生きて虜囚の辱を受けず/Yes,grandma!!
異世界海兵隊スラング
「Yes,grandma!!」
:異世界転移後の合衆国大統領(元駐日大使)が高齢の女性であることに引っ掛けた造語。
本来なら「Yes,ma'am!」
軍曹は合衆国海兵隊の気質を一通り罵った。
「なんで、こいつらは言うことを聞かないのか」
と。
いや、実際はそうでもない。
死守しろ、と言えばする。
突撃しろ、と言えばする。
死んで来い、と言えば死ぬ。
だがやっぱり、言うことを聞かない。
待機していろ、と言えばうろつく。
逃げ延びろ、と言えば進撃していく。
生き延びろ、と言って生き延びたためしがない。
まあ、生き延びろ何ぞと言うのは、偶に紛れ込むマヌケな民間人だけだが。
だから全く今回も、自分たち個々人の安全に関わる指示は無視していた。
いやむしろ全員、全力で反対方向に突進していた。
「殺すための配慮をしても、殺されるための配慮が必要ですか?」
などとのたまわったのは、とあるインドネシア国家戦略予備軍の老人であるが。
本来であれば、海兵隊全員に黒い毛染めが配布済み。
開戦半月前から繰り返し繰り返し説明されていたこと。
ホワイト、ブルーアイズ、ブロンドは異世界人の最大多数。
遠距離戦闘中心の国連軍。
敵に間違われないため、黒髪に染めるのが推奨される。
この当時は、毛染め率が50%はいただろう。
味方に殺されちゃ堪らない。
合衆国海兵隊にはなじみ深いM-14は、国連軍の本隊たる自衛隊員にはほぼ初見。
慣れない武器を抱えさせられた、未戦闘経験者の集団。
気を使わせて、負担を強いるべきではない。
皆がそう考えたからだ。
どうせフルフェイスメットを外したりしない。
Friendly Fireなんかようあるよくある。
こまけーこたーいーんだよ。
責めない責めない。
などと考える者も、同数以上はいたが。
その後、黒髪鬘が大ブーム。
なぜなら作戦の進展に従い、敵の様子が判ってきたからだ。
敵は黒髪黒瞳を基準に地球人を見分けている。
敵は必死になって地球人を捕虜にする。
地球人捕虜は貴族なみに大切に扱われる。
まあ、大切に、というのは異世界基準。
地球人から見れば、先進国標準程度の捕虜扱いだが。
だから万が一捕虜にされた場合に備えよう。
カラーコンタクトは視界を悪くするから禁止だが、せめて黒髪にするのが安全だ。
元々が金髪碧眼白人は、異世界人と区別されない。
混ざり込んで身を隠すには不自然で、特別待遇を期待するには自然。
好いことはまるでない。
だから黒髪に染めるように命令された。
その結果、黒髪鬘が海兵隊で大ブーム。
皆が皆、髪を金髪に染めてしまったからだ。
わーざわーざ、髪形を微修正して色を分かりやすいように変更。
ジャーヘッドを、クルーカットにしてまで。
生きて虜囚になる気なし。
捕虜になった後?
