修羅場
ドレスを落としコルセットを外した。
女奴隷が湯船に石鹸を解き泡立てている。護衛役の女奴隷は部屋の四隅で彫像のようだ。
「頭目」
衝立の向こうから野太い声。
「どうだ」
一糸まとわぬ豊満な女体を湯船に鎮めながら『盗賊ギルド』の頭目はうながした。
「桟橋あたりと倉庫街は片付きました」
元々がギルドの縄張りである港湾施設。
昨夜のうちに命じていた通りギルドの兵隊が抑えていたから、マシだった。
太守府から鳩で知らせを受けた『盗賊ギルド』。
私設信号台経由で伝えられた両替商。
早馬でやってきた廻船商人。
翌日(!)青龍が来ることは知っていた。
荒くれを集め。
私兵をそろえ。
私掠船員に武装させた。
口封じに走り。
帳簿を整え。
同業者を回る。
港をあげて新たな支配者を迎える為に。
港の値打ちを街をひっくるめて高める為に。
青龍に気が付かれないうちに踏みつぶされることのないように。
日が昇ると、世界がひっくり返った。
おびえた荷運び人足たちが市街地に向かう。
恐慌状態の船から奴隷や船員が逃げ出す。
錯乱した市民が荷物を抱えて街を走り回る。
喧嘩、略奪、流言飛語。
逃げ場を巡って、通せ通すな、殺さないと殺される、何が何だかわからない。
青龍の吐息一つで吹き飛ばされた。
ギルドは港に立てこもる。
両替商は私兵を倉庫へ。
廻船商はそのまま船に居座った。
「頭数はそろいました」
頭上すれすれを飛ぶ青龍の飛龍。
上からたたきつけられる頭目の怒声。
家がある者は命じられたとおりに逃げ込んだ。
路上に散乱する荷物。
略奪品を抱えたままやみくもに走り回る家なし。
港の外側で途方に暮れる住民。
「街中で外をうろついている奴は殺せ」
家がなければ市民ではない。
宿舎もないなら日銭稼ぎだ。
代わりはいくらでもおり、後には引かない。
「門外は」
「両替商が人をやってます」
いち早く市街に逃げ出したものの、陸側から飛んできた飛龍におびえ、内陸にも向かえない。
人手をすぐ動かせるからこその逃げ足、守るべきものの多さからくる立ち往生。
面識のある両替商の手代や私兵なら市内が片付くまで統制できる。
「ココと出迎え以外は全部いかせろ」
港こそが街の価値。
海龍から逃げ出した連中が来るとは考えにくい。
それでも万一も許されない。
だが、私掠船の連中で十分だろう。
「頭目・・・」
沈黙。
「青龍を名乗っておられましたが」
空から怒鳴りつける声は青龍の名で命じていた。
「急げ」
彼女は。
香油を注がれた湯船に頭まで沈めた。
【海上自衛隊護衛艦飛行甲板上】
俺の勘違いで馴染み深いがこれ以上深めてはいけない出来事が避けがたいかもしれないと思うのだが、気の迷いで出会っていけない二人が出会ってしまった幻覚をみるようになった可能性を保持しつつ、ヘリの回転翼が停止する音が聞こえるということは緊急発進脱出離陸不可能という幻聴まで始まったということになり、良く好く佳く善く見知った姿と声に驚愕する前にタスク処理が限界を超えフリーズした。
俺が。
しかも、いつもの香りは石鹸と肢体の香りで化粧っけのかけらもなく、唇の感触も昔のままだった。
コイツが。
「昔ってほどじゃないでしょうが」
「kwsk!」
【海上自衛隊護衛艦飛行甲板上/青龍の貴族の右横】
あたしには聴こえた。
声にならない悲鳴。
よーく、知ってる二人の。すぐそばで石になった妹分たち。
元凶の背丈はあたしと同じくらい。
黒い髪と瞳。
濃緑の服に見覚えがある記章と腰に銃。
突然、口づけとはね、青龍の流儀ってより、この二人の流儀?
まあ、いいけど。
あたしには関係なし。
後ろから睨みつける一団。距離を置く海兵。
青龍の女貴族。
二人目。同じ記章なら馴染みの貴族と同格か。
つまりもう一人の女貴族より格下、まあアレは別格過ぎるが。
口付けを受け入れた割に、冷ややかに女を見つめる青龍の貴族。
「ご紹介頂けますか?レディ?」
あ、いたのか。脇から自然に割り込んだ優男、オマケ
「これは手厳しい」
が女貴族の手をとり、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!」
関節をキメられた。触れる前に。
キメた屈強な老人は白髪に黒い瞳、褐色。青い帽子は青龍だが、衣装のデザインと胸の記章が僅かに違う。
女貴族は青龍の貴族の胸元から離れた。
「はじめまして」
あ、あたしか。興味津々、といった様子の青龍の女貴族(二人目)。
「コイツの女?」
周囲を見ていない。あ、あたしか。
「女の女です」
青龍はこんなんばかり?
