壁の中
登場人物&設定
※必要のない方は読み飛ばしてください
※すでに描写されている範囲で簡単に記述します
※少しでも読みやすくなれば、という試みですのでご意見募集いたします
一人称部分の視点変更時には一行目を【語る人間の居場所】とします。
次の行、もしくは数行以内に「俺」「私」などの特徴となる一人称を入れます。
以下設定を参考に誰視点か確認いただければ幸いです。
(書き分けろ!と言われたら返す言葉もございません)
【登場人物/一人称】
『僕』
地球側呼称/現地側呼称《若い参事、船主代表》
?歳/男性
:太守府参事会有力参事。貿易商人、船主の代表。年若く野心的。妹がいて妻の代わりに補佐役となっている。昔は相当な札付きであったようだが、今は特定の相手以外には紳士的。
地球側呼称《新議長》
現地側呼称《バカ女/新議長/議長》
?歳/女性
:太守府参事会議長。参事会を、すなわち太守領を経済的に牛耳る五大家、その当主の一人。地球人来訪後の混乱の中、引退した祖父から当主の座を引き継ぎ、参事会議長にも就任した。実家は先代の失策で没落進行中。
「武装は確認したか!隊伍を組ませたか!街の連中を見張らせろ!奴らと争わせるな!」
僕は怒鳴りつけた。
船の上、港ならば大声を出しても、怒鳴りつけたりはしない。風と波の音を押しのけるために、より大きい声を出すだけだ。
僕の船には、必ず片手の指数程の新人が乗る。
将来の船員、船長たる彼ら。
それを怒鳴るのは水夫頭のみの仕事だ。
他の船員たちは、誰の指示を受けなくても一人一人が走り回る。
「まだ、門を開けるな!開ける時は命じる」
なんで僕がこんな細かいことを、いちいちいちいちいちいち!
指図されないと、自分の面倒すらみる事が出来ないマヌケども!
夜が明けた?
太陽が昇ったら開門?
いつまでも日常気分だ!!!!!!
青龍が来ちまった後で、いつもと同じ、が通じるわけないだろ!!!!!!
「城壁沿いの連中には声も出させるな!!!!争う前に斬れ!!!!!!!!!!」
太守府にはもともと千人に近い衛兵がいる。
太守府と近郊の街々、村々、万を超える市民を、村人たちを統制する為に。
人が集まれば争いが起こる。
客を取った取られた。
商品や資材を買えた買えない。
職人の腕自慢から、男や女の歓心の奪い合い。
理屈なんてなくてもかまわない。
人が集まれば、殴り合う理由はそれで十分だ。
金持ちとその取り巻きは問題ない。
互いの領分が分かれ、利害調整の形が決まっている。
ほぼ、争い自体か起きない。
商家なら用心棒を持つし、五大家なら私兵がいる。
だが、もちろん、互いの争いには使わない。
突発的な争いが起きても、よほどの事がない限り、同じ程度の仲間内で話をつけるからな。
だが最大多数の中堅以下には、決まり事がない。
あってもどうとでも解釈できる程度に曖昧だ。
とりわけ厄介なのは、村々や他の街から常に人が流れ込む大きな街。
この邦で一番大きな街は?
