君は悪くない(無慈悲)/Disk 2
No, no, you don’t. It’s not your fault.
(いや、わかっていない。きみは悪くないんだ)
映画『グッド・ウィル・ハンティング』のセリフ
因果応報、という言葉があります。
「全ては、報いである」
そういう意味ですね。
「善いことをすれば、良いことが起こる。悪いことをすれば良くないことが起こる」
と誤解されることが多いようです。
繰り返しますが、これは誤解に過ぎない。
これは、道徳を押し付けるレトリックではありません。
慈悲の言葉です。
死にゆく人に、殺される人に、壊される人に。
「それは当然なんだよ」と思わせてあげること。
事実はよりシンプルです。
理由もなく、意味もなく、根拠もなく、あなたでなくてもいい。
無意味に意味を求める。
それが人間です。
人は、そんな風に、死ぬべきじゃない。
誰かがそう考えたんです。
命を救えないならば、出来ることがあるはずだ、と
死ぬのは貴方でなくてはならない。
他の誰でもない、貴方が殺されなくてはならない。
そこには誰もが納得できる理由があり、その死には深い意味があり、それを証明することは可能で、貴方でなくてはならないんだ。
とね。
《国際連合安全保障理事会/諮問委員会/戦後処理計画委員会席上にて》
【Disk 2/再生開始】
つまるところ、帝国騎士は敗北に無知でありすぎた。
その騒動、その発端は私刑。
処刑された騎士と癒着していた、農夫の顔役。
無言の後ろ盾を失い、他の農夫たちに吊された。
特に横暴ではなかった。
食糧を横流ししたからといって、皆が飢えるほどではない。
ただ同じ居住地に居る皆より、豊かに暮らしていた。
――――――――――殺されて、当たり前だ。
そして、それは珍しくも無かった。
領民たちが一人、あるいは一握りの領民を吊す。
昔も今も、西も南も北も、いつものこと。
何も支障はない。
税収や労役効率に影響がなければ、どうでもいい。
帝国軍は誰一人、理由や原因など考えない。
統治の邪魔にならない限り領民の慣習を潰したりしない。
多少の阻害要素ならコストとして許容できる。
軍そのものが国家と化した帝国。
理解はしないが、認識はする帝国。
70年以上、領民を観察して来た帝国。
領民のことなど解らない、だが判っている。
それで十分。
研究は魔法使いの領分で、軍には結果だけが回ってくる。
それで十分。
馬の内臓を知らなくとも、世話と騎乗術を知っていればよい。
それで十分。
文章を打つときに、プロログラムを理解している必要など、ないではないか?
だから女騎士が指揮する巡察隊も、気負うことなく乗り込んだ。
それでフラグが立つとは思わずに。
巡察とは警戒と威圧。
羊が噛み合うならば、牧童が乗り込む。
ソレと同じ。
徴集農民同士のトラブルを防ぐもよし、場合によっては最小限にとどめる。
同時に帝国軍の威を示し、今後に向けて徴集農民たちへの統制を保つ。
その日その時、一万余りの農民たちが住まう場所。
動員された帝国軍戦力、二十名の兵士と騎士二名、従士二。
騎乗の騎士。
突進打撃兵器ともなる堂々たる体躯の馬に、馬上用の長剣、鋼の兜。
厚手の革を主体として要所々に鋼の鎖を編み込み強化。
胸手脚に甲を付けた軽装鎧。
巡察任務であったので、集団戦闘を前提として顔を守る面貌は付けていない。
視界は広がったが、赤い唇と白い肌、女騎士の顔もよく見えていた。
馬に付く従士。
騎士に差し出す馬上槍。
馬を守る大きく軽い、竹製の盾。
本来の盾は木製だが、ここでは竹、竹状の植物。
従士が造る、土地で手に入る素材によって変わる消耗品。
自身の装備は兜と革鎧、剣と応急手当道具が入った背嚢を背負う。
近代軍隊であれば衛生兵に準じる立場を兼ねていた。
帝国軍は国連軍の最大多数(どことは言わない非軍隊)より衛生兵率が高い。
隊列を組む兵士。
通常であれば前面を重視した胴鎧をつけるが、聖都駐留部隊は面あたりの防御力を下げた全面鎧。
要所に鉄、硬い木材の小板をかみ合わせた革鎧。
鋼の兜。
予備兵装の短剣。
主兵装である短槍は150cm程度の長さであり、身長170~190cmくらいの兵士たちには取り回しがたやすい。
ここでも馬上の女騎士、身長160cm余りが目立っていた。
もう一人の騎士が標準体形で、しかも後ろにいれば余計に目立つ。
合計22名。
これでも普段の倍だ。
普段より増やしたということは、トラブルが予想されていたと言える。もちろん、国連軍に降伏する前、帝国軍の平時規定からみれば、半分に過ぎない。
百万人近くを同時に管制する帝国軍
現時点での全兵数五千余り。
少数の巡察隊の数を増やし、監視密度を上げる。
中央の予備戦力に最大値を割り振り、対処能力の維持を優先する。
これが帝国軍司令部の作戦。
それを考えれば今回の巡察隊、仕方がない規模だっただろう。
その巡察隊の指揮官が、女だったのもまずかった。
体格という武器が無いからだ。
それはやはり、専門性が高い帝国軍には気が付きにくかった。
帝国軍は騎士の資質を、主に指揮能力と経験で見ているからだ。
彼女は剣技の鋭さで兵を心服させていて、指揮能力に疑いが無い。
前線での経験も年単位で重ねており、将校斥候の経験から見て、孤立した小部隊の運用に慣れている。
殿部隊に選抜された、忠誠心と義務感に跳んだ精鋭部隊の一員。
なにを疑問に持つだろうか?