そんなことを気にするなんぞ、海兵の名折れ。
皆が皆、そろいもそろって、規律ただしく右向け左。
肌の色合い的に、絶対、異世界人に見えないブラックやメスチソまでが。
こうなるとファッションにしか過ぎない。
そんな中で鬘が流行った理由。
規律違反の髪染め、無染めを形だけでもごまかす為。
宗教上の理由で髪を染めることを禁止されております。
しかし自身の安全委配慮して鬘でカバーします。
合衆国憲法を尊重して髪の色の自己決定権を放棄することはできません。
しかし自身の安全委配慮して鬘でカバーします。
「(お好きな理由を入れてください)」
しかし自身の安全委配慮して鬘でカバーします。
以下同文繰り返し。
そんな形式を整えただけのテンプレート棒読み、カット&ペーストの上申書に耳と目を使うほど、海兵隊上層部は暇ではない。
ましてや戦争中だ。
規律違反と命令不服従と軍命違反が混在状態。
金髪が元々なら命令不服従。
金髪が元々ではなく肌が白ければ規律違反と軍命違反。
同じ条件で元の肌が白くなければ規律違反に留まって
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ややこしいなんてものじゃない。
戦争中の海兵隊士官下士官は忙しいのである。
そして通達して命令して服従させる上層部も、結局は海兵だった。
死にたくなければ、海兵じやない。
生きていたけりゃ海兵隊に入るな。
軍隊ゴッコがしたければ、海軍にでもいけばいい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・軍曹を含めて、下士官以上、皆が皆、現状を追認してしまったのだ。
実際、軍曹隷下の二等兵もそうだ。
本来の髪色はブラウン。
今は輝く金髪で、こまめに染め重ねて根元まで、だ。
そしてやっぱり、鬘なぞ持っていない。
駐屯地のロッカーにある。
そうは言っているが怪しいものだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・軍曹本人は、シルバーブロンドを白髪と言い張っている。
軍曹以下以上誰も彼も、自分と部下の命の話だと思って気楽にしていた。
自分たちの命がかかっているだけなら、最期まで気に留めやしない。
兵や自身の生存は結果であって、目的ではないからだ。
(ああ、まったく、思いつかないもんだ)
次は上手くやれるだろう。
戦場で、次は、なんざバカの言うことだが。
怒鳴ること。
自分の中で解決した軍曹。
だが、いや、だから、それどころじゃない。
それに軍曹は忙しい。
常に視界の隅で、部下の配置を確認。
そして自班の立ち位置、本隊との関係を把握する。
もちろん下士官に全体、いや、広範囲の戦況など知らされない。
情報化による統制システム。
広くデータを集め、狭く与えること。
限られた情報を数秒で読み取った軍曹。
少なく与える理由は、味方を騙すためだけじゃない。
前線兵士の負担を減らすため。
一時は流行った、すぐに廃れた情報化の教訓。
世界中の情報を、たった独りが把握出来ても意味がない。
理解が追いつかずに狂うか、判断が止まって殺されるか。
とっさに解釈判断出来る以上の情報。
それはノイズに過ぎない。
基幹装備は対等の相手を想定して設計されている。
コンセプトの致命的失敗を、実戦でブラッシュチェンジする米国製。
日常生活にすら支障がある、それを、殺し合いの現場に持ち込む訳がない。
軍曹は偵察ユニットからの限られた周辺情報を確認。
周辺情報を送ってくる上空の偵察ユニット。
軍曹が率いる班にも一機割り当てられている。
軍曹が直接見ることができるのは、そこまでだ。
哨戒気球がらの情報は、士官以上が対応する。
下士官は直接データを確認できはしない。
一部の情報が内容から考えて、哨戒気球発信情報だとわかる程度。
だが本隊管制部隊のオペレーターが索敵機器や各兵士からの情報をまとめ、概況情報をまとめている。
それは各レベル各配置により閲覧可否が設定されており、迷子回収と言う遊撃任務に就いている軍曹の反は閲覧範囲が広い。
その概況を見渡せば、記載されていないことも、オペレーターが伝えてこないことも現れる。
館に入る前に確認した時に比べて、この場所の索敵密度が上がっていた。
より詳細であることは偵察ユニットの索敵範囲を絞って、つっまり周辺情報を切り捨ててでもここを確認させていることになる。
それでいて周辺索敵情報の密度が下がっていない。
ということは、偵察ユニットの数が増えているということ。
ベテラン兵士なら、ソレで察する。
ユネスコ強制執行部隊の、偵察ユニット群。
