殺意が無ければただの事故/Disk 4
保険屋さんからのお知らせ。
生命保険加入時は、告知が必要です。
被害妄想はキチンと申告しましょう。
入れないとは言ってません。
「言って」ませんよね?
注:「被害妄想」とは精神障害の一種です。しばしば明快で体系化され論理的に構成してあるために伝染(伝播)性を持ちます。よって、その論理を守る為に現実の大半が無視されています。患者はその論理を連呼し、共感を強制し異論を敵対とみなすことにより妄想を強化します(反論すると悪化します)。とはいえ攻撃的(本人にとっては防衛的)反応を強化していくために、本人を含む周囲にとって危険です。隔離する必要があり個人ならば措置入院、公人ならば社会的に無力化し特異な政治団体などで閉鎖循環に追い込むのが望ましいでしょう。
問題。
「某半島北部の発射したミサイルに命中して損害を受けた
――――――――――保険は適用されるか?」
※保険の約款で戦争は免責されている。
正解。
「適用される」
なぜなら「狙って当てる」ことが不可能だから。
被弾は事故と見なされる。
免責0%:命中率に対して免責が適用される。
《業界ジョーク》
【Disk 4/再生開始】
濃密な死は、生を感じさせる。
ならば、この場で最も命を謳歌しているのは彼女だろう。
一秒で15発。
二器で30発。
弾頭先端が窪んだ、7.62mm強装弾。
土嚢程度の防御力がある、人体。
防御力とは、弾頭の力を防ぐということ。
それはつまり、その威力を吸収するということだ。
それは織り込み済み。
人体の防御力を利用して弾頭を砕く。
そのように計算して造られている。
貫通した弾片が小さな散弾のように、体内で飛び散り周りの組織を斬り裂き砕く。
超音速の弾頭に砕かれた骨片、肉片、血潮が亜音速で体内を拡散。
ヘビー級プロボクサーのストレートが体内でさく裂したようなものだ。
断片が外に抜ければ威力は中空に消える。
そんな事は無いように、素材から丁寧に作り上げられているのだけれど。
その運動エネルギーを受け、後方へ弾かれる人の形をした肉塊。
それは後方から全力で突進してくる人体に当たる。
人体と人体の衝突が、内臓を潰し骨を砕いた。
すべては、織り込み済み。
その少し前。
女騎士が降伏を考えている時。
すでに彼らの運命は始まっていた。
オフェンス・ゾーン。
そこを通って出入りすること
――――――――――青龍から帝国軍巡察隊に与えられた指示は、それだけ。
出入りを許可された者には、青龍の印がつけられる。
その印は、身に付けた肢体から鼓動を見失うと、単なる発信器となる。
射線上に向けられたカメラが見ていた。
さえぎる物のない空間で、オフェンス・ゾーンに近づく動体を。
それがなんであるのか、器械は知らない。
知ることも無い。
M-240は、いや、それを制御するプログラムは、守備範囲に近付く動体に照準。
女騎士からIFFの返答を感じると、そのシルエットを射線から外す。弱い電波は中継器である哨戒気球を通して、第13集積地全体でカバーされているのだ。
電子的返答がない動体が、マークされていく。
自動機銃本体に取り付けられているセンサーが気温、湿度を観測。
外部センサーが照準距離に至る風の動きを測定。
二器の照準が組み合わされる。
装填異常などに備え、互いをバックアップするように。
弾頭が最大限の威力を発揮するように。
慣性の法則はすべてに適用される。
故に、直前の動きから未来位置が測定できる。
標的に対する最適の射線移動が組まれる。
近い順。
大きさ優先。
速度も大切だ。
民生用としては笑顔を識別するために使われているソフト。
それが本来の機能に戻り、頭部の中心線を測るために機能する。
もちろん、眼球の色彩を可能な限り判定。
赤い瞳があれば優先射撃目標となる。
全戦場で普遍的に使われるソフトウェア。