「?」
まあ、判らないよね。
あの娘を指差す。
「あたしの主人」
青龍の貴族を指差す。
「あの娘の主人」
青龍の女貴族(格下)は、むーんとうなった。
「その子は?」
あたしは頭目の子供を抱いたままだった。この子は青龍の貴族の裾をつかんだまま。
「人質」
「はぁ!?」
女貴族(怒)は青龍の貴族を睨んだ。
「ちっ!違いますから!」
あの娘が慌ててわって入った。
「ご領主さまが親御様に頼まれて預かっただけです」
妹分。
「「ねえ様ヒドイです」!!」
妹分たち。
青龍の貴族はあの娘の頭をつかんだ。
「あぅ」
「彼女が現地代表」
妹分の手をとった。
「ひゃ」
「こちらが協力者」
あたしの肩を叩く。
「ふたりの姉」
以上オワリ。
「また、ややこしい」
女貴族は肩をすくめた。
【海上自衛隊護衛艦飛行甲板上/太守領軍政司令部先頭】
俺の危機回避本能がレッドゾーン。
あいつ、まあ、俺の元カノの左右には屈強な爺と細身のエルフ(美少年)。
後ろには野戦服の東南アジア系?と・・・甲冑姿のドワーフ他色々コミの現地人。
俺の左右には軍政司令部のメンツに、いつの間にか前に出てきた魔女っ子シスターズ。
背後は陸自から出向した自衛官、手持ちの兵士の半分。
軍政司令部の中には官庁から出向で俺の銃の暴発(誤射)に不幸にして巻き込まれた奴もいる。
ずっといたんだよ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・にらみ合ってね?
「ホワ♪ッチュア♪ネイム♪」
節回しがムカつくのはもちろん神父。返事を待たずに俺と元カノを指差した。
「二人はネンゴロ?」
ふりーよ。
「ん」
アッサリダナ!オイ!
「事前最中事後?Selection!」
だが、まだだ。動けばヤられる。
「・・・会うのは一年ぶりかな」
逃げやがった。
「HEY!元カーノ」
断定!
全員の注目が集まる。とっさに動きかけた俺には誰も気が付くまい。
本人(元カノ)だけが応えた。
「ウィ?」
いいんか!呼び名?
「バックメンズ、ホワーイ?」
俺も知りたい。
元カノは肩をすくめた。呼び名は構わないらしい。まあ、こーいうヤツだ。
「仲間?」
なぜ疑問形。
「部下じゃ」
右側。即断。日本語巧いな。
「臣下だ」
左側。断言。言葉以前だな。
(帝国最強を謳われた黒騎士団です)
エルフっ子が囁いた。左の奴らか。
「国際連合軍独立教導旅団」
元カノが名乗る。
「旅団長があたし」
右手。褐色野戦服マッチョ爺。
「インドネシア国家戦略予備軍改め国連軍少尉、アタシの副官」
左手。金髪に赤い瞳の細身エルフ。
「帝国軍から・・・アタシに帰順した黒騎士団、正式には黒旗団の副長」
何でそうなる。
「ホワーイ?シンカ?家臣?」
「我々は人に仕えます。家には仕えません」
エルフっ子、をチラ見。元カノ脇のエルフと見比べ。
やっぱりエルフは美男美女揃いか。
まあ、外見少年少女だけど。
「特に、この様な男の子供には仕えられませんな」
エルフ(美少年)に睨まれた。俺?
子供いないんですけど。っていうか、結婚の話もないんですが。
「団長たるアタシの子でしょうが」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
いや、なに言ってくれちゃってんのアマ。
「「は?」」
ハモったシスターズの小さいほうたち。
「わたくし達もアナタの子供には仕えませんから!」
シスターズの二人がいきり立つ。
いやいやいや。
っていうか、お嬢、誰かに仕えてたのか?豪商の娘だろ。
姉貴分に同じく頷いている魔女っ子。
まあ、就職先は選んだ方が良いけどな。
「コイツの子供だよ?」
コイツ??
「勝手にご主人様の子供を産まないでください!!!」
俺かよ!
