みんな、等しく、価値がない。/Here you are all equally worthless.
――――――――――絶望を吹き飛ばした偶然の好機。
それが単なる偶然だと、強調しすぎるということは無いだろう。
令嬢自身が、それを一番強く自覚しており、周りもそのことに触れないように最善をつくしたくらいには。
その、実力や努力とは無関係に生じた、積み重ねも準備もない好機
――――――――――UNESCO調査団来訪。
一週間前、令嬢は、その知らせに跳びついた。
浮かれて焦り、無理を押して危険を犯した。
匿い主に強要し、裏付けを取るためにメイドに執事を走らせ、根拠が無いままに類推を続けた。
希望に眼を眩ませて、危険や齟齬が見えにくい。
承知の上で、見えない破滅が、判らぬままに近づいてくると感じながら。
なお
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・希望が高まるからこそ、苦しんだ。
そして10分前。
Dr.ライアン来訪。
――――――――――――――――――――――――――――――ついに成功!
それは令嬢の人生で、一番の喜び。
これまでも、これからも。
もちろん、周りに悟られぬように
――――――――――降伏を驚喜するなど、格好がわ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つかなすぎる。
そこから流転が始まる。
僅か10分間で、逃げ続けた三カ月より激しく。
青龍に降伏を受け入れられた10分前。
令嬢は人生を賭け、賭けに勝った。
令嬢は、それで終わったつもりだった。
もちろん、不安が無いわけでは、無いけれど。
まるで陽が昇るように現れた、侵略者。
それに身を任せる、そうせざるをえない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恐ろしく無いわけが、ない。
青龍の残虐さは、令嬢も聴いていた。
逃亡しながらでさえ、帝国関係者は情報交換を怠らない。
風説、異聞、捏造に宣撫が交差する戦場。
しかも敗走中。
何が事実か見極めねば、自分も他人も危ない。
だから知っていることでも再度聞き、精度を高めて作戦に生かす。
作戦とはもちろん、帝国軍とは別の、個々の氏族による撤退作戦のこと。
誰かが北に行けば、自分は南に進む。
誰かの布陣が判れば、互いが互いを囮にできる。
誰かが消息を絶てば、誰かが役割を引き継げる。
誰が逃げ延びられるかわからない。
だから知ることを共有する。
そうすれば、どこか一組一人が帰国するだけで、大勢が集めた情報を帝国に伝えられる。
だから令嬢も、この街に閉じこもるまでは、それなりに状況を聞かされていた。
特に、敵については誰よりも。
一行の中で一番重要人物。
故に一番生還率が高い。
だから帝国が必要とする情報を、特に令嬢に集めていたのだが。
そしてもちろん、役割分担でもある。
撤退作戦そのものには役に立たない。
だから、逃避行に直接的な関係がない情報の集積役にされていた、ともいえる。
そんな令嬢が抱くイメージ。
敵、青龍について知りうる知識から導かれた結論。
青龍は、誇りも名誉も認めない
――――――――――これほどの非道があるだろうか。
それは戦場で見聞きされた、僅かな話の共通点。
青龍と戦って、逃げ延びられた者はいない。
だが、虜囚となったモノを望見した領民は多い。戦場近くに住んでいたために、見ないようにしても聴こえてしまった者もいる。
青龍は、捕虜をとる。
それは格別おかしなことではないが、その扱い方が常軌を逸していた。
そう感じるのは、令嬢だけではないだろう。
青龍の、やり口。
貴族も騎士も兵士も、勇者も卑怯者も、なにもかも平等に扱う。
経歴も、技能も、愚かさも賢さも、なにもかも目に留めさえしない。
人が蟻を見下ろした時、等しく扱うのとおなじこと。
青龍は、誰も彼も、まるで差をつけない。
つまりそれは、みなを否定している、ということ。
一纏めに、一律に、同じように無視。
