幕間:カタリベの取材ノート「定点観測」
『カタリベ』
:日本列島の異世界転移後、政権与党第一党幹事長の肝いりで創られたナニか。老若男女、国籍も日本人に限らず、出自も元フリージャーナリスト、学生、学者、軍人、政治家など様々な立場から選ばれている。条件をのむことで特権を得た一群の人々。
主人公たちのところには、大学生らしい女性が滞在中。
(第28部分 アムネスティ/より)
他に日本列島には壮年の男(第59部分 アンドロポフ・ゲーム /第60部分 カタリベ )、老婦人(第68部分 捕食者の宴/Predator )が既出。
今のところ明かされている条件は二つ。
1、カタリベは名前も元々の身分も経歴も明かさない。
(知られてしまうことはある)
2、カタリベは知りえたことを公開しない。
(記録にとるのは自由)
与えられた特権は一つ。
望むままにありとあらゆる情報を閲覧し、誰もが必要な便宜を図り、どこにでもいける。
(ただし防疫上の制限は越えられないので、異世界大陸と列島を行き来はできない/中にはカタリベを煙たがり非協力的な者もいるが、最終的には幹事長に逆らえない)
概算で考えよう。
中世後期。
基幹産業は農業や鉱業だが、富の半分は都市住民が握っている。
都市住民とそれ以外の人口比は1:9。
では、都市は豊かだっただろうか?
50%を握る都市の富。
その九割、45%は都市住民の一割でしかない富裕層、大商人や工房頭たちが握っている。
残りの5%を都市住民の九割が分け合う。
その5%とて平均的に分けられたのではない。階層に従って比例配分される。農村においては家族や個人という文化が成立する前なので、私有の認識も薄く、概ね平均分配されていると考えていい。
人口の1%が富の45%を握る(階層比例分配)。
人口の9%が富の5%握る(階層比例分配)。
人口の90%が富の50%を握る(ほぼ均等分配)。
こうして都市に、都市のみに貧困層が生まれた。
《国際連合経済社会理事会(ECOSOC)レポートより》
カタリベは独り、王城内を歩きながら考える。
独り、とはいっても、メイド長が手配した王城付きメイドが付いてはいる。交代しながら、常に三人以上、視界に入らないようにして。
王城には6種類の使用人が出入している。
参事会五大家の当主が連れてきた者たち。
元々、前太守時代から王城に勤めていた者たち。
メイド長は後者の筆頭であり、不在の主に指示されなくとも、この程度の配慮はしてみせる。メイド長から見れば、城主たる青龍の貴族がカタリベを気に留めていたのは明らかだから。
生きた家具としての経験を積んでいる、王城付きメイド。
客の空気を壊さぬように、客の求めに応じるように、客につかず離れずただただ続く。
決してメイドが途切れぬように、替えのメイドを手配するのはメイド長だ。
カタリベの父親ならば、この尾行に気がついたかもしれない
検察庁の記者会見で「予定外の質問」をしたために法務省と検察庁、その後すべての官庁の記者会見に出入り禁止となり、公安調査庁の担当官に常に尾行されることになった父ならば。
・・・・・・・・・・・もっとも、ばかばかしいやっつけ仕事に狩り出された担当官は、解りやすく尾行していたのだけれど。
使命感の強い真面目な人間に、バカな仕事を割り振れば、そうなって当たり前だ。
棄て仕事に人を回すときは、考える力がない馬鹿を配置しなければならない。頭が悪ければ、意味も背景も考えられず、単純動作を繰り返せるのだから。
ここ異世界でも、人の姿はあまり変わらない。
しかし、メイドたちは、黒髪の支配者に仕えることを、バカバカしいとは思っていなかった。
むしろ、世界を背負う覚悟で、一人歩くカタリベに付き従っていた。
そんなカタリベ。
未だ在学しているけれど、休学前に大学で、レポートを考えている時の様に。一通り集めた情報を、カテゴリーごとにまとめて整理する。
商人。
一言で言っても様々な段階があるわ。
種類ではなく、段階が。
概ね、地球史上と変わらないみたい。
辻売り。
実質、商人たちの最底辺。
都市に在り、市場に立つ権利を持たない零細商人。
誰もがすぐに始められる。
買い手がいるなら何を売ってもいい。
商品はどこから仕入れてもいい。
拾い物や廃棄物の再利用でも構わない。
大都市にのみ許され、というより見逃される存在。
まず村ならば経済規模が小さ過ぎ、専業の商人など成り立たない。
五体満足ならば、野良仕事を手伝うでしょう。
村人同士の交換は、商いと言えるほどの利益にはならない。
経済規模が村より大きい街ならば、どうかしら?
