神様のお話し
神は、無力なのかもしれませんね。
ああ、貴方を絶望させたいわけじゃありません。
かも知れない、と言っただけですよ。
なにしろ、私は神を見たことがありません。
神を理解できるとも思いません。
神の事績を調べ、神の言葉を考え、神の御業を伝える。
それだけ、です。
ええ、神の代理人、なのに、です。
ただ、感じてはいます。
常に、いつも、絶え間なく、神を。
ここにいらっしゃる、と。
何の役にも立たない、と言われれば、それで構いません。
ただ、私は、嬉しいのですよ。
私、私達、信ずる者も疑う者も拒絶する者も。
街の片隅で。
大海原の底で。
凍てつく大地の上で。
召されるときに、独りでは、ない。
家族でも友達でもない。
何かの役に立っているのでもない。
裏切り従い求めて罵って。
そんな私を、見ていてくださる。
それだけです。
それだけが、嬉しく、有難い。
それだけしか、私には、応えられません。
だから私は、祈るのです。
《異世界転移後コンクラーベにて選出された神の代理人/バチカン市国首長》
「ヨシュアさんってカッコよくない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さん?」
「カッコいいっていうより、カワイイ?」
「カワイソカワイ♪」
「ひっどーい!若いころはそうだけどさ」
「カッコいいならシッダールタでしょ」
「嫌味すぎないかな?」
「でもでも、王子だよ?」
「カッコいいでいうならムハンマドしかいないよ」
「・・・・・・・・コワいのもいい、かも」
女が集まれば、というべきか。
高い声はそれだけで楽しさにあふれているようにも聞こえる。とはいえ、彼女たちが今を楽しんでいるのは確かだろう。
女、というより女の子、だろうか。
地球の感覚で言えば、だが。
年の頃は十代後半。
仕事を任される頃合い。
異世界大陸では通常、10歳から12歳くらいで仕事を持つ。
最初の数年は見習いで、一人前とみなされると特定の異性をツガイとすることが多い。それに先立つ数年は、相手を選ぶ時期と言えるだろう。
そして女は子供を産み、授乳期を過ぎるまで男がそれを護る。一人で歩くようになれば、半ば母の手を離れ街区や村の共同体で面倒を見る。
血統上の父母も通常はその共同体に所属している。仕事を持ち始めれば父母との縁は完全に切れるといっていい。
異世界でも地球でも産業革命前は同じ。
家族、という概念にも、人間、という概念にも縁がない。
それは社会的必要による必然なのだろう。
しかし彼女たちは少数派の富裕層、の下あたりに属する。
明確な氏族集団を持ち始めた、それに意味が生じた、極少数派。
私有の概念が生まれ始め、富と権力を手に入れ維持して拡大する為に、組織を必要とした人々。
地位と力が強くなるにしたがい、夫婦のような、家族のような、血統集団が生まれていく。
とはいえ、婚姻はまだあいまいで、結婚式に準ずるものは集団同士個人同士で結ばれた同盟調印式と言った方がいい。
そして、上を目指す者たちは、上に習う。
都市住民で小金を得た層は、更に上を目指す。
妻のような、夫のような、小さく幼いという意味ではなく血統上の意味での子供。
家族のようなもの、を作る。
実質的な意味が無くても、上流階級の模倣にすぎなくとも、その大半は模造品で生涯を終わるとしても。
今を楽しむ彼女たち。
その家族がそうであったように。
権力と富。
その端につながるために訓練された娘たち。
彼女たちの親は、彼女たちを王城に、太守に仕えさせる道を選んだ。
もちろん、選んだのは親、のようなもの、だ。
子ども、のようなものとして、庇護の代わりに服従を仕込まれた彼女たち。
そのあたりは、本当の富裕層より徹底している。
富裕層は余裕があるだけに、遊びを作ってしまいがちだ。資産が多いから管理しきれないともいえる。
できの悪い血統上の子供をうち捨てながら切り捨て忘れていたり。
高価なアクセサリーとして飾り立て、本来の用途を忘れてしまったり。
あと一歩で富裕層から脱落しかねない、中堅階層上部にはその余裕がない。
親は娘に期待し計画する。
メイド長や執事長のような権威ある役職など望むのもばかばかしい。身元がしっかりしており、親の伝手で上納金を納め、紹介状を得て出仕することができるのは、下女かメイドだ。
若いうちならば磨き上げて飾り立てて、立ち居振る舞いを躾けて、メイドに押し込むのが一番。
太守の側女、いや、一夜の相手にできる?
