人殺しである為に
"One murder makes a villain; millions a hero. Numbers
sanctify"
――――――――――Beilby Porteus(1731年~1809年)
和訳:一人殺せば「人殺し」とされ、百万人殺せば英雄とされる。数により聖別されるのだ。
――――――――――ベイルビー・ポーテューズ(1731年~1809年)
※英国国教会の牧師
軍曹が狙った通りにAA-12は稼働した。
25発のショットシェル12ゲージは、225個の弾粒を撒き散らしたのだ。
左右15mほどの範囲に広がった暴徒は、ただの死体予定者に成り下がった。
腰から下にかけて広がった弾幕。
上半身の重要器官は傷付けない。
それは主に声帯と肺は残るということ。
まだまだ人間の声がする。
誰にでもわかる、理解できる、伝わる、極限状態の声。
代わりに抉り裂かれた下半身。
逃がさぬように脚を潰す。
軍曹の作戦にとって、重要な要素。
腸は意外に丈夫なもので、大きな血管は傷つかない確率が高い。
斬り裂かれた細い血管から流れる血が、ゆっくりとした死を約束する。
内臓をやられた異世界人は助からない。
現代地球医学の支援を得られないから。
治癒魔法は内臓には及ばない。
魔法使いが内臓の機能や構造を知らないうちは。
だからその境界を踏み越えつつあるのは、黒旗団のような地球/異世界混合部隊。
人権という概念を見出していない人々。
人権という概念をON/OFF可能な人々。
だから一致して協力できる。
地球人軍医が異世界人を含む人体構造を解析伝達。
図解して、映像で、ホログラフで、解剖して。
治癒魔法使いたちは、実地で試して理解する。
切り開いて治して壊して、感覚を掴む。
まだまだ治療、つまり肉体を平常値に戻す段階までが実験、いや臨床試験中。
そこから先、肉体を平常値より底上げする技術は異世界人には、あまり試されていない。
常用する化学薬品と個々人向け薬物投与で、無薬物天然オリンピック選手程度の肉体には誰でもなれる。
もちろん、副作用などはないが、あくまでも地球人類が20~30年ほど前に完成させた技術。
異世界人にソレが通じるのかどうか?
興味深い問題ではある。
そしてそれは、これからの課題。
とりあえず異世界種族全般への処方箋が完成しているのは、自白剤のみ。
いわゆる一つの誤解が多くて聴こえが良くないドーピングは?
黒旗団では、特定個人軍医によるちょっとした処方箋が組まれている程度。
どんな失神状態でも瞬間覚醒させる薬物。
どんな痛覚もナノセコンドブロック&リバース。
各種取り揃えたマメシバ・カクテル!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72時間戦える、黄色と黒のドラッグは封印したとかなんとか。
そんなことができるのは、特定軍医の特定才覚ゆえではない。
対異世界接触規定が一番厳重な黒旗団ゆえ。
それは当然、例外だ。
それ以外の場所や状況であれば、絶対に逃げられない捕虜。
さもなくば、絶対に逃がさない捕獲対象者。
いずれにせよ、地球人の完全管理下における例外。
異世界全体に対して、地球医学の出番はない。
そしてそれは、決して非人道的な考えによるものではない。
むしろ珍しくも、一般的な感覚と一致するほど人道的に、相手のことも慮ってのこと。
そもそも構造解析すら終わっていない異世界生物。
それは竜や畜類だけではない
エルフやドワーフ、獣人に人獣、それらとは違い人間形態をとる多数派種族についても例外ではない。
「異世界人が人間かどうか?」
判断出来ないのは法律家だけではない。
生物学者も結論保留。
医学的処置など、完全に国連軍が管理出来る領域でないと試せない。
被験者が死ぬ、程度ではすまない。
生物個体とは、それ一つが生態系。
生態系の完全初接触。
これは地球でも繰り返されてきた、パンデミックの最大要因。
14世紀の世界交易がもたらしたペストの流行。
米軍の第一次世界大戦参戦が欧州にもたらしたスペイン風邪。
アフリカ奥地の開発で感染が始まったエボラをはじめとするウイルス性出血熱。
時に惑星総人口の20%を死滅させ(わずか数年で!)、より多くの後遺症を残し。
あるいは死亡率80%オーバーの「治療法がない」上に感染経路もあいまいな死病。
ある生物体内の常在菌は、その生物には害を与えず共存する。
そうでなければ、そもそも菌やウィルスは存在し得ない。
だから互いに適応するのだ。
それが未知の生物に対して破滅的疫病に成り代わる。
適応する前に、適応するための活動で宿主を破壊してしまう。
菌やウィルス、新たな宿主。
互いが互いを知らぬ故に、勝手がわからず共倒れ。
それは医学者であれば常識以前の基本認識。
例えば新種のウィルスが最悪の疾病を引き起こしたとしよう。
ウィルス対策者たちが真っ先に行うのは、宿主の特定だ。
生きた培養器が手に入らないと、その性質を解析できない。
破滅的な効果で次々と死滅する患者では、生きた病因を確保し続けられないのだから。
異世界で怪我人を見つけたから手当て?
