初めての共同作業/Hybrid Science.
【用語】
『係争地』
:複数国家間で帰属が争われている地域。紛争当事国の同意がない場合、国際連合は介入できない。例えば北海道の先に在る寒い島々。日本の施政権は実質的に行使不可能であり、ロシア共和国の統治行為を日本が承認することもない。異世界転移後、圧倒的な日本の国力を前提に領土問題の解消を叫ぶ意見はある。だが、政権与党は「他国の弱みに付け込むがごとき行為は、地球人の団結を阻害する自殺行為」として却下している。
誰もが同意できる統治者の所在が不明な地域。そこで行われたことは、未来永劫、誰の責任か判断することは困難である。・・・・・・・・・・・・グァンタナモ米軍基地のように。
ロシア共和国イトゥルップ島( Итуруп)魔法研究所
『検証開始』
『確認を願います』
エルフの少女が前に出る。
年のころは15歳以上20歳未満。珍しいことに実年齢と一致している。彼女は栗色の髪に赤い瞳の青年、その前に立った。
青年は少女に微笑みかける。まるで気遣うように、いや、気遣って。
「・・・・・・・・・・・・・・・違います」
顔かたち、体格、彼女がつけた胸の傷まで全く同じだ。
だけど違う。
絶対に違う。
彼女は踵を返し、対爆観測室に入る。
『では、始めてください』
青年はゆっくりと集中し、詠唱を開始。きらめく魔法陣が中空に表れ、一気に収縮。
閃光。
対爆観測室の中。
「どうかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誤差範囲」
「よろしい」
忙しくモニターを確認する作業服の中、スーツ姿の男が結論付けた。白髪に青い瞳、そして線の細い姿は肉体労働と縁がない事を物語る。
観測室を出た。エルフの少女も続く。
「感謝する」
赤い瞳の男は恐縮する。
「つまり結局は・・・・」
「魔法は人格に属するモノではない、と仮定してかまわないだろう」
赤い瞳の男はうなだれた。
「無駄でしたか」
「その通り!おおきな成果だ!」
スーツの男は、赤い瞳の男、そのローブの背中をたたいた。
「無意味と確認できた。これは大変な成果だよ!もちろん、サンプル数が足りないから仮説に仮説を積み重ねただけに過ぎないが、なーに安保理、いや、大統領閣下は一区切りに百年ほどとおっしゃっている。まったく問題ない。時間をかければサンプルも集まる。統計学的に意味がある、そう、500や1000の検証ができるだろう」
赤い瞳の男、魔法使いはそのまま作業服の女性に連れられて研究所に戻った。
エルフの少女は氷のような視線で立ち去った方向を、誰もいないほうを見ていた。
「気になることがあったら言ってくれ」
スーツの男は少女の表情ををのぞき込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・別に」
「君が憎んだ彼は消えてしまった」
少女が、ぴくっ、と反応した。
彼女は思い返す。思い出してしまう。隠れ里が焼かれた日を。帝国エルフ狩り部隊の一員としてやってきた魔法使い。
軍規に反して女性エルフだけを捕虜にして奴隷にした男。
男のエルフはその場で殺した。人質を取って親子兄弟で殺し合わせ、人質の女エルフに殺させ、その過程を兵士たちとともに賭けをして楽しむ外道。
少女とその家族を私物化し、何年も辱め続け、彼女以外を彼女の前で順番に殺した男。
だった。
青龍の実験体。
「四人目の彼はどうだね」
「・・・・・・・・・・・別に」
最初に同じここで、同じ魔法を放った。卑屈に笑いながら、青龍の兵士たちに囲まれ、言われるままに。
次に出会ったとき、まったく違う人間になっていた。
次に出会った時も、そして、今も。
以来、憎い男と一度も出会えなかった。
同じ相手とも、再び会うことはなかった。
「人格を破壊し再構成を繰り返したが、魔法の種類威力に全く影響は出なかった。君の協力に感謝する」
「・・・・・・・・・・・・・・・別に」
少女とて、選択肢があったわけではなかった。
あの男とともに青龍に捕まったに過ぎない。
憎しみが、測定機として役に立つ。
青龍はそう考えたに過ぎない。
少女には理解できない様々なプロセスを踏み、一人の人格を破壊しつくして、まったく違う形に造り換える青龍。
