インターセプト
国連軍兵士の圧倒的多数を占める日本軍は、日本人で構成される。彼らは史上まれにみる穏当な社会で醸成された近代的倫理観を持つ。
従軍中の日本人兵士が抱く平均的心象は軽度な罪悪感であり
「後ろめたさ」
と表現すべきだろう。
その原因は
「作戦の大半が遠距離から圧倒的な火力を投入する形をとる」
事であり少なからぬ兵員が敵兵士を視認していない状況より生じる。
彼らは概ね自らの危険を感じない状況で一方的に敵を殲滅し、行軍時にその結果(死体、廃墟など)を見聞。
戦場清掃はナパームなどの機械処理か現地人有志、捕虜などに行わせているが、残滓確認は常に可能であり、管理可能でかつ適度な刺激を兵士に与えることが可能。
結果
「殺し合い」
ではなく
「殺しているようだ」
ないし
「壊しているようだ」
という感覚が生じる。
よって、穏当な近代的倫理観を持つものが、現在遂行されている作戦により、先述の心象に至るのは必然であろう。
これにより得た成果は二つ。
一つ。
戦争神経症の最小化。
殺し、殺されるということ、「殺し合い」は人類最大のストレスである。
「殺される」「殺している」ともに実感が薄いのであれば、ストレスも薄い。
戦争神経症がうむ害悪は本国を例に挙げるまでもない。
つまり、近代国家における戦争/類似政策の最大最悪のコストを、ほぼゼロにした。
これは、社会病理として日本を除く地球上先進各国すべてが抱えていた「癌」を、人類社会から駆逐し得たことを意味する。
二つ。
隔離政策の遂行。
つまり非作戦行動による現地社会との摩擦を最小化。
つまり個々兵士による現地社会(含む捕虜)と接触の最小化。
誰が一方的に殺害/破壊した相手の関係者に対面したいと願うだろうか?
それは自然発生と見える形で個々兵士の行動を規制する。
元々、防疫上の配慮から部隊配置は人口密集地から可能な限り距離を置いており、軍令においても厳しく統制している。
だが古来より、こうした外形的強制が尊守された事例はない。
しかし内的欲求による自制であれば極めて完全に近い形で遂行されるし、現在のところ機能している。
無論、逸脱事例は発生しているがすべて即応除去が実行済。今後も継続可能。
この点においてはWHO防疫部隊の面目躍如たるところであろう。
今後の課題は以下の通り。
戦争計画後半においては必然的に罪悪感の深化を生じる。これは上記二点の効能を取り消すばかりか逆転させかねない。
本国のような戦争神経症大量発生に日本社会が耐えることは期待できない。
現在の理想的心象が転倒すれば現地社会側に付き従う兵士を生み出しかねず戦争の行方をすら転倒させうる。
これは人類存亡の危機おと言わざるを得ない。
計画の見直しはあり得ない以上、罪悪感を緩和させる要素を必要とする。
それは「大きな犠牲」となるだろう。
《在日米軍司令部よりレッドハウス(合衆国赤坂大統領府)に提出されたレポートより抜粋》
【太守府/王城/王乃間/中央大テーブル窓側】
「バリツだ!」
ポカーンとする一同。
「Once upon a time~!パン屋通りの未亡人宅にパツ金のゲイがクラックをキメてオリマシタ~!アタマがNice!チカラモチ!Weight 11ストーンとハーフ!Fly& Fire!」
皆を見回す。
「イコール、バ・リ・ツ」
区切りがムカつく。
俺は「ホームズがビクトリア・バンジー」とかほざく声を無視して昼食をとった。主に魔女っ子たちが聞かされてるが・・・面白がってるみたいだから、まあいいか。
しかし。
なんで参事のおっさん達と面を合わせて昼餉になったんだ?
やっぱり、さっきの、アレか。
ついカッとなって殺った。グロかったから反省している。
とも言えんわな。
気まずい・・・視線が下がる。
やはりココは肉が料理の主体なんだな。
【王城/王乃間/中央大テーブル戸口側】
僕は冷や汗が止まらない。
皆、同じだ。
かろうじて参事会議長が話をつないでいる。いや、努力している。
さすがだ。
先達は違う。
だが。
青龍の貴族は冷ややかに我々を無視。
まずい。
最悪だ。
叱責されたほうがマシ・・・役に立つことを期待されていない・・・。
腹立たしい。どうしてこうなった!
