幕間:帝都物語
登場人物&設定
※必要のない方は読み飛ばしてください
※すでに描写されている範囲で簡単に記述します
※少しでも読みやすくなれば、という試みですのでご意見募集いたします
一人称部分の視点変更時には一行目を【語る人間の居場所】とします。
次の行、もしくは数行以内に「俺」「私」などの特徴となる一人称を入れます。
以下設定を参考に誰視点か確認いただければ幸いです。
(書き分けろ!と言われたら返す言葉もございません)
【世界情勢】
★異世界大陸地理概況(東から西へ順番に)
・日本列島(北方四島から沖縄まで含む)はほぼ太平洋相当の海洋、その西側に転移。異世界大陸と日本列島の位置関係はユーラシア大陸と日本列島に近い。
・列島西側海洋を超えた先にほぼユーラシア大陸相当の広大な陸地
・列島と大陸間の距離は最短で約800km
・大陸中緯度に揚子江相当の大河があり大陸東側沿岸部を南北に分割
・大河の源は西部山脈から発する複数の河
・沿岸部には穀倉地帯が広がり、大河源流の合流地域まで続く
・西部山脈(内陸境界)を超えた先が内陸部
・内陸部の境界山脈を越えると高原があり、内陸最大の農業地帯
・高原のさらに西には大山脈があり、その先が内陸深奥部と呼ばれ、平原から草原に至る
・草原のさらに先、北方には竜の生息地が広がる
・南寄りに西に進むと人口過疎地域ながらシルクロードを思わせる交易路が伸びているが詳細不明
★舞台となる太守領
大陸の北部辺境。
緯度は高く日照量は少なめ。暖流の影響で平均温度はそれほど低くない。異世界の人類居住地域の北端。
北は針葉樹林の密生地でその先は人口過疎/無人地域。
南は広葉樹林の大森林でその先は大陸沿岸部人口密集地域。
西は山々が連なり主要交易ルートではないが大陸内陸部に向けた道がある。
東は大洋。その先は進む角度によって日本に至る。
首都に相当する太守府を中心に半径60kmほどの範囲が「太守領」とされている。
北辺の穀倉地帯であり、海路で南の人口密集地帯に輸出することができる。持続的な農業と海上交易で古くから王国が栄えていたが、10年前に帝国に征服され太守が置かれる。
帝国は旧支配層(王族/貴族)を根絶するが、民衆の有力者は支配に組み込む。領土の統治は実質的に太守府を本拠とする有力商人たちの集まり「参事会」が担っていた。
帝国太守は騎士団とともに国連軍との戦闘のため南に出征し戦死。その家族は二月中に陸路、内陸の帝国中枢へ向かって避難したらしい。
【戦争】
敵は「赤い龍」を国章とした帝国。
異世界において竜と魔法を大量動員し、組織力で時代を突き抜けている征服国家。
「モンゴル帝国やローマ帝国に魔法や竜を通信交通インフラとして組み込んで距離の影響を克服した」
と考えるとわかりやすい。
日本が転移してこなければ世界を征服していたと思われる。
国連軍
:大陸東側海上管制を確保。沿岸部主要港湾都市を占領ないし破砕。大陸東部を南北に分割し内陸部から東側海洋に繋がる大河を主進撃路とし、河沿いに西進。大河の内陸境界を超えて大陸深部に進出。主力15万は大河上流山岳部を越え内陸高原に到達。高原平野部を東西に分ける形で前線形成。帝国軍との距離は十数~数十km。
帝国軍
:国連軍部隊から最低十km以上離れて哨戒線を構築。高原平野部から更に山脈を越えて100km以上後方に30万前後の部隊を分散配置。街道沿いに兵站物質の集積を継続。最西方、内陸深奥部の帝都周辺に竜が集まりつつあり。北西の騎竜民族出生地から移送。訓練済みの竜が枯渇した可能性あり。
人の願いをかなえるモノを悪魔という。
帝都。
大陸中央に位置する内陸の百万都市。
雨に縁無き気候ながら湧水に恵まれた水の都。
今の主は、北西の草原から生じた騎竜民族だ。
そしてココ。
かれらが最初に滅ぼした農業国家群の中心だった。
征服当初は水辺に集まった人々が生み出した、雑然とした都市。帝国軍入城直後は、十万人前後の住民がいたと思われる。
その頃の面影は、いや、その当時のありとあらゆるモノは、全て消し去られた。
新しき主。
見渡す限り平坦な草原を、空から見下ろしていた騎竜民族。
彼らには雑然とした都市が不愉快だった。