そも剣を交える前に、干戈を交えて尚ことが決する前に、降伏を命じる。
それが当たり前で、支配者として下命する。
戦う前も、戦っている間も、勝敗が決した後も
当たり前に命じる。
戦う前から見降ろして、戦いながら見下して、討ち倒してなお相手とせず。
まるで世界とは、自分たちが支配するものであるかのように。
まるで世界はそうある、と、知っているかのように。
ただ服従を命じて、兵たちに誉を差し出させる。
奪われるならば、仕方がない。
捕らえられるなら、やむを得ない。
殺されるなら、僥倖だ。
そんな慈悲をかけたりはしない。
それが青い侵略者の、侵略者たる所以。
まだ戦えるうちに。
まだ抗えるうちに。
まだ意志が在るうちに。
あえて、自ら差し出させる。
命と引き替えに、命より重んじるべきモノを、差し出させる。
戦う前、抗う前に、天蓋の果てから見下す。
その様を見れば誰もが声を聴くだろう。
判りきった未来に至る前に、出来ることをするがいい。
踏みにじられる前に、地に伏して地を見つめろ。
貴様等に相応しく在るが良い。
ただ一方的に降伏を命じるより雄弁な、声の後ろにそびえる言葉。
それは、傲慢か、驕慢か、世界の化身たる自負か
――――――――――狂っている。
財貨や土地を手にするよりも、意志と矜持を欲している。
行いではなく、心を否定して破壊しようとする。
令嬢からは、まるで、そのように見える。
だからこそ、征服者に非ずして、侵略者。
征して服従させるのではない。
侵してのみ込み、あらゆるすべてを略のだ。
殺して壊して奪って滅ぼす、のではない。
殺しつくし壊しつくし打ち棄てて、無視する。
それは、その在り方は、おぞましい。
令嬢だけではなく、ソレと言わずとも、多くの者が怯えている。
殺されるだけでは済まない、と。
ただ、おぞましいだけであれば、令嬢は降伏しなかっただろう。
おぞましい、だからこそ、羨ましく妬ましい。
そうあるを欲する衝動が、深遠に自ら飛び込むような、蠱惑をうけなかったのか。
降伏するより仕方がない
――――――――――それを喜ぶ情動が、なかった、のかどうか。
だか、令嬢は、まだ、それを見つめる必要はなかった。
狂喜を隠すあまり、まるで何も見えてなかった。
そして、喜びが去った後、失望を通り越して絶望、となればそれどころではない。
さきほどまでは、そればかりだった。
破滅の姿は、見えていたのだ。
そう、令嬢は思っていた。
そもそも何故、隠れ家に青龍が直接単身やってきたのか?
後から来た青龍の騎士たちが、令嬢のことを全く知らないのは何故か?
青龍への仲介を頼んだ有力者は、何をしているのか?
まったく考えず、ただただ喜んでいたのだ
――――――――――さすがに、態度にはださなかったけれど。
そして、身を斬られるより辛い自己嫌悪も、隠し通した。
そのつもり
――――――――――貴族とは辛いもの。
そう、仕える三人は涙を抑えきっていたが。
そこまでならば、単純な話。
未熟者が、ぬか喜びに気が付いて、絶望に至る。
良くある話だ。
それで終らなかったのだが。
「ないゃむはぁ?(泣き止んだ?)」
軍曹は、Dr.ライアンを手で制したまま。
顔を掴んだままともいう。
余計な一言を発せないようにして、令嬢に視線も向けないようにした。
捕虜とはいえ、いや、捕虜だから見張らないといけないが。
仕方がない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・軍曹の中では。
そう。
勘違い。
実際は泣くどころじゃない、涙が吹き飛んだ令嬢。
数ヶ月の辛さを凝縮した十分。
恐怖。
歓喜。
絶望。
(青龍は、憐れんでいる、わね)
令嬢を、ではない。令嬢を殺しにやって来た、街の者たちを。
令嬢も青龍も一緒に殺そうとしている、愚か者たちを。
赤と青の龍を敵に回し、それと気付かぬ無知なる者たちを。
もちろん、哀れでは、ある。
青龍の騎士が殺されて、街の者たちも死ぬ。
早いか遅いか。
憐れんでもいいが
