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完全侵略マニュアル/あなたの為の侵略戦争  作者: C
第七章「神の発生」UNESCO Report.

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ゆめのはじまり ~Ride of the Valkyries~



いつか夜は明ける。


「明けなくてもいいです」

と言ったのは、とある国際連合統治軍大尉だが。

それに同意する向きも少なくはないだろう。


はじまるとなれば、なおのこと。







軍曹がそれを見たのは、この年、二月一日のことだった。


国際連合武力制裁初日。

数日前から準備に入り、前夜に乗船完了。

初期上陸作戦の先鋒。


合衆国第七艦隊旗艦ブルー・リッジに座上する合衆国大統領。

大統領親征という前代未聞の作戦を立てた彼女は、軍人としての常識に従い手持ちの最高戦力を緒戦で投入した。



合衆国第三海兵軍第3海兵師団戦闘強襲大隊。


軍曹はミラー大尉の指揮下でLCACに詰め込まれ、港湾部に突入した。

揚陸重機が未発達な異世界では、埠頭は平坦で広く場所が取られている。


強襲揚陸用ホバークラフトが乗り上げるのに理想的な戦場だった。


東から朝日を背に突入するホバークラフト。

まさに教科書通り。


埠頭周辺は事前時制圧済み。


異世界転移時に沖縄に移動していた海軍特殊戦グループ1のチーム1/5混成部隊。

一か月前から潜入作戦を繰り返していた彼らが、誘導してくる。


レーザー誘導がはっきりと視認できるのは、立ち込めた朝もやのようなモノ、そのおかげだろう。


トン単位で前夜夜半過ぎからばら撒かれた催涙ガス。

濃密なガスは視界を塞ぐ勢いで巨大な港湾都市全体に立ち込めている。


それでも海風の影響がある海岸部、上陸地点の視界は許容範囲。

ガスが立ち込めた街区密集地帯には偵察ユニットが多数侵入し、赤外線走査で生存者を探している。

むろん、夜明け前から都市内部、進撃路沿いの掃討作戦は進んでいる。



もともと沖縄に常駐している陸軍特殊部隊第一大隊。

彼等は先行し、海軍特殊戦グループの誘導で都市深くに浸透。

要所要所を殲滅している。


制圧には数が足りないが、殲滅には十分な戦力だ。


軍曹は「舟艇でなくてよかった」という思いをかみ殺して思った。


(そろそろ国際連合武力制裁決議が可決される時間だろうか?)