その完成度を図るために少女は存在している。
「君たちはしばらく好きに過ごしていたまえ。何かをお願いするときは一週間前に伝える」
スーツの男は少女に手を振った。少女は立ち去った魔法使いの後を追った。なるべく共に過ごすように言われているから。
まるで人が変わり、過去の経緯も覚えておらず、優しく少女に接する魔法使い。
人というものはたやすく創り換えられる。
もともとの人格の亜流にしつらえるのは、一番難しい。
完全に創り換えるのが一番たやすい。
そして別人格になればそれ以前の記憶にはアクセスできなくなる。本人ですら、以前の自分のことは判らない。
「記憶は脳だけで構成されるわけではないから、感覚が残っているかもしれないがね」
そう、青龍は少女に教えた。
エルフの少女は、自分が創り換えられていることすら知らない、魔法使いの男を追った。
共に過ごすのは苦痛ではなかった。
『два(2)はчетыре(4)のもとに向かった』
『了解。検証を続けます』
『UNMG(the United Nations Magic Corps)は威力測定から読心へ比重を移行』
《戦場点景4》
【太守領中央/太守府壁外門前/青龍の騎士団本陣/馬上/青龍の貴族の乗騎後】
「御領主さ!・・・・・・・・・・・・ま・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、ら」
新議長を無視、ではない、わね。あたしたちの先を行く青龍の貴族。彼は、しばらく進み、馬を止めた。あたしも、ちょうど若い参事の前で止まった。
青龍の貴族に、あの娘。
あたしと妹分。
その間に五人。
新議長以下、参事会そのもの。
周りを青龍に囲まれ、進むも退くもならない。街道に出てきたのは、五大家当主たち。歩みを止めない青龍の貴族。ひれ伏したままだった当主たち。
そのまま連中は、青龍の隊列、陣形内に取り残された。手練れと見える革鎧姿の兵は、各家の私兵だろう。私兵たちは青龍の隊列に割り込まぬように、とっさに下がった。
――――――――――賢明なこと。
抜き身を構えていた。そのままぼんやりと立っていれば、斬り込んだ、と見えなくも、ない。実際は、青龍の隊列が街道に立つ彼らを、ただ無視して進んだだけにせよ。
青龍の貴族が、馬首を巡らせた。唖然としたまま振り返った参事たち。向き直った青龍の貴族。隊列の中、すなわち世界からから切り離された、青龍の陣中。
護衛からもお付きからも引き離された、五人。
権勢を誇る、富商の当主たち。
常に補佐役、護衛、世話役に囲まれて暮らして来たのでしょうに。己が身、ただ独りで居るのは、何年ぶりか、何十年ぶりなのかしらね。
しかもその得難い機会が、青龍の貴族に向かい立つ、なんて。
――――――――――それだけでは済まないわよ。
青龍の隊列、その外からは、衛兵や護衛、付き人、伏したまま全身を耳にした群衆が注目している。参事会を、取り仕切る参事たちを、仰ぎ見ていた、見ることすら出来なかった、下々の視線。
彼らは初めて参事、五大家当主、それ自身を見ている。
――――――――――さあ、どうするの?
【太守領中央/太守府壁外門前/軍政・黒旗団混成戦闘部隊本部(前衛)】
俺は乗馬が不得意だ。
いや、まあ、日本では一般的だよね。そんな初心者が思う乗馬術アレコレ。
乗馬の中で一番難しいのは、止めること。
いや、本当に。
走らせ始め、走らせ続けるのは簡単、ではないが、それほど難しくはない。
二番目に難しいのは、馬に乗る
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今は関係ない。
よって今、求められたのがピッタリと、定位置で、スムーズに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムリです。
いや、ムリでした。
俺には当然、止まるべき位置が見えていたんだけど。
索敵システムとは無関係。乗馬しながらは使えないしね、俺。だけれども、肉眼だけでよーくわかった。
街道を突き進む、屈強な戦士たち。
砂利道、街道に合わせて槍の回廊を築いていく衛兵たち。
開いた門内からこちらを見る、身なりが良い、市民?商人?平参事?