市参事会は都市を統べ太守領全域を睥睨する。
商人を率い、職人を従え、盗賊ギルドを傘下に治める。
それが!
それが!!
チンピラにもなれない餓鬼のせいで!!!
僕が居る参事会が紙屑ほどにも扱われないなど、あっていい訳がない。
僕が餓鬼共を心の内で虐殺している時。
無視されたまま話をふっていた参事会議長が切り出した。
「ご領主様」
青龍の貴族は無視。かまわずに続けた話に僕達参事が青くなる。
クソジジイ!無駄に歳ばっか喰いやがって!!
餓鬼と老醜が同じだと忘れていた!!!
【王城/王乃間/窓際】
あたしは聞くでもなく耳に入れていた。砂糖菓子を一つつまむ。
慈悲。
寛容。
感謝。
などなど。
参事会議長を務めるヒヨッコは、罪人の助命を願っているのだ。
さっき青龍の貴族が潰したチンピラモドキの生き残り。
男達に便乗した挙げ句、見捨てられ突き放され、とりすがった衛兵に顎を割られ縛り上げられた雌餓鬼。
どうやら中堅職人の娘で、親と議長が親しいらしい。
外来の支配者から市民を守るのは地元有力者の責務・・・この都市では他人に押し付けていた役目。
あの娘の父親にリスクを押し付けていたヤツがいまさら?
子分の為に命をかけるタマじゃあるまいに。
何を勘違いしたのか・・・参事達が蒼くなる訳だ。
【太守府/王城/王乃間/中央大テーブル窓側】
俺は料理に舌鼓を打つ。
たいへんよろしい。中世で料理はあまり発達していないはず・・・なのは地球の常識だったか。異世界ではかなり発達している印象。
宮廷料理だからかな?
不思議では、ある。
いや、料理の話ではない。
俺はなぜ平気なんだ?
つい、さっきのことだ。
理屈は付けられる。
自信はある。
どうにかなる。
ではなく。
なぜ?
俺が殺させた。
過程から結果まではっきり見た。
聞いた。
感じた。
感じた?
なにを?
なにを感じるべきだった?
道いっぱいの死体を、造り出した、俺が。
人殺しとして、我とわが身に、思いつく言葉はある。
だが、感じない。
訓練により血のにおいと臓物の色合いに慣れた。自分の臓腑に響かないように体をしつけた。
それで?
それでおしまいか?
禁忌とは、五感に響く刺激でしかないのか?
血の色が気味悪い。
臓物が気色悪い。
悲鳴がうるさい。
これは、なんだ?
殺人とは、こんなものなのか?
【王城/王乃間/中央大テーブル戸口側】
僕は必死に顔色を取り繕う。
お礼?『お礼』と抜かしたかジジイ!いつでも、なんでも、奪うどころか我々を財貨ごと灰にして痛痒にも感じない相手に何をほざくのか。
このジジイ、取り込まれてやがる!しかも勝手に!!
共に食事をするのは商人の常套手段。容易く距離を縮める事ができる。赤龍と違い青龍が我々と食卓を共にするのは『そういうこと』だ。
だが。
だが!
それは『青龍が我々を従わせる』為で間違っても我々と対等になる為じゃない。だがクソジジイは青龍の貴族と近い気分になっている。
わかってない。
名目にせよ参事会の頂点。参事会を『最強』として生きて来た老人には彼我の力量差が実感出来ない。
老人にとっては『全て』である都市。
青龍にとって『都市』は路傍の石ころ。
勘違いしたバカが取引を持ちかけてる。
『キミの命令を石ころの欠片で取り消してくれ』と。
青龍がどう受け取る?
虫けらに肩を叩かれ『オレとオマエの仲だろう』と言われたら?
それよりなにより『つけあがった』ボケの周りにいる我々をどう思う?
青龍の貴族が顔をあげてしまった。
議長は黒い瞳に見つめられ口を意味なく開閉している。
無視してくれたら良かったのに!!!!せめて僕は!!!!!
【太守府/王城/王乃間/中央大テーブル窓側】
俺は食事を終えた。メイドさんをさが・・・ん?
雰囲気がおかしい。
老参事のおしゃべりが止まっている。お偉方が引きつった表情で沈黙。
校長先生の話を聞き流すノリで過ごしていたのだか・・・まずかった?
まてまてまて。国連軍大尉は慌てない。よく思い出そう。
あ、メイドさんきた。お茶を適当に・・・いや。
えーと、慈悲?寛容?か・・・感謝?・・・道徳みたいな・・・やっぱり校長先生の長話?それでみんな引きつった表情?
