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完全侵略マニュアル/あなたの為の侵略戦争  作者: C
第七章「神の発生」UNESCO Report.

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帝国貴族の嗜み



余談だが、こんな話をご存じだろうか?


国語審議会によれば「女の子/女子」とは22歳以下を指すらしい。

もちろん、気にしなくて結構だ。


カップサイズにも「日本版」がある。

畳にだって戦後サイズと戦前サイズがある。


水増し足きり粉飾偽装。

それはつまりは伝統芸。


いろいろなところでソレが発覚しているというが、それはむしろ結構なことだ。

身の丈を知らぬほど、醜いことはないのだから。







豪奢な館。


周りの庭はそれなりだが、館の規模から見れば狭い。

高い鉄柵で隔離されているが、高級住宅街らしく周りの馬車留めを兼ねた通りは広い。

むしろ建物の内側、棟々に囲まれた中庭を広く取り、居住者が感じる閉塞感を打ち消すデザイン。


つまり内向き。

柵と建物を通りの近くに配置して、外から遮断する仕掛け。


通りに面した壁、一階には窓がなく二階には窓が少ない。

館の荷物の搬入は広い通りで作業され、敷地の中に立ち入る人数を最小化。


中庭を広く取り、内側の窓と三階の窓を大きく取っている。

それはむしろ、居住者が外に出たくならないように、出たくても我慢ができるようにした配慮だろう。

屋内の装飾が凝っているのも、趣味や虚栄ではなく拘禁症状への対策か。



富裕な商人の別宅。

人目をはばかる愛妾、ハーフエルフでも住まわせるのか。

当主の座を追われた、田舎嫌い人嫌いの隠居が引き篭もるのか。


周りが周りだけに、あからさまな好奇の眼は注がれない。

だからこそ、それらしくはある。





建材の耐久度や強度計算の限界。

そして生活空間として利用する利便性。


異世界(中世)基準で言えば建築技術の限界に近い、三階立て。


そんな、エレベーターもない石造りの建物を、フル装備で中腰で駆け上らされた兵士が三人。

更に廊下を駆け抜けて、人気のない館の中で唯一人が集まった、一室。


高い天井。

それは階層ごとの高さと同じ、三階までどれだけ大変だったかを物語る。

射撃場にもできそうな壁はつまり、部屋の奥行きの広さ。

鎧戸は開け放たれて、春風と陽光を迎え入れている。


異世界では窓ガラスは一般的ではない。

太守の城でもなければ板ガラスなどしつらえられず、主な用途は器かオブジェ。


この地方で梅雨がどうかはわからない。

口伝伝承体験談こそ集めてあるが、今年がそうなる保証はない。


巨大な巨大な日本列島。

それが大陸に近い場所に現れたのだ。

海流海洋への影響。

それで異世界が滅んでも、じつのところおかしくはない。


とはいえ、それどころではないかもしれない。

館の三階にいる人々。



UNESCO強制執行部隊の三人。

一等軍曹、伍長、二等兵。

合衆国海兵隊第三海兵軍からの出向組。


強制執行部隊?


現場では単なる戦闘部隊で通している。

響きが裁判所か何かに思えて、厭らしい感じがするのだとか。


さらに地球人が一人追加。


UNESCO統括研究員。

Dr.ライアン、女性、25歳。


地球人は四人とも金髪碧眼白人で、異世界人と大差ない。

外見は。


その異世界人。

十代と思しき女の子が三人。

二十代と思しき男性が一人。


地球側と男女比が逆なだけ。



一人の少女がドレスを纏う。

後はメイド服と執事服。


服装だけで、互いの関係が良くわかる。

物腰にもそれは現れていたので、欺瞞ではなさそうだった。


そして部屋の中央。

窓から外が見えない、外から見られない、でも陽光と春風は届いている場所。

ドレス姿の少女の前。


銃口を向ける者。

銃口を眼に受ける者。


二人の地球人。

軍曹と統括研究員。





軍曹の指がトリガーガードから離れた。

Dr.ライアンは、45口径の銃口、その底を覗いたまま。


「この子はちゃんと、保管なさい」


傍らの少女、異世界の少女のことを言っているらしい。


それを聴いた軍曹。

意味は分かるが、わからない。

それは察せられたらしい。


「彼女は帝国貴族の娘。しかも無傷の貴重品」

(保管、ね。WHOの言い草だな)


