三者面談
非地球世界における道徳、法律、慣習、その他一切の文化的干渉を禁ずる。
≪国際連合/国際司法裁判所勧告/安全保障理事会承認/総会決議≫
国際連合軍は国連決議「A/RES/ES-11/8(国際連合第11回緊急特別総会8号決議)」に従う。
よって、現地の道徳、法律、慣習には一切干渉しない。
軍内部においては国際連合軍特別軍法を適用し、非規定事項については日本国国法を準用するが、現地社会、現地人に対しては適用しない。
規定違反は人類への反逆であり「平和に対する罪」ないし「人道に対する罪」が適用される。
なお、作戦上の必要がある場合はこの限りではない。
≪国際連合軍事参謀委員会通達より抜粋≫
【王乃間/中央】
「承りました街の者には我等がさり気なく手配いたします皆様よろしいですなそうそう騎士様方のお手伝いがありました参りましょう参りましょうお嬢様方はご希望された通りご領主様とご一緒におくつろぎくださいお気になさらずわれわれがすべて手配いたしますささささ」
年若い参事が皆を見回し一息にまくしたて、他の参事達を部屋から追い出しつつでていった。
愛娘を預ける参事は釈然としないようだったが、ひとまず納得することにしたようだ。
・・・・・・貞操の心配が無くなったからだろう。
あたしは神々や呪いより面白いモノを観る。
神々を、禁忌を、「乗り越えるべき厄介」扱い。
禁忌を知り、恐れ、畏れない。
神々を知り、見て、対峙する。
貴族もメディックも名無しの密偵も同じ視線。
ならばこの、「神々を突き放したような視線」は青龍全体の姿勢か。
神々を俯瞰で見下ろす彼等はなんなのか?
【王乃間/壁際】
メディック卿があたくしに向き直られます。
「さて」
一応、背後を振り返って確認いたします。
誰もいませんね。
「貴女には当分城外に出ないでいただきます。毎日体温を計り、私の診察を受けてください。基本的に軍政司令官か私の側にいること。いいですね」
問題ございませんが、何故でしょう。あたくしはご領主様を見まし・・・せんでした。
両脇から怖い笑顔が。
「貴女は先ほど軍政司令官とキスされました」
あら、お皿が欠けたような音が・・・聞こえましたでしょうか?
「唇同士が接しましたね」
雷鳴?ともあれ頷きます。事実ですし。
ということは、あれが初めて、ということに・・・まあ、事故ですから、いえ、やはり初めてはこれですね、ハイ。
「唾液は口の中に入りましたか?」
少し考え・・・あら、あらあら、風?お部屋の中で風?
ともあれ、頷きます。
「吸い合いましたか?」
そ、んな。
皆さまがおられる場所で!はしたない!
きゃ!冷気!だんだん強く!!
首を振りました。
「舌を入れ、あるいは、入れられましたか」
まさか!!!と言う前に激しい圧力。まるで空気が固まったよう。
慌てて首を振ります。
痛いです。
「わかりました」
メディック卿は頷いて、棒状の何かを差し出されます。
タイオンケイ、ですか。
紙にはわかりやすく使い方。
字がお上手ですね。
ペン?にしては、形がきれいなような。
そもそも、なぜ、あたくしは、この不思議な、絵のような文字?の意味がわかるのでしょうか?
【王乃間/中央】
話が終わった。
あたしたちを一瞥もせず、青龍の貴族は隣室に向かう。
まるで周りを見ていない?
あの娘を先頭に妹分たちが慌てて追いかける。
メイド長は先にまわって扉を開く。
青龍の世界がどんなものかはわからない。
だが彼等を見れば、あたしたちからどれだけ隔絶しているか解る。
だが、かけ離れた青龍の中でもこの貴族は特別なのだ。
同じ青龍の騎士達が戸惑うくらいに。
言葉は少ない。
出会って以来、市外から市内、城門をくぐるまで指揮している様子がない。
広間で初めて指示するまで、一言、せいぜい二言三言くらい質問するだけ。
・・・うん、間違いない。信じがたい事に。
仕草で意志を示す。
常に従う者達が注視しているからだろう。
なにが起ころうと表情一つ変えない。
優位に慣れている証し。
無謀なほど隙だらけ。
狂的なまでの自負 。
百年を経た王族でもこうはいかなかった。
あたしは改めて観察し直す。
味方?