多数のLCACは波間を埋める溺死体の海を乗り越えて、支障なく着岸。

催涙ガスに追われて夜中の海、新月の海に飛び込んだ住民たちの死体。


多くの兵士は身を隠すことも無く走り出した。



「大陸軍元帥閣下に海兵魂を見せてやれ!」


ミラー大尉が怒鳴る。


「「「「「「「「GungHo!」」」」」」」」


兵士帯たちが怒鳴る。


この先は怒鳴る余裕などないだろう。

ここからはマラソンだ。


陸軍の制服を付けたまま海兵隊を閲兵し「戦って死ね」と命じた最高司令官。


最高にイカしている命令だ。

最高に海兵らしい任務だ。


これに燃えない軍人など、ただのジャンクに他ならない。


なんとしてでもやり遂げねば。

それは第三海兵軍の総意だ。


だからこそ、全員がアスリートばりの姿勢で走り出す。


安全よりも速度重視。

だからこそ走りながら隊列を整え、身を伏せず、姿勢を下げずに全力全開。

海兵隊員に臆病者などいない。


誘導電波をたどるために、誰一人道に迷わない。

プロテクターを閉じているのでガスの影響はない。

視界は狭いが障害物は事前に爆破されて跡形もない。


息苦しくないとは言わないが、フル装備完全密閉で30km走破なぞ基礎訓練の、ほんの触りでしかない。


軍曹たちは市街地をまっすぐ突き抜けていった。

道を塞ぐ倒れた人影を刺殺して、いや生死は確認しないが銃剣で首と胸を刺突し路肩に避ける。


そのまま後ろから隊列に合流。

先頭が同じ動作を繰り返し、ひっきりなしに順番が変わる。


死体か人体を飛び越えて、常に先頭なのはミラー大尉だけだ。



汗だくになった一行は、ほどなく港湾都市外周に到着。

陸軍特殊部隊兵士の誘導で門と外壁を制圧する。


とはいっても、入念にガスが撒かれた場所に人影はない。


門は開放したまま、M240G機関銃を据え付け、内側に火線を構築。

一般的に言えば、都市再突入を目指すならばここ、十字砲火の真ん中に入らなければいけない形を造る。

狙撃手が城壁上から全周警戒。


工兵隊が自動機銃を据え付けるまでは、人手で支える。


「ホーヴァス」


ミラー大尉の言いたいことはわかった。


目の前に広がる緑の沃野。

晩冬の朝陽が照らし出す美しい異世界。

いや、故郷を思わせるような木々と草木に地平線。


ではない。


そこを埋める群集。

着の身着のまま逃げ出して、怯えて震える民間人。

たき火をするほど無分別ではないよだ。

戦争だ、と理解はしているのだろう。


ざっと見て、武装している、こちらからみて武装に値する影はない。


さて、この都市の人口は数万を超えていただろうか。

ガスに追われて陸側に出られた人数は、相当に多かったようだ。

もともとこの都市で産まれこの都市で死んでいく。


知り尽くした街ならば、溺死した連中がマヌケというべきか。




兵士たちが群集に向けて高精度カメラを設置していく。

ただただ茫然として、とにかくこちら、彼らにとってのわが住まいを見ている。

とても撮影しやすいサンプルだ。


一般的なカメラと同じ顔識別プログラムを利用して、顔の、目の、眼の、虹彩のデータ収集。

異世界人十万人分のデータを集めることができれば、虹彩色識別プログラムができる。


一通り機能するものを造るのに半月。

実際の魔法使いをサンプルにすることを考えれば、もっと短くなる見込みだ。


無数の人々、雑踏や軍団隊列の中から、赤い瞳の魔法使いを選び出す。

それは遠距離から魔法使いを識別し、先制制圧を可能にする。



異世界にECMがない限り、電子処理のリソースは無限大。

停止状態の生産設備に付属する休眠状態の電子機器、日本列島全体すべてが国連軍のために動員されている。


極端に言えば前線の端末、自動機銃や偵察ユニット、兵士が身に着ける情報機器一つ、その制御に世界最大の生産システムを維持していたリソースを投入できるのだ。


アメリカ国家安全保障局が勝手に組み込んでいる電子的マスターキーが、それを勝手にコピーして保管していた合衆国太平洋軍が、それを継承している現合衆国政府がこれを可能にしている。