利益は上がるだろうけれど、辻で商売をすれば殺される。それは、ギルドに属さずに売る、ということだから。
だから辻売りは、唯一、お目こぼし。
経済規模が大きな都市でだけ発生する、落ち穂拾い。まっとうな商人たちに、取りこぼされた銅貨を拾うだけなら見逃される
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・事もある。
細かく取り締まるほど、ギルドは暇じゃ無いから。
ただし、辻売りはまともな商人とは見なされない。
一番多い業種が、野菜くずなどを使った椀粥屋。残飯や廃棄食材を利用し、多少新品を加えて調理する。燃料となる薪代にも事欠く貧乏人たちが客だ。
様々な材料を買うことが出来ない貧困層。
皆で残飯をあされば弾圧される。
燃料、材料、時間、手間。コストを考えれば、貧しい者ほど自分で調理はしない、出来ない。
故に需要はかなりある。
これそ社会的分業というわけね。マシな残飯を効率よく集める技能があれば大成出来るかもしれない。
貧困層の頂点と、中堅層の底辺。
どちらがマシか議論は尽きないけれど
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・富者の楽しむサロンの娯楽。
嗤い声は推してしるべし。
故に辻売りは、大都市にしか存在出来ない。
ソコにしかいない、貧困層相手の商いだ。
もちろん保護などされないから、成功すればするほど、危険が増える。
単純な強盗、くいものにするヤクザモノ、後釜を狙う若者に商売仇。
失敗してのたれ死ぬか。
成功して殺されるか。
逃げられるに足る、利益をあげて諦めて、生き残るか。
ソレは例外として、辻売りの上は?
行商人。
公に認められている、商人の底辺。
村々を街々を周り、担げる範囲、載せられる範囲の商品を扱う。
掛け売りなしの現金取引。
扱う商品は、なんでも。
周る、とは言葉通り。決まった場所を、決まった道を、決まった順番で回る。だから、どこに、いつ、が判りやすい。
扱う商品は、周回場所の相手次第。
掛け売りする程の信用はない。
仕入れも販売も、現金ないし、通貨に換算した現物取引。
行商人は跡継ぎでなければ最初、徒歩から始める。
身一つなら貨幣しか手段がない。
だから、商いもほどほど。
荷馬車を得て初めて、現物取引に手を広げられる。
行商人としてのギルドは、ないみたい。
技術に人が捕らわれて、組織が個人を否定する時代。
そんな夢より千年前の異質な世界。
個々の商人を管理統制出来るのは、都市や街の中だけだ。
ただし全く自由かと言えば、そうではない。
安定した商いの為には、安心出来る仕入先。
現物取引で商いを広げる為には、場合場合に合わせてくれる売却先。
出口と入り口を得る。
それは首と脚に枷を着けると同じこと。
リスクを避ければコストがかかる。街も街道も変わらない。度合いが減ることが、楽しいか不安か。そこから先は人それぞれ。
ずっと旅の空を見続けたい
――――――――――そう願う者は、決して、少なくないようね。
決まったスケジュールで街道や街々村々を周れば、それなりにリスクは管理出来る。
殺されるか、死ぬか、後進に販路を売って街外れにでも隠遁するまで。
だが野心があり自負がある少数派は、次を目指す。
それが、商人としての次のステップ。
街商人。
街の中、都市の中で商う商人全般。
広く言えば、商人、とは彼らのことなんでしょうね。
では、街商人はどこから始めるか。
跡を継ぐか、新たに入るか。
人間なんぞ誰でも同じ。
産業革命以後に普及する人間観を、この世界でも商人たちが先取りしている。
中世の商業資本が先行しているのは、家内制手工業だけじゃないわけね。
街商人は店を持つ。
露天商から始まり、棚店を構え、蔵をしつらえ、商会に至る。
特徴は、決まった場所。
街の広場、街の門前、街の門内、橋の下。
そうした場所に開かれる市。
市に集まる露天商。
屋台や荷台を広げる物売りから、身一つに金箱一つの両替屋まで。
皆が皆、同じ場所に毎日立つ。
たまたま休んでも、場所が盗られることはない。
まさに、盗み、と見なされるからだ。
誰もが毎日場所を変え品を変えるより、客にとっても都合がいい。
露天商から抜け出して棚店を開けば、売るだけではなく、買取も始める。先に進み蔵をしつらえれば、客はみな商人になり、商いは商談となる。
そして商会は、そのすべてを束ねるものだ。それが街を越えれば大商会と呼ばれる。
――――――――――自分から名乗ったりは、しないけれど。
つまり、商人っていうのはこういうこと。
辻売り。
行商人。
街商人。
その三段階。
さらに、街商人が、階層を作る。
露天商。
棚店。
商会。
大商会。
そして、ギルド。
商取引そのモノを守る為、大枚を注ぎ込み命すら賭けるギルド、商工会、参事会。
単なる特権商人と思われがちだけれど、歴史的な意義は全く違う。
理屈を付けて、税を造り続ける貴族。
名分をこねて、貨幣を改鋳する王族。
騙す詐欺師に、踏み倒す債権者。
賄賂を求めるが捜査は嫌がる衛兵たち。
