裁判と呼ばれているもの(1867年以降日本式)
かつて神殿があった。
巫女と神官。
祈り奉る。
寒さ暑さを和らげる。
豊穣と収穫を援ける。
病を防ぎ心を癒す。
万物を敬い。
世界を祝い。
互いを寿ぐ。
今も魔法があった。
魔法使い。
唱え呪う。
炎と氷を生み出す。
ゴーレムを創り空を駆ける。
傷を塞ぎ心を操る。
万物を究明し。
世界を探求し。
互いに競い合う。
祈り奉る。
唱え呪う。
赤い瞳。
その瞳こそが。
皆に愛された。
かつては。
【王乃間/別室/中央】
俺は今更ながら話し込んだ事に気がついた。
時間も経っているし、のびている神父がいつ復活するかわかりゃしない。
この子等の事情は充分わかった。
俺がなにをすべきか判断出来る程度に。
薄い理解だが、これ以上は踏み込むべきじゃない。
俺たちは所詮、客なのだ。
【王乃間/別室/青龍の貴族の背後】
「ならばよし」
ご主人様はわたしたちを背にしたまま言われた。
「使命を果たすがいい」
ねえ様に。
「父親を手伝ってやれ」
ちいねえ様に。
ご主人様はそのまま部屋を出ようとする。
わたしはあわてて前に。
「御命令を」
ご主人様は不思議そうに見る。
「好きにしろ」
・・・・・・・・・・・・わたし、は、やっぱり・・・お顔がにじんで・・・。
「言いたい事ではなく、言うべき事を言え。為したい事ではなく、為すべき事をなせ」
ご主人様のお背中。
「復唱無用」
【王乃間/別室/青龍の貴族の背後】
わたくしは急いでお父様の元へ。
参事達も居るでしょうね。
「はい!」
一転して笑顔でほころぶあの娘。
嬉しいようで悔しいような。
・・・・・・ずっと一緒にいて、わたくしにもどこか距離をとっていたあの娘。
だからこそあの娘の遠慮を踏み越えていたのだけど。
ご領主さまには最初から距離がない、みたい。
・・・・・・ご領主さまも、それを赦しておられる。
わたくしの役目を果たさなきゃ。
せっかく機会をいただいたのだから、証をたててみせる。
【王乃間/別室/戸口】
あたしは笑いをかみ殺す。
なるほど。
なるほど。
青龍の貴族とはこういうモノか。
命令なし。
意志表示すら最小限。
回答は端的、すぎ。
それでいて皆が皆、貴族の意志を忖度して駆け回る。
青龍の騎士達も、都市の参事達も、妹たちまで。
貴族は彼らに黙認か処罰で応える。
青龍同士で、ではない。皆が皆、巻き込まれている。
それと気が付かず。
ならばこれは・・・・・・・・・・。
そこまで考えて驚いた。
今更ながら気が付いたので。
あの娘ではなく、あたしが青龍に関心を持っていた事に。
【王乃間/窓際】
俺はノートパソコンを開いた。
指揮所の完成は明日までかかるが戦闘指揮車の中枢サーバーは稼働中。
設営A/B、資材確認、事務の各班個人の作業進捗は更新中。
隊員だけではなく城の
・・・・・・・・・・奉公人?まあ、メイドや執事さん達は思いのほか頑張っている。
作業管理は時々書き込まれる質問や確認に○×、定形レスを付けるだけだ。
必要ないが隊員のバイザー越しに実景を見る事も出来る。
メイドさんが目の保養
・・・・・・・・・・いかん、横に幼女が。
眼をキラキラさせて覗き込んでいる。
ディスプレイに興味津々。
ファンタジーでも子どもは子どもだな。
・・・・・・・・・・と、和んでいると視線を逸らした。
チラチラッと、こちらをみている。
怒りゃしないのに。
パネルを開く。
テーブル上にポップ。
1mほどの範囲で全周投影。
フフン、どーよ。
【王乃間/窓際/大テーブル上座】
わたしは光たちに包まれた。
あわてて見回す。
光が動く。
右左上下。
わたしが視線を合わせた光が前にくる。
円を区分した形、長さの違う棒、割り振られる数字や文字。
青龍の文字。
米の量、金属の量、貨幣
・・・・・・・・・・人数は
・・・・・・・・・・場所?いえ、役割ごと。
次々と数値が変わっていく。
帳面
・・・・・・・・・・帳簿かな。
どんどん増えていく。
これはわたしたちの文字?