・・・・・・・・・・・・・・ゆえに焼き喰らわせ踏み砕こうとした、のだが。
騎竜民族を導く魔法使いの中から、異論があがったのだ。
声をあげたのは魔法使いでありかつ、都市計画に造詣が深い者。彼らはその手腕を振るえる場所を初めて手に入れたのだ。
そして築かれた帝都。
水利を生かし縦横に走る水路。定められた市場。劇場に闘技場。当時の技術と素材で建設するだけではなく、維持可能な多層建築。
(素材も技術も今とあまり変わらないが)
居住区や職工地区には建て替え補修時に利用する広場がとられ、普段は緑地帯とされている。縦横に走る水道橋、砂利敷きの広い道。
そして都市中央には広大な皇宮。
湧水源は全て皇宮に収容され、世界一厳重な警備が汚染を防ぐ。人口増加に対する拡張工事は事前の都市計画に含まれる。
後に人口が倍増してなお、都市の構造が変わらない。それは最初から世界帝国の首都として拡張するように築かれたからだ。
現状で臣民百万を擁する都市ながら、更に百万の軍兵を収容可能。
そして、城壁が、ない。
世界一の帝国。
世界最強の帝国軍。
その中枢に、防壁など不要。
大陸でこれほど大きく、整備された都市はない。
――――――――――なかった。
帝国が内陸の、今の国土の五分の一程度の領土を手に入れた、そんほ直後に造られた大陸の要石。
礎には三十万の奴隷。
占領時に居住していた市民。
東征を開始した帝国と、その前に位置したために滅ぼされた四か国、最後の一つ。
最初に帝国の洗礼を受けて最後まで抗った同盟の中心たる王国。
王族の首を掲げて王都に迫る帝国軍。
「民とともに最期まで戦う」
と降伏を拒絶した最後の王族、国民に愛された姫。
犬死に駆り立てる戦乙女。
周辺同盟国はすでに無く、さらに東、沿岸部のより豊かな農耕諸国は無関心。
孤立無援で正規軍すら擦り潰された後。
累代の王家を、姫を守らんと立ち上がった義勇軍
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・武装すら足りぬ大衆。
当時の、いやあるいは今に至るも、帝国以外の兵士は槍を持たせた農民だ。それに指揮官を、騎士や貴族、つけるとやっと軍と呼ばれる。
当時の、槍もろくにない彼らは一揆衆と言うところだろう。
だが、諸国を見回せば兵士として最低でもない。
相手が帝国と考えなければ、比べる余地はあっただろう。
今は戦える、と考えたのは、時代の常識を考えれば無理からぬことだ。
――――――――――――――――――――赦されないのは、明日をどうする、と考えなかったこと。
そして担がれた姫は、ある種の天才だった。
――――――――――勝利無き戦争で、有能な戦術指揮官。
つまり、敵に怒りを売りつける天才。
領民たちの、命にとっては、最悪である。
彼女は最終的に臣下に裏切られて、帝国に引き渡され
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たが、手遅れではあった。
帝国は降伏するか質問した後、姫そのものを気にしていなかった。だから彼女が突き出されるまで、特段の対処なぞしない。
末端の属領部隊に生じた微かな犠牲。
犠牲を払った属領部隊の報復、まあ幾らかの街村を虐殺
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうでも良い。
帝国にとっては織り込み済み。
だがしかし、姫はただひとつ、帝国を動かした。
帝国はこの国の民をすべて敵兵士とみなした。
国を束ねていたもの、姫がそう言っていたから。
――――――――――草原から攻め出るにあたり、大陸人口の中心部、中原農耕民族の考え方や慣習を学んでいたからだ。
今となっては、帝国こそが世界となった。ゆえに誰もが草原のやり方を押し通している。だが、この当時はそうでもなかった。
中原より来る、魔法使いたちに与えられた知識。
王冠があり、通貨があり、戦士以外の呼称があふれている。
草原の民には、よくわからない。
わからないから、やってみよう。
とりあえず食ってみないと、食えるかわからない。
それも草原の習慣だった。
だから、字義通りにやってみた。
王が率いて戦場に出るものは何か?
