幕間:略奪婚の基礎知識
【用語】
『略奪婚』:人類社会で太古から普遍的に続く婚姻方法。現代に置いても広範囲で続いているのはいうまでもない。
当人と周辺をねじ伏せる力か、出し抜く知恵がない奴は伴侶を得る資格がない。
という合理主義に基づいた求愛方法。
魅力ある伴侶には魅力が尽きるまで求愛が続く。ゆえに伴侶とともに居続けることは、力と知恵で勝利し続けること。
持続させることが出来なければ失う。
伴侶が魅力を失えば、奪われたのと変わらない。
早い者勝ちじゃあるまいし、力も知恵も無しに伴侶が側に居続けるなどと思うのが甘い。
という理性を極めた思想に基づいている。
恋は戦争。
愛は火力。
恋愛は運。
もちろん当事者間の合意があれば、奪うも奪い返すも圧倒的に優位となる。兵法の第一歩は城ではなく心を攻めること。
健闘を祈る。
「叔父上?」
「ああ入れ入れ遠慮はいらぬ。コレは我が愛弟子とオマケ、アレは我が甥っ子じゃ」
帝都。
皇宮。
その離宮。
「殿下!」
少女が二人、大理石の床に全身を押し付けた。額と胸が床につき、これ以上無いほどの平伏。
「立て」
二人は即座に立ち上がり、両手を体の両側面でそろえ、顔を臥せたまま直立。
二人を愛弟子とオマケ呼ばわりした長身の男。
視線一つで人を呼ぶ。
・・・・・・・・・・それは他家の使用人だが。
「それの後に続け」
それ、というのは侍従らしい。
もちろん、自分の家の侍従ではない。
二人の少女はその場駆け足しながら、それ、侍従の後に続いた。
「茶も飯も酒も男も好きにせよ、我は後にな」
「「仰せのままに!!!!!!!!!!」」
侍従は通常通りゆっくり優雅に歩みを進める。駆け足空回りで侍従に続いた少女たち。
・・・・・・・・・・・・・ほどなく見えなくなる。
「帝国軍も落ちたもの、か」
叔父の皮肉げな述懐に応えない甥。つまり、それが答えだ。
「反対はあったぞ」
甥もその意見は耳にした。
帝国軍の破滅的現状。
最大最精鋭、西方総軍全滅。
軍の中核を文字通り失った帝国。
当然、その再建にかかったのだが
・・・・・・・・・・・・・・・・・兵糧を兵を竜を魔法使いを集め、訓練し、予備扱いだった属領軍をテコ入れし
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしても足りないのが、指揮官と魔法使い。
兵よりも、育成に桁外れな時間がかかる両者。
しかも訓練すればある程度はモノになる兵士と違い、共に資質が一番重要。
退役者を復帰させ、魔法学徒を召集しても限界がありすぎる。
そもそも、30万もの軍が皆殺しなど、想定されていない。
帝国軍の常識から言えば300万が壊滅したに等しい。
すぐに立て直せようはずがない。
試行錯誤しながら建国70年あまりで創り出された帝国軍。
もう一度創るなら?
同質のものでいいなら、軍人の採用徴集方法から選別方法、教育内容に訓練手順、各過程にかかる時間に人手に廃棄率。
全てわかっている。
試行錯誤を省けば10年か。
だが相手は、青い龍を称する同質な敵。
数を重んじて、数をまとめあげ、魔法と竜を陣形に組み込み、空を戦場にする
――――――――――帝国と同じように。
従来の帝国軍は、帝国軍同士の戦いを想定していない。
拡大し続ける帝国、世界を手に入れる帝国。
その一部で在りさえすれば、計り知れない富と栄光を得られる。
内乱が起きるとしたら、世界征服後
――――――――――それが、建国の魔法使いによる、予定表。
だから帝国軍は、剣や槍に時々魔法という、異質故に絶対的弱者としか戦っていない。
弱者相手の戦術知識、弱者に噛まれぬようにする経験しかないのだ。
ソレがどれだけ危険なことか、自分たちがどれだけ強いのか、敵に回したらどれだけ恐ろしいのか。
二カ月前に初めて気がついた。
思い知らされた。
一から新しい戦、帝国軍同士の戦いを想定するならば?