そして、まっすぐ護衛に守られて回廊を進む参事たち。
先頭は、若い参事に肩を押された、新議長。
沿道の、正体不明なギャラリー、大群衆を含めて、みんなが張り詰めた表情を俺に向ける。
そんな中、一人だけ、周りに笑顔を振りまく新議長。
――――――――――貴重な人材だよね?
なんの役にたつかは知らないが。
貴重?
ってより、希少か。
かくして、彼方も此方も前進中、相対速度にて邂逅。
ちょうど最前の三佐の前。参事達が跪いた。
新議長は無邪気に手をふり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おお!
膝をかけられて、頭を抑えられ、地面に叩きつけられた!
しかも、技をかけた若い参事に首を抑えられている。
プロレスかな?
そんな形に礼を示した参事たち
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を、スルー。
いや、俺じゃない。人を無視するのって、力がいるよね。
自然に行き過ぎる三佐。
参事の護衛っぽいのが慌てて街道から飛び退いた。
俺も、すぐに馬を停められないから、そのまま続く。行き過ぎて、やっと馬を停めた、俺。三佐も俺に合わせて停めたから、気が付いた。
――――――――――俺のせいか。
隊列が停まらなかったのは。
行軍指揮官は、俺。
戦闘対処に警戒は、マメシバ三尉や佐藤に芝まかせ。指示しなくても、必要な措置は勝手に済む。だが、戦闘以外の不測の事態なら?
敵対的ではない群衆に、行軍を邪魔されず、囲まれたら?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・部隊の皆、当然、俺に合わせて動いたんだ。
俺が別命を下さないならば、俺が進めば進み、止まれば止まる。階級同格の元カノ、格上の三佐も、この場合は介入しない。
俺は馬を停めた勢いで、向き直った参事達を見た。
中心が参事たち。
それを囲む俺たち。
俺たちを囲む衛兵やらの皆さん方。
更に囲む大群衆。
かくして、変則的な会合開始。
はて?
どうしよう?
【太守領中央/太守府壁外門前/青龍の騎士団中央/青龍の貴族の馬前】
青龍の貴族は馬上から見下ろしたまま。
平伏したままの僕たち参事、外壁門前に集まった農民たち。
「立っていいでしょ」
「ああ」
な訳あるか。
平伏しながら、いや、させられながら、僕に噛みつく新議長。青龍の貴族から命じられるまでは、這いつくばる。
別に青龍相手に限った話じゃない。権力者相手の基本
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ああ」、って青龍の貴族は軽くうなずいた、のか。
僕は、立ち上がった。
「――――――――――いたたた!!!!!!!!!!!」
バカ女の後頭部を掴みながら。
力いっぱい。
なに催促してやがる!!!!!!!!!!
しかも、青龍の貴族に聴こえてるじゃないか!!!!!!!!!!
許可が出なけりゃ死刑だったかもしれないんだぞ!!!!!!!!!!
僕は内心の焦りをバカ女の頭にぶつけながら、青龍の貴族に一礼。
皆を促し、立ち上がらせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・みな、殊更、ゆっくり立ち上がる。
僕らへの、青龍の貴族の対応を、チラチラ観察する参事が二人。
保身にかける情熱は感心する。
向き合った青龍の貴族、その胸元にしがみつく、愛娘の親友たる魔女と目線で挨拶する大先輩参事
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頼むから、振り返らないでくれよ。
青龍の貴族に抱かれているのが愛娘だったら、大変な事になっていただろう。
背後にいる愛娘には、立ち上がりついでなフリをして、視線を送っていたが。青龍の貴族、その愛人エルフに抱かれたお嬢様は、父親を無視。というか、父親を意識せずに青龍の貴族に向かって微笑んでいる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、こんなものだ。
父親にとって半月ぶりに会えた愛娘。
であっても、娘から見ればどーでもいい、わな。
変わりない父親より、耽溺している恋人の眼差しを追う。
恋する女はこんなものだ。
そして父親が下を向く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そこで怒りに震えるのは、ヤメロ。
せめて娘に怒って欲しい。
隠せぬ怒りを、愛娘が夢中になっている相手、権力者に向けないで欲しい。
お嬢様が、恋と実利を両立させていれば、腹を立てる筋合いじゃあるまいが?