手に手がかさな!
・・・・・・・・・・ご主人様だ。
え、えと
・・・・・・・・・ちょっと力を込める。
ご主人様が微かに微笑んで
・・・・・・・・・・いる?少
し顔が熱くなり、視線を逸らした。
私の手を優しく握り前に
・・・・・・・・・・ポンっ!
わたしが触ると音がした。
触った感覚はないのに。
「触った」気がした。
あわてて手が空を切る。
ポンッ!
ポンッ!!
ポンッ!!!
【王乃間/中央】
あたしは二人を見ていた。
いまさら青龍の魔法には驚かない、と思っていた。
まあ、驚いたんだけど。
でも、魔法より、もっと驚くべきものが見える。
いや、読める。
薄く浮かび上がった光。
兵糧倉、宝物庫、資材置き場、書庫、兵器庫、厩舎
・・・・・・・・・・数値と図形・・・・・・・・・
この城だ。
青龍の騎士、僧侶、役人やその周りの奉公人達も数字化。
何をしているか一目で解る。
青龍は城を、いや『太守領』を攻略している。
あらゆる資材、あらゆる人材、あらゆる資料を記録しなおして、記録を魔法で取り込む。
なるほど。
『征服』
まさに『征服』なのね。
【王乃間/窓際/大テーブル上座】
わたしはふと気がついた。
ひとつ?
いえ、ひとまとまりの数値が止まっている。
わたしの後ろからご主人様が光を触る。
光景が広がる。
青龍の役人が城勤めの人たちと向き合っている。
何か問いただして
・・・・・・・・・・詰問してる。
ご主人様は・・・・・・・・・・。
【王乃間/窓際】
俺はあの余剰人員に天を仰ぎそうになる。
クソバカゴミが。
付き添いの秋山にメッセージで確認。
やっぱりだ。
帳簿と実際の資材が合わない。
この倉庫にあるはずの品がない。
だからその原因を追求しようとしている。
城のメイドや執事たちが盗んだと疑い一人一人尋問する、と。
そのために執事長を呼んだとか。
先回りしてメール、足止め。
死ね。
放棄された拠点から何が無くなろうと当たり前だ。
しかも他人(帝国)の資産がパクられたってどうでもいい。
現状確認が遅れてるだろうが!
カスには出頭命令。
秋山に作業引き継ぎ、ボケが従わない場合の連行、マヌケを連行した場合の報告を指示。
【王乃間/中央】
あたしは僅かに身構えた。
青龍の貴族から殺気がしたのだ。
命が狙われた時も、広場で街中を滅ぼそうとした時も、露ほども無かった殺気が。
気配を探るが何もない。
しばらくして扉が開いた。
「HEY !ME~N」
隣の小部屋の。
「忘れモンだぜブラザー!ユア!ソウル!アウト!!!」
軽く放る。
鉄の塊。
その時、扉が開いた。
王の間の。
バァン!!!!
【王乃間/窓際】
俺は左手で保持した拳銃を、水平に伸ばした腕で縦に構え、背筋を伸ばした姿勢で衝撃を吸収した。
それでも痛い。
腕が。
ペンシル玉でもないかぎり、拳銃でも反動はそれなりだ。
アニメやゲームのシーンが楽しめなくなったのは職業病だろう。
あんな細身の少女が平然と撃てる訳ねーだろ!!
と思ってしまうのだ。
実写映画ならさすがにそんな無茶なシーンはないんだけどね。
(・・・・知らないだけ?)
ともあれ。
労災申請する!!
だいたい銃を投げるなよ!!
安全装置かけとけよ!!!
もしかしてフリーに腰から下げてたのか俺!!!!
しかも完璧に射撃態勢でグリップから受けたよ!
トリガーも絞ってる俺すげー!!!!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今、暴発(フツーに射撃)したよね?
俺はCoolに、Coolに、やるべきことをやる。
誰か
・・・死んで
・・・ないな?
よし!