もちろん、サンプルの証言が正しければ、だが。

開戦準備に潜入を繰り返した強行偵察部隊が持ち帰った複数の標本。

彼らが嘘偽りを言っていないことは、化学的に証明されている。

だが、正直者の知識が事実である保証などどこにもない。


そのあたりは、まずはやってみる、ということで政治家たちは割り切っているが。


ほどなく自動機銃や兵士たちの標的優先表示に「Witch」の表示が出るようになる。

異世界の魔法使いは性別を固定した存在ではないが、そもそもの原語に忠実に考えれば表記はこれでいいのだろう。




ミラー大尉がフェイスカバーに左手を当てた。

情報確認中のジェスチャー。


軍曹と伍長がカバーに入る。

今の状況なら偵察ユニットの、都市外部を周回飛行に入ったそれ、の情報を確かめているのだろう。

都市内部のことなら後続の本隊に任せればいい。


集積し、隔離し、殲滅する。

殲滅というほどの敵は、少なくとも後方にはいないだろうが。



ミラー大尉は確認を続けている。

もちろん、後方の管制官が状況を手早く短くまとめ、その内容を文章データで送ってきてはいるのだろうが。


余裕さえあれば直接見るのが士官の癖だ。



肉眼では見えない彼方。

無力な群衆の、先の先。


偵察ユニットの視界を操るミラー大尉。



「敵は再集結を始めているな」


軍曹は驚いた。

中世準拠の軍隊に、そんな立ち上がりの速さがあるとは。


「安心しろ。竜は全部片付けたし、状況を把握しているとは思えん」


上陸に先立ち、周辺の敵拠点は焼き払っている。

空を飛ぶ竜の基地、地を這う龍の拠点、占領予定がない港湾都市。

もちろん、事前攻撃が上手くいったからこその上陸作戦だが。


「ほとんど装備を失っているが、軍旗のもとに隊を組み始めている」


軍曹は本当に驚いた。

その行動は中世レベルじゃない。

近代的な軍隊でも難しい。


緒戦はともかく、この先は侮れない。

そう、軍曹が覚悟を決めたとき、轟音が響いた。


IFFが警報を出さない、対空警戒の伍長が警告しない、ならば安心していいのだが。


全長30mよりも、幅40mの方が印象深い。

翼を広げた巨大な竜。


ヘルメットを掠めるように飛び過ぎた、C-130、いや、戦場に出てこの低空飛行ならAC130だろう。


それが跳び過ぎていく下。

避難して震えていた万を超す群衆が茫然と見上げ、地響きのような悲鳴を上げ、皆一斉に地に伏した。




「大元帥閣下が舌なめずりしてるだろう」


まだ砲兵隊は上陸していない。

ロナルド・レーガンのF/A-18を使うのは効率が悪い。

だからだろう。


視界に映らない先の先。

未知の脅威に的確に対処する、恐るべき敵。

異世界の勇者たちを、皆殺しにするために。


高い統率力を持つ、だからこそ手ごわい敵。

統率力が高いからこそ、圧倒的火力の餌食。


飛び去った先から大地にたたきつけれる暴音。


「繰り返します」

「速やかに武器を捨て降伏してください」

「抵抗を続ける限り安全は保障できません」



降伏を呼び掛けても、降伏を聴くことはできない。


それは指揮している者の気質が末端まで浸透しているからこそ、生まれた情景かも知れない。

戦争という儀式に精通しながらも、根源的には命を無視した喧嘩こそ本懐。


政治家というモノが軍人というガワを凌駕したサマ。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ミラー大尉が、偵察ユニットのマイク感度を最大にして超低空飛行をさせたことで、幾人かの降伏が受領された。











そして三カ月余り。


海からも大河からも離れた街。

はじめて訪れた豪奢な館。

一室で待ち受ける少女。




ゆめはさめない。

ゆめからさめない。






令嬢の表情が凍り付く。

とっさにカバーに入る二等兵。


ガラスが割れる音。

地球人たちはそう思った。


だがそれは陶器が割れる音。

だけではなく、破片が飛び散ちり部屋の中央までばら撒かれる。


軍曹たちは方向から窓ガラスを連想したのだが。

ほんの数カ月前まで暮らしていた地球での感覚はなくらないものだ。


国連軍の兵士たちは事前学習をしている。

映像、記録、仮想シュミレーション。


とくにUNESCOは駐屯地内部にしつらえた異世界風の建物で、内部戦闘訓練までしているのだが。


さもないと石造りの建物の中で壁に正対して発砲、跳弾で自殺するようなバカが出てくる。ショットガンも危険で、十分距離を置くか標的の至近で全珠を体内で吸収させる工夫が必要になる。


それでもやはり、壁や柱などに対して浅い射角をとるように癖をつけるのは大変だし、物音への反応は地球時代準拠になりがちだ。



しかし今ココで割れたのは、窓際に置いてあった花瓶。

投石により砕けたのだ。




二等兵が背にかばうのは、帝国貴族令嬢とメイド。


まだ捕虜にしていない、敵。

背を向けてどうする。


と、軍曹は思ったが、口にはしない。



この異世界人、そして敵は、Dr.ライアンを素直に受け入れたのだ。

不躾で傍若無人で礼儀知らずで図々しい。


異世界の、しかも上流階級の感覚では堪えがたい苦痛なはず。

なにしろ、地球世界の中産階級代表たる軍曹にも耐えがたいくらいだ。


そんなろくでもないトラブル―カーに我慢している。

帝国貴族令嬢の覚悟、降伏する覚悟は本物だろう。


降伏とは屈辱であり、羞恥であり、誇り高いものだからだ。


しかもDr.は非武装で金髪碧眼白人。

しかもスーツ姿でまるで威圧感がない。


異世界人が思う地球人には、似ても似つかない。

それをもって、自分たちが降伏する相手と見定めた、帝国貴族令嬢

地球人のことをある程度以上に把握している。



その上で迎え入れたくらいなのだから、こちらに敵意があるとは考えにくい。

今更敵意を再燃させる心配もないだろう。


ましてやこの異世界人は四人とも、瞳の色が赤くない。

もちろん、ナイフ一つあれば俺たちを殺すことはできる。

だが、魔法が無ければ対処は可能。


なら、内部を気にするだけ無駄だ。

であれば、気にすべきは外、ということになる。

その辺りは軍曹だけではなんく、この部屋に集った、集う羽目になった地球人の共通見解。


皆が外に集中し構える中で、すたすた歩く、Dr.ライアン。

なんとなく皆の目線がそれを追う。




「あらあら~♪」


窓際で大手を振って外を眺めた彼女(Dr.ライアン)