そんな高望みはしない。
騎士や役人のソレになれれば望外の幸運。
世界帝国の一部に食い込めるのだ。
そううまくいかなくとも、伝手を作ることはできる。
城で役目を得ることができれば、端金を左右できる。
邦の主の端金は、富裕層の小遣いであり、親にとっては大金だ。そんなことは見透かされているからこそ、役目を得る前に城を下げられることが大半なのだが。
それはそれでよい。
王城の給金は街人の生計と比べ物にならぬし、王城勤めを大過なく勤めれば、そのブランドを利用して富裕な商人の家に送り込める。
それはあらたな伝手になるし、邦の財布を狙うより、現実的な商いの役に立つ。
だから親の庇護者となる一門の、できるだけ上の方に押し込むのだ。
二十を超える前に仕える家の中で定位置を定め、今度は現実的に勤め人同士で娶せる。それでかすかな、富裕というより、貧しくはない、という程度の門閥に席を得る。
子どもはそこで親の手を離れ、近しい取引相手程度の関係になる。
とはいえ、親もそれ以上は望まない。そこまでの給金で、手間はともかく直接の投資は回収できているのだ。
そういけば、よかった。
帝国の凋落。
太守の没落。
王城の陥落。
一次的な無政府状態で、狙われる旧支配者、の、末端。
王城勤めの者たちは、こぞって街の者たちから嫌われている。
この当時、産業の中心は農業であり、豊かさの中心は村々だ。街に富は集まるが、所有の概念が浸透した街では、ごく一部の権門とその取り巻きがすべての富を巻き上げる。
街の、少なくとも半数は村に居られなくなった、他のどこにも生きようがない人々とその子孫。選びようがない場所で、選びようがない仕事で、選びようがない一日を生きる人々。
富裕層と同じような、極少数の貧困層。
それが、街の大勢だ。
貧困層より上の者たちから見ても、桁違いの待遇を受ける王城勤め。
妬み嫉まれ嫌われる。
とりわけ、王城勤めの家族、のようなものたちは、大半が成り上がりの典型。同等以下の者たちと自ら距離を置き、より上位の者からは相手にされず距離を置かれる場合が多い。
彼女たちは職務の上でしか街の者と付き合っていない。
休憩はあっても、休暇などはなく、里下がりとは懲戒解雇と変わらない。年に一度給付される給金は、親に巻き上げれている。
遊びまわる時間も金もない。
だから妬まれ嫉まれ羨まれることはあっても、個々に恨みなど買うはずもない。羨ましがられる程度の自覚はあるが、恨みを買っているなどと、知る由もない。
そう、親兄弟が、恨みを買っているなどとは。
王城勤めは大勢いる。
上手くやっている者もいただろう。
やり過ごしている者の方が多かったはずだ。
彼女たちは、その親兄弟は、そうではなかった。
娘。
大金をはたいたあげく、磨き上げた商品を、守らず隠さず逃げ出すほどに。
庇護を得られそうな家に値引きして売り込むほどの機転も効かず、ある程度安全な隠し場所をしつらえる伝手もなく、暴漢を嫌う住民たちの視線を借りられないほどに憎まれて。
街で反帝国を謳う、愛国者達が暴れ始めたとき。
それはつまり、街中の鼻つまみ者、富裕商人たちの不良債権たる不良息子娘とその取り巻きだったのだが。
何やら聞きかじって、訳も解らぬまま言葉に酔って、弱い相手を物色し始める。
それが、王城を未だに差配するメイド長や執事長のような、帝国の権威に向かうはずがない。それどころか、太守の家族が王城にいたときには誰一人、反帝国など口に出しはしなかった。
太守の家族がいなくなり、帝国を圧倒する青龍が通過していき、それをだれも止める者がいない。
それを肌で感じた連中。
人を殴るのに大義を唱える面白さを知った連中。
十年前に滅ぼされた時に物心もついていなかった連中。
反帝国を唱える愛国者たちは徒党を組んで、街で、ただし私兵を抱える富裕層がいない場所で、暴れ始めた。
貧民街は実入りがない。
だから、中堅どころの商人や職人が住む場所が狙われた。
税と称して小遣いを巻き上げ、出くわした相手を殴りつけ、売国奴を探し始めた。
王城勤めのメイドは若く美しい娘ばかりだ。
売国奴にふさわしいではないか!
