無責任範囲
『Longplayer』:世界一長い楽曲。現在世界の複数個所で演奏中。演奏はインターネットで配信されている。終了は2999年12月31日の最期の瞬間(時刻はアナログデータなので数値化できない)。
作品世界においては、異世界転移に伴う配信停止に伴い日本国内のバックアッププログラムが即時起動。演奏を引き継いでいる。事故や災害に備えて演奏の配信自体がリアルタイムから僅かに遅らせて在り、元データの途絶を感知するとバックアップシステムが演奏を引き継ぐ。一部の演奏が被ることはあっても、千年間にわたる演奏それ自体が途切れることはない。
なお、日本列島の再転移に備えて異世界大陸数か所と、洋上の護衛艦、第七艦隊旗艦ブルーリッジにもバックアップが持ち込まれている。
「何を読んでいる」
「二尉の作品じゃありません」
「俺の作品はまだ印刷されたことがない」
福田二尉は部下の手にしている紙束を取り上げた。
国連軍補給上の負担を減らすために娯楽嗜好情報は全て電子化して提供している。
元々デジタルデータ化してある映像音響作品はもちろん、小説や漫画に雑誌などは古典作品に至るまで電子化して提供する徹底ぶり。
兵士がそれを愉しむ場合、個々に支給されているタブレットパソコンで閲覧視聴する。通信回線を圧迫しないように端末側にデータは保存するのが基本。
よって、電子化から個々の兵士の手に渡るまでにはタイムラグがある。
なお、異世界の国産連合統治区域に著作権法上の権利が及ぶかどうか、現在も国連総会で議論中。
議論中、ということは、認める気が無いのだろう。
異世界転移後、経済システムは半分以上停止状態。
それでもなお社会の維持に支障がなく、異世界全体を相手にした大戦争が、ストックだけで遂行されている。
知的財産権という考え方自体が、いや、財産権の発想自体が、変質せざるをえない。
そんな背景は置くとして、福田二尉の部下はわざわざ読みたいデータを紙にプリントしていたのだ。
UNESCO部隊は調査団と同行している。
学術調査団はデータをハードコピーして利用する機会が、少なくとも戦闘部隊よりは多い。
潤沢に用意されている印刷環境を拝借して、書籍の手触りを愉しんでいるのだろう。
それ自体、福田二尉の嗜好に近く、咎めようとは思わなかった。
「こりゃなんだ?」
手にしたまま、読む前に要約させる福田二尉。
「よくあるパターンのコミックです」
部下は邪魔者を追い払うべく頭を使うが、まあ、そうもうまくはいかない。越権を見逃してくれている上官が、目顔で続きを促しているのだ。
「巨大だったり数が多かったり死ななかったりする、バケモノや虫やゾンビの類を相手に絶望的な戦いを繰り広げるヒーローみたいな連中を描いた・・・・・・・まあ、末期戦ファンタジー?」
異世界転移前の日本で、一つのトレンドとして成り立っていジャンル。
「バケモノ相手に戦う、か」
「まあ、そうですね」
「のどかな時代だったな」
福田二尉は、部下に紙束を渡して、残りの待機時間を創作に充てることにした。
人が人を殺す。
作業開始まで、三十分あまり。
《戦場点景》
【太守府/王城/王乃間/国際連合統治軍軍政司令部】
半月前から元カノを見ていない。
俺が任せたからだろう
――――――――――戦闘をすべて。
今日まで一週間、刻々と前進してくるのは、西の山から出発したドワーフの一団。
この邦原産のドワーフたちは、元カノの配下よりシリアスな印象だ。まあ、比較できるほど親しくないが、親しくなる前にアレだが。
接近中ってより進軍中
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一団ってより、一軍。
殺させるとか、殺されるとか、危険や努力や肉体労働が大っ嫌いな俺は、生きた心地もしない訳だが、まあ、気にしなくていい。
実際、危険はない。
もし、危険があるなら、とっくに始まっている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・対処がね。
俺が元カノに任せたのは、それ。
っていうか、それ以外の対処が全く進まないのはなぜだ。
・・・・・・・・・・・・・・・対処の前に、対処が進まない原因を考えてるからだろうな。
最悪の場合、つまり戦闘解決の備えだけはできている。
具体的な備えは知らないし、俺が知る必要もない。
俺が聞いても解らん。
問題の中心っていうかそのものな、西の山のドワーフたち。
殺るとなれば元カノと部下、ってより家臣、いや、手下って言う方が似合ってる黒旗団がとっくに殺っている。
殺らないってことは、元カノが自重してるってこと。
もちろん、俺を信じてるとかそーいう事じゃない。
俺が平和的になんとかするかもしれないし、出来ないかもしれない。
だがしかし、俺が戦闘以外の解決を模索
――――――――――考えてるだけ――――――――――
希望してるのは、元カノも知っている。
だから、待つ。
戦いを始めるのを待つ。
元カノは俺を尊重しているわけだろう。
これで、この騒動の元凶でさえなかったら、惚れないけど恩に着てしまいそうだ。
いや、人間が他人を尊重するの常識以前だけどね?