【王乃間/中央】
「まあいい」
青龍の貴族がつぶやいた。
あたしは驚きはしなかったが戦慄した。
扉から入って来た男はへたり込んでいる。
青龍の役人然とした優男だ。
貴族が構える鉄塊、砕けた扉。
両方を見て気絶した。
道化が跳びより、座り込んで白目をむいている優男に活を入れる。
「ひゃ」
短く鳴き、這い下がる。
鉄塊、竜殺しから何かが飛び出して扉や地面を砕くのだ。
人など容易いだろう。
その飛び出し口がゆっくり下がる。
這いつくばる相手に。
【王乃間/戸口】
あたくしは壊れる音がしたのであわてて王の間へ。
「ご領主さま」
誰かメイド、執事が粗相をしたのかと思い、はしたなくも駆け込みました。
すると魔法使いのお嬢様が、ご領主様にひざまずいておられます。
「どうか、わたしに教えてくださいませ」
教えを請うお嬢様の背後、床には取り乱された青龍の方、傍らに青龍の道化さん、戸口には騎士長様。
わたくしが控え部屋でお茶の準備をしながら、みなに指示している間に何が起こったのでしょうか。
【王乃間/窓際】
俺が教えて欲しい。
魔法少女が何を聞いているのか。
「これからなにをなさいますか?」
なさいませんが、じゃダメ?
ともあれ銃を
・・・・・・・・・あ、銃口を逸らして左手のテーブルに置く。
指が引き金から離れない。
無理な射撃で痛いからだ。
バカは何か言っているが、苦痛の声じゃないから無視。
暴発(通常射撃)の巻き添え(標的)になったかと心配したが、神父がついてるしな。
悪いとは思うけどね。
実際に悪いのは銃を投げた神父だけどね。
やっぱり俺、悪くないな、うん 。
・・・・・・・・・まあいいや。
まずはこの子だが
・・・銃声に怯えて・・・
ないな。
まっすぐに見上げてくる。
【王乃間/青龍の貴族の前】
あたしは息をついた。
あの娘が割り込んだ時は緊張したが、青龍の貴族は慣れた動作で鉄塊をテーブルに置いたからだ。
あの娘を殺す気はないようだ。
だが、まだ離さない。
あの優男を処断する意志は変わらないらしい。
あたしにも、あの娘にも青龍の規律はわからない。
しかし、あの娘は割り込んだ。
訳も分からずに干渉するのは誉められたことでは無いだろう。
だから、なぜ処断するのかを問う。
教えを請う形、新参者にギリギリ賭けられる範囲。
ひとまず間をとった、か。
あの娘らしいが
・・・・・・・・・・やめてほしい。
「Everybody!Attention!」
道化が手をたたいた。
皆が見る。
「Elucidate!Me!!」
説明するって?
へたり込んでいる優男をテーブルに座らせる。
「YOU!」
優男を指差す。
「神に縋りなさ~い。すべて、Cool!Cool!に、懺悔するので~す」
両腕を広げ天(井)を仰いだ。
「神はアナタをユルしま~す!!!」
優男はうなずいた。
「Question!」
大げさな身振りで指差す。
「命令は『現状把握』でしたね!YESかYA!でお答えクダサイ!!」
コクコクコク。
「OK!OK!Niceboat!」
讃えるように優男の肩を叩く。
「Second!」
優男に笑いかけた。
「アナタは帳簿と実態の差をキャッチ!誰かがパチった!JUSTICE!犯人trace!」
道化が周りを振り返って拍手。
「ツミをヘイト!正義はME!」
振り向く。
「デスね?」
コク。
「アナタは不正を暴く為に正しく行動しました!」
振り向く。
「デスね?」
「は、はい、決して、悪いことをしたわけでは」
また拍手。
「YAE!YAE!YAE!証言完了!命令を自覚して違反しました!反逆罪トウカク!」
皆を見回してから改めて優男を指差す。
「ギルティ!」
指さされた優男が口をパクパクさせた。
「国連軍事参謀委員会布告前線軍法会議成立要件!」
道化がテーブルに腰を預けた貴族を差す。
「原告」
優男を差した。
「被告」
左右の指を自分に向ける。
「判事」
皆を見回した。
「よってホン法廷はコンプリート!」
「ば、ばかな弁護士もいないのに・・・」
ベンゴシ?
意味がわからない言葉を優男が泣きわめいた。
【王乃間/窓際】
俺が悪いのかね~?