その配置が変わっているのだろう。
予備機まで全部揚げている。
中心は本隊がいる広場のままだが、もう一つの中心。
それが此処。
この館。
軍曹たちが居るところが、優先順位二番目、あるいは一番の偵察ポイントになっている。
つまりはホットスポットに居るわけだ。
必要にして十分、最低限で把握完了。
「軍曹、大尉です」
伍長が取り次ぎ、軍曹はすぐに通信系を切り替えた。
個々の兵士はすべてつながっており、ミラー大尉は誰にでも直接通信可能。
『ホーヴァス一等軍曹』
『であります』
だが小部隊の指揮官は、手が放せない場合がままある。
本隊から離れていればなおさらだ。
現場のNo.2が間に入り、指揮を阻害させないタイミングを測る必要がある。
ゆえに上部指揮系統が前線に呼びかける場合、直接呼び出したりはしない。
ワンクッション置くのがセオリー。
何処かの三佐の様に、問答無用で直通回線を開く豪の者もいるが。
おそらくは軍事参謀委員会委員の権限をフル活用。
部下の視界に合わせている監視機器を起動して、問題がないことを確認させてから呼びかけているのだろう。
ミラー大尉の話は続く。
『貴官らの所在地が住民に包囲されつつある』
「投石が始まってます。現在地、前面通りは封鎖、後右左同じ」
通信相手のミラー大尉。
そもそも軍曹たちの直属上官である少尉ではない。
UNESCO調査団戦闘部隊最上位指揮官。
この都市周辺にいる国連軍関係者の最上位が直接通信してくるあたり、まともな状況じゃない。
中間をすべて飛ばしている軍曹と大尉。
二人ともその異常さには触れない。
互いに名乗った段階で意味は通じているので、省略。
30分前は想像もしていない事態。
予兆がなかった、とは言わない。
住民が集まる動きはあった。
しかしUNESCO調査団内部では、注意情報にとどまっていた。
広場に集まる住民は、此方で命じたモノだ。
そして広場ではなく、広場から離れたレッドゾーンへ集まる人影。
作戦上必要のないエリアで在り、広場から距離をおいて個々にまとまり始めている。
それは地球人の存在に怯えた異世界住民の動きとしては当然のことだった。
家屋敷がある人間なら?
屋内に閉じこもる。
路上生活かそれに近い暮らしをしていれば?
近所で集まり身を寄せ合う。
そんな定型化された行動、その一例に過ぎない。
だが、そんな定型化自体が単なる錯覚だった。
そもそも国際連合関係者は、異世界人との関わりを避けている。
一方的な侵略者なのに、だ。
経験則など統計的に意味が無く、解析もされていない。
地球人内部における、風説に過ぎなかった。
その検証機会がやって来てしまった。
Dr.ライアンなら「すごいすごい」今まさに大喜びしているが。
レッドゾーンに集まった、いくつかの集団。
5分ほど前からさらに集まり始め、一か所に向かい始める。
今も合流し、集まり続けている。
これはナニか?
広場に集まっている、市の有力者たちに質しても、怯えて謝るばかりで要領を得ない。
自白剤と尋問官はそろっているが、間に合わない。
それでも尋問は進めているが。
有力者たちにとっても意外な事態が起こっている。
今のところ、それしか判らなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――UNESCO調査団指揮中枢には、だ。
「反帝国暴動です」
真相を知っているのは軍曹たちだけ。
偵察ユニットには、屋内の帝国令嬢の姿は見えない。
プロテクターやヘルメットについている監視機器の過去ログは、軍事参謀委員会権限でないと確認できない。無作為に検索するより本人に聞いた方が早いから、そんな無駄権限は付けないのだ。
そして主に索敵機器を管制しているオペレーターたちや、部隊を指揮している士官たちが一小部隊のことを常に見ているわけがない。
『続けろ』
ミラー大尉は訳が分からないだろう。
知らないからだが。
あちらに見えているのは、時々移る帝国貴族令嬢一行、その外見だけ。
異世界の富裕そうな非戦闘員、どちらかと言えば子供、それだけだ。
「ここに帝国貴族がいます」
『続けろ(ソイツを尋問しろ!)』
館の主が自白剤投与リストを繰り上げ当選。
「降伏申請受理、抵抗力なし、対象4」
視界の外に員数外の異世界人はいない。
それだけが報告すべきこと。
軍曹たちとDr.ライアンについては省略。
地球人はドッグタグで指揮システムに把握されている。
だから報告する必要はない。
『反帝国暴動が、帝国貴族に向かっているんだな』
軍曹は黙っていた。
問われていないと察したからだ。
『その間に我々がいる』
そう。
UNESCOがいるのだ。




