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国際連合統治軍。
その兵士の練度は高い、とまでは言えない。
そもそもが戦争と縁がない人生を送ってきた、これからも縁なく送る予定しか考えられない兵士が多いのだ。
戦争が日常化している国家など合衆国くらいであり、年中行事化している国々でも前線に立つのはごく一部。
兵器は自動化が進み、装備は機械化が進み、一人の兵士を戦場に立たせるためにより多くのバックアップが求められる。
現代軍隊とは、技術者と事務員の集団に戦闘技能者を加えた付け足したもの、と言っていい。
現在の地球先進国全般に言えることではあるが、自衛隊は特にその傾向が強かった。
現代に限ったことではないが、政治力の高い国の常。
半世紀ほど、国の内外に脅威を抱えていなかったからである。
歴史談義は置くとして、それが一夜にして脅威を全て取りそろえることとなってしまった。
異世界転移は潜在化していた問題を顕在化させるだけではなく、新たな問題を惑星一つ分生み出した。
なお、惑星一つ分というのは推計値であり、今後、上方修正される可能性がある。
そんな大問題の中の、小さくはない問題点。
とある国際連合占領地最北端の邦、の、話ではない。
増やし続ける占領地。
統治はしないが、接触干渉する機会の増加。
それに関わる戦闘任務。
銃を撃たなくとも、撃つ予定がなくても、武装が必要とされる作戦はすべて戦闘任務。
その中でも撃つ可能性がある、という困難な任務。
それをこなす必要がある国際連合統治軍。
最初から見敵、もとい、見味方以外必殺絶対確実全力斉射、な国連軍とはまるで違う。
そこで国際連合統治軍では二種類の部隊を用意して必要な部隊数を確保した。
確保しようとした、と言うべきか?
一つは多数。
練度が明らかに足りない陸上自衛隊一般隊員に選抜隊員を付ける。
部隊としての背骨を通すことで、案山子としての役割を負わせる。
二つ目は少数。
在日米軍を中心とした、元々戦闘経験が豊富な各国軍。
異世界転移後に経験値を積んだ陸上自衛隊の精鋭部隊。
本来の前線からやむを得ざる範囲で抜き出す火消し役。
四月。
先月、投石を受けたのは国際連合統治軍、その少数部隊だった。
穏便に片づける為に部隊規模を抑え、不測の事態を未然に防ぐために精鋭をそろえる。
そうした意図にあわせ、予定通りに時間をかけた万全の体制で作戦を発動する。
まるで演習、いえや、演習ですら実現しないような理想的軍事作戦。
現地異世界住民との接触にかかった時間をそのまま準備時間にも充て、しかも交渉を予定通りに妥結させた。
作戦指揮を執った軍政官。
彼女の有能さは誰にも否定できないだろう。
それが原因だったにしても
・・・・・・・・・・・・結果論で功罪を語れば、人類文明自体が成り立たない。
故にそれは、残念なことだった。
誰かにとって。
投石には誰もがすぐに気が付いた。
銃撃と違ってモーションが大きいので、気づかないほうが難しい。
とっさに統治軍兵士の一人が銃口を向けた。
他の統治軍兵士たちはバックアップと全周警戒に別れる。
住民たち、投石者近くで事態に気付いた者たちが、凍りつく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、すぐに銃口を逸らせた統治軍兵士。
住民たちも、戸惑う。
石を投げたのは子供だったからだ。
現代先進国出身の地球人には、子供に銃口を向けることに罪悪感がある。
しかも自衛官となればなおのこと。
実戦はおろか対ゲリラ戦などの経験がなく、想定すらしていないのだから。
一方の異世界側は大人/子供という概念が未分化だ。
地球の中世、あるいは現代でも近代化が及んでいない地域と同じように。
産業革命が起これば機械の重要要素、その一部として、人間が価値を持ち始める。
産業化を支える人口移動が都市化を生む。
農村部の地縁社会から流出した人々が代わりの帰属組織を求める。
そのモデルとなるのが、都市富裕層の氏族社会。
見よう見まねで小さな氏族が生じる。
血縁を核にして、家族が芽生える。
そして何がしかの偶然が重なれば、子供という概念がうまれるだろう。
地球人類準拠で考えれば、800年以上後の話だが。
それは未来、必然性のない可能性。
しかもそれとて子供を守るものではない。
家族という氏族の、または村落という地縁の集団。
それが保有する資産としての子供。
それはあくまでも物だ。
生かされ、殺され、売られて、買われる。
奴隷というカテゴリーとは違い、自分を買い取る権利はない。
だからといって、不幸不遇ではない。
馴染みの道具のように、愛着を抱かれることもある。
大切な猫のように、庇われることもあるだろう。
つまり、結果以前のところで、認識が一致しない。
異世界と地球。
銃を向けられた側と向けた側。
住民と兵士。
概算千年の差。
個人の概念が生まれて、定着し、幾多の偶然が現代風の子供を創るのかどうか。
出来たとして、定着するのか普及するのか。
子供という概念。
地球の実例で言うなら、それを抱くのは地球人の極々一部。
先進国、一番豊かな一割程。
その、極々一部に概念が定着したのは、20世紀末。
普及であって定着ではない、という見方根強いくらいだ。
現代地球の先進国限定感覚子供という概念。
今、それを知らない異世界の大人にあたる人々。