5
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
30秒で区切るとしよう。
特に意味はないが、区切りが良い。
膝をつき、背を向けた女騎士から向こう側。
941発の弾道が行き過ぎた。
幅100m。
奥行き500m。
左右からの砲火。
その十字交点。
彼女の目の前で奇跡が起きた。
オフェンス・ゾーンのラインから5m。
前人未到の大記録。
目の前に落ちて来た、手首。
無許可立ち入りの最高記録。
「Count Hold.AP/APHE、Over range」
女騎士の頭上から、声とともに大粒の飛沫がふって来た。
頭上に放られた、2リットルのペットボトル。
手を離れた瞬間。
自動機銃はオフェンス・ゾーン内の非味方動体と認識。
7.62mm徹甲弾が撃ち抜く。
それは彼女の全身に、シャワーのように水を降らせた。
状況を忘れ背後、そして頭上の青龍を振り仰ぐ女騎士。
帝国兵、騎士が戦況を、自らの戦いを忘れることは無い
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺される命など、自分も他人も眼中には無い、最初から。
だが、忘れた。
兜も飾りも、武器も失った姿。
全身ずぶ濡れで、地面にへたり込んでいる。
荒い息を深呼吸に切り替えていく。
おもむろに手甲を抜き、革に鋼の胸当てを組み合わせた胴鎧を外した。
上半身を肌着だけにしながら、下肢の鎧も外したかった。
が、身を起こす力が入らない。
そんな彼女に、身をかがめた青龍。
つまり集積地管理官。
水筒備え付けのカップを差し出した。
女騎士はソレを受け取り一息に干す。
温い(ぬるい)お茶だ。
体温よりやや低いくらいの暖かさ。
水分補給の最適温度。
体熱を下げるのは、外側から、全体をなるべく均一に。
そして体内、内臓は冷やさない。
クールダウンの基本。
二杯目が注がれ、それをゆっくり飲み干した。
そして、別なカップが差し出される。
振れた手には熱を感じないが、のぞき込む鼻孔にあたる湯気は確かに熱い。
唇で熱を楽しみ、口に含み、胃の腑に染み渡る。
――――――――――ようやく女騎士は五感を意識した。
嗅覚。
神経中枢を経由せずに、脳に直結した機能。
最初から感じていた匂い。
鼻に馴れぬ、奥に突き刺さる匂い。
つまりは硝煙。
触覚。
全身を叩く、熱い空気、烈風。
女騎士の髪が千切れ、肌が灼かれる。
彼女は自分と青龍が、結界の中にいる、そう感じた。
確かに外部からの侵入を防ぐ、結界とは言える。
視覚。
視界を埋める血肉骨が、今は膝ほどの高さに積まれている。
指呼にとどかんとする距離。
人の形を窺わせる、堡塁の素材。
ひしゃげ砕かれ捻りちぎれた、バラされた死骸。
目には見えない黄色い線。
生死を分けて、明瞭に見える。
それを越えた者、味方と判定されなかった動く者。
すべてが銃弾砲弾に撃ち砕かれる。
聴覚。
耳を圧する轟音は途切れない。
「要りますか?」
「ん」
だが、呟くような声は聴こえた。
小さな音は、より大きな音に打ち消されている訳ではない。
空気の振動は存在している。
人間の聴覚が認識出来ない訳でもない。
鼓膜はその振動を全て拾える。
ただその情報を、人間の脳が切り捨てる。
通常、大きな音を優先処理するからだ。
だから、慣れればいい。
音量ではなく、音質を優先するように。
特定のそれに、脳が反応するように。
意識を向けることが出来れば、聴こえる。
竜の火炎、魔法の縛炎、ゴーレムの投擲、騎馬万騎の吶喊。
帝国軍は轟音直下の戦闘に慣れている。
ましてや将校騎士ともなれば、合図身振りに従っているだけでは済まない。
だが、銃声下でもその技能が生かせると、初めて確認された。
管理責任者は女騎士と会話しながら、それを記録する。