アウト!
謝ってもう一度?いやいや。その場しのぎの帝王がそれでどうする。関心したフリでもう一度話してもらおう。
いや、まてまてまて。若い(同年輩だが)参事は昨日も周りをフォローしてたから・・・何度も頼るのは拙いか?
【王城/王乃間/中央大テーブル戸口側】
僕は、思考が、止まった。
「今日は静かだな」
青龍の貴族は明らかに僕に話しかけていた。
参事達は下を向き逃げる。テメーらはヨーーーーー!!!
マズイマズイマズイマズイマズイ。
「茶を」
青龍の貴族はそばのメイド長に指示。
「相応しい物を」
付け加えた。メイドが用意済みの茶器を下げる気配。
まてまてまて、落ち着け。一流商人は諦めない。助かる余地はある。
青龍の流儀は決定即実行。
我々を処刑するつもりなら、何も言わない。手を一振り。死体を処分させながら茶を楽しむだろう。つまり僕を殺す気がない。
今は。
「では次回からは期待しよう」
議長をみた。ヤッターーー!!僕は安堵を噛み殺す。
「慈悲と寛容か」
手振り。メイドが食卓に茶を注ぐ。
「では」
議長は息を詰め、更に目を見開いた。
立ち上る芳香。透明な・・・茶!僕は視線だけを走らせた。
やはり。
議長のカップだけ湯気が上がっていない。
・・・葬礼の作法。
客は白茶。亡き人、つまり故人は水。
「もう一度」
【王城/王乃間/窓際】
あたしは、あの娘に注意する。
青龍の貴族の技『バリツ』という一子相伝の家族ぐるみで育成する暗殺決戦対軍武闘スキル、だとかなんとか・・・まあ、いいけど、あの娘は道化の話に夢中で緊迫した空気に気がついていない。
一安心。
あの娘がヤツらを助ける為に指先を動かす必要もない。
それにしても『もう一度言ってみろ』か。
ふむ・・・参事達、新領土の有力者を試している。
青龍は魔法をあらゆる事に使う。戦いはもちろん、一文字書く事にさえ。中空を叩き魔法具を触るのは『書く』というイメージに合わないけれど。
莫大な書類を纏めて記録し、自由に出し入れする。数字も語句も算術も、すべて魔法で操る。
城にいた文官100人分の仕事が数人の青龍で片付く。
仕事量だけなら太守領統治に十分だ。
だが、最初から参事達を事務処理に組み込んでいる。魔法の限界はあれど青龍の流儀を教えこんでまで。
ならば?
・・・青龍は自分たちだけで統治をする気が無いらしい。といって赤龍のように丸投げする気もない。
だから。
試す。
選ぶ。
任せる。
繰り返し。
きっと私たちも。
参事ならこの程度は切り抜けて欲しいものだけど。
【王城/王乃間/中央大テーブル戸口側】
「ご領主様」
僕の損益打算が目まぐるしく入れ替わる。
「我ら一同、議長に賛同いたします」
まずリスク分散。他の参事が呆気にとられた。我に返りすごい目で睨んでくる。
「ご領主様の公正な仕置きにお礼申し上げます」
朦朧ジジイの発言を改竄。怒鳴りそうになった他の参事は口を抑えた。
「この上は私、参事会は責任を持って責務を全ういたします」
参事会の主導権簒奪。参事達は『責任』の一言を恐れて口出し出来ない。
「では、早速取りかかりますので失礼いたします」
既成事実化。議長も他の参事も逃げ腰で誰も反対出来ない。
これで参事会は僕のものだ。
「まて」
マズイ。青龍の貴族はごまかせなかった。
「本件くらいは、ご老体に任せよう」
うっ!議長と僕の目が変わる。
議長は支持者の陳情に失敗したばかりか、言い訳できぬ処刑役にされた。
今回のミスだけでも失脚は免れないが、コレで役職抜きの影響力も失うだろう。
僕は労せずに政敵を潰してもらい、青龍の裏書きを得た。
僕に集まる嫉妬も敵意も青龍の前に圧殺される。
最悪だ。
僕への悪意、敵意、危険。
皆に与える威圧、恫喝、権力。
なにもかも奪われた。
青龍にのまれた。
皆、屈する。僕の背後の青龍に。
皆、伺いをたててくる。僕の頭上の青龍に。
皆、思う。僕の言行は青龍の意志。
ただの傀儡。
青龍は侵略する。
自分自身すら持つことを許さない。
【太守府/王城/王乃間/中央大テーブル窓側】
俺は空気を読んだ。あれ?もう一度。・・・おや?