つまり、とりわけ厄介な中でも、一、二を争う厄介な街。
ここだ。
太守府だ。
邦のあちこち、狭い村々、限られた範囲の異なる決めごと。それしか知らない連中が、違う決まり事の存在を予想すらせずに、互いの当たり前を振りかざす。
よって怒鳴り合いが、殴り合いになり、ほどなく切り合いになる。
――――――――――放っておけば、だ。
衛兵はそれを防ぐ抑止力。
武装し集団で街を巡回する。争いがあれば殴りつける。切り合いなら吊す。政治が絡まない窃盗や殺人など、犯罪捜査も行う。
暴力沙汰を止めた後の処理も、たいていは終わらせる。
衛兵自身も簡単な仲裁をするし、必要なら参事会が衛兵たちから上げられた報告に基づいて、仲裁する。
大体の争い事はそこで収まる。
もちろん、裁いたりはしない。
裁判は太守の権能。
衛兵や参事会が行うのは、あくまでも仲裁。善意の第三者ができる範囲のことだ。金で片付くことは、参事会の公証人が片付けるが、その程度でしかない。最後の最後まで剣で片づけることは、表向きしないし、実際に少ない。
宥めて脅して説得し、当事者を納得させられなければ太守に届ける。
そこから先が裁判となる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それを望む者はほとんどいないが。
帝国太守は、この邦の風習や世情に疎い。
太守の裁判で丸く収まることは、まずない。
太守もそれを知り、改善する気もない。
だから参事会に丸投げすることすらある。参事会の裁定に異議を唱えた事件が、署名だけ太守で実質的に参事会が処理することになる。
そして犯罪者を捕まえた時も、衛兵や参事会が処分を決めたりはしない。
太守に突き出すだけだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・形式的に。
罰金や体刑(鞭打ちや棒打ち)、労役などに帝国太守は興味がない。
犯人を衛兵の牢に入れたまま、書類上は太守に突き出した事にする。太守は裁判をへて判決を下したことにして、書類上は犯罪者を衛兵に下げ渡す。
刑の執行は太守が領民に、つまり衛兵に命じた事になり、処理される。
何もかも紙の上での話。
――――――――――死刑だけは、直接に太守が関わる。
竜の餌にするために、定期的に生きた人間が必要だから。竜には人肉、とりわけ生きた肉を食べさせることを習慣づけないといけない。
一般には、誤解されている。
竜が人肉を好み、食わせないと暴れるとかなんとか。
・・・・・・・・・・・・帝国がそれを吹聴しているから、わざわざ訂正しないがな。
実際は、軍用の竜に、訓練として人間を食わしているだけ。竜の好みには、むしろ合わない。嫌いってほどじゃないらしいが。
訓練なのだから、ある程度の人数を用意し続けねばならず、死刑囚は重宝される。
さらに竜が人を食べる姿を公開するのは、帝国統治に必要な見せ物だ。
いつ、何処で、誰に見せるのか?
太守が頭をひねり、工夫するところだが、それは余談。
つまり衛兵は、太守にも参事会にも、市民にも必要不可欠な役割だということ。
そして彼ら衛兵は、参事会が雇っている。
太守府では、だが。
他の、大きな街の衛兵なら商工会が、小さな街や村々なら衛兵というより自警団。
太守府の衛兵は数が多い。
一番広く人口が密集している範囲を管轄しているのだから、当たり前だ。いや、任務の総量を考えれば少ないくらいだ。
だが、ここで問題になるのは、純粋な数。
絶対値。
帝国太守の騎士団を除けば、邦で最大の武装集団。
太守府衛兵。
その衛兵たちには、一人の指揮官がいない。広い範囲が管轄とされ、管轄範囲は特定の区分けをされているが、衛兵自身は場所に固定されない。
それは太守府の衛兵だけではない。
自警団より大きい組織は、だいたいそうなっている。
太守府では、衛兵たちを一組百人を超えぬ、十以上の組に分ける。指揮官は各々の組に、任期一年の組頭がいるだけだ。衛兵各組は太守府の街区、近郊の街々を組ごとに分担して仕事にあたる。だがその分担地域も交代制。
つまりは、こういうこと。
衛兵自身が権力を持たないようにする為。
独りの指揮官、一つの集団が衛兵全体をまとめてしまえばどうなる?
太守府を武力制圧出来てしまう。
特定の街区や街々に馴染み、根を張れば、どうなる?
