神はサイコロを振らない。

偶然とは当事者が意識しない必然であり、運命とは放棄された証明である。

認知できないのであれば、ソレは存在しないのではない。

ソレが起きているのであれば、認知していないだけなのだ。

全知ならぬ身であれば、全能を認知できない。

たかがそれだけなのだから、すべて時間が解決する。

まずは、ほんの百万年。

足りねば、少し一億年。

宇宙が終わるそれまでに、確かめられぬ、証明無し。

※場面転換しているために〔第183部分 俺に責任を取らせろ！〕の続きから読み始めると解りやすいです。

【太守府/王城内郭/大広間から正面玄関を臨む】

扉を抜けると、そこはドワーフだった。

――――――――――西の山の、だ。

今から思い起こせば、僕には、それ以外に表現しようがない。

参事会を仕切る僕。

僕の大先輩。

二人で心温まる責任の奪い合い、いやいや、危険の引き受け合いを演じている最中。

全く完全にすべてを無視していつもと変わらぬ様子で、青龍の僧侶がすべてを仕切って導いた。

何処へ？

王城の大広間から、正面玄関を開いたその先へ。

僕と大先輩の位置から数えれば、１０歩ほど。

僕と大先輩は進みさえしなかった。

勝手に扉が開けられた。

今思えば、またしても、だが、なんで正面玄関が閉じられていたのかって話だ。

往時の、王や太守が居た頃ならいざ知らず、参事会と王城が一体化して青龍に組み敷かれてからというモノ、昼間に扉が閉じられたためしがない。

それだけ大勢が常に出入りしているからだ。

開閉なんぞしてられない。

だが、正面扉があけ放されていては恰好がつかない、とでも思ったのだろう。

確かに出迎えるならば、扉を開く。

敢えて、開く、のが礼儀ではある。

ソレが、歓迎すべき相手ならば。

青龍の貴族、その腹心である青龍の僧侶。

青龍にとって、歓迎すべき相手だから開いて見せたのか？

単に、僕等の世界の習慣を、なぞって見せただけなのか？

実際、青龍は、それをしでかして見せるのだ。

いっそ、知らぬと我流で押し通してくれればいいものを、僕等の習慣を理解せずに真似て見せる。

子供が相手なら、教えるか追い払えばいい。

龍に凄まれて、癇に障らぬように訂正する、僕らの胃の腑を考えてほしい。

誰にとは言わないし、言えないが。

さて、今は、訂正や確認ができる段階じゃない。

来訪者か来襲者か知らないが、今、青龍の僧侶に待ったをかければ恥をかかせることになる。

太守府がどうなろうと知った事じゃないが、僕の命にかかわる重大事。

そして、命よりも何よりも大切な、大きな大きな商機。

僕は造り笑いを浮かべて、青龍の僧侶、その脇に従う。何もかも判っている、フリをするのは商人の基本ではあるが。

大先輩は、しかめっ面だが役回りを僕と分けた、ということだろう。

場を取り繕って、相手をなだめるのが、僕。

場をかき乱して、相手に切り込むのが、大先輩。

危険を引き受けてくださったことに感謝しつつ、その支払いに頭を絞る。

これだけの貸しを、どうやって返せばいい？

・・・・・・・・そうだ！

大先輩の、お嬢様。

その足を引っ張ろう。

青龍の貴族を挟んで、微妙に競合している魔女とお嬢様。

人形めいた造形美に神秘的な情感を湛え始めている魔女。

人間の生気満たされて巻き込むような陽性の活力に満ちたお嬢様。

男に磨かれているからなのか、趣味範囲外の僕にはわからないが、肢体の等級は互角なのだろう。確認できる範囲では、二人とも同じ数だけ、つまり毎夜、閨を共にしているようだしな。