当然に異世界の人々は「投石した子を保護しよう」などとは感じない。
かれらが子供に注ぐ視線は、弱者への侮りと憐れみ。
ただ、だからこそ、大目に見る。
見下しているから、相手にしない。
そういう感覚は、ある。
地球人と異世界人の行動が、一致を見た。
動機は全く逆だが。
双方の前にいる、石を投げた子供。
おそらくは、10歳前後の背格好。
性別は今にいたるも不明。
つまり富裕層ではない。
生産力が低い時代。
性差を明確に意識した服装は、富裕層だけのものだ。
ジェンダー、性差による分業。
それは組織にしか意味がない。
ましてや、装束を標識化し分担序列を造るなど、富裕層以外にはなし得ない。
組織が未分化な村落や、組織自体が存在しない貧困層には必要がない、ともいえるが。
都市では富裕層の動きを中間層が模倣している。
だが階層を下げるほどに、余裕が無いために性差が曖昧になる。
彼らが性差を、ありとあらゆる差異を、明確化し始めるまで最低500年はかかるだろう。
地球の例を適用すれば技術と富の蓄積が標準化の余地を生む。
標準化が分業を推し進める。
それが生産性の向上を招き、サイクルが回り始める。
いつかブレイクスルーに至る。
それは、産業革命だった、と言われることになる。
なにもかも終わってから
――――――――――自然にステップを踏めば、だが。
それが中世、つまりは異世界。
命をかけて豊かになりたい人々。
対照となる地球現代先進国。
棄て続けることで生き延びる人々。
現代地球の先進国で起こる、性差の曖昧化、中世との逆転現象。
つまりは過剰生産社会で、効率が無意味になったからだ。
在り余る生産を破壊することに狂奔する社会。
少しでも効率を落とすために。
僅かな無駄でも積み上げるために。
溢れる豊かさに押し潰されないように。
ただただ、歯車を止めないために。
止めたことがないから、止められない。
何が起きるかわからない。
もしも、万一、仮に産業の歯車を止めて
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何も不都合が起きなかったら?
最低100年の愚行が明るみに出る。
犠牲は無駄死となり、努力は徒労でしかなく、功績は悪行となり、進歩は妄想になりはて、倫理の多くが戯言でしかないと見せつけられる。
それが怖くて止まれない。
数千年の人類史、その真新しい百年あまり。
無駄ならまだいい。
ただの浪費と、愚行の沼と、知ってしまえば終わってしまう。
豊かさに溺れる者たちの、必死の足掻き。
歯車を回し続ければ答えから逃れられる。
心が休まるわけではないけれど。
そんな二つの社会を跳び越えた、石。
有無を含めて動機も判らず、身元があるかも判らない。
無名の子供。
投げた石は統治軍兵士の足元を転がった。
そして向けられた銃口。
向けられた側に、その意味は判らないだろう。
帝国軍関係者以外、銃に関する認識はあいまいだ。
だが、敵意の向きは悟った。
彼我の力関係も。
それは弱者の習慣。
強者を見分けて、様子を窺う。
ならば何故、だが、それを確認する方法はない。
子供はそのまま、逃げ出した。
統治軍兵士たちは、肩をすくめて通常配置に戻る。
ここまで15秒。
異世界住民たちの間を縫って、逃げ出した子供。
住民は誰もが相手にしなかった。
大半は何が起きたか知らない。
見ていたものも、無視。
二投目にかかれば、そうはいかない。
蹴り倒して肋か手脚を折って、死ぬまで捨てておく。
身の程知らずの野良犬扱い。
だが今回は、舌打ちで済ませた。
わざわざ手間をかける値打ちもないからだ。
「相手はたかがガキ一匹」
「手間暇どころか、怒鳴りつける値打ちもない」
そんな、認識だ。
子供は人垣を抜け、通りから隠れる路地の入口にたどり着いた。
その中に入れば逃げ切ったと思えるだろう。
ここまで、また、15秒。
互いに15秒づつ与えられていた。
SIREN発動。
安全化措置命令。
射界にいる地球人以外。
陸上自衛隊標準戦闘装備。
フェイスカバーの裏側、パイザーを通して映る異世界の街並み、人々。
隊員たちには、味方以外の全員がマークされて見える。
それは標的割り当てキルマーク。
個々の兵士が撃つべき標的。
哨戒気球、偵察ユニット、車載索敵機器に兵士個々のカメラ。
それらが索敵情報を集め続け敵味方の位置関係は常に最新。
指揮車両内の管制システムが、索敵情報をもとにして最適の標的割り当てを行う。
それは彼我の移動や気象状況や時刻による日照の変化も含めて計算し常に管理・分析・更新。
その作業は自動化しており、時には外部、千km以上離れた上位システムのバックアップを受ける。
そうやって常時作成され続ける、射撃データ。
非表示にされていたそれが、切り替えられたのだ。
通常は兵士に注意喚起を示すだけ。
脅威判定、撃つ撃たないは現場指揮官と兵士が判断する。
だがキルマークならば、撃つ。
そこには既に判断が含まれている。
もちろん、あくまでも目標割当、指揮管制システムに過ぎない。
勝手に腕や指尾を動かして引き金を絞らせたりはしない、出来ない。
銃を、銃口を操るのは一人一人の兵士だ。
そして彼ら彼女たち。
みな反射的に撃つようになるまで訓練される。
先進国の軍隊、標準基準。
人の意志を介在させない、機械化と反射化。
それは法務将校おすすめの作戦システム。
射撃命令を下したのは、誰か?