当たり前だと思うなかれ。
あの、元カノだからね?
他人なんか見えてないからね?
元カノには同じなのだ。
立ち塞がる扉を蹴破るのも、立ち塞がる人間を蹴倒して繰り返して踏み抜くのも。
今は殴る蹴る、が、撃つ爆破にバージョンアップしているけれども。
だがしかし、身内と感じた相手は尊重する。
これは昔からではあるけれども。
身内扱いする相手が少ないのも昔から。
尊重するといっても元カノなりのやり方、だし、自分の欲求に逆らわない限りだが。
そんな、相手と状況によっては我慢も配慮も出来る元カノ。
だからこそ身内の危険は看過しない。
身内、ってのは、かなり感覚的で俺にも定義が判らん。
だが、俺への危険は看過しない。
シスターズ&Colorfulへの危険も無視はしない。
大人気なく嫉妬深く俺の周りに女の影を妄想するアレだが
――――――――――そーいう女だ。
そして元カノは戦場が得意だ。
戦闘でもなく、戦術でもなく、戦略でもなく、戦場が大得意。
俺には意味が解らんが、この特異な言い回しは三佐の評。
俺が把握しつくしている嗜好。
三佐が査定しつくしている能力。
だからこそ、戦いは元カノに任せた。
目的を伝えれば、後は知らん。
報告や相談や連絡なんかバカバカしい。
ホウレンソウ、とは社会人の常識らしいが、無視だ無視。
報告とは責任転嫁の為に。
連絡とは共同責任の為に。
相談とは責任回避のために。
報告したから責任はとらない。
報告を受けたからって責任はとらない。
言っただけ聴いただけ知っただけ知らせただけ尋ねただけ応えただけ。
社会人の常識とやらが、繰り返し繰り返し繰り返し、連呼され続け、未来永劫人類が滅ぶまで続く訳
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無意味なことを忘れるのが動物であり、責任を回避したがるのが人間だからだ。
あはははは
――――――――――俺に解るか!!!!!!!!!!
任せたことは放っておくとして。
戦闘以外は俺の担当。
未だに戦闘に至らぬ以上、元カノはまだ引き金を絞るタイミングじゃない、と思っている。
それはそれでかまわない、はずだ。
ならば現状はディスプレイ越しに見る格闘技なみに安全
――――――――――理屈では。
重要なのはソコ。
元カノは、ギリギリ、俺たちに危険が及ぶまで戦闘を控える。
そして今、戦闘が始まっていない。
・・・・・・・・・・・・・・・うん、偵察ユニットの映像で見る限り、西の山のドワーフたちはまだ生きてる。
ということは?
