因果応報
ごめんなさい。
御免なさい。
反省します。
放課後、一目散に予備校に走るみんなを見ていた。
バイト先のコンビニで「金を稼ぐって楽なもんだな~」と笑っていてごめんなさい。
予備校の前だと意識してなかったんだ。
顔見せる同級生もひましてるもんだとばかり・・・。
炎天下に一生懸命練習するみんなを見ていた。
グラウンドが一望できる吉田さんちの庭の木蔭で、みんなでかじるスイカとかき氷は美味しかった。
見られてると思わなかったんだ。
甲子園行くより楽だったし、ベンチより涼しいし、よく見えたから楽しいし・・・。
靴をすり減らして就職活動をしているみんなを見ていた。
労働法判例集と労働基準監督署の窓口案内を印刷して就職課の前に置いたのはマズかっただろうか?
暇してたのでボランティアのつもりだったんだ。
言ってくれれば訴訟前に『誠意』で片づける方法を・・・。
必死に勉強してい良い成績を上げていたら。
一心不乱に練習して課外活動で実績をあげていたら。
生真面目に就職活動をして一流企業に就職していたら。
いまごろ、自宅待機できたんじゃないだろうか。
《とある国連軍大尉の悔恨》
【太守府/王城/王乃間/お手製椅子サークル/窓側】
翌日である。
二日目である。
昨日今日である。
皆さんご記憶であろうか?
昨日着いたんだぜ?
この街。
マジか。
一日目。
昨日は虐殺しそうになった。
二日目。
今日午前中は大量、あるいは、少量殺人をした。
明日ははどうなる?
・・・七日目には勇者に出会い「世界をはんぶんこしよう」と言ってるかもしれないな。
【太守府/王城/王乃間/お手製椅子サークル/壁側】
あたしの前には青龍二人。わずか一日。
昨日。
都市を代表する有力者達に嘘をつかれ、正体不明の暗殺者に狙われる。
今日。
無知な暴漢に罵倒され襲われたあげく、有力者に侮辱される。
既に午前中の事件は知られてる。
毎日、襲われる青龍。
虫のように払われる暗殺者。
市民は脅えきっている。
『いつ、罰が下されるのか』
有力者を赦し、刺客を返り討ちにした青龍に。
都市を灰に出来るが、そうしない青龍に。
怯えて当然ね。
いつ?
どうやって?
誰か生き残れる?
死刑台の前で立ち尽くす状態の市民たち。
あたしはと言えば・・・なぜかわかる。
青龍の貴族。
青龍の女貴族。
青龍の騎士たち。
青龍の僧侶。
青龍の道化。
青龍のおまけ(え?)。
気にも留めていない。
わずか一両日で起きたこと。
起こしたこと。
覚えてはいる、だろう。
それだけ。
・・・・・・赤龍なら、間違いなく、街路と広場を死体で埋める・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・青龍は、まさか、もしや、かんだい、寛大、なのか。
違和感で一杯ね。
【太守府/王城/王乃間/お手製椅子サークル/窓側】
俺は絶望とは無縁である。
例えスタートダッシュに失敗(人生の)したとしても取り返せばいいだけだ。
誰かに追いつきたいわけじゃない。
誰かを追い越したいわけじゃない。
ならば!
イケる!
たぶん!
「帰って良いですか?」
「ダメ。最前線は凪いでるわ」
リタイヤ希望!
返しがそれか!
わかって言ってる顔だ。だーれが公式殺人なんぞしたいもんか。
「向いていません」
働くことに。
「自覚があるなんて稀有なことね」
本気で言ってやがる。クソ上司。
「失敗しますが?」
全力で!!!
「期待してるわ」
何を持って成功かわからんから、失敗もできんか。占領統治失敗なら俺の死亡フラグだ。
「いやいやしぶしぶ舌打ちしながら励むとしましょう」
「何時も通り絶好調ね!」
にっこり。
上司に気心しれても良いことないよね。
絶対に『俺は』幸せ(ニート)になってやる!
【太守府/王城/王乃間/お手製椅子サークル/青龍の貴族の背後】
わたしは人知れずに一喜一憂してしまう。
武人の常、なのだろうが、ご主人様は戦場がお望み。
撃剣音も吶喊声もないこの土地・・・ことあらばすぐに去られるだろう。
その時わたしは・・・・・・・。
ご主人様は大テーブルに移動。私達も続く。
女の人・・・青龍の女貴族さまはお茶を楽しんだまま。
でも、眺めている。
ご主人様の、上に立つ、青龍。
ご主人様は箱、『はそこん』?を開いた。
お仕事だ。お役にたたねば・・・捨て置かれる。
ねえ様、ちいねえ様、わたしは椅子を勧められたけれど、辞退。ご主人様を見つめる。
「港を知っているか」
【太守府/王城/王乃間/お手製椅子サークル/青龍の貴族の背後】
わたくしたちは頷きました。
ご領主様は細かい指示いたしません。なればこそ、察する器量が試されます。
小さな漁港は数あれど、この邦で『港』と言えば一カ所。
「わたくしから」
ご領主様の左前に進み出る。
「わたくしたちが住まう土地で唯一の貿易港です。主に小麦を積み出し、嗜好品や香辛料を積み降ろします」
ご領主様はご存知な様子。なら、これは試問。
「港を支配するのは回船商が中心に見えます」
ご領主様の表情が動いた。お褒めだ。
ご存じなかったのかも!