個々の組が自立してしまう。
それは脅威だ
――――――――――僕たち、この邦の有力者たちへの。
もちろん、脅威となりうるのは帝国太守の騎士団を考慮しなければ、だが。衛兵では数があっても、正規兵にかなうべくもない。
しかし太守にしても、脆弱とは言えど、戦力と呼べるモノを領民に許す訳にはいかない。叛乱は鎮圧出来ても、無傷という訳にはいかないのだから。
結果、太守府衛兵と一つの名前で呼ばれても、衛兵たちは細切れに分断され、ねぐらを持たず、意識の上でも行動でもまとまらないようになっている。
衛兵全体で演習はおろか行進した事すらなく、人数さえ各組でバラバラ。
しかも欠員が目立つ。
衛兵であることを示す鉄兜と革鎧以外、装備も不揃い。犯罪捜査に長けた者、犯罪者をとり抑えるのに長けた者、ガタイが良いだけの者。組ごとの人数比、戦力もバラバラ。
百人近くの人数が組に分かれていても、その組単位ですら全員で戦った事など一度もない。
今、街を守る為に一番必要な人数なのに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・籠城に役立つ訳がない。
参事会は歴史から学んでおり、飼い犬に引きずり回されるのは御免だ。
参事会も太守も、都市を維持しなければならない。
だからまとまった武力集団を無くす訳にはいかない。
参事会も太守も、地位を守らなければならない。
だから、まとまらせては困る。
――――――――――これがその答えだ。
「がーんば」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは答えじゃない。
関係ない。
あってたまるか。
参事会新議長は今日も常と変わらず。
つまり、安楽椅子に寝そべって、辺りを、主にこちらを、見回している。
金髪を髪粉香油で艶だしをして、くるくるくるくる巻き込んだ、いつもの髪型。長い髪を巻き込まないように、寝椅子の裏に立つメイド。
しかも、二人。
寝やすいように、なのか、フリルが抑え気味な青いドレス。
裾を持つ係のメイドが三人。
最初は少女、というより童女だったので、替えさせた。
――――――――――これ以上、青竜の貴族、その周りを騒がせる訳にはいかない。
青竜の貴族が、むやみやたらと手を出す方なのかは、判らないが。一応、青龍の貴族好み、10歳前後の着飾った少女を、その前に出すべきではないだろう。
僕が後援する魔女の立場に、少しでも傷をつける訳にはいかない。それにお嬢様は、魔女以外の童女幼女が、青竜の貴族に近づくのを許容しないだろう。
・・・・・・・・・・なんで、こんなことまで、僕が差配しないといけないんだ!!!!
ここが港街なら、うちの本拠地ならば、こんな目に合わないものを!!!
だが、完全にくつろいでいる、新議長、もといバカ女。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・た・だ・し・い、態度、だ。
不愉快なことに。
――――――――――珍しく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、間違ってはいない、だけだ。
正しくはない。
正しくは、新議長は家で寝ているべきだ。
僕の背後で寝そべり、気の抜けた声を出すべきじゃない。
「たいへんねぇ」
貴様のせいにしたい。
そういう意味で、積極的に、バカ女が気になる気に障る!!
僕が衛兵たちを差配している理由。
新議長が何もしてはいけない理由。
衛兵たちはまとまっていない。
だが今回のように、いや、今回は特異に過ぎるが、衛兵個々の組で対応出来ない大事件。今までも貧民街の暴動や村々の一揆、山賊の跳梁などなど、事例はある。
そうした、多数の衛兵を必要として、多くの地域を跨ぐ、あるいは長期間彼らを動かす必要があればどうするか?
参事、つまり参事会の有力参事が、必要な数の衛兵たち、そのまとめ役になる。ここでいう有力参事とは、今でいう五大家の当主だ。
私兵集団を率い、多人数を動かす経験を持ち、必要な物資を集め、それらを供給しつつ大勢を目的に向けて動かすことができるもの。
別に、当主自身がすべて賄えなくてもいい。
五大家各々には、家としてその機能があるのだ。
そして今回、その役目を引き受けたのが僕だった。
せいぜいが山賊退治で衛兵をまとめた経験しかない諸先輩方、つまり五大家当主のお二人は僕を推挙した。衛兵全員と、太守府有志を根こそぎ動員する前代未聞の役割。
推挙した二人は思ったのだろう。
有資格者は五大家当主の四人。
金融を仕切る大先輩に任せたら、娘可愛さで何をしでかすかわからない。自分たちのどちらかで仕切ったところで、責任だけ負わされて旨みが何もない。
――――――――――なら、急に台頭して自分たちの頭を抑え込んだ若造に、何もかも押し付ける。
失敗すれば蹴落とせるし、うまくいったところで、参事会の分担以上の費えで弱体化させられる。いくばくかなりとも、目の上の瘤が退くというものだ――――――――――
・・・・・・・・・・・・わかりやすいことだ。
渋るふりをして、意見が出そろったところで引き受けた僕も、だがね。
「が・ん・ば・れ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカ女まで押し付けられるとは。
衛兵を、必要に応じて、必要な数、必要な期間、五大家当主のだれかが指揮する。