英雄にでもなりたいのか。
数が聖別する英雄に。
それは血液を含む体液に触れること。
呼気や皮膚から浸透し接触し混ぜ合うこと。
互いに順応した同種ではなく異種間ということ。
科学的医学的人道的に有り得ない。
故にこそ、地球人は隔離政策を続けている。
国際連合規定。
禁を破れば、結果によらず銃殺だ。
一度目が無事に済んだとて、それはコインを投げるようなモノ。
繰り返せば、いつか人類を破滅させるのだから。
そして滅びるのが地球人類とは、限らない。
リスクは異世界側も同じ様に背負っている。
地球人の常在菌が、異世界人や動植物へのパンデミックを引き起こす。
異世界生態系の方が広く複雑な分、組み合わせ数が多い。
むしろその可能性の方が高い。
異世界を滅ぼしたくなければ、異世界人を助けようなどと考えてはならない。
異世界人「たち」を守るために。
助けられるなどと、想像することが罪である。
目の前の一人を見捨てる事が出来ない者に、世界を守ることなどできはしない。
国際連合の異世界に対する人道的配慮が誰にせよ納得いただける事例。
もちろん、異世界人は人間ではないけれど。
国際連合は安全保障理事会は地球(日本列島)しか守る予定はない。
それは事実だが「異世界社会が滅びると困る」とは少し思っているのだ。
いまのところ。
その、人道的配慮が人道的結果に至るまで。
あたかも非人道的に見える経過をたどる。
それはよくあることだ。
そしてそれが軍曹の周りで生じている。
長く長く、その場に止まる命。
永く永く響き続ける声。
死にゆく者たちは誰一人、状況を理解していない。
まだ全員は、死んでいない。
一人残らず、助からない。
だから誰もが、乞うている。
全員、死出の行進に放り込まれた。
まずは最初。
百人余りが残りの命を捧げて、喚きのたうち回る。
想定通り。
次。
軍曹は立ち上がった。
立射姿勢。
AA-12のストックを肩にしっかりと当てる。
標的は後ろから押し込まれてくる次の約100人。
進む彼らの足元を、のたうち回る人影。
同じ暴徒を、踏み砕いているのは彼ら自身も本意ではあるまい。
彼らが傷つけたいのは、普段自分たちを見く題している相手。
だが押し出されるままで、足元でのたうつ人影を避けもしない。
そこまで優しくする余裕はない。
それが自分たちの運命だと理解出来てはいないから。
少なくいない人数が踏みつけた仲間に脚をとられて転び、さらに後続から踏みつけられる。
同じ様に手足を折ったまま、悲鳴をあげて転がる。
まだ生きている、さらに声をあげる、地獄の苦しみを味わっている連中が増える。
そんな、軍曹からすれば望外のオマケ。
撃たずに、弾薬を消費せずに手に入れた悲鳴と苦鳴。
より多くの悲鳴を。
より辛そうな苦鳴を。
より大きな数多い助けを求める叫びを。
それは多ければ多いほど、大きければ大きいほど、より深刻であればあるほど効果が大きい。
地球人の神様は、働き者の味方らしい。
だからニート志願の軍政官が苦労する。
これから死体になる暴徒たちの前に塞がる障害物。
避けようとすればこそ、速度が落ちて散開できない。
いや、避けようとする判断が下せたのか。
銃すら知らない者たちなのだから。
軍曹は弾倉の残弾を叩き込みとどめを刺す。
適度に散らばり動きが遅い。
女子供が混じっているからだろう。
撃ちやすく、効果が上がる。
弾倉をリリース。
二つ目の、最後の弾倉を差し込んだ。