「ですが実際にはギルド、盗賊ギルドの力が強い街です。ギルドは参事会に概ね従っていますが、港では『お願い』しないといけません」
ご領主様が頷かれた。わたくしは少し、いささか、表情を引き締めます。
・・・青龍の女貴族さんの視線が気になりますから。
ねえ様が続けた。
「盗賊ギルドの頭目は三日前からここに来ています。呼びますか」
「曹長」
騎士長が開いている扉の前で敬礼。
「この子が盗賊ギルドの頭目を確認、お連れしろ。視認させないように」
ご主人様が頷かれた。ねえ様は部屋を出る。
【王乃間/窓際/大テーブル上座/青龍の貴族右側】
わたしが後を受けた。
「港までの道のりは徒歩の旅人なら一週間、馬車を乗り継げば3~4日、早馬を継げば5~6時間ほどになります」
やっぱり、空を飛ぶ青龍は私たちの地理感覚をご存じない。
興味を惹けたみたい。
ご主人様の表情が嬉しくて続けた。
「秋に刈り取られた麦は冬の間に港に集められて春に出荷されます」
春は作付けで忙しく人足が集まらないから冬の間に終わらせないといけない。赤龍が必要とみなせば、どんな時期でもかり集められたが。
その場合も作付けの遅れは許されない。
「今年は春に戦となり、出荷先の全てと連絡が取れなくなりましたから、貿易自体が止まっています」
ちいねえ様が付け加えた。
「港には税として集められた大量の小麦があります」
「小麦の管理は実質的に回船商が行い、彼等の望みは貿易の再開です」
わたしとちいねえ様が交互に話す。
いまとなっては貿易路、海を支配しているのは青龍だ。
「さすが商人と魔法使い」
サンサ・・・と呼ばれる女貴族さんが手を打った・・・賞賛?
ご主人様が皆を見回す。
【王城上層階/中央回廊】
あたしは考える。
(知っていたのか?知らなかったのか?)
青龍だから何もかも知っている訳がない。だから帳簿を調べている。
青龍は有り得ない事を知っている。参事達の密談のように。
見分けが付けば先をとれるのだが・・・つかない。あの娘の「ご主人様」は、やはりくわせモノだ。
(何者だ?)
改めて考える。
知性と教養が青龍一般に求められるものだとして、使えるかどうかは別の話だろう。
どこであれ将なれば、ある程度は戦場以外に通じるが・・・アレはその程度ではない。
だから「貴族」だと践んでいた。成り上がりに身につく姿勢ではないからだ。
(しかし)
ただの貴族でもないようだ。
女貴族。
青龍の戦争指導者、その娘。
戦争指導そのものに関与している女。
青龍世界がいかに特異でも、あの女が例外的な地位だとはわかる。
帝国に例えれば公女、加えて女将軍か。
二人が交わす会話は対等なモノだ。序列を無視してはいないが、それだけ。
ならばあの娘の「ご主人様」も同じく例外。だから戦場に戻れない、か。
(そんな大物がなぜこんな、辺境に)
【王乃間/窓際/大テーブル上座】
「これから港にむかう?」
俺、フリーズ。溜めを造って言おうとしたら、先回りされた。
三佐は皆に見えない角度でニヤついた。
「ヘリを使いなさい」
三佐が施設隊と一緒に乗って来たチヌーク。資材搬入は終わったし、施設はしばらく作業するから空いてるわけだ。
「有り難く」
やられっぱなしじゃないよ?
【王乃間/窓際/大テーブル上座/青龍の貴族右側】
わたしを少し下がらせ、ご主人様が敬礼。
・・・なにかお芝居のような??
「国連軍事参謀委員会の命令に従い軍政司令部並びにPMFは港の接収に向かう」
女貴族さんが拍手。
「留守を任せます」
女貴族さんは驚いた顔。
ご主人様は澄まし顔。
「軍政の空白を避け、不在中の軍政司令官権限は少佐に委任」
チッ!