兵士だ。
捕虜は身代金を払えぬ限り、戦争奴隷となる。
かくして、生きているすべてが兵士なら、戦争が終わった後、眼に入るすべてが奴隷となる。
――――――――――理屈は、合っている。
中原の常識には建前と本音があり、言葉の多くが実態と乖離している。
そんなことは知った事ではなかった。
民の為、とあるいはそう信じてしまった姫君も、騎竜民族と話をしたときは唖然としたのではないだろうか。
姫に従ったのか、姫を引きずったのか。その後には、唖然とすることすら許されない者たちが遺されていた。
義侠心?
郷土愛?
忠誠心?
なんであれ戦場に立った素人たち。
皆で立った以上、身代金を払える第三者などいない。
手持ちの資産があるとしても、占領下にあるそれは既に戦利品になっている。
自分を買い戻す手段がない。
民とともに戦ってしまった、姫がなんと言ったのかは伝わっていない。
そんなつもりではなかった、のだろうけれど。
王国首都、だった、街の住民は裸に剥かれ査定された。
財貨はおろか髪まで回収。
老人と子供は処分。
種族男女年齢職能美醜に整理された奴隷たち。
当時の帝国は萌芽期にあった。戦闘力組織力に優れた騎竜民族が、足場になる穀倉地帯を手に入れた直後。世界征服予定の初期、体制再編期。
更に東、大陸沿岸部の農業国家群とは条約を結び融和政策中。
各国に気に入れられる為、多国間に跨る奴隷市場の値崩れを防ぐ必要があった。ゆえに一国領民すべてが奴隷なら、なるべく売らずに使いつぶさなくてはならない。
収穫過多な作物を焼き払い、時に放置して腐らせて値崩れを防ぐようなモノ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・後の経済学者たちは、当時の帝国が行った奴隷管理体制を、先駆的事例として研究した。
当時に無い発想だが以後、帝国の征服進捗とともに大陸に生まれた商品市場では、同じ事が起こったからだ。
帝国は過剰な奴隷を処分しなくてはならない。さもなくば周辺諸国、その国政に少なからぬ影響力を持つ奴隷商人たちを怒らせてしまう。
現状で敵を増やすのは、魔法使いたちが書いた、世界征服計画に記載されていない。
では殺せばいいのだろうか?
龍に喰わせつつ、埋めつつ、奴隷を持って奴隷を殺させればコストもそれほどかかるまい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・否。
単純な虐殺では、やはり奴隷の価値を毀損しかねない。商品が近場で廃棄されていれば、購買欲が下がるからだ。
もちろん、当時も今も、大陸には市場心理という言葉はなかったが。だが、商業に明るい魔法使いがいたので、経験則から配慮したのだろう。
よって、合意がなる。
帝都建設
―――――――――――犠牲を省みない労働に投入して擂り潰す。
これが最適だった。
配慮された加重労働。
維持費(食糧)は最小限。
死ねば砕かれ焼却されて畑に鍬込まれる。
ほぼすべてが戦士である騎竜民族にとって驚くべきことに、奴隷たちは反乱を起こさなかった。
死ぬほど酷使して、現に次々と死んでいくのに、最後まで必死に働いて死んでいく。不思議に思って、更に酷使したり、時々無意味に殺しても変わらない。
なぜか?
今死のうが三日後に死のうが、騎竜民族から見れば変わらない。
命がない状況に立たされたらどうする?