彼女自身も、出身こそ騎竜民族ではないが、帝国心臓部、騎竜民族発祥の地、その周辺地域出身。
代々、帝国の支配層、その一員として生きてきた。
その先兵たる身で、統治者ではなく部隊長。
民のことなど解らない。
考えたことも無い。
あるいは、将官であれば気がついたかもしれない。
一軍率いる者は、否応なく政治的である。
言い換えればハッタリやブラフを習得している。
さらに、帝国以外の価値観を知っていて、それに合わせる訓練も受けている。
それに合わせた上で踏みつぶすことも含めて、だ。
ましてや「そこで死ね」ではなく「上手く降伏してろ」などとムチャぶりをされるような、帝国本土首脳部肝いりの逸材であれば。
だが、組織化が極まった帝国軍で、末端の、たかだか一巡察隊のローテーションに将が目を通す事はない。
よって、誰かにとっての、悲劇は防ぎようが無かったのだ。
帝国軍の女騎士。
巡察隊の隊長は、訳が分からないなりに即応した。
一段高い馬上から、良く見える。
居住地の中に進み、状況を見極めた、つもりだった。
もちろん、見るべきものは一つではない。
命じた作業の進捗状態
居住地内の衛生状態。
農夫たちの健康状態。
行き交う、時に立ち尽くす農夫の肌艶や所作
・・・・・・・・・・・・・・・・健康に問題はなく、所作は不自然。
争乱中だからだろう。
異臭はしない。
匂いにやや血が混じるが、前方からのみ。全体に片付いていないが、作業が中断しているからだろう、資材や工具ばかり。ゴミや汚物がは片づけられている。
作業はやっぱり、止まっている。
宿舎の解体、居住区外周への移設、広く空けた中央を開墾しなおす。
移設がもうすぐ終わる、次の作業への切り替え時期だというのに。
(ここでとまるか?キリが悪い)
女騎士はうんざりしていた。
別に帝国軍の注文ではない、青龍の命令。
特に期限が決められているわけではない。
帝国の害にはならないから、従っている。
やりたくてやっているわけではない。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と考えると、負けた事を思いなおして不愉快ね)
とはいえ、帝国軍、他民族を交えた特殊な集団の気質なのだろう。
命令が遂行されていなことが不快だ。
予定が進まないこと自体が不愉快だ。
報告されていないことが赦しがたい。
敵である青龍を前にして、面目を傷つけられた気分。
侮られ、馬鹿にされ、自分の能力を、自分自身を否定されるも同然だ。
自分のせいではないのに!!!!