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だけれど、違う。
令嬢は正面から見た。
Dr.ライアン、は悪戯っぽく。
軍曹は頷いて。
その笑顔は、死に逝く者、ではない。
それが、困惑。
死を覚悟した、帝国貴族令嬢が最後に至った感情。
軍曹はひとまず安堵。
捕虜御一行、まあ、少女たちが泣き止んだ。
あとは執事らしき若僧にでも、なんとかなるだろう。
だから、次の安堵を探らにゃならぬ。
『ホーヴァス』
軍曹を呼び出すミラー大尉。
「ミラー大尉」
上官の言葉を遮るなど、有り得ない。
だから軍曹は聴こえなかったふり。
『なんだ』
ミラー大尉は聴かれなかったふり。
「5分ください」
『10分やる』
説明しろ、ということ。
「Big noseをお任せします」
Big nose。
AC-130スプーキーⅢガンシップ。
その原型であるC-130ハーキュリーズ輸送機のニックネーム。
「Dinkは自分が片付けます」
Dinkはベトコン改め敵を見下した俗称。
『Fugazi!Gunny?』
「Leather Neck」
『Number ten』
「ゲストは二人に」
『One thousand』
「逝きます」
『死んでこい』
「『海兵万歳!!!!!!!!!!』」
某所。
それを聴いていた軍事参謀委員会参謀たち。
近頃珍しくもある事態に気が付いた。
途中からではあるが、興味を惹かれてチェック中。
一人は将官。
いったい何を聴いているのかわからない。
僅かに聞き取れる範囲では、何か始めようとしている、とだけしかわからない。
スラング交じりの会話は、ありがちではある。
だが、それはまるで暗号だ。
デカイ鼻を任せる。
ヂンクを片付ける。
意味不明。
レザーネックは、海兵隊のことか。
十番目?なんの?
ゲストは、捕虜のことか?
なら、四人だろう。
一千とはなにか?
最後の挨拶は軍隊共通の合言葉。
意味の有る物じゃない。
そして、判らない、と判断できる以上、対処しなければならない。
幸いに、その事態が生じるまで何分かかかりそうだ。
それなら手はある。
近場の米軍将校を呼び出して、通話記録を通訳させればいい。
同じロシア人通訳では、末端兵士のスラングを解釈させるには心もとないから。
いや、すぐにSIRENを鳴らすべきか。
その動きを、佐官が止めた。
同じ参謀の肩書きを付けた、彼女が。
「知らないほうがいい、ということもありますわね」
そして、軍曹の目の前。
令嬢には、信じられなかった。
困惑ではなく、驚愕。
何故か、耳に覚えがない言葉が、解った。
判らないのに、解った。
それは最初から、だけど、疑い始める。
自分が聴いたことは、伝わってきたことは、正しいのだろうか?
魔法翻訳。
令嬢の心に伝わった意味。
通信機を身に着けていなので、会話は判らない。
軍曹が話した事しか聞こえない。
「飛竜に攻撃をさせないでください」
「その間に暴徒は自分が何とかします」
「我々は海の騎士団です」
「騎士二人に捕虜は任せます」
「なんとかします」
「騎士団万歳!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・意味は、解った。
つまり、青龍は暴徒を街ごと焼き払うつもりだったようだ。
軍曹たちの様子を見るに、この館や広場にいる者を傷つけない、そんな焼き方があるらしい。
魔法かもしれない。
令嬢は魔法使いではないし、青龍は既存の魔法使いとは違う。
彼等ができると思うなら、それはできるのだろう。
それで納得はできた。
それはいい。
それができるなら、誰もそれをためらわないだろう。
令嬢なら、ためらわない。
でも、ためらうどころじゃないことを、言っている。
あきらかに、軍曹は
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それを、止める、と。
止めた上で、暴動を独りで解決する?
と言っているようにしか、思えない。
どうやって、よりも、令嬢が気になること。
なぜ?
まるで。
まるで。
(殺したくない、と、か)