最初に25発、225粒。
次に残弾7発、63粒。
ドラムマガジン一つで、ショットシェル32発。
直径60cmの円形領域が32個花開き、その範囲に被った人間が致命傷を負う。
単純計算で横列20発で12mの阻止線を一丁で造る。
重複を計算して25発もあれば十分以上。
その間、5秒。
次の弾倉を射撃体制にして、すぐには撃たない。
暴徒全員、この場に居る者たちへ染み通るのを、待つ。
7.62×51mmNATO弾なら、一発で死ねる。
すぐ死ねる。
12ゲージショットシェル/バックショットでは、そうはいかない。
狩猟においてさえ、マグナム弾を使って拳銃で獲物にとどめを刺すほどだ。
絶対死ぬが、なかなか死なない。
死を、苦痛を、絶望を。
これから何が起きるのか、ほかならぬ自分たちに起きること。
目の前に広がる実例と照らし合わせて、誤解の無いように感じさせる。
それが生み出す。
深い深い、理解が必要な、真の恐怖が産み出す声。
それが作戦に必要だから。
視界に入るものは、全員殺す。
あるいは、軍曹が殺される。
ほどなく場が温まり、射撃再開。
胸より上、顔や頭に散弾域を寄せる。
とても簡単だ。
脚をとられて動きが鈍い。
距離を置いているために、誰も即死しない。
致命傷だが、悲鳴を上げる余力は残している。
助けすら求められる。
負傷者ばかりになれば、予定通り。
顔を抉り抜かれた死体決定者たち。
喚きながら暴れ狂う様は、誰をも怯えさせた。
軍曹と相対していたのは、千人あまり。
うち二割が壊され、崩れ落ちた。
暴徒たちに隙間が生まれた。
前が見えてしまう。
音が聴こえてしまう。
恐怖を感じてしまう。
それが判断、いや反応に至る瞬間。
次の次。
軍曹が歩き始めた。
血まみれのまま、必死に軍曹の前から逃げようとする、元暴徒。
今は長い長い、苦しい苦しい、死への道を這いずっている民間人。
彼らは視力を振り絞って、軍曹の道を開けることに成功した。
仲間の歩みの邪魔となり、軍曹を守ったその体。
軍曹の歩みを妨げず、仲間の地獄に道を開く。
それは、門の外にあふれた、暴徒とも怯える群衆ともつかぬ人々からもよく見えた。
まるで休憩中の騎士のように、散歩するように兜をかぶらない姿で軽やかに歩き進む。
動く死体のような血まみれ肉まみれ、泣き叫びながら、かろうじて人型をした群れが這いずって道を作る様。
館の周りにいたのは、千人のうち二割が負傷しても、周りの路地から次々と後続が現れる。
だが、もともと通りの埋めていた800人が下がり始めれば、後続も止まる。
路地の中、何が起きているか見えない裏道にも、臭いと音が流れ込む。
立ち止まれば興奮も止まる。
興奮が止まれば気が付く。
気が付けば広がる。
二百人以上の人間が残された命を振り絞る、長い長い断末魔。
責め苦に喘ぐ苦鳴に悲鳴。
とりわけ、必死に助けを求める叫び。
同じ境遇の仲間が、命をからして求める助け。
それが人々を、必死の逃走に駆り立てた。
群集心理は殺意に最も適応する。
向けること。
向けられること。
自分たちが殺されるための行列に並んでいること。
瞬く間に全員を、怯えさせ慄かせ、殺す側から殺される側へ。
少しでも、自分の番を遅らせるため。
誰かを突き出して、突き飛ばして、押しのけて。
死ぬ順番を、繰り下げる。
誰も前に進まない。
誰もが後ろに下がりだす。
誰もが誰かの道を埋める。
勢いを失って、逃げるに逃げ場がない暴徒。