敵?
そんな範疇の存在ではないようだ。
【王乃間/窓際】
俺は三人娘を見た。
一通りの指示が終わった。今を逃せばまた忙しくなる。
「曹長、ここは任せた」
視線で子供らを示すと、席を外す理由がわかったようだ。
「ハッ!軍政司令部設営を続けます」
曹長は相変わらず『指示済み』の呈で応える。
うん、慣れてきたよ、俺。
俺が指示を忘れていたことなどおくびにもださない。
さすが。
いつか俺もこんな立派な部下になりたい。
ニートになれなかったら。
なって見せるけどね。
なれたらいいな~。
さておき。
三人娘と話すなら隣室だな。隠し部屋ではないほう。
メイドさんが慌てて扉を開いた。駆け込む。
俺が入ると、家具調度品のカバーを外していた。
急がんでもいいんだけどね。
後から言ったら、また恐縮しちゃうんだろうな。
「なにかお持ちいたしますか?」
俺は手を振った。
メイドさんは一礼。そのままカバーを持って部屋を出る。
これで関係者と責任者、タイマン?しまったか?
なんとなく向き合って・・・えーと、うーん、・・・。
そこ!ノープランとか言わない!
さて・・・どうしよう。
【王乃間/別室/中央】
あたしは懐かしさをかみ殺す。
往時には大臣の秘書官達がたむろした控えの間。
使われることもなく整え続けられた精美な調度。
青龍の貴族は机の一つに鉄塊、小型の竜殺しを投げ出す。
いつでも手が届く位置。
先ほど地面を弾いた鈍く黒光りする武器。
その机に腰を預けたままこちらを見た。
視線だけで問いかけられている。
あたしが前に進み出た。
「あたしたちをは姉妹同然ですが、別の家系です」
貴族は笑う。あたしの言葉使いが似合わなかったのだろう。
「ざっくばらんに話すわ。いい?」
拒否なし。まったく無口なことだ。
「自己紹介」
あたしは二人を促した。
「わたしは・・・魔法使いです・・・一応。父も魔法使いでした。生まれはわかりません・・・教えてもらう前に父が・・・死んだので。生まれてすぐ父に預けられた、とだけ聞いています。誕生日がわかっているので今は十歳です。ちいねえは・・・三つくらいからずっと仲良くさせてもらっ」
「わたくしたちは互いに気に入っています」
傍らの妹分が割り込んで遮る。
いつものことながら、怒っている。
仲良くして『あげている』のではない。
面倒を見て『あげている』のではない。
優しくして『あげている』のではない。
何度注意しても、あの娘はなおらない。だから妹分はその都度怒る。
ましてや、青龍の貴族の前でそんなことを言わせるわけにはいかないだろう。
あの娘が『認めてほしい』と願った相手に。
青龍の貴族は無言。妹分に話を続けさせた。
「ご領主様に改めてご挨拶を」
貴婦人の礼をとる妹分。
「わたくしは商家の娘です。上に跡取りたる兄がいる末娘にて、自身にとりたてて誇る技もありません。家業ゆえ太守領広くに顔が利く身内がいて、身内がわたくしに甘い、というのが自慢になりましょうか」
にっこり笑った。
慣れない荒野行でほつれた衣装を感じさせない堂々とした仕草。
百年以上続いた家風を想わせる。
「今年で十二となりました。この子はわたくしにとって妹のようなもの。ねえ様は文字通り姉に等しき人です」
貴族が微笑んだ。
大人びた仕草がとても愛らしいから、当然だろう。当人は少し不満そうだが「子供じゃない」と言い募れば余計に子供っぽい。
「・・・少し可愛げがないとみられることもありますが、身の程をわきまえておりますれば、お役に立つこともありましょう」
その時、貴族が応えた。
「なれば頼みにしよう」
一言で口をつぐむ。
妹分はポカーンとして慌てて頭をたれた。耳まで真っ赤だ。
必死に落ち着こうとしているが・・・時間がかかるわね、コレは。
「最後はあたしね」
紹介を引き取る。
「あたしは人間じゃない」
兜の内かけを降ろし髪を耳にかけた。
普段はフードか兜、兜の内かけに隠れている長く尖った耳。
「エルフ」
あたしがいう前に言われた。種族は知っているらしい。