「検察官が取調訴追求刑まで行うのはニッポンのローカルルールでーす!訴追イコール有罪はニッポンの伝統ムリゲーー!!あえて精神的拷問と脅迫と自白偽造と証拠捏造をニッポンルールから省いて人にやさしい国連ルールネー!」
うん、言いたい事はすごくわかるから、ムカつくよね。
検察側の証人が一人残らず訴追事実を否定して、検察官以外がみんな無罪を主張しても、有罪判決が出る国だもんね、うちは。
他人に言われるとムカつきもひとしおだね!
おめーんとこも
・・・・・・・・・・・・法治国家を創ろうとして失敗してる国と、フリだけして最初から創る気がない国。
人知を尽くし時間を経てなお完成しないなら、それは無駄というのだろう。
知も時も欠片ほど尽くす気のない看板を飾りたてるなら、それは詐欺だろう。
徒労と悪徳。
どっちも滅びればいいと思うよ。
という間に話が進む。
「人権蹂躙だ!」
「セーフティーねー!大切なジンケンは大切に保管中!Millenniumに一度、容量を守って正しくお使いくだサーイ」
進んでなかった。
意味が通じていない。
あるのか?
ジンケン?
「被告にはプラス法廷侮辱罪、ギルティ!異議申立はニューヨーク国連本部でキミと握手!ニューヨーク渡航可能ならTOKYOドーム国連本部(仮)に通報?アンダスタン?OK!」
被告優男は道化にとりすがる。
「神は許すと言ったじゃないか!」
ジンケンって食べ物かな。
「アナタはカトリックじゃアリませーン」
コントか?
「カトリックだよ!」
ああ、身上書にあったな。
「OH!SHIT!レアなナマモノ」
なんでシットだ。
「シカーシ!異宗派!」
「替わります!宗派替わります!」
軽いなおい!
「OK!汝以下略誓いますね!回収フルコンプ!では銃殺」
じゃねー!
「話が違う!」
「Oh~~~~~~~~~~~~!!!神は赦します!Maybe!国連は赦しません!OK?YES!」
ナンでだ!!!
「主は言われました『神の赦しは神に、UN軍軍事法廷の決定は事務総長にイギアリ!』と」
変わんねー!
「なお正式な事務総長はニューヨークNE!事務総長代行は春先にバーニングしました!!!オーマイガ!」
どうしろと。
っーか、新しいの選出されたろ!
「YOUー!オジサマでしたね?春先にローストされたシャパニーズ判決追認団体のアタマ」
いや、それ最高裁長官だから。
国連特使と事務総長を兼任した元外務官僚。
っていうか、アイツその甥っ子か。
「OK!OK!Nephewはサンズ・リバーGO!uncleの後を追うものデース!人生途中下車無問題!審判の日に漏れなく赦され名誉回復!スリーデイでゾンビになれるかどうかアンブレラ次第!」
見回す。
うん、魔法少女と若おかんとメイド長は呆然としてるね。
曹長は無視だね。
なんか暴発(誤射)と作業遅延の話がごっちゃになってるが、結果オーライかな。
余剰人員も二度と仕事の邪魔しないだろ。
脅しは十分だ。
・・・脅しだよね?
ただの間違いだし。
【王乃間/中央】
あたしは反応する肢体を抑える。
青龍の貴族が前に出た。
道化は道を譲り、あの娘は立ち上がる。
いつの間にか鉄塊、竜殺しはテーブルに置かれていた。
優男は一歩も動けない。
「間違いだ」
は?
対峙する二人は蛇と蛙を思わせる。
「な」
コクコクコク。
優男が人形のようにうなずいた。
貴族が道化に合図。
「OH!SHIT!起訴ダウンロード不処分デース」
優男は崩れ落ち、騎士に引きずり出された。
「無罪ではアリマセンヨ~額に刻んでオキマショー!油性ペンで!」
あたしは、有り得ない想像をした
・・・・・・・・・・してしまった。
命令違反者を許し、道化を許させ、暗殺者を許し、欺いた参事達を許す。
『殺したがっていない』
ように見えた。
あたしはもちろん、馬鹿な想念を振り捨てた。
青龍の貴族は都市を焼き払おうとし、違反者を処刑しようとした。
そうならなかったのは、偶然に過ぎない。
だが。
ただ、それでも。
気になった。