「じゃあ十月十日後によろしく」
「ご主人様!」
「団長!」
何故かいきり立つ現地組。
「OH!YES!YA!YA!」
割って入る神父。
つーか、曹長も坊主もインドネシア少尉も知らんフリ。甲板上の海自隊員は・・・・・目を逸らしやがった。
「ハーレム!」
俺?
「逆ハーレム!」
「こっち?」
チッチッチッチッ。神父のドヤ顔。
盛り上がってまいりました!話進まねーじゃねーか!
勤務中だよ?みんな?
【海上自衛隊護衛艦飛行甲板上/青龍の貴族の右横】
あたしは諦めた。本来、あたしが口を挟むところではない、が。
「何しに来たんです」
「そだそだ」
青龍の女貴族、いや女将軍は手を打った。
「作戦指揮官は誰だ」
青龍の貴族がやっと口を開いた。
無表情で、どうでも良さそうにしていたが、自分にまつわる女と男の角突き合いは、十分理解したうえで、本当にどうでも良かったらしい。
・・・あの娘らも大変だ。
「アタシアタシ」
女将軍が手を上げる。説明したいらしい。
「今さ、休暇配置なんだ。休み代わりにのったり作戦中、海自サンはお手伝い」
「なにをしでかした」
「悔い改めなサーイ」
道化が便乗。女将軍は肩をすくめた。
「前線がお休み中、落ち武者狩りしてたじゃん?」
元カノが「おひさー」と手を振る。あの娘が慌てて一礼。この女が太守領に最初に来た青龍、か。
「上がったら、コイツら」
黒旗団を指した。
「と一緒に訓練がてら前線にね。まあ、帝国軍の前線から後方にかけて、威力偵察がてら捕虜奪還とかね」
肩をすくめた。
「余談でちょっとあって」
青龍の貴族をチラ見。貴族、無視。
・・・・・・・・・聞いて欲しいみたいだけど。
「何があったかっていうと」
「必要ない」
今度は女将軍が無視。
「陸幕と師団長を殺っちゃて」
青龍達が凍りついた。
「ヘイタイさんのランクなら将軍ねー」
OH~~~~~~と嘆く道化。
「ついカッとなって」
驚いた。あたしも。
口にした当人も冷や汗。意地になって言わずもがなな事を口にした自覚はあるらしい。
「理由」
「・・・後でね」
「今」
韜晦を許さない青龍の貴族。
「ナウ!」
便乗する道化。
「・・・軍規違反」
青龍の貴族は黙って睨む。
女将軍はうつむいた。本当に余計なことを言ってまで、気を惹きたかったわけね。
「僭越ながら、わたくしから」
副長のエルフが進み出た。女将軍がじたばたしているが、止めるかどうするか思い切れないようだ。
「よくあることです」
まったく、その通り。
聞いてみればなんて事はない出来事。そこから至る結末がとんでもない。
なるほど。
青龍はこの大地に求めるものがない。
青龍の世界、本土という、そこが快適で、ここで暮らしたいとは思わない。
そして、ココから本土には何も持ち込めない。
だから財貨に興味がない。得たとしても、居続けたくないココでしか価値がない。
つまり。
大陸での形ある物は無価値。
青龍の貴族や騎士達が、何でもない事物を観察し、あらゆる文献を記録しているのは、形がない知識だけは持ち帰り可能だからだ。
しかし例外もある。
青龍にさえ。
青龍一般(?)とは違い、一時の快楽を求める者。
女。
「戦死より感染症や防疫で死ぬ奴が多いんじゃがな」
褐色の老人が空を仰いだ。
青龍は圧倒的な力でほとんど自分たちの犠牲を出さずに一方的に殺している。
戦争しているが戦闘では、まず、死なない。
だから一時の禁欲を守って生き残るのが標準になる。
とはいえ、古今東西、性病で死ぬ奴が絶えないのだから、戦場以外で命をかける奴がいるのも不思議ではない。
青龍の言う『血の呪い』からすると意外、だが。
青龍、その貴族でも欲に屈する時がある。
コレは記憶しておくべきね。
「ヒャッハー!嘆かわしいデス」
道化が嘆く。オマエが?
とすれば道化が城の女たちに愛想を振りまくのは格好だけか?
「規律を無視した将軍達は街や村から狩り集めておりました」
戦利品として女を集めるのは帝国でもお馴染みだ。
恫喝や武力で集めるのも普通。
「無論、軍規違反」
青龍の軍規に血の呪い。つまり命の危険。
しかし、高官が無視するということは、軍律は権力で捻じ曲げるとして、血の呪いは言われるほど危険ではない?
