Dr.ライアン
UNESCO。
国際連合隷下の専門機関。
そこには地球上(日本列島)の「ありとあらゆる」分野の専門家が集められている。
地球(日本)のすべてを尽くして異世界の専門家を創るために。
地球人類(日本列島居住者と、そこから侵略に出た者たち)にとって、今いる非地球世界を解析することが必要だからだ。
異世界。
惑星規模の一つの世界。
その中の広大な大陸。
大陸の一部。
一つの社会。
そのすべてを把握すること。
国際連合は今、それをUNESCOに命じている。
異世界転移当初。
資料収集と探査を担っていたのは主に在日米軍と自衛隊だ。
偵察機による画像電波収集。
特殊部隊による浸透作戦。
艦船による現地船舶拿捕。
潜水艦による海図作成。
情報を、物を、異世界人を、収集し続けて一ヶ月。
そして開戦。
もちろん、開戦後もそれは続いている。
だが国連軍、軍事参謀委員会の関心は敵である帝国とその軍事情報に特化していった。
でないと戦争に間に合わないからだ。
異世界そのものの解析は、概ね日本国民全員へ丸投げ。
日本列島内に再建されたインターネット。
正確にはナショナルネットかもしれないが、地球各国領域(旧在日大使館)につながっているので呼称は変わっていない。
その、だれでも閲覧可能な場所に緊急性が乏しい無数のデータを垂れ流す。
兵士一人一人が目撃した(ドックタグの監視システム)異世界人、花や木や草、動物、竜、建物に道路に田畑、雲や空、日の出日の入り星空。
軍事情報に関わるかどうか、それ以外全く考慮も整理もされていない。
だが、全国民レイオフ中と言えば言い過ぎだが、ほとんど暇を持て余している一億人。
彼らが暇に飽かせて試聴している異世界情報は、興味が集まり感想が交換され、自然とスクリーニングされていく。
さらに一億人の中の好事家や専門家が雑多な情報をまとめ始め、虚実取り混ぜた仮説が集積されて研究の核が生まれる。
ソレだけでは、たゆたうデータの塊に過ぎない。
そこで終わりだ。
UNESCOはその先に位置する。
そこで終らないように、仕掛けが施されていた。
ばら撒かれていた情報は、インターネット特有の完全な追跡が可能。
ルートサーバーを含む基幹部分を国際連合が直接制圧しているのだから、容易い。
異世界情報に浸っている好事家や専門家は、何処の誰かに至るまで容易く特定できる。
特定の誰かを調べるのであれば、合衆国が日本国内にも展開しているのPRISMを使えば簡単だ。
※<第118部分 United Nations is Watching You! >より
彼等がなにがしかの職業についているのであれば、辞令一つで国連職員。
官公庁はもちろん、完全な統制経済体制下。
私企業にも、実質的な意味での、拒否権はない。
職業についてなくてもなにがしかの身分があれば、誘導可能。
学生なぞ、指導教授の意向が造られて長期合宿送り。
身分が無ければなお結構。
当該人物の生命線である保護者を説得するのは、とても簡単だ。
概ね、居住地方の国会議員が動員される。
とはいえ、拒否されることはあまりない。
全くないとは言えないが。
異世界への嗜好を持っている者が、UNESCOへの招聘を断る理由などあるだろうか?
こうしてUNESCOの調査活動が始まる。
非軍事分野以外の異世界。
その解析を担当。
まずは資料集め。
解析する為に、ありとあらゆる分野の資料が必要になる。
必要な資料を集めるためには、資料価値を判断しなければならない。
ありとあらゆる資料、ではなく、ありとあらゆる分野だからだ。
それぞれの資料価値を判断するには、それぞれの専門家が必要だ。
たとえ今は異世界の専門家などいなくても、地球世界の類似ジャンルの専門家を動員することで換える。
異世界調査研究作戦は包括的でありながら、細分化されている。
ありとあらゆる物、人、ナニか、が対象になる収集作戦。
何もかも一部隊で済ませることは出来ない。
全分野の専門家を集めたら、師団規模になってしまう。
収集資料をジャンル分けするだけで、大変な時間と人手がかかる。
UNESCO師団の創設は戦後処理計画の段階。
それでは間に合わない。
これから移動する異世界を解析するのではない。
すでに今いる異世界を解析するのだから。
だから現地資料を収集する場合は、大雑把にジャンル分けしてそこに集中する。
美術品であれば美術品。
伝承であれば伝承。
気象情報、農作物、家畜、植生、野生生物、菌類、土壌、地名に人名。
片付けベタな人間の様に、あれもこれもと手を出さない。
コレが担当ならコレだけ。
アレはアレな担当に任せる。
それぞれの担当が細分化して、別々に調査団を組織。
数次にわたって資料収集作戦を進める。
書籍類似品収集部隊は、書籍っぽい物だけを収集する。
当然、そこに集まるのは書物の専門家。
個々の内容よりも、書物の種類を見分ける役割。
大きく二分。
フィクションかノンフィクションか。
小さく分ければジャンルごとに。
物語。
帳簿。
日記。
啓蒙書。
随想。
報告書。
などなどなど。
内容を精査するのは、また別な担当の役目。
収集と解析はわかれている。
UNESCOは地球人が造った組織だけに、分業を基本としているからだ。
だが、分業が邪魔になるときがある。
書籍類似品収集部隊は書籍だけ集めたとしよう。
しかし、それは書籍というだけだろうか?