そしてまあ、愛国者は、全員殺された。
青龍の貴族、国際連合統治軍軍政官を襲った連中はその場で皆殺し。大口径ライフルでの射殺は、中では一番楽な死に方だろう。
同行していた共犯の女は、即日処刑台に吊るされた。
腕に釘を打たれて死ぬまで放置。
死んだ後も放置。
参事会議長の失脚で危機感、どころか恐慌状態に陥った有力者たちは不良債権を一斉に処理した。なにしろ、一番楽に死んだ愛国者の家族がどんな末路をたどったのか、見せつけられているのだ。
誰がそんな目にあいたいものか。
いままで見過ごされていた、鼻つまみ者でしかない、文字通りの不良娘不良息子たちが、一晩で毒殺される。
不良品の取り巻きたちは、衛兵と私兵たち、便乗した貧民や市民により数日で狩り尽くされる。いち早く城門を閉鎖した参事会の手際では、一人も逃げられなかっただろう。
皆が心から思った。
殺らなければ、殺られる。
青龍の貴族に、殺られる。
街の全員が、殺られる。
恐怖にかられた人々は、一生懸命に殺した。
数日も時間がかかったのは、街のみんな、その熱意の表れだろう。恐ろしさが紛れるまで殺し続けなければならなかった。
手を抜いていると思われたら、自分の、いや、街に住む全員の命がない。
それは皆の命を狙う裏切りだ。
結果だけではなく過程が大切なのだ。
だから、互いに互いを監視して、必死になって、知恵を絞って努力した。
努力が足りないやつはいないか?
熱意が足りないやつはいないか?
見張り合うのに消極的なやつはいないか?
簡単に死なせるわけにはいかなかった。
そんな話は、彼女たちには関係がないだろう。
帰るべき場所などありはしない彼女たちは、王城に戻ってこれた。服従の条件付けをされていた親は、兄弟姉妹たちとあわせて、もういない。
遠く離れた存在であったメイド長にいたわられ、戻ってきた同僚たちに共感され、何年も何年も過ごしてきた王城で、これからも暮らすことができる。
でも。
今まで通り、とはいかない。
殺されなかった者の中では、最も無残な体験をしたのだ。多かれすくなかれ迫害や親との絶縁を体験した同僚や友人たちとは、共感を寄せられても距離ができる。
メイド長の直属にされたのも、そうした配慮の一環だろう。明らかに特別扱いであり、どちらかといえば出世かもしれない。
だがそれをいたわる者は在れど、羨む者はいなかった。
そもそも、今までより待遇が良くなったのは皆、同じ。高い給金は据え置かれ、休日が与えられ、なぜか読める文章で待遇と地位が保障された。
いろいろとあり方が変わったようでもあれど、個々の仕事は今までとあまり変わらない。むしろ、世話すべき人数が激減したために、内容は変わらなくとも仕事量が減った。
世話すべき方々も、要望らしい要望もない、クセも無ければ注文もない、世話しようがないというのが本当のところ。
それ以上を考えるのはメイド長や執事長の役割。
それについて不安を抱く者はいない。
だから、皆の思いは別にむく。
怖いのだ。
畏ろしいのだ。
新たな、主君が。
ただ、やってきただけで世界を創り換えた、主が。
その主君の側仕えを命じられた彼女たち。
同僚たちは助力を惜しまず、メイド長に執事長はなにかれと気を遣う。もともとが何年も共に過ごした間柄。
とてもとても友好的な、孤立。
だが、彼女たちは孤立を楽しんでいた。
同僚たちからは立ち入り禁止の危険地帯と思われている、青龍と呼ばれる、支配者たちの領域。
役付きですら、メイド長か執事長しか立ち入れない場所。
彼女たちだけが出入を許された、場所。
支配者たちは実質そこで暮らすのだから、彼女たちだけで支配者の世話をしているといっていい。
だが、一番ちかくにいる彼女たちからみても、支配者たる青龍は世話の甲斐がない。
何もかも自分でやってしまうからだ。
お茶を入れ、食事をとりわけ、部屋を片付け、寝床を整える。
朝になれば目覚め、夜になれば休み、互いの交代まで自分たちだけで終わらせる。
お茶にせよ、給仕にせよ、掃除にせよ、整理にせよ、刻をお知らせするにせよ。彼女たちの方が上手くやれるというのに、自分たちで済ませて、しかも質にこだわらない。
やっと最近、任せてくれるようになってはきた。
ある程度、は。
それは彼女たちを信用していないからではない、と最近は判ってきている。つまるところ、青龍は興味がないのだ。