やはり、何もないところから建国し建軍するまでに等しい時間がかかるだろう。
――――――――――単純に考えるならば70年。
待てるわけがない。
そんなに時間がかかるなら、降伏した方がマシである。
思考能力と決断力に不足はない帝国指導者。
誰もが単純には考えなかった。
では、どうする。
70年、その時間差をどうやって埋めるのか。
一日でも、半日でも、一刻でも。
青龍に負けてから、帝国が総力を傾けて試行錯誤している。
「どういうおつもりです」
「有り金全部巻き上げられた」
だから、ここ、やはり他家の宮殿に住む、と。
――――――――――――――――――――そうじゃない!!!!!!!!!!
甥が聞きたかったのは帝国それ自体の事。
だが、質問の趣旨は伝わらなかった。
だが、甥、離宮の主にとって聞き捨てならない返答。
叔父が無一文となり、いまから甥のもとに身を寄せる。
・・・・・・・・・・その割に態度がでかいし、遠慮もないが。
何故に無一文?
それを今、初めて伝えられた甥は、殿下と呼ばれた青年。背たけは突然来訪した叔父と変わらない。明るい金髪、青い瞳、白い肌。
甥が綺麗に歳を重ねれば叔父のように、叔父の若かりし頃は甥のように。
そう思わせる二人だ。
だが、中身はだいぶ違う。
少なくとも甥は、無一文になり勝手によその宮殿に転がり込んだりしない。荷物を運ばせ引っ越してこなかったのが、意外、だが叔父なりに気をつかったのかもしれない。
などと内心考えて、追い出せないと諦める甥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはきっと人が良すぎるのだが。
甥の住まい。
広い広い宮殿。
豪華な豪華な離宮。
高く深く尊い。
――――――――――だが、壮麗でも豪奢でもなく、貴くすらない。
少なくとも、異世界の、大陸の、多数派農耕民族から見れば。
地球人ならばそこを、パオ、と呼んだかも知れない。大きすぎて複雑すぎて突き詰めすぎて、違うモノのようにも見えるが。
印象と本質は変わらない。
ドーム状の構造物。
大きな天幕は復層構造。
大理石を隙間無く敷き詰めた平面空間。
その上に設えられた、組み立て式の宮殿。
竜の骨。
竜の革。
竜の筋。
天井であり仕切となる竜の革でできた天幕幔幕がそこかしこ。
竜の筋から生まれた糸で、細かな刺繍が為されている。
革の継ぎ目を補強して、さり気なく美しく飾り、宮殿の解体くみ上げ作業に際して目印になるように。
竜の骨を組み合わせ、ときには竜の筋から生み出された綱で束ねて、柱と支柱が張り交わされる。
その柱に支柱のすべてに、やはり細かな彫刻が彫られている。
物陰でも見えるように深く、陽の光でのみ浮き立つように透かして
――――――――――もちろん、飾るだけで彫り込んでいるのではない。柱の継ぎ目、その形式が判るように。宮殿を組み上げる時に、一目で伝わるように。
それは大陸中の石工が脳漿を絞り尽くしても、想像すら出来ない技術の粋。
そして異世界最強生物、竜の素材強度。
二つを合わせた巨大工芸品。
好み次第では、十階建てで地球風ドームすら作れるのだ。
もちろん、その重量バランスを利用目的に合わせて計算する帝国職人がいてこそ、だが。
日本列島に押し掛けられた異世界。
帝国以外の建材と技術では、中空の建築物はせいぜい5階程度が上限だ。
それ以上、いや、職工頭の出来次第ではそれ以下でも危険だ。
建材自体の重さで建物が崩れる。
中身の詰まった城壁ならば、まだマシだ。それも城塞のように基部が広く大きい場合のみ。街中の建物ならば、三階が上限。
それとて素材と職人をよりすぐれなければ、一年で崩れる。
だから異世界建造物は、普通で平屋。
金持ちが欲張って二階建て。
富豪が職人素材に恵まれて、やっと挑める三階建て。
ゆえにこそ、巨大なテントのようなソレを、騎竜民族たる彼らは愛用している。だがしかし、そんな文化と技術には関心を持たないのが当事者たるゆえんだろう。
他者が持つ美点、長所、優秀さには敏感だ。
奪い取るために。
取り込むために。
弱者、愚者、劣者が自分を誇り他者を貶めるのとは全く対照的に。
しかし、騎竜民族は自分たちが持つ異質なまでの力には無関心。
強者とはそういうものだ。
絶対的、だったればこそ。
例え最強絶対の地位が過去のものになろうとも、培われた資質は覆ることがない。
「まったく、最悪の女よの。我の代価を『貴男の値に等しい額』と言い放ちおった」
叔父は嬉々として語る。
まるで惚気話だと甥が思ったが、それは違う。
まるで、じゃなくて、そのものだ。
つまり惚気話の背景は身代金。
捕虜が解放される為に身代金を払う。それは常識だが、相場と言うモノがある。
帝族が無一文になるような額は有り得ない。
常識を越える要求に応える必要は無いし、応えない義務すらある。
むしろ戦場を汚す行為だからだ。
だがしかし、相手から煽られて全財産を渡してきた、この叔父は?