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・落ち着け落ち着け)
女騎士は思いなおす。
作業が止まっているのも、予定が遅れているのも、良くあることだ。
敵の目があるからといって
・・・・・・・・・・・・・・・・・・見栄をはるべきではない。
仕方なくはないが、だからこそ。
自分と帝国の優秀さを見せつけてやればいいのだ。
(帝国の害にならない範囲で)
女騎士は自分の中の問題を立て直すと、前に向き直った。
宿舎解体の跡地。
女騎士の出身地である草原近くの荒野に近い、さえぎるもののないほど広く開けて居住区。
まあ女騎士の氏族は常に征服戦争の前線にいて、何代も前から故地に帰ったことなどないが。
さえぎる物はないが、人がだんだんと増えていく。
巡察隊を見て道を空ける者が、だんだんと少なくなっていく。
前を見て、夢中になって、周りが目に入っていないのだ。
集まって死体を打ち据えている領民たち。
(それ以上、死ぬまいに)
無駄な労力に、呆れだけを感じる。
何を興奮しているのやら、と。
徴集した農夫の為に、帝国が用意した食糧。
帝国資産を横領し、私腹を肥やした農夫の顔役。
それを我がこととして逆上する領民。
もちろん、帝国への忠誠などではない。
実際、帝国にとっては邪魔くさいだけだ。
――――――――――気が済んだら作業を始めろ――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――そう命じる為にやって来た、巡察隊。
隊長の女騎士が、落馬した。
突然の打撃。
兜を揺らした衝撃。
かろうじて地に立ち降り、いななく馬を抑えながら部隊を見回した。
普段ならいち早く馬を抑える従士が、盾を構えて騎士を守る。
盾に弾かれる石、石、小岩。
巡察隊の兵士たちは、手甲をかざしてそれを防ぐ。
――――――――――投石――――――――――
それは軍が多用する武術と戦法。
弓より普及しているくらいだ。
つまり地球で例えれば、突然発砲されたに等しい。
しかし、彼女は観て取った。
この時この場の、領民のそれは術ではない。
領民たちの目は、暴れ馬の群れに等しい。
彼女に当たった石は、まさに当たっただけ。
大勢が石を投げれば、タイミングが合うものもある。
一度にまとまって放たれた石。
馬上という高所で、飾り羽を付けた美麗な鎧。
目立つ彼女に石を投げた。
それが何人もいた。
だから、命中も多かった。
兜や鎧は、斬撃より打撃に弱い。
当たりどころもあるが、彼女が落馬したのも無理がなかった。
実際には、落馬はしたが、地面に降り立ちダメージは小さかった。
その姿は大柄な兵士の隊列に隠れて、見えない。
だから、帝国騎士を討ち取った、そう見えても、無理もない。
領民たちが勢い付くのも、仕方ない。
(最悪)
――――――――――女騎士が一瞥する時には、領民たち、いや既に暴徒が前列兵十人に迫っている。
隊長たる彼女は、後列を指揮する騎士と視線を交わした。
未だ馬上の後列騎士は馬首を返して号令。
「直上投擲!」
女騎士は下馬したまま、自分の馬に蹴りを入れ、兵の間から後方へ暴走させる。
十本の槍が後列兵から放たれた。
前例兵の兜すれすれを抜く。
前例兵に挑みかかっていた暴徒、そのすぐ背後が槍で貫かれた。
近距離で勢いが強く、防具も何もない暴徒。
一槍で2~3人、同時に数十人が串刺しになる。
ほとんどが即死せずに、悲鳴を上げた。
だが、暴徒はひるまない。
手傷、いや致命傷を負って領民に戻った者を捨て、いきり立って勢いを増す。
だが、この瞬間、気勢はともかく、突進力は消えた。
負傷者が倒れ暴れて、暴徒の後続を止めたからだ。
重圧が軽くなった前列兵が、目の前の暴徒を瞬殺。
槍で腹を穿ち、素早く引く。
「投擲!」
女騎士が叫び、前列兵が素早く槍を投げた。
負傷者を踏みつぶし、蹴りはらい、集まろうとした暴徒、その集団に全力で投擲された槍衾。
槍一本がまた2~3人を貫く。
二十の槍で、暴徒五十ばかり死傷させ戦えぬようにした。
これで彼我の間合いが20mは空く。
そのままいきり立って突進してくる暴徒。
「前列吶喊!!!!!!!!!!!!!!」
前列兵を追い抜く女騎士。
「後列離脱」
馬上で指揮する後列の騎士。
邪魔な鞘を払って剣を抜き、払い斬りにしつつ、女騎士が暴徒に斬り込む。20mの間合いを助走に使い、小柄な体で出しうる最大の突進力で、勢いよく。
顔を斬り裂き、突進力を生かして踏み越え暴徒の中心に、単身で飛び込む。
そのまま目につく顔を斬り、身を伏せながら喉を抜き、背丈を利用して低所に飛び込み、脚を斬り、下から走りぬけながら股間の動脈を狙い、掴みかかってくる手首を落とす。