美術品でもあるのではないか?
素材は生物学資料かもしれない。
石板に書いてあるのならば、地質学の分野かも知れない。
書物の膠に混入している粒子があれば、伝承により制作年代を照らし合わせ、当時の植生を推測できるかもしれない
さらにはさらには
――――――――――故に、対策がとられる。
分業できない事を担当する役割を別に分けた。
UNESCO統括研究員。
統括研究員というのは、複数分野に長けたアドバイザー。
書籍を理解しながら他の分野にも造詣が、深くなくてもいいが、ある程度把握できる者。
分業できない事を分担する。
イレギュラーを担当するイレギュラー。
それが想定外の事態を招く。
Dr.ライアン。
とある書籍類似品収集部隊。
とある統括研究員。
一つの市。
そこで一番広い広場。
街中から集められた書物の山。
専任の研究員たちが忙しく書物チェックを進めている。
それぞれの書物の持ち主からも話を聴く。
統括研究員はその作業を横目で眺めながら、必要に応じて介入する。
それは彼女の目利きにゆだねられる。
だから、自分の裁量で作戦に従事する。
だから、彼女には作業が割り当てられなかった。
だから、行動範囲が指定されていなかった。
命令や威圧ではなく、聴取や交渉が求められるUNESCO調査団。
異世界人と同じ容貌は、相手の緊張を解いて対話を促進する場合がある。異世界住民は多くが金髪で、白い肌は日焼けの濃淡しかなく、碧い瞳が一番多い。
よって地球人の白人種が、その特徴を隠さないことは黙認されていた。
規定としては、禁止されているが。
そこは裁量権の内。
だから彼女も金髪碧眼白い肌を剥き出しにしていた。
故に、異世界住民に紛れ込みやすかった。
だからスタスタ、レッドゾーンへ踏み込んだ。
この時、UNESCO書籍類似品収集部隊の作戦域は三つに分類されている。
一つ目。
グリーンゾーン。
市内中央にある広場。
路上やテントの中で広げられた書物の数々。
多くが重厚な装丁を施された巻物や冊子。
素材も紙や羊皮紙、布に木板に粘土板、石碑らしいものもある。
市民が大勢集まり、UNESCO研究員が向かい合う。
先進国地球人視点では、まるで骨董市。
広場周りを市の衛兵が囲む。
広場を囲む完全武装、盾と手槍装備の現地衛兵たち。
かれらは一様に広場外周を睨む。
広場近くの住民、市の中間層は一様に閉じこもったままだ。
鎧戸を閉じて、窓も戸も閂をかけている。
市の支配層である、商工会が命じたからだが。
それでも衛兵たちは、睨み続ける。
広場に面した建物。
広場に通じる道や路地。
開いた、開く窓はないか?
屋根や路地に、人影はないか?