え・・・女貴族さんが笑顔で舌打ち。
この女の人の言葉を命令扱いにして、命令遂行の必要条件、として権限を押し付けた。
ご主人様の意図は判らない・・・反省・・・女貴族さんと一緒にいたくない、のかな。
【王乃間/窓際/大テーブル上座】
俺、初勝利。
やっぱり三佐は付いてくるつもりだったな。冷やかし気分で。
ざまー。
施設隊と武装したヘリが行き交う中、丸投げしても問題あるまい。
問題が起きたら、俺のせいじゃないし。
これで港町に集中出来るってもんだ。
というか、魔女っ子にお嬢、背中に隠れなくてもいいんだが。
三佐の舌打ちは俺もビビったけどね。
さて。
視線をパソコンへ。
ごく自然に。
・・・子供たちの話は偵察機の情報通り。
最大の貿易港。
貿易の停滞。
・・・太守領域に大型船が出入り出来る規模の施設は一つだけ。しかも船の出入りがない。
見りゃわかるのはここまで。
中身は半独立都市、支配権が曖昧。
頭痛いな。
【王城中層階/外周回廊】
「たぶん、謁見の間」
あたしは振り向いた。
「いるか?」
騎士長が板を指し示す。部屋がある。つい板の後ろを見る。やはりなにもない。
「あ、つまり・・・離れた場所を覗く事ができるんだ」
青龍の魔法。
手持ちの板に水鏡?遠見に使う水鏡は手持ちが出来る儀式ではない。
なんという高等魔術。
映る部屋は謁見の間。王国時代に謁見の儀式が行われた場所。今は居を移る事にされた参事たちの会議所にされている。
「目標はいるか?」
部屋の光景が
ゆっくり動く。
「左、碧いドレスの赤毛」
騎士長が指差し円で囲む。
「それ」
「戻っていい」
言い捨てる。さっさと謁見の間に向かった。あたしも踵を返す。
【王城中層階/謁見乃間/控室】
あたしは昨夜のことを思い出した。
「あの月からなら、よく見えそうだ」
貴族の、つぶやき。
その時は、意味が判らなかった。
まずは、急ごう。
「止まれ」
謁見の間は騒然としていた。
参事、配下の商人や職人、小間使いに書生、雑多な人間でごった返す広間。
碧いドレスの婦人が部屋を出ようとして止められたようだ。
青龍の騎士に。
「・・・何事でしょうか」
少しためらったのは、怯えて泣き叫んでみせようか、迷ったのだろう。
騎士長はまだ来ていない。
「動くな」
青龍の騎士はジュウを構えたまま命じる。まるで隙だらけの背を晒しながら。
左後ろの書生、右前の商人、暖炉脇のメイドはギルドの護衛。
頭目が仕草で制しているが、身振り一つで騎士の背後から暗器で襲いかかる。
だが、向けられているジュウの威力を理解しているようだ。
騎士は前にいる頭目だけに集中・・・殺気を無視・・・いや、殺気に気が付いていない。
なにも考えず、頭目を即死させる態勢を維持。
盗賊ギルドの頭目を部屋から出さない。
青龍の目的は達成されていた。
仮に騎士が周りの殺気に反応し、それに対して身構えたら頭目に逃げる隙を与える。
頭目と護衛は動けない。
刹那に考え、だから固まった。
考えてる。
頭目の偽装がバレている?
護衛の偽装はバレたか?
青龍の騎士は暗器で貫ける?
青龍は騎士?魔法騎士?
手槍は頭目を即死させる?
青龍はなぜ護衛を無視できる?
ならば他にも青龍が動いてる?
青龍の騎士とは逆。
何もかも目を配るから、なにもわからない。
あらゆる可能性を考えるから、何も決められない。
刹那の躊躇で一番大切なモノを失った。
青龍の騎士長が着いた。ジュウは構えないが、戸口の一つから部屋全体に油断なく視線を走らせる。
碧いドレスの婦人、一部の者にしか正体を明かしていない、盗賊ギルドの頭目。
一礼。
「どこへなりと参ります」
そのまま、二人に従い部屋を出た。
青龍は単純だ。愚かしく見えるほどに。
まるで周囲が目に入っていない。
あれは魔法で背後を守ったりしていないだろう。
鎧はあたしたちが予想するより丈夫だが、それに頼ってもいない。
目的を達成する。
絶対に達成する。
目的だけを、目的だけしか、最初から最後まで目的しか無い。
自分も、他人も、無い。
自衛も、警戒も、無い。
それは目的に関係がない故に。
後も先も無く、足下も頭上も無く、ただ目の前だけ見据えれば、人は星に手が届くのだろうか。
【王乃間/窓際】
俺は窓の外を見た。
澄んだ青空。
今なら飛びたい気がする。
「上司って辛いのよね」
と言うより居たたまれない。謁見乃間が映ったパソコンを閉じた。
あとは曹長が片づける。
『盗賊ギルド』って語感が怖いよね。
『頭目』ってのも強そうだね。
アッハッハッ。緊張しすぎたのかな。
いや、知らんけど。
「・・・あれで良いんです」
バルコニーで深呼吸。
「健康にはね」
敵地で敵に囲まれて気がつかない・・・胃腸には良さそうだ、うん。
「真面目に全力でアレでしょう」
「戦場で、ツーマンセルが出来れば十分です」
それ以上を求めたらソレすら出来ない。どうせ戦闘の役にはたたない。俺も彼も。
「だからココに回したんでしょう」
どうでも良い捨て仕事。
俺や彼が殺されて何が困る?
いや、困るよ?個人的にはね。
でもね?
日本も国連も人類も困らない。
主戦場から遥かに離れた辺境で、素人士官と新米兵士が殺されて、だから?
「俺が殺されても、何も変わらない」
「教訓になるかもね」
三佐がカラカラと笑った。