安楽さ、快適さ、富貴に伴う何もかも。
そう、彼女たちは思っている。
その認識は、城勤めの者たちも感じてはいるだろう。
だから時間が余るのだけれど、彼女たちだけの楽しみがある。
青龍の貴族、に仕える宮廷道化師。
彼女たちから見れば高位高官よりも、主君に近い重要人物。
宮廷というモノを、字面だけでも知っていればそう思う。
彼女たち、白い肌と金髪が標準的で赤毛やブルネットが珍重される世界では、ドワーフなどと同じ異形に感じる褐色の人物。
違和感しか感じない色づいた肌に黒い髪、どころではない、特徴的な姿が最初は化粧かと思ったくらい。
その人は、物静かなで、よく書物を開いている。
使用人の扱いになれた所作で、その知的な風貌と合わせて彼女たちもとっつきやすかった。だから、言葉を交わす機会が一番多かった。
その人、彼女たちには、いまだに性別が解らない、その人。
部屋に置いてある書物。
パソコンという概念がない彼女たちにとっても解りやすい、装丁された本。
それを、自由に読んでもいいと言われた。
彼女たちは、主君の側仕えになって初めて、といっていいほどに文字に触れるようになった。
読み書きができることは彼女たち、王城に仕えるメイドたちの自慢だった。それが、簡単な読み書きが、かろうじてできるだけ、と思い知らされた。
そして自分たちが知っている文字ではない、違和感のある、支配者たちの文字であればすらすらと読めることが判る。そうなれば、あっという間に夢中になる。
暇さえあれば、あるのだが、繰り返し繰り返し文字を追う。
それが、今ココにない世界を吸収することだと、判れば解るほどに離れられなくなる。だから、ついつい恐れを忘れて、本をのぞき込んでしまう。
それに気がついた褐色の人が、主君の許しを取り付けたのだ。
まあ、彼女たちは真っ赤になってうつむいていたから、不思議そうな表情をする主君には気がつかなかっただろうけれど。
彼女たちは、文字の区別を知らない。
読めるのだから、みな同じだと思っている。
ラテン語も、サンクスリット語も、アラビア語も。
もちろん日本語もあるが、閲覧を許された蔵書の種類が多かっただけ。
読んで覚えて書けるようになるまでに、そう時間はかからないかもしれない。本人たちも見よう見まねで書いてみている。
彼女たちは、どうしても書かなくてはいけないことがあるから。
文字を知って以来、いや、出会ってからずっと暴れ狂っている衝動が、文字に注がれようとしているというべきか。
毎夜毎夜、見続ける夢。
時々、昼間でも思い浮かんでくる想い。
赤い色。
肢体が受けた暴虐の残滓。
砂利が食い込む痛み。
目もくらむ絶望。
素手で肉を引き裂き、骨を砕き、命を刈り取る。
龍、その直前に感じた、龍の怒り。
彼女に向けられた強い視線。
それを、一人一人が受けた。馬蹄が響き、庇い立つ大きな背中。馬上から飛び降りた者たちが逃げ出した女たちを踏み抜いて、跪く。
そして、彼女に一瞥もくれずに、一言。
「城へ」
彼女。
彼女たち。
一人一人に与えられた、救いの言葉。
彼女たちは一様に思う。
一人一人が内心で。
(御領主様は、いつお帰りになるのかしら)
口をついたのは、別な言葉。
そのように書ければいいな、という、願望が言葉になった。
「でも、ヨシュアもシッダールタもムハンマドもアレだよね」
「わかるわかる」
「言っちゃうの?」
「あなたも言わないだけじゃない」
「それはそうだけれど」
ラテン語の原典。
サンクスリット語の原典。
アラビア語の原典。
・・・・・・・・・・のコピー。
魔法翻訳は、異世界言語と地球地球言語の間でのみ生じる。だから、異世界人は地球のあらゆる言語の意味が解る。
ただし、字義通り、とはいかない。
話し手と聞き手の意思感情が、伝わる内容に影響する。
文章ならば、書き手と読み手の、ということになる。
そこまでは、すでに立証され、研究が進んでいる。
コピーの場合はどうなるのか。
日本列島には様々な一次史料のコピーや画像がある。
影響するのは、コピーした者の意思か。
それとも、原典を書いた者たちの意思か。
「書いてある人たち、みんなさ」
ソレが研究されているという話は聞かない。
「「「「「まるで実在の人物みたいだよね♪」」」」」