年若い参事の目が笑ってない。
爺さんの肩を持ちすぎたかな?
うん、まあ、頑張れよ。子供と老人は大切に。すぐ死ぬから怖いんだコレが。
決して取り消す口実が思いつかないだけじゃない。
だが、さっきより気まずい。
「では、早速『議長』には仕事に取りかかって頂きましょう」
年若い参事が参事達を睨みまわし・・・いや、笑顔だけど、みんなガクブルしてるよ?・・・席をたった。
「さあ『議長』、お早めに『議長』、速やかに『議長』さあさあさあさ」
こちらに一礼。俺も手をふる。
け、決して怖いんじゃないからね!
【王城/王乃間/窓際】
あたしは珍しいものを見た。
青龍の貴族。貼り付けたような笑顔、はそれほど珍しくない。
震えてる?
・・・呆れた。
参事会をねじり上げ、首輪をつけておきながら。
・・・笑い出すのをこらえている。
参事会の暗闘も罪人の処刑も青龍は興に感じなかったようだ。
なら、あの年若い参事か。
一言で片づけられた。
人形。
怯え抜き狼狽し、死線から機をつかみ、すべてを手にする瞬間になにもかも奪われた。
目の付け所はよかった。
他の参事が守りに入る中で一人だけ攻めに出た。
参事会、都市を仕切る五人衆の末席でありながら、頂点に立っていただろう。
『ご老体に任せよう』あの一言がなければ。
すべてをつかむ寸前で手を払われ、哀れ人形に成り下がる。まあ、リスクを青龍に引き受けてもらえるのだから決して損しているとは思わないけれど。
それでも、野心に満ちた小僧には辛い、か。
そして、若い参事から機会を奪った青龍の貴族が笑いをこらえている。
あたしに無関心なふりをしながら、その顔を盗み見た。
青龍はなぜ笑う?嘲り?慈しみ?喜悦・・・は近い、けど違う。
青龍はなぜこらえる?配慮?礼式?必要・・・な訳がない。
青龍の貴族は誰にはばかる事もない。思うがままに振る舞う。
即瞬に動くから、喜怒哀楽がない。
怒る間もなく殺す。案じるまでもなく救う。悩まずに問う。
周りは命じられる前に従う。
・・・なるほど、だからか、な。
その青龍が、そう、堪えながら、楽しそうに笑った。
年若い参事が屈辱を噛み締めた時?違う。その時はいつもの無表情な笑い。
変わったのはその後。
年若い参事が目に敵意を宿らせた瞬間。敵意を向けられた青龍の貴族は笑いをこらえた。
まるで気遣うように。
【王城上層階/中央回廊/別室】
僕は参事達を連れて隣室へ。
「議長、指示を」
「・・・」
議長はオドついた目で参事達を見回した。険しい表情に睨み返される。
「それとも、お一人で戻られますか」
青龍の貴族の元に。
「お一人が気に添いませんか?」
期待に見上げた老人。なつくんじゃねーよ。
「ご家族をお呼びいたしましょう。一門で嘆願されますように。誰か!」
「まて!」
無視。取次役を控えさせた。
「・・・ご領主様を襲っ」
「拐かしの一味」
国事犯ではなく刑事犯。英雄ではなく罪人。ここをはっきりさせないと。
現議長は弱々しく僕に続く。
ふん、国事犯にすれば嘆願してきた家族一族皆殺しにして不満を解消できるからな。だが、青龍が決めた罪状を覆せるわけがない。
「拐かしの一味を吊せ。今すぐに」
議長は控えていた取次役を走らせた。
有力な支持者の依頼を受けたうえで裏切る。今後このジジイを誰が信用するだろう。自ら身を退くか、一門から引きずりおろされるか、それに抵抗して内紛を起こすか。
これで五人衆筆頭は失墜する。
【太守府/王城/王乃間/中央大テーブル窓側】
俺はようやく、まあその、落ち着いた。怒り顔ってこ・・・迫力あるよね。あれ、絶対、人殺してるよ。
「時はゲンロク、八代ショーグンモリアーティが」
そろそろ止めよう。一つもあってねーじゃんかこの外人。