「世にいでて今年で256年目。身分はこの子の」
あの娘を引き寄せる。
「奴隷」
肩を抱きながら笑った。
あたしは、予想通りに言いだしそうな、妹たちを視線で制す。
すると青龍の貴族が口を開く。
意外。
「奴隷とは所有された人、と考えて良いのかな」
・・・奴隷なるものを知らない・・・ような口振り。
「人ではないし、エルフでもないわ」
興味深そうな視線を向けてくる。
子供のような、無知、ではなく無垢な視線。
やりにくい。
「・・・つまり」当たり前に過ぎて言葉が浮かばない「人やエルフの形をしているだけ」あたしは頷いた。
「財貨、家畜・・・そう、家畜よ」
「人がエルフを飼う?」
わかってない。
「奴隷に種族はない。人が人を、エルフを、ドワーフを所有する。逆もあり得る」
空の青さを盲人に説くようなものね。
「で、あるか」
わかったのかどうだか。
「帝国はエルフの奴隷を認めるのか?」
「帝国はエルフを奴隷なら認めるのよ」
やっぱりわかってない。
エルフの扱いは知っているらしい。
十年前、王国時代のエルフはただの人。
少数派であり、異人種であり、長所も欠点も、羨望も侮蔑も受ける隣人。
帝国により一夜で変わった。
迫害されている訳じゃない。
帝国はエルフを絶滅させようとしているのだ。
草原から生まれた帝国。森とともにあるエルフ。
祈祷を敵視して魔法使いに支えられた帝国。祈りと魔法を区別しないエルフ。
何が決定付けたのかはわからない。
少なくともあたしが知る限り、草原の民とエルフには何の関わりもなく、遺恨もない。
ただ、あたしたちが帝国を知った時には『エルフ絶滅』が彼らの常識になっていた。
「エルフの国、がある訳じゃないしもともと人里離れた場所に住んで居るから、たいした犠牲は出なかったでしょうけど」
あたしには関係ない。
「奴隷は所有物。持ち主以外が命令出来ないし、傷つけてはならない。帝国も義務に従う領民の財産は守る」
ましてや魔法使いならば。
魔法使いにより建国のきっかけを与えられた帝国。
彼等は魔法使いを貴族に準ずる者とする。
帝国領になった後、土着の魔法使いは貴種として扱われる。
たとえ帝国に仕えなくとも、領民とは桁違いな保護と制約が与えられるのだ。
時として殺し、殺されるほどの。
【王乃間/別室/窓際】
なるほど。俺は納得した。奴隷制うんぬんはどーでもいい。
『非地球世界における道徳、法律、慣習、その他一切の文化的干渉を禁ずる』
『有り体に言えば、現地で『生贄』の儀式が行われていても放置しなさい、ということです』
とは派遣軍養成課程講師の言葉。
『国連軍の都合は常に優先される。それに影響しない事には一切干渉しない』
それが行動規範。
『ヒューマニズムという偏見』を削ぎ落とすべく文化人類学者の講習を受けたし、学生時の専攻は比較社会学。そんな俺が『奴隷制』にこだわるわけがない。
うん。俺は大丈夫だ。
ましてやこれは・・・。
「家族のもとに有るために奴隷になった、か」
奴隷の扱いは主人次第。
それがどんな扱いだったか三人娘の様子を見ればわかろうというもの。
帝国内で生存を許されないエルフが、大手を振って、ではないにせよ比較的安全に生きることが出来る。
とはいえ、安全そのものではないだろう。
実際、主人である魔法少女の父は、『貴族に準ずる』身でありながら処刑されたという
奴隷という名の財貨であれば奪われたり没収されたり破壊される場合もあり得るだろう。
つまり拉致されたり拘束されたり殺されたりの危険を日常にしていたわけだ。
弁済される程度の保護、なんぞ、ないよりマシな程度だ。
危険承知で「人里」にくらして。
一人の童女を守るために。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泣ける話だ・・・どう見ても十代後半の子供なのにオカンやん。
魔法少女の魔法ってのは、男を全部父親に、女を全部母親にするんじゃないか?