ようは、いい女の前で見栄をきったのだろう。
白紙の証書に自分で無限大を書き込んで、いい女に渡してきたわけだ。
呆れるしかない。
甥は楽しそうに笑った。
「財貨全てを送り、城に領地は陛下に買い上げていただいた」
だから、か。
叔父が着ている服は、軍支給の騎士服。この分では剣はおろか私物は下着も残ってはおるまい。
字義通り無一文になる者は、そうそう見ることができない。
「案ずるな」
笑いをどううけとったのか、甥の肩をバンバン叩く叔父。
「女に宛てて渡したからな、女を奪うついでに戻ってこよう」
敵の女を財貨ごと略奪すれば、確かに戻っては、来る。
・・・・・・・・・・財貨はどうでもいいようだが。
その、いい女は身代金を受け取ってから、叔父に言い放ったらしい。
預かって置きます、と。
叔父としても、全財産は誠意として渡しただけ。
必要額にはとても足りない。
「ふふん血筋は別に、この値は我の値打ちそのものよ」
地球人であればドヤ顔と評するのであろうな、と内心頭を抱える甥。
この叔父を尊敬している。
しているが敵の女にふっかけられ、自分で吊り上げた巨額の身代金。手持ちの財産ではまかなきれない額を自ら設定し、手付に手持ちを差し出して無一文。
身代金に、手付金、というモノがあるのかどうか?
甥は知らないが。
叔父は知っている。
それを妥当だと心から信じている。
なんという、バカげた、自負。
「まかせよ」
自分のことなのに、胸をたたく叔父。呆れる甥に、得々と語る。叔父は、自身の価値に合わせた身代金を払う為に、別な算段を決めていた。
「何度か奪い返して、その都度支払えばいい」
受け渡した身代金を、数倍にする為に。
身代金を渡した、その、いい女から財産を略奪し、略奪した財貨をまた不足分の身代金として全て支払う。
それを繰り返せば、叔父は自身に見合う身代金を支払い終えて、晴れて自由の身となるのだ!
いっそ、書類でやり取りすれば手間が省けるように思う甥。
さすがに無限に繰り返すわけじゃない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・叔父が自分の値段に書き込む数字を用意していたことを、甥は喜ぶべきだろうか?
自分の価値に、自分の全財産
――――――――――では足りない、と、自分で言っている。
自慢気な叔父を見る甥
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それにしても、帝国軍の重鎮が、女の話ばかりだ。
さすがに甥も口を出す。
「転向ですか」
叔父、帝国最高の将帥。
彼が青龍に捕らわれた事は、意外、と思われた。
指揮下の西方総軍が全滅したからこそ、その将帥幕下は皇帝に復命しなければならない。何が何でも、部下の命で生み出した成果を届けなくてはならない。
部下を殺し尽くした敵の詳細を、伝えなければならない。
叔父は、その程度が出来ない無能ではない。
だからこそ、だれもが戦死を疑わなかった。それがより一層、帝国軍の対応を慎重にさせた。そしてのち、1ヶ月ほど後、叔父は帰って来た。それは驚きと喜びで迎えられた。
叔父が
――――――――――講和交渉の条件を持ち帰った、と伝わるまでは。
「青龍の黒髪女に、何もかも抜き取られた」
あの、誰もを困惑させた、正気を疑うような、降伏勧告のような内容ながら、交渉を気取っている、青龍を名乗る謎文書。
内容自体は以前から、青龍の意向と称して伝わってきた話と変わらない。
青龍にとらえられた元帝国貴族や騎士、兵卒。
身代金すらなく、青龍から解き放たれた、狂人どもが持ってきた。
あるいは捕まり、尋問で確認された。
バカげた与太話。