【太守領中央/太守府壁外門前/青龍の騎士団本陣/馬上/青龍の貴族の乗騎後】
父親の背中に漂う哀愁、愛娘、妹分に無視されたのが効いてるわね。
あたしの前の、妹分。
久しぶり、とはいっても12日ぶりな父親に気が付いてない。
夜明け前から日が昇るまで、背中しか見えなかった青龍の貴族、彼に手をふっている。
あの娘と妹分。
今朝はどちらが青龍の貴族、その馬に乗るのかは金貨を投げて決めた。
距離が短くて、出発からここまで、交代しないとわかっていた。
だから、二人とも必死だったのだけど。
結果、あの娘の勝ち。
年上ぶり、澄まして結果を受け入れた妹分。
内心、それだけでもジタンダ踏んでいたのに、それだけでは済まなかった、わね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・途中で、いろいろあったし。
余計に悔しいのは、解る。
――――――――――あたしなんか、青龍の貴族、その馬に、一緒に乗れすらしないんだけどな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今は。
お預けを食らった妹分は、久しぶりに青龍の貴族に向き合って、静かに大喜び。
青龍の貴族も目線で応えるから、声無き声で大はしゃぎ。
気持ちはすっごく解るから、今は、抑えましょうね?
貴女のお父さんが壊れそうよ??
【太守領中央/太守府壁外門前/青龍の騎士団中央/青龍の貴族の馬前】
僕が昨日、新議長の尻を叩いて太守府に戻ると、更に状況はややこしくなっていた。城外に集まっているのは、村々、農村の長やその代わりとなる大人たちだ。
誰かが音頭をとった訳じゃない。
全員で示し合わせた様子もない。
敢えて言うなら、たまたまだ。
もともと、青龍の来訪予定は邦中が知っていた。
1ヶ月前に太守府に乗りこんで来た青龍、帝国の残党狩り。彼らが予告した、新しい領主の到着。
別に誰がふれ回った訳ではない。だが、人の出入りが激しい太守府。ここの噂は半月もあれば邦中に広がる。
帝国太守が逃げ出したことはとっくに知られていたし、邦中の誰もが新たな支配者に注目していた。
そして、青龍の貴族、来訪。
普通なら新たな支配者が着任し、一週間以内に早馬が全土を駆け回る。新しい領主の施政が布告され、検地や人別改めなどの予定や手順が決まっていく。
実際わずかに十年前、帝国に征服された後に皆が経験した事だ。その結果、この邦の生活は激変したのだし。悪いほうに。
誰もが当然その流れを予想して、覚悟を決めていた。
だがしかし――――――――――まったく、音沙汰がない。
そもそも、残党狩りだけして、新領主を配置せずに立ち去る征服者というのが、前代未聞だが。
普通は新領主が施政を及ぼしながら、残党狩りを進める。
一応、新領主が到着した噂は、布告ではなく、噂が流れた。
――――――――――来た、それだけ。
ここまでくると、皆が不安になる。
青龍の貴族来訪から数日後、周りの街々から、村々から、様子見に来た者が集まり始めた。
その時点では、街々からの様子見はまだ、少ない。
街にはその規模の大小によらず参事会の情報伝達組織がある。そこから、日々知らせが入る。ある程度は待ちに徹してもいい。
抜け駆けを狙った商人や商工会が手代を送ってくるくらいだった。
だが、村はそういうわけにはいかない。
村々には日常的に太守府の様子を知らせる体制はない。だから、近くの村々は身軽な村人を走らせ、遠い村々は旅費を預けられる村の長や大人を送ってくる。
彼らが集まり始めた頃、青龍の貴族は港街にたってしまい、不在。
王城に青龍の公女が居て、他に多くの青龍が集まり、竜が空を往復する。だが、青龍は自分たちで作業を進めるだけ。王城の奉公人は邪魔になら無いように、時に手伝うように命じられた。
だが、何をしているのか、などと説明はまったくない。
太守府の資産確認以外、何一つわからない。