いかんいかん。
ポーカーフェイス。
実年齢はともかく、外見的に『おかん』呼ばわりは怒られそうな気がする。
視線をそらしたが、魔法少女の様子を見ただけだ。
決して、おかん気質のエルフっ子が怖い訳ではない、うん。
【王乃間/別室/青龍の貴族の前】
ご主人様が視線で問いかける。わたしに拒否はない。
勇気を出してみた。
「・・・」
なのに声が出ない。
「聞きたいか?」
とご主人様。わたしは動けない。
「どうでもいい」
エルフがどうなろうと、なるまいと。青龍には感心がない。
当たり前だろう。
青龍の下。
すべてが、等しく、価値が無い。
眼の前が真っ暗に・・・。
「おまえは代表だ」
ご主人様の視線。
暖かくはない。冷たくもない。
熱・・・惹きつけられ・・・。
「願いは」
青龍に願う。力。理を無造作に砕く力。全てを睥睨する力。すべてを見通す力。すべてを無視する力。
まばゆいソレは見ることも感じることも出来ない。
なのに。
ソコにある。
禍々しく神々しい。
すべてを圧消する龍。
その前に立つどころか、思い描くだけで壊れてしまう。
気がつかなければ、耐えられるのに。
見えてしまう。
わたしはその一端なりと理解してしまった。
そうか。
わたしがいま壊れていないのは。
ご主人様の影にいたから。
わたしはご主人様に。
陰から出て初めて。
青龍に向かって声を絞り出した。
【王乃間/別室/窓際】
俺は規定を反芻する。
A/RES/ES-11/8の例外。
現地に対立する習俗がある場合。
現地代表の要請に基づき裁定をくだす事が認められる。
【王乃間/別室/中央】
あたしは硬直してしまっていた。
危険を感じながら口を出せない。
青龍とあの娘。
割り込めば大変なものが壊れる予感がして。
あの娘の震える声。
【王乃間/別室/中央】
「エルフを・・・認めていただけますか・・・」
ご領主様が頷いた。
あの娘の願いに頷かれた。
わたくしは胸元の紋章から目が離せません。
青地に白く浮き出した蒼龍、そして太陽の意匠。
青龍は剣を掲げないという。
かわりに旗を掲げる。まるで・・・その紋章の前では皆が等しくあるように。
ご領主様があの娘に視線を合わせます。
「おまえの願いを認めよう」
あの娘は抱きついた。泣き出している。ご領主様は戸惑ったように受け止める。
わたくしは嬉しかった。
独りぼっちだった。
あの娘は独りだった。
わたくしも、ねえ様も、力になっても守れなかった。
あの娘の父を殺した帝国から。
あの娘を利用する街の皆から。
あの娘に『心を殺せ』と命じる世界から。
【王乃間/別室/戸口】
あたしは待ち伏せる。
といっても立っているだけだけど。
「エブリバディエ!ヤッてるか~い!!HO!!!!fogpmtwm」
腰の入ったフルスイング・キック。
入った瞬間同じ扉から弾き出された黒い陰。
「見事なカウンターだ」
青龍の貴族が一言。あたしが扉を閉じる。
妹分二人はその背中からこわごわのぞいていた。
【王乃間/別室/窓際】
俺って、役に立ってない、な。