軍曹は銃口を下げた。

なんとなく言葉選びにムカついたが、それで撃つような下士官はいない。


「太守の娘は確保されている」


M1911A1(コルト・ガバメント)をホルスターに戻し、ショットガンを構えなおす。

Dr.ライアンは銃口に関心を向けずにつづけた。


「よくご存じね」


この近辺の帝国太守。

その家族は国連軍に確保されている。

太守が戦死した後、逃げ損ねていたのだ。


※<第74部分 幕間:善悪の彼岸>にて




それは作戦前、戦場確認の背景ブリーフィングで聴いている。


異世界住民との接触が前提となる作戦。

異世界の情勢は世間話程度でも頭に入れておいた方がいい。


士官は後方、兵士は前衛。

真っ先に異世界住民と話すのは下士官の役目。


UNESCOなら異世界住民むけの専任渉外担当がいる。

士官に引き継ぐ前に、彼等に引き継ぐことになるだろう。

つまり下士官がしくじれば、作戦が失敗しかねない。



戦闘部隊長のミラー大尉は、その辺りを心得ていたので、特に下士官への説明を重点的に行っていた。

士官たちには、ブリーフィング以前に把握して置け、と突き離して。



とりわけ軍曹は、ミラー大尉から目をかけられている。

わざわざ国連軍から部下とともにUNESCO出向を志願した。

ベテランの下士官。


その理由。

劣弱な装備で巧みに戦う、油断ができない精強な帝国軍と戦えない、だけではない。

致し方ない無知ゆえに、錯誤を犯しただけの民間人を撃つのが苦痛だった、だけでもない。


そこまでは軍曹の、私的な不満だ。


戦争自体はクリスマスには終わるだろう。

だが、自分たち合衆国市民が日本列島で居場所を確保するなら、軍人で在り続ける方がいい。

それは他の同胞、家族を守ることにもつながるはずだ。


戦後の作戦を考えるなら、UNESCOでの経験は役に立つ。

危険は大きいが、見返りも大きい。


いずれ下士官になるであろう兵士たち。

彼等に見本を示す。


軍曹はそう構えている。

それこそが、公の責任だ、と。




Dr.ライアンは、そんなことは知らない。

渉外担当が地ならしをした後で、異世界住民と話すポジションだからだ。

味方のことを知らないあたり、典型的な民間人だろう。



「この子は別口よ」


端的過ぎるが意味は分かる。

国連軍が把握していない、故に当然UNESCOも知らなかった、帝国残党。

民間人の説明は長すぎるか短すぎるか。

どちらかだ。


軍曹が見るところ、Dr.ライアンは後者。

自分を規準にしすぎて、察せられることを無言の前提としている。



学者としては研究者型。

教育者型なら冗長になる。


冗舌になるのは同好の士と出会ったとき。

さすがに軍曹は、そこまで考えないが。

だが考える。

つまりそういうことか、と。




Dr.ライアンが省いた背景。

幸い軍曹は知っていた。


敵の性質として、自然に耳を傾けていたから。



帝国は軍事国家だ。

正しく文字通りの。


非戦闘員の避難。

その発想はなかった。


現代社会以前にはもちろん、非戦闘員という概念は、そもそもないが。


あってさえ、無視されているが。

無視されているからこそ、無視するなという規定ができて、それでもやっぱり無視されがちではある。


だが帝国はそもそも、ソレ以前。

地球人と同じように千年の時を経ても、その認識にたどり着くか怪しい。



全ては戦争のためにある。

避難はつまり撤退であり、作戦の一環。

それは戦い続け、他日を期して反撃に転ずるためのモノ。


撤退させるべきは、竜、魔法使い、兵士、兵器、兵糧や馬匹。

戦争に使うもの。


それ以外は考慮しない。

それ以外は放棄する。


領民なんぞ視界にすら入れない。

それ以外の人物情報は吟味する。


手早く大雑把に取捨選択。


貴族も、その一族も、軍務に堪えない者は考慮外。

高位貴族の令嬢であっても、戦争の役に立たなければ同じ。


(まったく)