王城で青龍と同居する参事会、五大家当主すら、青龍の施政がわからない。肝心の新領主、青龍の貴族がいない故に。
太守府に伝手を持たない村人たちは、解っている者が誰もいない、とすら判らない。そして誰も、今、王城にいる青龍の公女、強大な征服者に、こちらから尋ねる勇気はない。
新領主が向かった港街では、暴動が起きた、起きてる、収まった、などなど流言がとび行って見に行く気にはなれない。
かくして皆が太守府に留まる。
青龍来訪から日が経つにつれて、様子見の人数が増えていった。
そして、太守府、街に伝手がない農村の皆は、野営を始めた。街中で宿屋に泊まれば高く付く。
いつになったら新領主様が戻ってくるのか、判らない。
いつまで太守府に居ればいいのか、判らない。
そのために路銀は節約しなければならない。
参事会もそれを推奨した。
街中によそから来た、不明瞭な目的で今やることがあるわけでもない、そんな大勢をうろつかせるのは望ましくない。要らない争いの元だ。多少の金銭を稼げたとしても、割に合わない。
だから体よく城外においはらったのだ。
元々、太守府の近くは治安がいい。それなりの人数が集まれば、ソレを襲う夜盗も出にくい。特に今回は、衛兵を野営地周りに派遣して下支えさせた。
太守府周りの森は、帝国太守の森。
ならば今は新領主、青龍の貴族の森、とみなすべきかもしれない。
だが、青龍来訪前の時点でなし崩しに薪集めや狩場として利用されていた。改めて禁令が出されるまでは、そのまま使ってもよさそうだ。
太守府は河沿いの街。
大河沿いに街道が走っているために、正門と河は近い。
邦一番の大河は城内を通っていないので、野営している人々が利用しても支障はない。
生活必需品は、街に入ればいくらでも買える。
これで、多少の人数が野営していても、問題はない。
と、一週間前は考えられていた。
らしい。
というのも、その時点で僕は港街にいたからだが。後から聞けば整然として聞こえるが、なし崩しに落ち着いた状況を、後知恵で説明した気になっているだけだ。
人が人を呼ぶ。
商売の基本を、参事会は忘れていたのだ。
僕も、だが。
僕が港街からひとまず太守府に戻り、報告を聞いて慌てて飛び出したのが三日前。
青龍の貴族と別行動をとりながら、近在の商家に因果を含ませて、様子見をさせておいて正解だった。
それで青龍の貴族が、農村への免税を布告したことを聞いた。だから大慌てで、新議長をひっ捕まえて南に向かった。
派生する問題を予想して善後策を考えながら、青龍の貴族が必ず通る街で網を張っていた。その間に太守府の状況が激変するとは思わなかった。
予想すべきだったのだ。
・・・・・・・・・・・税の話を聞いたのは、僕だけじゃない。
とりわけ、自分の話となれば、敏感にもなろうってものだ。
僕が青龍の貴族との駆け引き、その準備に集中している間に、農村では免税のうわさがあっという間に広がってしまっていた。
労役に駆り出された若者が帰ってくる見込みが立たず疲弊した農村。
そこに降って涌いた天恵。
の、噂。
――――――――――確かめたい、と思うのは当たり前だ。
しかも、一刻も早く。
かくして、邦中から集まっていた農民たちにに、さらに新しい流れが加わった。まるで、今そこに集まらなければ天恵を失ってしまうとでも思ったように。
僕が街に戻った時には、一万に届こうかという農民たちが集まっていた。
しかも、誰も統率していない状態で。
しかも、期待と不安をないまぜにして。
さらに、その半分は長い野営で余裕を失っている。
せめて青龍に手を出すバカが出ないように、僕が、というより盗賊ギルドの頭目が、配置した殺し屋たちが周りを固めている。
僕には、太守府市民と壁外の農民たちを引き離すだけで精いっぱいだ。
あとは、青龍に任せるしかない。
青龍の、解決法。
・・・・・・・・・・・・・・・・・僕らも彼らも、一掃してしまうかもしれないが。