そっちでも争っているようではあるが、付加価値をつけるのは常道というものだろう。

まずもって、自分の伝手と見聞を売り込んでいるのが、大先輩のお嬢様。

参事会の人形同然だった魔女に、伝手や見聞などありはしない。

その辺りは僕が入知恵してはいるが、一夜漬けでは追い付けない。僕も最近では、エルフの情人に入知恵先を変えている。

もちろん、魔女へのテコ入れをあきらめたりはしない。

こっちは人生がかかってるんだ。

だからこそ、だ。

相手の砂場で勝負しても、いいところ値引き競争で底値割れの赤字撤退。

なら、そちらで対抗させずに、本人を飾りたてるのが一番だ。

しょせん付加価値はオマケ。

何を真っ先に売り込むのかという正道に立ち返ってみれば、なんということはない。

幸い、青龍の貴族は、役に立つ女なら別に抱えている。

盗賊ギルドの頭目や、エルフの情人のように。

価値があるからこそ、商売敵が多い。

商売敵が多いからこそ、競争にのめり込む。

競争にのめり込むからこそ、本業がおろそかになる。

お嬢様にはそれら古参と争っていただき、魔女は別な正道を行くべき。

それが、魔女の後援者たる、僕の判断。

苦手の克服などバカの愚行。

苦手を捨てて、得意なことに絞ることこそが、王道。

そもそもが、青龍の貴族は、魔女やお嬢様を利用する気はなさそうだ。

知見の広さも、愛でる楽しさの一環でしかあるまい。

知と智は、古来から女を飾る最高の装飾、の一つ。

それに別な装飾で対抗できぬわけがない。

なーに、魔女が先に孕むように、青龍の貴族が気に入るように、装具や衣料を整えるだけのこと。青龍の道化から、その世界の様々な装束を聞き出してもいる。

ぶるまぁ、せーらーふく、らんどせる、すもっく、だったか？

手練れの仕立て屋を随伴させて、型や色を学び取らせている。そのうちに、この邦の女たちにも売れるかもしれない。

いや、売れる。

僕の本業でこそないが、実のない虚構に大枚をはたくのは、中身のない奴らばかりと決まっている。上に立つものが好めば、そのまま形だけまねるに決まっている。

それで、しばらくは小遣いを稼げるだろう。

投げる金貨が増えれば、密偵の数こそ増やせなくとも、やる気を底上げはできる。

青龍の貴族が、魔女を可愛がれば、後援する僕の寿命が延びる。青龍の貴族、その気分をそらすことができるのは、その女だからこそ。

僕の支援の意味だけは伝わっているからだろう、魔女には何度か助けられている。

・・・・・・・・・・なかなか、推し甲斐がある女じゃないか？

結果として、青龍の貴族の体を魔女がより多く占めれば、愛娘を男から引きはがしたい大先輩も、きっと気に入るだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・引きはがせやしないだろうがね。