前列兵も短剣を抜き、二名単位でバラバラに斬り込んだ。
固まらずに、少人数で。
より広い範囲の暴徒を惹きつける。
兵を騎士を顔前にした暴徒は、一瞬で領民に戻る。
自分達が何を相手にしているのか、本能が理解させたからだ。
が、見えていない後ろの暴徒に押し出される。
それを斬り、突き、蹴り、踏む。
12人で100以上の暴徒を惹きつける。
その塊に、更に暴徒が集まった。
暴徒たちは何も考えていない。
ただただ怒りと衝動に突き動かされ、群れる。
その結果、互いに互いが邪魔となり、先に進めなくなる。
それが、吐きだせない暴力の衝動が、さらに暴徒たちを猛り狂わせる。
背後、巡察隊から見て退路側の暴徒は、密度が薄い。
暴走させた女騎士の馬と、残り一騎が馬体で暴徒たちを威圧して物理的に弾き飛ばす。
その間に後列兵は陣形を組んだまま全力で退路に走り、距離を200m以上稼いだ。
その間も前列が奮闘して暴徒の主力をひきつける。
女騎士は身軽さを利用し、脚、首、手首を次々と斬り裂く。
人の脂を最小限、剣先を使い斬り裂く力も最小に。
出来るだけ殺さず戦意を奪う。
痛みと血は暴徒を領民に戻す。
帝国の気配を感じただけで、目を伏せ首を垂れ何にでも従う。
自分の命すら守れぬ、在るべき民の姿に立ち返る。
だがしかし、暴徒は血に酔う。
誰の血かと見えず、判らず、ただ自分が斬られるまでは暴れ狂う。
転んだら。
囲まれたら。
掴まれたら。
――――――――――終わり――――――――――
屈強な兵士でも、殴りつぶされる。
暴徒に掴みかかられた兵士。
後続の暴徒が、鉈を振り下ろし棒を振り下ろし、掴みかかった暴徒ごと肉塊に変える。
囲まれた兵士。
鎧を兜を腕を足を数十の手に捕まれ引き裂かれ、数十の手に握られた石で砕かれる。
暴徒に足を、下肢に組み付かれた兵士。
転倒したところに殺到した暴徒に、踏みつけられ圧死した暴徒の死体に押しつぶされて、形を失った。
時間にして、十分と経たない。
空から高い音が響く。
女騎士は振り返りざまに背後の暴徒を斬り。悲鳴を上げてのけぞる相手を踏み台にして、更に先に立つ暴徒に跳び蹴り。
その勢いのまま、暴徒の隙間を走り抜けていく。
響いた音は、鏑矢の音。
合図だ。
特に意味を決めてはいないが、今この時、間違えようはずもない。
通常は事前に決めておくことだけれど、今回は仕方がない。
これを誤解するようなバカは、帝国軍にはいない。
巡察隊の後列が、安全圏まで逃れる目処がついた、ということ。
まだ撤退完了してはいない、が、その目算を誤るほどに帝国軍は無能ではない。
つまり、殿も撤退できるということだ。
躊躇ったら終わり。
女騎士は走る。
背後を無視して、隙間を抜けて、左右を斬り裂きながら。
後列が撤退した道筋は、暴徒の密度が薄い。
眼は前方、左右。
後方は背中で気配を探る。
背後。
密度は減ったが、明らかにオーバーキルな暴徒の気配。
距離1~2m。
しかも、最初の暴徒ではない。
女騎士の退路上、途中から加わった連中。
疲れていない、疲れを忘れた民間人。
一瞬の躓きで捕まる。
帝国兵の気配なし。
つまり彼女とともに殿となった十一人は、肉塊にされたのだろう。
隠れる場所のない広場で、たった一人の獲物となった。
そして暴徒全部が、彼女を追っている。
背後から跳び着かれる気配。
彼女の頭に指がかかり、まとめ上げていた髪がほつれた。
平凡なブロンドではなく、アッシュ・ブロンド。
後ろに流された髪を、掴まれる。
と同時に、彼女は髪を掴んだ手を斬り落とした。
腕を失った暴徒が喚いてのたうち回る。
それが他の暴徒の脚をとめさせた。
が、次に踏みつぶされた悲鳴。
脚を止め、脚をとられ、後続集団に踏み殺されたのだろう。
それでも暴徒の脚を、ほんの一瞬止めたのは大きい。
多少距離は稼いだ。
が、髪を掴んだ手でバランスが崩れ、相殺。
いっそ髪を斬れば良かったのかもしれない。
が、とっさに判断出来なかった。
非凡な髪色か自慢だからだ。
彼女は剣に見切りを付け、捨てる。
鍔元を使ったから、手首を斬れた。
だが刃の大半が人の脂で使えない。
殴るか刺突にしか使えない。
彼女の体重では、全身を使わなくては殺せない。
逃げながら出来る事じゃない。
もちろん、使い道はあるので、最後に無駄なく使い捨て。
傍らを交わした暴徒、その背中に突き立てたのだ。
ちょうどよく倒れ、また、後続の暴徒たちの脚をとる。
走る以外、やれることが無くなった。
――――――――――そして、最初に戻る――――――――――――――
(――――――――――どうしてこうなった?)
その答えが判れば、彼女はより優秀な騎士になるだろう。