それらがもたらす非常識な内容。
だから無視されてきた。
それが正式に身代金と引き換えに解放された、声望ある叔父からもたらされた。
――――――――――叔父が青龍の女に何もかも抜かれた、と思われたのは、当然だ。
「転向する必要はない」
叔父は笑う。
正気を疑われたのは最初だけ。
身代金を工面して、軍の再建に奔走する姿。身代金全額支払い計画には、何度も勝つことが当然の前提になっている。
和平交渉の話は、解放の条件としてゆだねられたもって来た。
今では
――――――――――そう、誰もが思っている。
「勝てますか」
「勝てる訳があるまい」
――――――――――あれ。
甥は、言葉を失った。
「我は、我が西方総軍が消滅する様を観たのだぞ」
最初に大魔法を打ち込まれた本陣は、叔父以外全滅。叔父が生きていたのは、黒騎士が護ったからだ。黒騎士の話を思い出し、甥の胸は痛んだ。
その様を見て、叔父は少し言葉をきる。
帝国最高の魔法騎士。
あの破滅の時、唯一、青龍と戦えた黒旗団団長。
世界最強は名の通り、青龍の魔法で落ちてくる大量の隕石を、魔剣を振るって討ちはじいた。
そして西方総軍将帥を、かろうじて指揮を残している部隊に預け、殿を務めるべく出撃した。その西方総軍将帥は黒騎士が討たれたのを確かめて、全兵士を降伏させた。
黒騎士の死を確かめた叔父は、甥の親友の死も確かめたことになる。
「あれが勝てぬ相手に、誰が今勝てようか」
甥は無言で問う。
ならば何故戦うなどと愚かなことを言えるのか。
その甥に、叔父は悪い笑顔で答えた。
「あの女はな、戦いたがっている。いや、戦うことに決めている最悪の女だ」
叔父から全財産を巻き上げた女。
黒髪、黒瞳、寸鉄帯びぬ緑の騎士服で、ただ一人現れて。叔父と、身代金を運ぶ幾百の従者から財貨を徴収した女。
青龍は幾種類かの部族の連合帝国。
その中心となる陽の部族を背景に帝国の実権を握る宰相。
その娘、公女らしい。
将軍でもなく、太守でもなく、王でもない。
高位騎士の一人。
それが、青龍の意思を体現している?
「世はままならぬ、よのう?」
帝国でも青龍でも、おなじか。
甥はそう思った。
今でさえ、帝国の統一見解は一つ。
軍の再建。
それだけだ。
再建した後、あるいは、再建しながら、どうするのか?
和平派と主戦派が鋭く対立している。
和平派は言う。
青龍との戦に利あらず。
軍を再建しその力をもって和平すべし。
帝国の存立は力にあり。これ以上の損害は帝国存立を脅かさん。愚鈍なるも相手が疲弊しておるからこそ、講和の打診あり。
条件は考慮に値せぬからこそ、こちらから出し返して盤上にて勝利をつかまん。
帝国の命運は戦野の前にあり
主戦派は言う。
青龍との和平に理あらず。
軍を再建しその力をもって反撃すべし。
帝国の存立は力にあり。愚鈍なる声に耳傾けるは属領の離反を招かん。強敵が疲弊しているからこその打診であれば、再び好機訪れることなし。
敵が大陸南北に広く展開している今こそ前戦力を一点に投入し勝利せん。
帝国の命運は戦野にこそあり。
ならば青龍にも同じような対立があるのだろう。
叔父の言う、最悪の女、いい女は主戦派と見える。そして叔父は、帝国主戦派の中心だ。今日も未熟な愛弟子を捨て駒となる作戦に送り出した。
「焦がれた女が戦いたがっているのだ」
まさか、女が望むように、戦うのか、と甥が疑いの眼差しを向ける。
「絶対に戦ってやらん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
甥が言葉を発していれば、
――――――――――叔父さんアンタ主戦派だろ!――――――――――
となるだろうか?