戦闘回避の道が、あるってことだ。
戦闘のプロたる元カノが、そう感じている。
在るならばそれを見つけるだけで良い。
俺が見つけられなければ、誰かに見つけてもらえばいい。
それだけそれだけ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、うまくいったら、苦労しないよね。
苦労なんかしたくないけどさ。
そも、安全なのか?
安全でなかったら、そもそも前提が間違っていたら、答えなんかなかったら。
そんな愚問が頭からはなれない。
軍人を軍人たらしめている精神を肉体に従属させる訓練は、俺の不得意未完了無記憶領域だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人間は感情の動物であって、自律神経は意思の力では左右出来ない。
つまり俺は、怖いのだ。
理由などなく、考えれば考えるだけ安全性を理解し、危険性が無いと確信する。
なのに何故か?
何を恐れている
――――――――――停止。
後だ後。
長い老後の楽しみにしよう。
だいたい、まだ何も決まってないじゃないか。
そう、これは、アレだ。
決算書作成が間に合わなくなると、どうでもいいことを始めてしまうようなモノ。
13○の金曜日シリーズを最初から再視聴してしまったり、シュミレーションゲームで本土決戦シナリオに再チャレンジしたり、Longplayer(演奏時間1000年の曲)鑑賞に再チャレンジしたり、指輪物語を読み直したり、大学の卒論を書き直したり、ナンパに出かけたり。
あるよね?
――――――――――普段通り、声をかけ続けて、軽ーく何人かと話して終わり。そもそもナンパの楽しみは、過程にあると言っても過言ではない。
何故、糸を垂らすのか?
糸を垂らすため。
魚が欲しけりゃ店に行く。
それでもなおかつ魚釣り。
かわされるのを基本に、偶に引っかけるのを楽しむ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かと思いきや、そーいう時だけ上手くいって血の涙を流す。
もちろん、決算書は進まない。
ヤマト方式(名目を分散させて予算を確保、歳出を判らないようにする/官公庁でお馴染みの手口)で様々な辻褄を合わせてるをだから、ほとんど二重帳簿だが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・役所なんて、こんなモノだよ?
粉飾決算を訴追する検察庁だって、内輪では同じ事をしている(実話)。
内部告発した検察官がTVの取材を受ける前日に逮捕されたから(実話)、二度と糺されないけどね。
霞ヶ関が物理的に消滅しないかぎり
――――――――――さて、雑念退散、集中回復。
なーに、元カノの直感が外れたら、俺の首が無くなるダケジャナイカAHAHAHAHA・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA」
――――――――――いかんいかん。
俺は神父を放り出させながら、視線を読んでくれた佐藤と芝が窓から放り出したのだが、窓?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本題はそこじゃない。
誰に任せたって上手くいく保証なんかないのだ。
首を預けて放っておき、俺は元カノの苦手、っていうか、認識外の部分を進めなければ。
道はある!
元カノに見えない、俺にしか見えない、気がついていないモノはなんだ?
さてさて、アイツには理屈もナニもないからな。
それは何かと尋ねても、元カノ自身にも判るまい。
どうして俺の周りはあーいう、のばかりなのか。
理屈も筋も認識できない元カノ。
理屈も筋も捏造するマメシバ三尉。
理屈も筋も権柄づくで踏み潰す三佐。
――――――――――あれ?
女って、そんなんばっか??????????
おれはふと背後を振り返る。
【太守府/王城/王乃間/青龍の本陣/青龍の貴族の背中ゼロ距離】
――――――――――なによなによ!!!!!!!!!!
くくくくくくくくくくくくくくく
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違うから!!!!!!!!!!
認めないから!!!!!!!!!!
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐうぜん、あたっちゃった、なんて、認めないわよ!!!!!!!!!!
確かに間違いなくく、唇が触れたけれど!!!!!!!!!!
初めて、は、してもらわないと!!!!!!!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・落ち着いて、落ち着いて。
間違いなく、が触れた、けど、うん。
は、初めては、次だけど、触れ合ったのは、間違いないわよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼、青龍の貴族が、振り向いたのだ。
たまたま、ぐうぜん、あたしは背後に居たわけで。
その、背中に、くっついていたから、振り向かれた拍子に――――――――――!!!!!!!!!!