ただし、衛兵隊の指揮に議長が関わっては、ならない。
参事会で一番の権威に、太守府最大の兵力を組み合わせてはならない。
――――――――――参事会の秩序を、つまりは有力参事たる五大家の利権を、守る為に。
議長は対外的に見て、参事会の代表であり代弁者。
古来、この邦で、太守や王に匹敵するならば神殿か参事会しかない。そして神殿は既にないから、この場合は参事会のみ。
その参事会の旗印を、議長なら掲げられる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実質的には、お飾り議長なんていくらでも事例があるが。
参事会の権威に傷がつく、から部外秘だ。
よって参事以外はそんなことは、知らない。
よって、世間から見て、参事会議長は参事会の指導者。
実際、仮にお飾りでも、有力家門の当主しかなれないのが、参事会議長。当主の資質や能力、やる気を計算しなくとも、家の資産や縁故が豊富だ。
もちろん、有力ではあっても、他家と比較して、でしかない。
仮に議長が五大家で一番の力があるとしよう。
だが他の二家を敵に回して、二家が傍観を決め込めば、議長の負けだ。
結局、参事会を代表しても、支配は出来ない。
誰にもできない。
だが、家門の力ではなく、金と縁故がせめぎあい拮抗している参事会の、外から力を呼び込めれば。
権力構造は激変する。
家門同士のせめぎ合いに押し入ることができるのは、それが可能なのは武力だけ。各家の、統制が取れて腕もいい私兵を、数で圧倒できる衛兵たち。
金と縁故で衛兵たちを取り込みまとめ、太守と対立しないようにうまく立ち回れば、新体制を作れるだろう。
それが一番やりやすいのが、参事会議長だ。
金や資材だけなら、有力参事が対抗できる。だが、部外者の、多人数を従えるとなれば、権威が決定的な意味を持つ。
だからこそ、だ。
衛兵たちを、まとめて指揮する必要が生じても、議長だけは関与してはならない。だから、この状況で、新議長は何もしてはならない。
新議長が僕に向かって、シナを作って見せる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、さすがに、取り巻きの男たちは追い払ったからな。
ちやほやされたいのか。
僕は新議長から目を逸らした
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――権威?
顔だけで選んだ従僕に茶をそそがせてもかまわない。
茶を入れるのが下手な従僕に代わり、離れた場所に御茶係りが待機しても構わない。
どうせ何も解らない。
だから、僕の仕事を見ていても構わない。
・・・・・・・・・・・・・・・解らないなら判らないなりに学べ、とか、資料でも読んで向上心があるフリをしろ!
と、イラつくが。
新議長には、バカ女にはそれが不可能とわかっている。
だから余計に腹が立つ。
バカ女なバカ女(新議長)。もとは五大家筆頭の、今も五大家末尾の娘。
バカはバカだが一応、読み書きは出来る。農民や職人、たかだか行商人じゃない。一門を構える商家、その一族の女なら当たり前だ。
中堅以上の商家に産まれれば、特に女は読み書き計算を仕込まれる。もちろん、それは基盤で、それを土台に歌舞音曲、社交術、さらに房中術まで教え込めれば最高だ。
バカはバカなりに、親元で荷運びでも鞄持ちでも、なにか無害なことをさせりゃ済む息子とは違う。
娘は多くの場合、いずれ親元を離れて、単身か少人数で活動するのだ。
夫を、その一族を籠絡し、一門の役に立つ為に。
娘を他家に与える。それは最高の攻め手。戦に例えれば、敵の城内に無傷の味方を配置できるようなもの。もちろん警戒されているが、地の利はそれを補って余りある。最後は使い捨てでも、最高最強の手駒を使うべきところだ。
中堅以上、更に上を目指す商人。
そこまで来て、更に上を目指すとはそういうこと。
底辺の有象無象がひしめく市場なら、隙間でおこぼれを漁っていればいい。連れの、お得意の、懇意な商人仲間と連れ立って小金を稼げるだろう。
金貨を網ですくって投げつける大市場。商家といえる者たちの商いは、そんなものじゃない。自分のもうけは誰かの破滅。他人の金壺を奪い去り、身ぐるみはいで蹴落として、殴ることも怒鳴ることもできやしない。
五大家周辺の頂点になれば互いの手駒を湯水のように消費して、沈めた数だけ沈められ、中枢だけが水面から水中を睥睨している。
だからこそ均衡が保たれて、だからこそ争いが起きず、故にこそ武力は使わない。
そんな家に、代々そうあり続けた家に、最近まで曲りなりにもその頂点であった、家に生まれ、最高の境遇を満喫していた女。
が、新議長になったのだが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――どうしてこうなった。
昔々のことしかしらないが、まっとうな大金持ちの家で、相応に育てられていた、僕が覚えている範囲では、はずだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――バカではあったが。
新議長になってから、署名はしている。署名だけは。書類に目を通している。字面は追っている、たぶん。だが、バカ女は帳簿はもちろん、草紙すら読めやしない。
字面を追える。
単語を知っている。
飽きて、読まずに、投げだして。
飾り文字を如何に流麗に描くか?