投石一つで市が滅ぼされる。
そう知っている商工会は、命じた。
衛兵たちは確かめる必要なし、と。
人影があれば、斬る。
開いた窓や戸があれば、焼く。
近隣住民を立ち退かせれば、かえって目が届きにくくなる。
暗殺者や密偵が、無人の建物家屋に潜みやすくなる。
だからかえって、近隣住民たちには家屋建物内の巡回を命じていた。
広場という商業中心地、その周りに住むのは大手商会の奉公人たち。
彼等は商工会という、雇先の上部組織に従順だ。
周辺建築物を防壁に、衛兵たちが囲む。
そうして隔離された広場に、集まっている。
その内側を行き来する人々。
市の富裕層、さらに好事家。
商工会の実力者たち。
そして幾人ものUNESCO要員、学者に護衛兵士。
味方とそれ以外が混交しているから、危険。
だが危険を前提に体制を組んでいる。
先手々で事前対処可能。
SIRENとなれば、30秒以内に地球人だけになる。
故に戦闘封殺地。
だからこそ広場は、一番危険度が少ないグリーンと呼称された。
二つ目の作戦域。
イエローゾーンは市外を指す。
人影もまばらな、野原と森。
都市を支える空間余地であり、燃料源。
さらに先には農村地帯。
広い農地は農夫も多い、だが人口密度は低い。
今日、UNESCO調査団の来訪に合わせて城市は封鎖されている。
硬く門を閉ざし、市の内外で出入り禁止。
通常出入りする他の街や農村からの物売りも、十分な予告期間をとってあるために立ち寄らない。
代わりに何組かが野営している。
他の市の衛兵か周辺農村の若者たち。
目立たないように数人で、馬を用意して様子見中。
国連軍もUNESCOも、異世界人にとっては青龍だ。
青龍とのトラブルに巻き込まれることを警戒している。
それを確認しているのは、上空の偵察ユニット。
もちろん、UNESCOも国連軍もその動きは掴んでいる。
だが、十分に対処可能と判断。
排除せず、確認だけにとどめている。
地球人の力が持つ特徴は、遠距離索敵と長射程火器。
市外は一番対処がしやすい戦闘適地。
緊急時にはここ、イエローで部隊を再編成する。
作戦上の再編ポイント。
あくまでも、予備としてのポイント。
完全に無人とするほどの配慮は必要ない。
三つ目の作戦域。
レッドゾーンは一番危険。
グリーン以外の市街地だ。
広場の外側、市街の大半がレッド。
市街地自体が火力戦に不向き。
そんな市街地には、不確定要素が多い。
都市部にしかいない貧困層。
比較的棄てる物を持たない下層民。
状況把握の為に必要な情報力が弱く、組織化されていない。
故に統制が届きにくく、利害打算も通じにくい。
彼らが知るのは、彼らが言う青龍が広場に来た、程度だろう。
そしてUNESCOの武装戦力は、市街地全体まで手が回らない。
危険が多く、対処が難しく、戦力が足りない。
故にレッド。
つまりはUNESCOの戦力が少ないことが原因の一端である、とも言えた。
在日米軍を基幹に自衛隊を主力とし、在日各国人から戦力を整えた国連軍。
戦線が膠着状態、いや、自然休戦状態になっているうちに国連軍から希望者から募ったUNESCO戦闘部隊。
母体と出向先。
数が違いすぎる。
遠距離から安全に、生きた敵を視認することも少ない国連軍。
近接戦闘、警護任務、非殺傷作戦が多いUNESCO。
作戦の難易度が違い過ぎ、危険度も高く、UNESCO出向希望者も多くはない。
なら、国連軍に支援を求めればどうか?
UNESCO独自の戦闘部隊は最小限をそろえ、安全確保を国連軍に委託する。
前線が落ちついているうちならば、軍事参謀委員会も否やはあるまい。
それは検討されたが、断念。
国連軍に安全をゆだねたら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・街を神経ガスで「安全化」してしまうだろう。
情報の重要性を理解していても、人命を危険にさらす気は無いからだ。
書籍が化学汚染される?
スキャンしてデータを取得すればいい。
原典に拘らないのが、国連軍スタイル。
そんなことをしていたら、異世界が無人になってしまう!
だからどうした、関係ない。
そう、日本列島以外は必要ない。
あってもかまわない。
無くても気にならない。
実際、国連軍だけではなく、大半の人間はそんなものだろう。
異世界とは、せいぜい、好奇心の対象に過ぎない。
そう、好奇心の対象なのだ!!!!!!!!!!
だからこそ、UNESCOは狂奔する。
基本的人権、好奇心を護るために。
好奇心を断行するために、あらゆるリスクを承知で全力でレッドゾーンへ迷い込む。
好奇心を死守するために、命を張って死力を尽くして迷子をレッドゾーンから引きずり出す。
両者に共通するところ
――――――――――自分の命は計算外。