システムエンジニア。
プログラムそれ自体。
交戦規定作成者。
あるいは交戦規定そのもの。
その場に居合わせない人物かその場にあったシステムか。
それは誰にも判らない。
法律家が、軍の弁護士が喜ぼうというものだろう。
もっとも全標的全力射撃なんぞ、システム上在るだけで使われない設定。
そこまでされたら、辣腕法務将校も困るだろう。
政治取引が必要になり、事務屋の手を離れてしまう。
もっともそれは、昔懐かしい地球時代の話ではある。
だが戦闘装備はみなその当時のものだ。
ゆえにこの時、この瞬間。
作戦指揮官である軍政官は、なにも命じていない。
投石の事実すら知らなかった。
些細なこと、兵士たちの認識上で何秒か程度のことだからだ。
統治軍兵士の一人が住民の投擲動作を確認。
他の兵士が所定の動作に入る。
銃口を向けた時点で子供と判断し、銃口をそらす。
投げられたのが、小石と判断し銃を下げる。
石の的になった兵士は軽くかわし、近くの下士官に一言、報告。
何事もなし。
見ていた下士官も、黙認。
固まった子供から、視線を逸らした。
うせろ。
記録に残らぬように態度のみ示す
――――――――――それだけだ。
一々、士官以上に告げる内容ではない。
だから、下士官の判断で警戒解除。
部隊指揮中枢は何も知らずに終わる。
故に上位指揮系統の介入を招いた。
SIRENを発動したのは、軍事参謀委員会参謀
―――――――――――――――――――――――――――――統治軍兵士たちは撃ちながら思った。
何故だ?
もちろん訓練済みの兵士として、理解する前に体が反応した。
12.7mm砲弾20発以上。
石を投げた子供を血骨肉片に変えた。
指揮管制システムが、M-2重機関銃の射手に割り当てていた、最優先目標。
もちろん徹甲砲弾は子供の前後にいた全員を砕いたが。
統治軍兵士たちは照準割り当てに従い撃ち続けた。
射線上に人影がなくなるまで30秒。
後方からバックアップの兵士が駆け寄り、前衛の空弾倉を交換していく。
そこから先は、お馴染みの情景。
ただまあ、もともと予想外の掃討作業。
居合わせた統治軍兵士の人数が少なかった。
よって銃剣刺突、死亡確認は省略された。
いずれにせよ皆殺しなのだから、慈悲をかける必要もない。
以後はAC-130スプーキーⅢのエスコートを受けながら撤退。
路面は最悪だったが、捕虜を含めて乗車中。
その程度のギャップは、96式装輪装甲車(Ⅱ型)や軽装甲機動車にはとるに足らない。
とるに足る瓦礫は、車列が達する前にAC-130スプーキーⅢが吹き飛ばした。
AC-130スプーキーⅢを路面整備に使うというのはぜいたくな使い方だ。
異世界転移前であれば考えられない。
だが、この時この場では暇を持て余していた。
直ぐに掃討を終えて、砲身も爆撃装置も空いたのだろう。
とはいえ、積み重なった障害物の大半は元人体。
吹き飛ばすほどのことはなかったかもしれない。
もちろん、移動はともかく後始末は煩雑だった。
大変だった、とは言えないが。
車体は全体的に、除染作業。
特に下部は駐屯地に戻る前に洗浄する必要がある。
元生体の残骸は感染汚染原因リスクと見なされるからだ。
駐屯地のはるか手前の洗浄スポット。
洗浄跡は焼却して始末。
普段、駐屯地と異世界との出入りにおいてはここまで厳重な対処はしない。
せいぜい足回りを水で流すくらいである。
洗浄スポット後方の待機場で車体変更。
外部で乗り回した車両を憲兵と整備班にゆだねるのはいつもと変わらない。
捕虜の帝国貴族と同行者はまた別に、軍事参謀委員会肝いりの部隊に引き渡された。