大枚はたいて時間をかけて、それだけしか考えなけりゃそうなる。
麗字を描いて、美文名文に縁がない。
何の意味があるのやら?
署名の字体だけが洒落ていて、故に何と書いてあるか一部の名筆家にしかわからないだけだが。いや、署名の意味がない。
――――――――――仕事や職務をさせたら大問題だ。
衛兵に近づけるとか、議長の権威とか、そういう問題じゃない。
――――――――――だから招かれざる客として、僕について歩いている。
それもすでにあり得ない。
商家の娘のあるべき道はさておき、不出来な息子と同じくらいできの悪い娘はいる。どうやったって、夫の一族どころか、夫すら篭絡できない。他家を操るどころか、情報を流すことすらできない。
いる、というより、まあ、大半がその程度だろう。
かくあれかし、は、そうあれる、と違うのは人の常。
だから大半の令嬢は、他家に送られるときに、切れ者の補佐役がつく。
令嬢の役目は目くらまし、できれば補佐役と実家の練り上げた芝居を演じること。
バカはバカなりに適役だ。
果たすべき役割を果たすのは、本人でなくていいのだ。であれば、新議長も、邪魔な見物客としてうろちょろしなくてもいいはずなのだが。
――――――――――だれもいない。
ほんとうに、動く調度品程度の、世話係くらいの雑魚しか、このバカ女の周りにはいないのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・芝居より奇なり。
元五大家筆頭の家。
前当主のように自滅する老害の下にいたとしても、頭の回るやつがいないわけがない。しかし、新議長の血族は保身の為に引きこもっているし、番頭に手代や下役たちは勢力争い中。
争っている連中は男ばかり。
だから女の当主に近づかない。
近づく者が居れば、暗闘は暗殺合戦になるだろう。
縁を結んで決定的な力を、自分以外が得る事を互いに警戒しているからだ。
コイツが参事会に居るのは、逃げて来たのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕の視線に気がついた。慌てて茶を置き表情を整えた。
声をかけられるのを、まってやがる。
「マヌケ」
「――――――――――は?」
なにやら喚いているが、無視。コイツが逃げる?そんな頭はなく、機転はない。そもそも状況を理解する知識がない。
沈む船。
退き隠る船客。
船長の座を争う船員たち。
コイツは固定された船長席だ。
まあ、没落中の家、その当主はこんなものでいいのかもしれない。
大概の家は、悪あがきを繰り返して、本当に破滅する。気をつければ小金を残す事も出来るのに、だ。
当主がバカで、その下はひきこもりか内輪もめ。混沌とした内部から、外に向かって働きかける余裕はない。いや、下手に長く続いた大きな家だけに、外が、自分たちが沈みゆくことが理解できないのだろう。
それが幸いして、他の家々も手を出さない。バカ女が当主ならば逆転はない、と衆目が一致。ならば、もっと弱体化する好機を狙って待っている。
バカは使いようでもあるが
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・権威、ではない。
「参事様!ご領主様が見えました」
「城門開け!!衛兵武器構え!!前進!!!」