鼓膜が壊れそうな連射音の中、彼自身には無い技能。
だが耳を覆うヘッドセットが必要な声を聞き分けてくれる。
不必要な悲鳴や苦鳴はカットがデフォルト。
もっともカウントだけは、ディスプレイに表示。
短時間に現れては消える。
まるで瞬きのようだ。
そんな青龍の様子を眺め、会話の抑揚を変えながら試す女騎士。
二言三言。
青龍の聞き分け能力は熟練兵士並みか、それ以上。
そう、記憶する彼女。
五感の最後に、味覚。
髪から滴る水。
口の中に広がる、甘い水の味。
飲める水を浴びる、浴びせるのは青龍しかいない。
そしてまた、熱いお茶を含む。
白茶。
大陸東北部一帯で珍重される高級茶。
それは主に、人が死んだとき、のまれるお茶。
氏族の有力者、時に貴族騎士・王族と呼ばれるそれ、が死んだとき。
生きてる者は白茶を。
死体には白茶に見立てた白湯を。
氏族の序列と団結を、他氏族からの友誼と共感を内外に示すデモンストレーション。
それでも内紛が起きる時は起きるし、背反奇襲は言うまでもないが。
してみると、自分は、生かされる側らしい
――――――――――と女騎士は推測。
もともと彼女の生殺与奪は、青龍に握られている。
明言されていないし、帝国軍が同意した訳でもない。
が、それは異世界の常識。
強者と弱者の間で通知や同意など有り得ない。
異世界だけではないかもしれないが。
彼女は、自分にかけられた水を思う。
この美味いお茶をいれるのに使ったものと、同じ水。
青龍はきっと、そんな水を毎日、わざわざ用意して、浴びてるに違いない。
呆れるべきか?
羨むべきか?
とりあえず、得難い経験を楽しむことにした女騎士。
人心地つく。
改めて鼻を突く異臭が気になる。
硝煙
彼女のように国連軍との戦闘経験がない者は、知らない。
それを体験して生きてる者は一握り、だから仕方がないとは言えるが。
硝煙を嗅いで生きているのは、遠く風下で砲声を聴いた者。
いち早く撤退に成功したもの。
彼女は、コレがソレかと思い描いていた。
そして初めてそれを嗅ぎ、思う。
だいたい、合っている。
帝国軍の各隊、特に騎士クラスには繰り返し説明されていたからだ。
敵の匂い、死の匂い、対処すべき匂い、国連軍いや青龍の匂い。
匂いを言葉にするのは難しい。
だが、複数人の生還者から繰り返し聴取、引き比べて再聴取、一次情報が混濁しないように隔離聴取に務め、それを繰り返した帝国軍。
それは成功だった。
現に、女騎士が気が付いた。
帝国で語られる、青龍の吐息に。
それが何かの役に立つわけではないが。
もちろん気がつけたのは、環境のせいもある。
濃密な、馴れた臭いの中だけに、その異質さが余計な際立ったのだろう。
硝煙の匂いを際だたせる、臭い。
彼女の全身を浸すのは、とてもとても親しんだ臭い。
彼女が生まれてこの方、幼いころから氏族の皆と、兵士や騎士と、常に踏みしだいてきた臭い。
本質的に不快感を覚えるが、不快感に気がつかないほど日常的な臭い。
人の血肉、なにより雑食を思わせる、臓物の異臭。
数分前、女騎士の目に映っていた光景。
転倒ついでに振り返り、一瞬で自分をのみこむ人波に向かい。
覚悟を決めて目を見開いた。
瞬間に、花壇が現れた。
生家のそれを、思い起こしたのだろう。
瞬きの間に目の前の暴徒たちの、その体に咲いた赤い花々。
それは手のひらに包み込めるような小さな赤。
が、次の瞬きで、奇怪なオブジェと変わってしまう。
赤、白、黄色。
かつての形を連想させる、四肢の残滓と苦悶の表情。
轟き響く人の声。
あるいは、それが違和感のもとだったかもしれない。
これまでの、青龍の、力を行使された場所で、人の声が響いたことがあっただろうか。
人が人ならざるモノへと変容し、死とは似つかぬ破壊をもたらす、。
それが、青龍だ。
だが、女騎士の前に広がった光景は、あまりにも人間的であり過ぎた。