「あの女、最悪のいい女はな、我を手に入れることにしている」
甥は、超展開についていけないままにとにかく話を聴いた。
つまりこの叔父が欲しているだけではなく、青龍のいろいろな修飾がついている女も、男として叔父を欲しがっている、らしい。
・・・・・・・・・・・・・・叔父の勘違いでなければ。
「だから帝国を必ず滅ぼす心づもりぞ」
叔父と、叔父が解りあっていると信じている、青龍の公女。
女が叔父を手に入れる条件が帝国を滅ぼすことならば、帝国が何回滅びているかわからない。甥が知っているだけで、叔父がどれほどの女を口説いてきたのか思い出したくもないくらいだ。
それで和平がなるなら、叔父を公女のところに贈ってもいい。
お互いに幸せだろうし。
・・・・・・・などという本音が甥の頭を去来する。同居することになったのは好都合だったかもしれない、と。
「あの女、最悪のいい女はな、青龍を滅ぼして見せねば股を開かん」
甥はとっさに周りを確認。
こんな口調を、自分が言っているわけではないとはいえ、聴かせるわけにはいかない。
「だからな、我は青龍を滅ぼす」
闘わないって言ったよね?
甥は黙して語らない。
「完全に勝利して完全に屈服させて完全に根絶やしにしたところでこそ、我に惚れた女を受け取ってやる」
甥は、ゆっくりと、手で制した。
叔父は、キョトンという風に見ている。
「戦うんですか戦わないんですか」
「戦わん」
「滅ぼすんですか滅ぼさないんですか」
「滅ぼす」
甥の戸惑いに気がついた叔父。
「あーつまりな」
叔父が言うことを甥が解釈。
最悪にいい女(青龍の公女)が目論んでいるとおり、今、戦争を続ければ帝国は負ける。
そうなると叔父は借金持ちの戦利品として公女の寝台につながれる。自由気ままに過ごせるだろうが、そこは沽券にかかわるので嫌だ。
叔父が考える、最悪にいい女(青龍の公女)を最高に口説くには、青龍を帝国に併合して自分が総督として赴任して、最悪にいい女(青龍の公女)の自由意思で押し倒されるのを選ばせてあげるのである。
そのためには帝国が勝たなくてはならず、そのためには10年以内に青龍から学び取らねばならない。だから今は戦うなんてありえない。青龍の和平派はバカっぽいから、うまくあしらって最悪にいい女(青龍の公女)の邪魔をさせてやる。
一度情勢を安定させてやれば、時間を稼ぐのは難しくない。これは帝国の黎明期に沿岸部の農耕民どもをだましたのと同じやり方で、古すぎて誰も思い出さないが戦の定跡でもある。
なぜに十年以内かというと、最悪にいい女(青龍の公女)に子供を産ませるにはあまり待たせるわけにはいかない。それでなくとも一刻も早くと焦っている最悪にいい女(青龍の公女)を待たせるのはやはり沽券に
・・・・・・・・・・もういい。
「で?」
かなり冷たくなった甥。
「お前を同好の志と見込んで・・・・・」
「何の話です」
「いや、お前の方が先駆者か」
剣呑な目つきになる甥。
まったく変わらない叔父。
「黒髪黒瞳な痩身好き」
甥は全力で周りを見回した。叔父の側により、手招き。叔父も察して耳による。完全な密談状態。もちろん、視界の範囲に侍従も使用人もいない。
そこは音が響かない、離宮内部で孤立した密談用の場所でもあるのだから、そこまで気に病むことはないのだが。
叔父がささやいた。
「具合はどうだった?フグォ」
肝臓に一撃を突きこんだ甥。肝臓に付きこまれた叔父。
「主戦派のオジサンはこれからどうするのかと聞いているのですよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真面目に苦しそうな、叔父。
「俺がまとめるからお前も和平派をまとめろ。折りを計って、陛下の前でけりをつける」
叔父はそれだけ言うと、甥から離れた。
待たせている愛弟子のところに向かうのだろう。彼女たちも十分な時間を与えられて、捨て駒ではなく帝国軍人として戦い死ねるようになる。
いまは、愛弟子まで死地に向かわせる主戦派の理想、を演じる叔父の手駒に過ぎないとしても。
甥は視線だけで礼。
叔父が振り返った。
「で、下の毛まで黒いのか」
帝都にて。
帝族同士が斬り合いを行ったという噂が広がった。
皇宮では和平派と主戦派の争いが剣戟まで至ったことについて、宰相と魔法大元帥連名で自制を促す布告がなされ、異端審問官による予防検束が強化された。