駆け寄って頭を抑えて押し戻した二等兵。


戻り終えたあたりで、投石が激しくなった。


屋内の全員、Dr.ライアン以外、が唖然として見逃したのと同じこと。

屋外に詰め寄せた暴徒たちも、堂々と窓から手を振る女に唖然としたのだろう。


硬直が解けた二等兵が走り出し、暴徒が石を拾う。


――――――――――屋内外が一つになった瞬間である。




(火炎瓶がない世界でよかった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃね―――――――――!!!!!!!!!!)


たしかにそれどころではない。

中世以前の燃料事情を考えれば、放火も困難。

魚油脂油植物油では、よほど頑張らないと炎上しない。


松明もって魔女狩り。

そんなに豊かなら、そもそも魔女狩りなんて始まらない。

たしかにそれどころではないのだが。


窓枠を壊す無数の礫。

握りこぶしほどの石も混じりはじめる。


街の、とりわけ呼吸住宅街の通り。

路面を覆う敷石は、それほどしっかり固定してあるわけじゃない。

固定しすぎるとかえって張替えの手間がかかるからだが。


隙間から剥がし、置き石を集め、石で石畳を砕き、発射する弾をその場で作成。

技術も統制もない群衆、いや、暴徒が思いつくままばらばらに戦闘動作を繰り返す。




投石。

それは人類史に長らく刻まれた、戦場の主要戦術。


弓矢と違って汎用性が高い。


基本的に五体満足でさえあれば、使える戦法。

しかも技能習得や向上のハードルが低い。


道具も訓練も必要な弓矢と全く違う。

しかも威力で互角、状況次第では戦闘射程も並び得る。


中世の農民が使う狩猟用の弓など、せいぜい10m先を狙えれば上等だ。

それも慣れを重ねた上での話。


投石ならば素人でもそれぐらいは狙える。

慣れれば軽く凌駕する。


平面ではなく、上をとればそれだけでその差は劇的に縮まるというモノだ。

攻城戦の防御側となれば、絶対に弓ではなくて石を使うくらいに。



なにより兵站にかかる負担が、無い。

実際、弓矢は費用対効果から見て主戦兵器とは言えないくらいだ。

これは中世では広く一般の状況だろう。


基本的に運ぶべき兵装が不要で、必要物資は現地調達出来る。

輸送技術が未発達な、人類史全般における投石戦術。

その価値の高さは疑いえない。




もっとも、ここ異世界においては、地球の中世より圧倒的に弓矢が普及している。

騎竜民族隷下の騎馬部隊が弓を主戦兵器にしていたからだ。


騎馬兵となれば石を投げる全身動作が取りにくいし、重い石を抱えるわけにもいかず馬の機動力を殺してまで拾うわけにもいかない。


だからこその騎馬弓兵。


弓騎兵が柔軟な機動力で弓射を繰り返して敵の陣形を崩す。

火矢を交えて盾兵を潰したら、投擲騎兵が投槍で長槍歩兵を崩して、全騎で突撃蹂躙。

それが野戦最強、帝国軍の最大多数を誇る騎兵たちの戦術だ。


しかも攻城戦は一部例外を除いて発生していない。

飛竜の高度と土竜の破壊力、ゴーレムの質量に魔法の射程を組み合わせる戦術。

城塞が意味を持つ時代は帝国の勃興と同時に終わっていた。


野戦最強で戦争は完結。



とはいえ、それは帝国であれば、の話。

反帝国の、あるいは技術的チートのない最大多数の異世界人。

技術水準を考えれば、投石はまさに全盛期。


中世で石を投げる。

現代で銃を撃つ。


それは行う側には同じこと。

外の群集、暴徒たちが殺意をもっているのは疑い得ない。




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