「集められていたのは子供ばかり」
・・・・・・・・・まあ、無くもない。あたしはため息。
青龍騎士とあの娘たちは蒼白。
知らなくはない、にせよ、割り切るのは無理、と。
青龍一般と子供は感性が同じ、か。
「前線途中で奪還した捕虜と行軍中に村が襲われていてな。軍政地域以外なら放置じゃが」
青龍の老人も話に加わった。
帝国は青龍の情報を集めたい。一戦して一蹴されて以後、貴重な捕虜を大切に扱う。
帝国始まって以来じゃないかな。
「野盗、まあ敗残兵かと思って制圧すれば、陸自じゃ」
青龍の赤龍狩りはすさまじい。降伏か死か。
降伏しない限り立てこもった街ごと敗残兵を消し飛ばすことも珍しくはない。
副長のエルフが引き取る。
「団長が一人焼いただけで、あっさり白状しました」
あらら。
副長のエルフは侮蔑の表情。
「バーニング?」
女将軍は背を向け髪をいじっている。
「両腕両脚をへし折ってから質問したのですが呻き声だけで通しまして、そこまではよかったのですが」
まあ、兵なら普通は耐えるところ。
「ガンバッタ!カンドウシタ!」
「団長が油をかけ」
女将軍が魔法エルフを睨んだ。黙れ、の身振り。
「火を点けると良い声で鳴きましたから、以降尋問がはかどりました」
「ハカドッチャッタノカー」
「馬鹿!」
エルフの頭を叩いた。
「あーいいわよ」
向き直った。
「カッとしたのよ!」
・・・エルフを見た。
「今じゃないわよ」
「まあ、そいつ等も村娘や子供で楽しんでいたからの」
老人が口を挟む。
「あたしはクソどもを吐かせて、元凶の師団司令部に乗り込んだわ」
その地に駐留する青龍の兵士達は露骨に本陣から距離を置き、女将軍を止める者はいなかった。
「その司令部は・・・あー、そのまま2、3人殺したのが余計腹立つ」
お楽しみ、の最中に乗りこんだ、と。女将軍は本陣を制圧し、配下のメディックを使い将軍や軍監から全容を聞き出した。
「威力偵察であまり捕虜をとらなかったので、自白剤が余ってましてな」
老人が笑う。
・・・青龍の魔法薬は意志を奪い嘘をつけなくする。青龍自身にも効くのね。
「あれこれしてたら周りの部隊が動いてね」
堕落した将軍から離れていても本陣が制圧されれば無関心ともいかない。
「さすがに包囲されたから、詰んだわ」
3日ほど籠城したらしい。
「戦ったわけじゃないがの」
包囲軍も遠巻きにするだけ。将軍達はよほど嫌われていたようだ。
「団長はお一人で責めを負うと」
慌てて止める女将軍を、さらに止める老人。
「無論、そのような侮蔑は許されません」
「総員討ち死にの覚悟でな。ついでだから、人質にも使えん師団長や幕僚ども・・・村で捕らえた連中は、数km引きずったら動かんから放置・・・を吊し焼きにしてたらWHOの除染部隊が着いた」
「三佐か」
青龍の貴族の呟きに女将軍達が頷いた。
「なーんか、助かったのよね」
あの、留守番を押し付けられて、太守府に置き去りにされた、青龍の魔女。
将軍達に従った規律違反者や現地の協力者を捕らえ、司令部に押し込んだ。
「最後はナパーム」
骨も残らなかった。
「でまあ、良い見せしめになったから、宣伝する間、どっかいけ」
と、沿海部の測量調査作戦に放り込まれた、と。
「帰ったら少佐殿の子飼い扱いでしょうな」
老人の言葉にげんなりした女将軍。
「御命令とあらば我らは闘います」
胸を張るエルフ。
苦笑する老人。
頭を抱える女将軍。
「フン!」
パンッ!っと自分の頬を張った女貴族。
「さ、中で作戦を決めよ!紹介しないといけないオマケも」
さっさと背を向けて艦内へむか、
「ふぁ!」
った肩を引き背中から抱きしめた。
青龍の貴族が。
【海上自衛隊護衛艦飛行甲板上/太守領軍政司令部先頭】
俺がとっさに止めたら、ひっくり返りそうになる。相変わらず、戦場以外では鈍くさい。
こいつがホントに戦争英雄なのかと・・・格闘はかなわないけどな。
まあ、英雄ってだけで政治的アレコレを思いつく。
なにはともあれ。
「生きてたな」
片腕を付け直しても。
部下や臣下を背負っても。
三佐のオモチャとして政治家向けのツール扱いされても。
良かった。