夢を売り込むのは商人の基本。

尊敬しやまない大先輩に、こんな商いをできるなんて、お嬢様がらみしかありえまい。

ともあれ、此処を切り抜けてからの話だがな。

僕は内心で、舌なめずりしていた。

青龍の貴族がやってきてから、命を的にすることが増えた。

いや、毎日か。

家を継ぐ前、斬ったはったしていた時だって、命がかかっていたのは最初の頃だけ。名前が知られて、一通りの相手に力を知らしめればお終い。

してみると、五年は前の感覚に、世間知らずの小僧が路地裏に跳びだした頃に、戻ったみたいだ。

壮麗な王城のど真ん中。

今にも血肉の匂いがばらまかれそうな、確信がある。

今から思えば、路地裏の血肉なんぞ獣の臓物程度でしかなかった。

船上で海賊どもを解体し退屈した時に、あの時の興奮を不思議に思ったもんだ。

なら、この日、これから起こることも、いつか、思い出せるのかな？

さて僕らを率いる、いや、引きずっている、青龍の僧侶。

この状況を判っているのか、いないのか？

判っていながら、皆を手のひらで転がしている

――――――――――ありそうなことだ。

判る気もなく、ただ力任せに押し通しているだけ

・・・・・・・・・・・・ありそうなことだ！！！

全知と無知が同居して、いずれも力で押しつぶす、青い龍の蜷局が見える。

どうしてこうなった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・？？？？？？？？？？

「お――――――――――ほっほっほっほっほっほっ」

テメーかよ！！！！！！！！！！

【太守府の城郭構造／軍政部隊資料】

最外郭を高さ１０ｍほどの城壁が囲み、第一次防衛線をなす。

その周りは切り開かれた平地。

だが、街道以外は堀がいたるところに設えられている。これは攻城兵器対策であり、あまり深くはないが、数が多い。

距離によっては、城壁上からの弓の射線を確保するようにつくられている。

堀は周辺農地への水路を兼ねており、常に水流がある。

それは一度も実戦をくぐったことがなく、その予定もない堀の有効利用なのだろう。

あえて言えば、攻城側に塹壕的な使用をされぬように配慮されている、とも言える。

城壁の内側は市街地。

城壁近くは主に倉庫街。そこから中心に向かうに従い、低層住宅から三階建ての商業官庁街に至る。

地域最大の人口密度を誇る大都市である太守府。

そこには多くの建物が並ぶ。

その人口を収容するために、その人口の商業的行政的需要を満たすために、さらには邦全体の同種需要と直結しているために。

まず倉庫街。

都市はまず消費地であると同時に物流的な拠点であり、城壁近くの倉庫街は一時的な保管のために使われる。

その多くは二階建ての蔵であり、エレベーターがない時代においては妥当な高さ。

全体に運び込み運び出しがしやすいように単純な構造であり、概ね同一の構造となっている。

そして城壁と倉庫街の間には広いスペースが空いている。

これは作業スペースであると同時に、倉庫を足場にされないようにする配慮なのだろう。

実際、倉庫の高さと城壁までの距離を考えれば、城壁の上をとられた時にここを伝って内側に入ることは考えにくい。

次に二階建てから三階建ての住宅。

富裕なものほど大きく広く高くなる。

それはステータ・スシンボルと言ってもいいが、富の証であり周囲の住民への威嚇となる。

調達できる資材の量で、投入できる資金を誇示するのは一番単純な手段だろう。

限られた都市の面積で許される地所の広さは、都市の、ひいては邦の権力構造への影響力の強さを表す。

建物の高さは、単純に高所をとることによる優位がもたらす心理効果だけではない。

ごく限られた力学的なバランスを理解し習得し実践できる、高度な建築家とその配下の職人たちを長期間拘束できる力、富だけではなく無理を通せる人間関係を持っているということ。

一層、二層からなる一般住民の住宅ではその縮小再生産とでもいうべき価値観によって、住居が立てられ割り振られる。

もっとも、戸建て住宅に住まう中堅層ともなれば、別な配慮が要るようだ。

広すぎず狭すぎず。

高すぎず低すぎず。

凝り過ぎず趣味はよく。

上を目指すにせよ、分をわきまえるにせよ、住宅を持つことがステータスであることに変わりはない。しかし富裕層とは違って攻撃的なものではなく、脱落しない高さと排斥されない広さ。

良くも悪くも注目を浴びたくはないわけだ。

こうした層の家々は、概ね下宿を兼ねている。

都市特有の独身者。

家を構える資産もなく、寄宿するべき地縁もない地方出身。そうした都市流入者の中で、出身地の紹介と後援を得られる者。

いわば、村一番の○○、と言われる者たちは中堅層の家々に収容される。

太守領には二千に迫る村がある。

何年かに一度、一人二人が太守府に出るとしても、それなりの人数となるだろうう。

もちろん、村一番の厄介者、は遥かに多く街を目指すのだが。

当然、社会不適合者はどこにいこうと廃棄物。

すしろ移動すればするほどステータスは下がり、もちろん生活圏は城門をくぐれない。

城外の貧民窟にのみこまれ、使役されるとき解放されるときだけ門をくぐり、生涯を終える。

余談ついでに確認すると、これら貧民窟はこの地においては規模が小さい。

やはり邦全体が豊かな農耕地帯であるだけに、そこまで極端に脱落する必然性が無いのだろう。生地を追われたとしても、他の村で農耕奴隷になる程度の道は見つかるのだ。

貧民窟自体は都市の下層労働力として必須ではあるが、数も居住地域の規模からいっても、軍事的社会的に存在自体の意味がない。

住宅街を抜け都市中心部に近づく。

そこは商業行政施設であり、概ね三階建ての同一構造でまとめられている。

太守府中央の王城から南側が広場となっており、最大の市場となる。

広場自体が商業の中心地ではあるが、広場北側の王城付近に市民は地所を持てない。参事会も広場の南側にあり、商人の中心組織である参事会を中心とした都市中心部南側が商業地区となる。