門を出た軍曹はフルオートで撃ちまくる。
窮鼠の鼻面をたたき、怯えて逃げ惑う奴隷とするために。
ただただ殺されながら、見逃されるのを祈る屑にするために。
命の前に、体の前に、尊厳のかけらを踏みにじるために。
上半身を、胸から上を狙う。
顔がえぐられ、胸から血を吹き出し、足を必死に動かす。
見えやすい場所に作られる肉体欠損。
散弾で掠められた顔は醜悪だ。
顔は良く出血し、一番わかりやすい。
人が人の形をし無くなる様を、誰にでも一目で理解させる。
しかも声帯は無傷で、身体の重要器官も、相当長く持つ。
そして破壊された口蓋は良く響く音を流すことに長けている。
人とも思えぬ、人とは判る、音を永く大きく響かせる。
それはまだ生きている、恐怖爆弾。
人の心を砕くための、不可逆特殊加工。
脚を止めさせない。
動きを強いる。
逃げ惑わせる。
一人残らず、それに倣うように
――――――――――――――――――――――――――――――強いる。
抉られた顔を抑え、泣き叫び、脚力の限り走り回る。
視覚、聴覚に訴える。
さらに嗅覚にも。
血液、リンパ液、糞尿に涙。
撒き散らしながら、駆け回る。
地を転がり断末魔まで苦しみ続ける。
32発は6秒余りで撃ち尽くした。
もう、弾はない。
これで終わりだ。
軍曹のターンは終わり。
ここから先は、ずっと彼らのターン。
200人ばかり殺した。
800人ばかりは怯えさせたろう。
それだけだ。
現代地球と異世界の違い。
差、っではなく違いは、情報伝達能力。
情報の生道とは、全く無関係。
真偽問わず、伝達領と伝達速度、のみ、が桁違い。
200人の地獄送りを見た人間は、さて、200人に達するかどうか。
それを見聞きしていない者は、恐怖を体験していない。
AA-12の射撃時間は、〆て僅か12秒に過ぎない。
それを聴いてなお、街区を離れた安全圏で、何も見もしないで恐れるかどうか
暴徒は全部で5千人は下らない。
誰かが思い返したら?
ここから逃げ出した800人余りに押し返されただけで、反発して再突撃してきたら?
地獄に送り込まれた200人、その有り余る身内が探しに来たら?
死にかけてる連中を見て、恐れるより怒ったら?
そもそも独りで立ってる軍曹を、元凶ではなく通りすがりの獲物とみなしたら?
貴族や騎士を襲おうってやつらだ。
海兵隊のプロテクターは、さぞかし立派な獲物に見えるだろう。
そう、例えば100人ばかりの暴徒が再度結集してきたら。
軍曹の手持ち武器。
拳銃と銃剣。
45ACP弾は7発。
ガバメントは、敢えて抜かない。
ただ辺りを見渡す。
近くの苦鳴。
遠くの悲鳴。
足元にはゆっくりと死にゆく人々。
軍曹は、敢えて明るい側面を見ることにした。
暴徒、いや、群集は一斉に逃げ出したのだ。
広い通りから、足が動くものは一人も残っていない。
裏通りは血まみれた群集が逃げ惑った。
路地裏は逃げ込む人々で埋まる。
そう。
暴徒を片付けた、片付けられたとしても、それは手段にすぎない。
結局、200人は死に損かもしれない。
1万を超える街の住民全てと一緒に、ひとまとめに瞬殺された方が、良かったのかもしれない。
「25秒か」
軍曹と暴徒。
我らと彼等。
地球人と異世界人。
15秒づつと考えれば、及第点だろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、青い魔女が考えるか、どうか。