軍曹は感情を表情に出さない様に、意識して表情を抑える。

戦闘装備のフェイスカバーを外しているのだ。


兵士が見ている。

表情一つで士気や素行に影響してしまう。


異世界社会への呆れや嫌悪。

絶対禁止で憲兵案件。



思想の自由はある。

表現の自由はない。


思想は査定の対象で、表現は銃殺の対象だ。

軍務中はそういうモノ。



とはいえ。

軍曹は現代社会で、現代の戦争国家で人生を送ってきた。


見聞きする帝国という戦争国家。


彼には理解できない。

理解しようとすら思わない。


否定するな。


そう命令されたから、否定しない。

それは、嫌悪感を顔に出さない、という程度のこと。

ついでに、嫌悪感を顔や態度に示した部下を殴りつける、ということ。

言葉に出せば、MPに引き渡すことになる。


そんな不心得者がいないので軍曹は任務を進められる。



「つまりこの娘は」


皆まで言わせずに頷く、Dr.ライアン。


椅子に掛けたまま。

こちら、軍曹とDr.ライアン他の地球人を見ている異世界の少女。

より多くの兵士を後退させるために、所属する帝国から見捨てられた民間人。



軍曹はまた、内心で頭を抱えた。


敵対勢力の民間人。

古くて新しい厄介ごと。


そのなかでもとりわけ。

貴族、ときた。



なるほど、あれは、素なのか。


肌を晒しても、まったく気にしたそぶりが無い。

服を着ることすら御付きに任せて、なにもしない、しようという発想が無い。


映画やドラマの中の、英国貴族のような態度。

見たことはないが、知ってはいる。


現実にいるかどうかなど、考えたことも無かったが。

だが、軍曹にとって重要なのはそこではない。



「良く生きていられたな」


異世界大陸沿岸部。

国連軍支配地域、というより帝国放棄地域。


多かれ少なかれ、反帝国感情が高まっている。



帝国太守の統治がまずかった地域もあるだろうし、単に妬み嫉みが爆発しただけの場合もあるだろう。

暴動も起きたし、都市の政変や虐殺なども起きた。


こんな人形のような娘が、強大な帝国の庇護を失って、良く無疵でいたモノだ。


Dr.ライアンの見立てでも、軍曹の目線でも、重大な怪我はない。

栄養状態も悪くなさそうだし、若さもあるのだろうが元気そうだ。




軍曹個人にとって、それはとても安心できることだ。

慎重に抱き上げて、衛生兵を呼んで軍医に引き渡すのはつらい。

Shit!

とすべて終わった後、叫びまくる羽目になる。


軍曹という役職にとって、これはとても警戒すべきこと。

無力な子供が無傷で生き延びたということは、背後に庇護者がいるはずだ。

敵性民間人の庇護者は、敵である可能性が高い。

Holy Shit!

と戦いながら、叫びまくることになる。



「良い家臣にめぐまれたようね」


軍曹の懸念を知ってか知らずか、やはり解ってないのだろう。

微妙にピントが外れた答えを返すDr.ライアン。


Dr.ライアン、彼女には察しが付く。

軍曹にはピンと来ない。





帝国貴族令嬢を、領民、元領民たちの悪意敵意から護ったモノ。


氏族組織としての臣下に家臣が、この令嬢を護ったのだろう。

帝国としての庇護が無くとも、氏族としての団結はある。


帝国の威令と氏族の意志。

上位に立つのは帝国だ。


だが、令嬢を無視した帝国も別に保護を禁じたわけではない。

無視しているからこそ、ともいえるが。





そして具体的なところは、Dr.ライアンも聴取していない。

聴取するも何も、令嬢と対面して10分ぐらいでしかないが。




帝国貴族令嬢が体験したこと。


国連軍による侵略が始まる前。

皇族に連なる大貴族の娘が、沿岸部を旅行していた。


聖都陥落により、東征戦争が終結。

帝国が国策を転換する。


征西。


大洋広がる海岸線。

という明確な到達目標が決まっていた東征戦争と違い、大陸深奥部のさらに先。

人口過疎地帯を抜けて突き進む征西戦争。

それはいつ終わるともわからない。


その壮大な戦争を支えるのは沿岸部の富であり、海路を使って南と北から西を目指す作戦の拠点にもなるはずだった。


肉体的な素養から騎士学校を断念し当主継承順からも外れ、文官を目指す、あるいは貴族当主の補佐役たる女になる令嬢。


15歳から初めて2~3年をかける予定の修学旅行中であったのだ。



もちろん御付きはいるが、それほどの大所帯ではない。

旅程先の太守達には話を通しているし、征服から最低でも10年を経ている沿岸部。

帝国の威令は隅々まで届き、帝国貴族であるというだけで何不自由ない旅行が満喫できた。


できた、だが。




一夜にして、と思われるほど急速に帝国支配は崩壊。

それまで従順かつ献身的であった領民は瞬く間に暴徒に変わった。


護衛騎士の奮戦と現地太守の協力、犠牲で窮地を逃れる。

だが、あっという間に国連軍に追い越され、避難先を失う。

国連軍が青龍と呼ばれるようになる、ほんの瞬くまでの間。


帝国本土への帰還は絶望的となった。




令嬢から見て、青龍の騎士である軍曹が訊いた。

もちろん、令嬢に、ではない。

Dr.ライアンに、だ。


異世界人である令嬢から見て、騎士でもなく貴族でもなく、役人ですらない奇妙な存在。


「なんでこんなところにいる?」

「さあ?」

「解っている範囲でいいから説明しろ!!」



令嬢は慎重に耳を傾ける。

自分たち、自分を起点とする小さな氏族。

その生殺与奪を握っている二人の青龍。

その声を。


彼女のもとに残った、数少ない家臣。

この館の主の娘、背後に立つメイドを指先で抑えながら。



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