邦中の名だたる商会や商店が事務所や恒久的な倉庫を構える。市場に店を構える露天商の協同組合的な事務所も林立しているらしい。

そして反対側、つまり都市中心部北側が行政区画。

帝国、いや、旧王国時代から行政や司法、立法に関わるアレコレは王城内部では行われていない。太守や王には、せいぜい形式的な報告や決済が求められるだけである。

よって、実質的な政府はこの行政区画に在り、それにまつわる公証人や代書屋、弁護士のような職業もそこに集中していた。

今は、ほぼ無人。

区画としてはそれなりに広いが、もともとそれほど大勢が働いていたわけでもない。国際連合軍占領以前の段階で太守府役人が逃亡すると、それにまつわる民間事業者も商業地区に避難してしまった。

ここ半月ほどの間に役所に準ずる施設は国連軍管理物件とされ、地元ボランティア（衛兵、参事会私兵、盗賊ギルド有志）の協力で建物の確認と封印作業が完了している。

これが城壁から王城に至る間に存在する地域の概観である。

もともと同時代としては異例なほどに多層階建造物が多い。

旧王国から帝国統治下に移る際に、それなりに被害を受け再建されたのだが、どさくさに紛れて建て増しが行われたために道幅が狭いところがある。

結果として陣地への転換が容易なポイントが複数あり、市街地自体が第二次防衛線になりうる。

そして王城。

本来的な意味での軍事施設は、この王城となる。

王城は街の、市街地の中心にそびえたつ。

市街地を越えて王城周りに近づくと建物のない地帯が囲む。南側が広場となり、広場以外の外周は掘割となるためだ。

やはり、というべきか王城は二重構造であり、まず深い外堀に囲われた外郭が第三次防衛線。外郭の門は太守府中央の広場に面した一つのみ。

幅が広く北側の大河から水流を引き込んだ堀は、城壁以上の防衛力を期待出来る。

大河側の取水口は市街地の下をくぐっており、船舶の侵入は不可能。

五稜郭を思わせる縄張りは、ある程度の火力を想定しているようではあるが、おそらくは魔法がそれにあたるのではないだろうか。

この城塞都市が建設された時期は帝国勃興以前と考えられる。しかしその発想は、帝国による魔法飽和戦術、に方向性が近い。

この異世界大陸において、魔法を戦争に取り入れる帝国勃興以前から同種の発想が、かなり早い段階から現れていた事を示している。

そして王城内郭。

本丸とでも言うべきそれは、外郭のミニチュアと言うべき形に、高い塔を五カ所に配する。塔の高さは現地建築技術の限界であり、魔法的補強の可能性も窺える。

中核の本丸ともいえる場所も広く高い造りとなっており、屋上部分はヘリポートとしての利用が可能。ただし現状では、輸送用大型ヘリの重量を考慮してヘリは外殻と内閣の間に広がる広場に離着陸している。

外郭と内郭の間には騎士の宿舎や、演習兼閲兵場、農地などがある。

位置や構造からして、司令部機能を重視していることは明らかであり、内郭単独での運用はあまり考慮されていない。

だがしかし、内郭内部に水脈/温泉脈があることから、飲料水に不自由はしない。

厚い壁と合わせて、最終防衛線としての利用は可能。

単純な陣地としてみれば悪くない。

攻城守城、互いの装備が弓や槍を想定する限り、だが。

総論。

第一次防衛線、城壁。

第二次防衛線、商業行政地区の中層建築群。

第三次防衛線、王城外郭。

最終防衛線、王城内郭。

ここ

――――――――――太守府、都市全体は、防衛側に万前後の兵力を想定したつくりをしている。

これが太守領全体の常備可能兵量を超えるのは、言うまでもない。よって有事には、市民を動員して防衛する事が、織り込まれているといえるだろう。

新機軸を取り入れてはいても、その意味では帝国勃興以前の、兵農分離不可能な中世世界を背景とした典型的な城塞である。