【太守府/王城/王乃間/青龍の本陣/青龍の貴族の右膝元】
え――――――――――わたし、目を疑いました。
ねえ様が、ご主人様と、接吻??????????
ず、ズルいです!!!!!!!!!!
やっぱり、おっきいからですか??
おっきくないとダメなんですか???
【太守府/王城/王乃間/青龍の本陣/青龍の貴族の左膝元】
わたくしは、二人を隣室に連れて行きました。
そこは、ご領主様の寝室。
ゆえにわたくしたち、の寝室でもあります。
王城上層階中央、王乃間の控え部屋。
厚い扉と壁が音を閉じこめる、しっかりとした造り。
窓は広く風通しもよろしいのに、部屋の音は外に響きません。
青龍の僧侶さん曰わく、風の出入り口と流れの工夫なのだとか。そんな相応しき場所にて、取り乱す二人を宥めました。
真っ赤になって眼を潤ませていらっしゃる、ねえ様。
真っ赤になって涙目になってしまいました、あの娘。
あの娘の気持ちは、判りますわ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・羨ましくはあります、わたくしも。
あ、ついてきていたColorfulのみなさん。
怯えなくてもいいんですよ。
皆が、ご領主様から、はっきり、しっかり、口づけを受けたことを――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――妬んでませんわ。
こんなご褒美、あの娘はもちろん、わたくしもいただけますわよね?
ご領主様。
ねえ様だけ、っということは、在るはずもなく。
わたくしたちも、ご領主様の手が空き次第、いただかないと。
なんであれ、結果として、ねえ様はご領主様に、口付けしていただけたのですから
――――――――――頬に。
【太守府/王城/王乃間/国際連合統治軍軍政司令部】
ないないないないないないないないないないないないないないないないない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よね?
「Say it ain’t so, Bernie??????????」
(嘘って言ってよ、バー○ィ!)
やかましい!!!!!!!!!!
神父!いつ戻った!!!!!!!!!!
曹長!
神父を簀巻きにして運び出した曹長を見送りながら、俺は頭を振って目の前の問題に戻る。
あの子たちがそうなってしまうのかなどど深遠の先を見据えてしまった。
ちがうちがう。
今考えるのはシスターズ&Colorfulの暗黒未来図じゃない。
いやーそんなことあるわけないじゃないか!!!!!!!!!!
あんな、あどけない、純粋さを形にしたような、優しい子供たちが、俺が頬に触れただけで、真っ赤になって俯くような、純真な女の子たちが、クリーチャーになるわけが
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ない、よね?
Colorfulを視線ひとつで誘導する、お嬢の眼力はすごかったが。
どなどなど~な~ど~な、と歌いたくなるテンションでColorfulが連れていかれるところを見るにつけ。
シスターズ&Colorfulの力関係で、一番偉いのが年齢順下から二番目のお嬢(12歳)。
メイドさんたちや執事の皆さんも、仕草一つで使っている。
メイド長クラスになると、お嬢をあやしているような気配はあるが。
あの、つぶらな瞳にいったいどんな力が
・・・・・・・そういえば、俺は、眼力を発揮している時の、お嬢の眼をみたことがないな?
いや、まあ、本来な一庶民の俺がお目見えできるような立場じゃないしね、お嬢は。
この邦の上流階級のトップに君臨する家の、お嬢様なのだから。
普段は、背伸びしてるだけの子供だけどね。
「汝、ペドフィリアンロリータよ」
だれがだ!
いつ戻った!!!
オマエじゃ相談相手にならん!!
坊さんはまだか!!!
ノックの音がした。
「Come on!」
なぜか返事をする神父。
扉口で一礼するメイド長。
背後に屹立する西の山のドワーフ、の戦士長。
え、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひさしぶり?




