
だから二人は外せなかった。
軍曹、一人の軍人がリスクを背負った。
自らの才覚能力を基に、作戦目的に寄与するために。
より大きな勝利のために。
そう言いくるめられなければ、この成果は得られない。
軍人は、命を賭けることなど許されない。
命は勝利の材料でり、消耗品なのだ。
だから部下たちには「顔を出すな」と厳重に命じた。
支援どころじゃない。
狙撃手である二等兵だけではなく、伍長にも。
館の三階から、軍曹が立つ場所、通りまで。
指呼の間に過ぎず、M-14なら軽く制圧範囲。
M-4の豆鉄砲と違い、元々400~500mが戦闘範囲だ。
M-16からM-4に至る小口径自動小銃。
それは合衆国軍が素人集団に堕ちた証明。
当てることなど見込めない、引き金を絞らず引いてしまう、海兵隊以外の数あわせども。
兵士未満で前線を埋める工夫だ。
兵士が銃を持てばスコープなどいらない。
三階から狙撃すれば、軍曹は死角を無視しても安心できた。
それがないから、死角と不安を無視したのだが。
そういう意味でも危なかった。
軍曹が前進した後、後ろに回り込まれる危険は常にあった。
暴徒の方が多数派なのだ。
大きな石やレンガ、門鉄柵の破片なので後ろから殴られたら?
間違いなく、戦闘不能。
即、トマト祭りだ。
だがそれを防ぐために部下が窓から支援すれば、その部屋が狙われる。
しかも手持ちの弾薬を消耗して。
当然、許可出来ない。
当然、兵士は命令に従った。
仮に軍曹が八つ裂きにされても、その最中であろうと。
絶対に命令を守る。
いやしくも海兵ならば、戦友の戦果を否定したりはしない。
ゴミ以下の感傷の為に、戦友を侮辱するなら自分が死ぬ。
もちろん除隊後に、だ。
海兵が部隊から脱落すれば、その場で戦って死ぬ。
殺されるまで戦果をあげる。
戦友とは友達や家族のような、その程度のなにかとは違うのだ。
その死を、最期を見守ったりしない。
そんな隙があるなら敵を殺す。
それでこそ合衆国海兵隊だ。
軍曹は視線を感じた。
パイザーを覗き、通信システムを視線で操作。
閉鎖モードに切り替える。
ECCM(対電子戦)用の、通信管制。
電波発信を最小化。
システムを全停止させる特殊部隊、異世界転移前のそれとは違う。
プロテクターはパワーアシストこそ無いが、通信系を切っても索敵システムがある。
視覚聴覚補正機能は切っていない。
電子機器である以上、電気的ノイズは避けられない。
だが、閉鎖モードにより通信は出来なくなった。
「いるんだろ」
軍曹は話しかけた。
ヘルメットを外しても、マイクは首もとにもついている。
通信システムは冗長性をもってよしとする。
意図的なON/OFFは電子戦の基本。
だからこそ、偶発的な切断など有り得ない。
そのようにシステムが組んである。
つまるところは同一機能を三系統以上用意しておく。
もちろん、今は敢えて、通信を切っている。
だが。
聴こえていない、はずがない。
マイクはプロテクター内側のドッグタグより音を拾いやすい。
「青い帽子にグリーンドレス、なぞなぞ大好き青い魔女」
異世界住民に聞いた、逸話。
軍曹は、呼ばれなくてもしゃしゃり出る、そんな悪魔に呼びかけた。
――――――――――軍曹は衝撃を感じた。
敗者を憐れむのは、勝者だけの特権だ。
勝利とは、敵の墓前で感じるもの。
それはつまり、早すぎた。
刺突の襲撃を全て、体の一点でうける。
姿勢を崩したまま、一発。
右手の背後からわき腹にナイフが突き立てられたのだ。