隙あらば暴力に訴えても、互いを喰い合う商人同士。
それを今、商業と言える程度の営みに抑えているのがギルド。
それがかなっているのは、ただただ、市経済活動にかかわっている皆の、力の均衡がたもたれているから。
その均衡を商人側で保っているのは、ギルドから参事会に至る組織だ。
自由市場なんか、強大な統一権力が無いと成り立たないわよね。
それが無いままで統一市場を造ろうとすれば、破滅するだけ。
日本史で言えば戦国末期の「楽市楽座」がそれでしょうね。
既得権益を排した自由市場。
物価が下がり、創意工夫が新たな需要を掘り起こし、経済が活性化する
――――――――――わけがない。
闇カルテルが生まれ、地下市場が拡大し、大資本が独占市場を築く。
地域密着型で住民に対する遠慮がある地元資本が衰退すれば、物価は上がり、無統制な地下経済が需要を削りながら拡大し、全体の経済は衰退する。
もちろん、独占を達成した商業資本も最期は道連れ。
独占した瞬間から生まれる縮小再生産。
権力者も生産者も資本家も、誰も破滅から逃れられない。
信長がそれを推奨したのは、彼が侵略者だったから。
信長軍と共に伊勢尾張の商業資本が乱入する。占領地の地域密着型資本は駆逐され、その過程に置いて生じる競争は、一時の好況をもたらす。
もちろん、戦争景気を前提に、だけれども。
その限りに置いては、吸収される地方資本の不満も許容範囲内。その時だけを見れば、うまくいっているように見えなくもない。
だから、信長は執り憑かれた
――――――――――――――――――――成功体験に。
勝利が好況を呼び、好況が軍資金を生み、ソレが勝利を生む。そして勝ち続ければ、自分が最大勢力になれば
――――――――――――――――――――――――――侵略者は防衛者になる。
最大勢力は、もはや奪う相手が見つからない。弱小勢力をどれだけ喰らっても、その図体を満たす成果は得られない。
奪い続けることで力を得たのだ。
奪い続けないと力を維持できない。
世界も時間も有限で、人はいつか死ぬし陸はいずれ海になる。
そして、孤高の独裁者には、それが解らない。
経験主義者、実証主義者、合理主義者?
つまるところは、創造力の欠如。
天下統一
――――――――――侵略の終焉。
解体し餌食にすべき、既得権益が無くなれば?
流入する通貨を維持できなくなれば?
自分たちが既得権益になっていたら?
広大な領地の、解体された商業秩序を、誰も統制できない。
信長の体制が蓄積した怨みに妬み。
一時の利益で誤魔化されたモノが顕在化する。
信長の運命は、最初から、決まっていた
――――――――――高転び。
天下布武は、信長にとって死刑台のロープだった。
だから秀吉は、その道を模倣して同じように破滅した。
だから家康は、楽市楽座を捨てて経済ギルドに回帰した。
市場経済を捨て統制経済に回帰することで、日本の総人口は三倍に増え、空前の経済成長と安定を達成する。
それは、日本列島に生きる者たちの骨髄に、刻み込まれたからだ。
安土桃山時代の恐怖が、徳川日本の統制国家を成立させた。
でも、この異世界では別な道を進んでいた。
帝国は、権威がある家や勢力、血筋を根絶した。
王家、貴族、騎士、神殿
――――――――――皆殺し。
ただ、力があるだけの勢力は見逃している。
商人や職人のギルド、村々の長たち、エルフ以外の様々な異種族。
――――――――――むしろ支配体制の末端に組み込んでいる
それらは最終的に帝国が築く大陸統一市場の受益者となるだろう。
それは、自主的に、帝国の藩屏と、強固な地盤となったはず。
――――――――――――――――――――その時間は与えられは、しなかった、けれど。
そしてこの邦では、大商会の有力者が五つの家門を作り、参事会に集っている、わ。
その立場に沿ったバイアスを考慮すれば、彼らが見ているモノが、都市住民の見方だと考えてもいいでしょう。
特に都市住民、この街と港街で農民以外の視線はすべてカバーできる、わよね。
この王城の中だけで、一割の視点を抑えられる。
軽挙妄動と言って悪ければ、先駆的な彼らの動きが国全体へ波及することを考えれば、決して悪くない観測場所。
そして「あの」大尉が不在。
あの人がいては、おそらく、応えを得られない。
だから、いま。
侵略者を、どんな目で見ているのかしら。
カタリベは知ってはいたが、理解はしていない。
この世界に「侵略」という概念がないことを。
「戦争」という言葉すら異なることを。
魔法翻訳はそこまで親切ではない。
むしろ、ソレがあるから理解できないのかもしれない。
いや、むしろ、人はすべて経験主義者でしかないというべきか。経験主義者は、主観でのみ世界と触れ合う、しかない。
見た、聴いた、感じたを「実証された」と錯誤する。
人間。
家族。
個人。
結婚。
国家。
「わずか100年程度前」
に、生まれたばかりの珍奇なレッテルを、「世界の誕生から」とは言わぬでも「人類が生じたときから」あるべき何かと勘違い。
その時。
電話のベルが鳴った。