体力があるうちに戦う。
たとえ相手を疲れさせるだけだったとしても、命が助からずとも、まだましだろう。
そうはならなかった。
謎はナゾのまま。
騎竜民族には理解できなかったが、技術を身に着けるために理解する必要はない。
奴隷を売りはしても、奴隷を使うことはしない騎竜民族。
遊牧に連れて歩けないから、買いも飼いもしない。
彼らはここで、領民、その扱い方を学ぶ。
そして、再び学ぶこと。
羊と同じように人間には捨てるところがない。
牛より馬より竜よりも、戦場以外では役に立つ。いろいろと試したが、やれと命じれば何でもやる。牛の首を退くよりよほど簡単で、力もそれほど弱くない。
生きていれば髪も採取できるし、死ねば焼いて肥料にできる。脂が残っているから、燃料も少なくて済む。それを畑に梳きこむのも、いずれ梳きこむ奴隷自身にやらせることができる。
無論、焼いて肥料にするのは、魔法使いが求める素材を、回収してからだ。その素材回収も奴隷が生きているうちやらせる。
自分の毛を刈る羊がいるとおもえば、その有用性が誰にでもわかるだろう。
ただし、アンデット化しての再利用は見送られた。
魔法使いが疲れるので。
どれだけ処分しても奴隷はいくらでもいた。帝都の建設は遅滞なく順調に進む。
数ヶ国を一度に滅ぼした、当時の帝国。
その戦後処理に伴う廃棄物再利用。流入していた戦災難民。帝国軍から逃げ続ける敗残兵。最初から住民のみならず、戦災難民や敗残兵も片端から投入された。
滅ぼした王国で生きている者はすべて、戦争奴隷と見なされた。
都市は都市だけであるのではない。
魔法使いはそう考えていた。
帝都を支える周辺の農地。
自然発生した農民たちが思い思いに無秩序に切り開いた最初の農地。区画割も水路配置も水流も作付け内夜もバラバラ。
肥料や農業用水を運び込むのも、作物を運び出すのも、農夫が出入りするのも不効率極まりない。
帝国は画整備し水路街道を整えて、属領兵を入植させた。魔法を農耕に利用する研究をしていた魔法使いの一群。彼らが品種も作付け計画も管理。
抵抗する人間がいないので何もかも机上の計画通りに進む。結果、元の持ち主が鍬込まれた畑は、概ね収穫が増えた。
領民というモノを理解し、国土というモノを把握した帝国。彼らはこの最初期の段階でより重要なものに目覚める。
魔法革命。
無数の奴隷を消耗しなければならない。
その前提が生んだ、文明の転換点。
奴隷の中には素材として、生きたまま選抜された物もいた。
ソレは、充分な食糧を与えられ別に育成された。
ソレがもたらした技術の臨界突破。
様々な儀式にタダ同然の奴隷が惜しみなく投入されたのだ。
魔法使いたちは、あらゆる可能性を追求した。
素材に相応しい種族は?
性別で差が出るか?
年齢は?
身分は?
健康状態は?
殺してから使う、儀式で死なせる、死ぬ前に中止する。
とれが最適か?
無数の実験儀式が繰り返され、魔法は飛躍的に進歩、いや、進化した。
犠牲は魔法行使中に、魔法そのモノによって死なせるべき。
犠牲は術者と同じ種族が望ましい。
儀式に投じる人数は多ければ多いほど良いが、儀式の管制が難しくなる。
種族の理想的配合比は
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
帝国の胎動は多くの国々に伝わった。もちろん、機密理に進められてはいたが、隠して隠せるようなものではない。
周辺の、滅んだ王国の、元、友好各国はどうしていたか。東征を始めた帝国のさらに東に接する国々は、何を見ていただろうか。
帝国。
国土開発に注力し、豊かな国を生み出し、周辺各国への配慮を怠らない帝国。
いささか不幸な者は出たが、それも愚かな王族が招いたこと。
誇りを持って膝を屈しない?
戦う民を見捨てない?
王族の義務?
民を巻き添えにした愚かさを嗤う者こそあれど、それを殺しつくした帝国を責める者はすぐに絶えた。無駄死にさせない方途はいくらでもあったのだから。
早めに降伏し助命を嘆願するか、縁戚を頼って亡命するか、王族が残っていたのならなすべきことはあったのだ。
民が戦意を失わないのならば、率先して降伏し、戦意をくじいてなお闘うモノの首を刎ねるべきだった。
もちろんそれを嗤う者はいない。
帝国が死なせはしなかった、当の姫は、末永く生きているのだから。
そんな余談を交えつつ、完成した帝都。
征服した諸国を街道と魔法で結び、未だに征されていない友好各国から賞賛され見本となった都。
更に東の恰好との交易拠点になった大都市。
二十二年を経て、そこが帝国最大の兵站拠点である事が知れ渡った。
毎年更新されていた条約の、毎年周辺各国を回っていた使節が訪れなかったから。代わりに竜と騎兵の軍隊が各国を回ったから。
瞬く間に蹂躙された諸国の王家が概ね、愚かな姫の轍を踏まなかったのは、言うまでもない。王家が首を差し出せば、民は救われたのだから。
貴族と騎士は皆殺しにされたけれども。
それも遠い、昔話。
今、帝都は前線の遥か後方。兵站拠点というより政治中枢だ。最近まで遥か東に版図を広げてなお遷都の気配は、ない。
それは皆が了解していたからだ。世界を征服する予定表は誰の目にも明白だ。
次は、西、と。
征西が始まれば、帝都は再び兵站拠点になるだろう。それは今もって変わらない。だがしかし、最近はふと、感じる者がいる
――――――――――帝国中枢が現領土の西端に近くて良かった、と。
そして、今。
帝都、帝都中央、皇宮。
その中心に、広場がある。広場の中央には、高台が設えられ、その高みに四阿。四方を御簾で仕切られているために外から中は窺えず、中から外は見える御座所。
四阿の周りは仮面を被った近衛兵。
フードを下ろした魔法使い。
――――――――――複数の警護役が固めている。
御簾のすぐ脇には、やはり覆面をした性別不明な者たちが幾人も。覆面は書付を持ち、時折、四阿脇から高台を降り、広場の外に走り出す。
四阿。
高台から見下ろされる広場。
広場は広いから広場。
だが多くの者が、広くは感じまい。
なぜならそこかしこ、広場中に天幕が張られているからだ。
前後左右のみを仕切った幕の内側。
無数の仕切りに別れた文武百官。ある者たちは会議を。またある者たちは軍議を。そして別な者たちは儀式を。
帝国は皇帝のモノである。ありとあらゆるすべてが、皇帝の裁可で決まる。
世界最大最強の帝国、それを動かす意志。
もちろん、皇帝独りでこなせる訳がない。
だから大半は皇帝が信任した者が信任した者がさらに信任した者がさら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・に信任した者が裁可まですべて行う。
だが、どうしても皇帝の裁可が必要なモノがある。
それすら、独り皇帝の手に余る。
だから、御前広場が創られた。
四阿におわすは皇帝。
その中に立ち入ることができるのは帝国最高位の文武官、と皇帝が求めた参考人。
周りに侍るのは皇帝と文武官を補佐する書記諮問伝令各々官たち。そして帝国の心臓部を護る最精鋭の護衛達。
この広場。
御前広場の面積は帝都建設時代から全く変わらない。変えてはならない。この広場に収まる範囲だけが、皇帝陛下に直截裁決されるモノ。
少しでも妥協すれば、際限が無くなり増え続ける。そうなれば皇帝は採決する力を失い、ただただ頷くための人形となる。
――――――――――絶対に許されない。
この広さに収めることができないならば、臣下が無能であるということ。皇帝陛下に上奏を許される内容を、そもそも管理できないならば、皇帝は目に映る範囲にいるすべての高官を処刑する。
世界征服を進める帝国の、皇帝の眼に無能が映るとはどういうことか。
――――――――――絶対に許されない。
例外はない。
四阿から常に皇帝陛下に見られている。
――――――――――見られていない保証はない。
騎竜民族の常として、皇帝も視力が高く視界は広い。巧みに工夫された御簾は、内側からの視界を最大限生かす造りとなっている、らしい。
皇帝陛下は今なにを?
文武最高位の臣下と会議中かもしれない。
一人思索にふけっておられるかもしれない。
報告書の内容を吟味しているかもしれない。
外からは何もわからない。
だから、なすべきことは決まっている。
四阿には常に皇帝がいらっしゃる。
――――――――――いないとは保証できない。
護衛も補佐役も体格の近いものが選ばれて、常に顔を隠している。優秀なものは文武どちらでも限られており、優秀なものほど皇帝や高官の側に常に侍る。
だからこそ、個人を特定できないようにしている。四阿の中にだれがいるのかいないのか、それと悟らせないように。
皇帝陛下は今いずこ?
後宮でおやすみかもしれない。
竜に乗り帝国を巡察中かもしれない。
御病気で伏せっておられるかもしれない。
外からは何もわからない。
だから、なすべきことは決まっている。
考えるまでもなく、答えが与えられている。
――――――――――皇帝陛下はそこにおられる――――――――――
そして、この広場にいる者たちは自分が裁決した内容を、皇帝に上奏する。一件当たり、必ず三行以内にまとめて。
何件上げるかは、規定されていない。
上げなくてはならない、ということもない。
それが理解できないならば、そもそもこの場には立ち入れない。
基本的に追加説明は求められない。
内容が伝わらない場合は読解力ではなく表現力の問題とされる。
問題を生み出し問題を解決できないような臣下は必要とされていない。
高官と雑兵は使い捨て。
代わりが無いのは皇帝のみ。
中堅実務者に限っては、配慮される可能性がなくもない。
その広場の片隅で。
儀式が一つ行われた。
北から逃れてきた者と、東から帰って来た者と。
在る少女に家督の継承が命じられたこと。
在る少女に太守の印綬が授けられたこと。
在る少女に一軍の編成が命じられたこと。
皇帝陛下の意思によって。
人に願いを託すものを天使という。




