風薫る。
香り。
芳香。
薫り。
魔女っ子。
お嬢。
エルフっ子。
【太守領/太守府から南へ一日行程/軍政司令部戦闘部隊/司令部(馬上】
俺は金糸の波に埋もれながら深呼吸。干した布団?の上に寝そべる猫の香り。魔女っ子の金髪だ。
シスターズの小さい二人は自分で馬に乗れない。事もないが、危ない。だから、二人乗り。騎手は俺とエルフっ子。
後ろだと落ちるかもしれないから、前である。風になびく髪がまさに金糸。シルクのような柔らかな感覚。肌触りがいいな。
ふと見上げる空の青さ。
眼にしみる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うちの(実家の)猫たちは元気だろうか。
思い切り猫の腹に顔を埋め、ふにゃふにゃしたいなぁ~。
嗚呼!
世に猫の毛並みほど素晴らしきものがあろうか!!!
【太守領/太守府から南へ一日行程/青龍の騎士団先頭/青龍の貴族の前】
わたしたちは街を迂回して森を進みます。
森、と言っても、昨日見た南の森のような偉容はありません。適度にまばらな、人の手が入った、森。所々に切り出した大木が保管されています。
土地の高さに差がないのに、曲がりくねった、でも広い砂利道。
今までとは違い、すぐ近く、後ろを進む土龍さんたち。重さに負けない道を、ゆっくりと馬の後に続きます。
そして森を抜けると前が開けて、見えてきました。
蔦で飾られた石壁。高い壁の向こうには塔が見えます。
ちいねえ様の、館。
【太守領/太守府から南へ一日行程/軍政司令部戦闘部隊/司令部(馬上】
俺たちが近づくと、屈強な男達が森の中から現れ、厚い木の門が開かれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こりゃ、城だな。
門が開く瞬間、その間、防御兵力を集中する。
森の密度が薄く、偵察ユニットが門外の伏兵を把握してなければ、俺は仰天して、のけぞってしまったかもしれない。
いや、伏兵ってより、門番なんだろうが。
隠して見張りを置くあたり、実戦的。
――――――――――――――――――――――――――――――軍隊の発想だ。
警察や警備なら、脅威を抑止して、遠ざける。
だから誰にでも、強そうな見張りが見えるようにする。
平時なら、そうあるべきだろう。
だが俺たちなら、脅威を引きつけて、殲滅しようとする。
だから敵に見つからないよう、先手をとれるよう、歩哨は偽装する。
太守がいない。野盗がうろつく。
――――――――――この国は無政府状態なんだな。
まあ、館の縄張り自体は、俺たちがぶち壊した平安とは別に、最初から戦闘前提
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、偵察ユニットの情報を見ながら、元カノが言っていた。
理由はともあれ、異変が起こると暴動略奪上等な中世世界。奪われる物を豊富に持つ金持ちの邸宅はたいてい城構え。郊外の別邸ともなれば、遠慮はいらない、か。
飛竜で空を制している帝国から見れば、壁や門をいくら厳重にしても、脅威にはならない。一国一城的な要塞破却の対象にはならないわけだ。
まあ、懐かしき地球世界(21世紀現在)でも、天災人災不況恐慌、何か事あれば華僑やユダヤ人が虐殺される世界は普通にあったが。
嫌な共通点だなオイ!!!
そんな世界のこんな家。
館まで見通せない道なり。
馬車が重量物を載せたまま通りやすい砂利道。要所々にバリケート用の資材が備えてある。森を攻防一体の遮蔽物にして、防戦時は遮蔽陣地に、攻勢時は隠蔽陣地に。
館周りは切り開き、接近や壁越えに木々が利用されないように配慮。
――――――――――攻防を兼ねた、城ってわけだな。
【太守領/太守府から南へ一日行程/妹分の私邸前/青龍の騎士団先頭/青龍の貴族の左手馬上】
あたしたちが止まり、門内から出てきた執事、妹分の爺やが跪いた。
それを迎える、あたしたち。
馬上から青龍の貴族、その前に横座りでしがみつくあの娘。女主人たる妹分より、高貴な客(この場合は青龍の貴族)を優先してみせる。
訪ねる時は、あえて主人と客が別れて現れるのが礼儀。
使用人たちが、主人より客を優先する事を態度で示す事ができるように。それがつまりは、館の主人が客に対する最上級の敬い。
妹分が女主人として、使用人たちに頷いてみせる。無言、つまりは言葉によらない信頼を示す仕草。これも最高の、家人へのねぎらい。
門番達は周りを見張って、爺やは客(あたしを含む)から目を逸らさない。妹分のねぎらいは婆やが後で伝えるのね。
婆やは前に立つ爺やに何かあったとき、代わりを務める館の指揮役。
だから、門内正面の建物、その二階から目立たぬようにこちらを見ている。
女主人たる妹分や、あたしたち主人の友人たち、顔見知りを識別する。門内すぐにいる爺やは門を開くまで見えない。婆やが門外の主人を見極めてから、爺やが門を開く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昔の王宮より完成度が高くて、
窒息してしまいそうよ。
そんな儀礼の塊に、まったく動じない、当たり前に受け流す青龍の貴族。
まあ、彼は、自分が殺されかけても動じないけれど。
青龍の女将軍は楽しんで、皆を見回している。ドワーフたちと同じね。
本来ならば、無作法な態度だけど
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・似合うというか、らしいというか、誰の気分も害さない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにかしらね。
人徳???
【太守領/太守府から南へ一日行程/お嬢の館前/軍政司令部戦闘部隊/司令部(馬上】
何故か何故だかあっと言う間。
囲まれた俺、俺たち。元カノが暴れないから安全なのは解るが、礼儀作法が判らない。
俺、馬を降りるべきじゃないかな?
相手が跪いているのを、馬の上から見下ろすって、どうなのか?
と、とっさに思ったが、怯える、いや、緊張してるだけかな?な、魔女っ子が俺にしがみついて、離さない。
動けないわ、わからんわ。
だがしかし、世は無情。俺が何も言わずに、何もしなくても、馬は進む。進んでしまうのである、門をくぐって。
門内の館自体は平屋中心で、中心部分が三階建て、さらに上が物見矢倉っぽい。やはりこの時代の資材技術じゃ高層建築は不可能。
裾野を広くして、中心を盛り上げればもっと高くは出来るだろうが。土地不足でもなく、城っぽいが城じゃない、民間の邸宅ならこんなもんだろうな。
いや、もちろん、ちょっとした現実逃避だよ。中世基準の「こんなもん」なんて知らんし。
すっげーお屋敷。
門から馬で玄関に向かっているんだから。
トラックも続く。
建物も、正面は二階建て洋館。一続きで洋館の背後中央が三階建てプラス、矢倉。偵察ユニットの画像で見れば、周りは平屋の建物が3棟、互いに連結されている。
地所自体は日本の小学校がまるまる入るくらい面積か。
そんな事を考えていると正面玄関、と思しき場所で反射的に馬を降りてしまった。まあ、他にどこで降りるんだ、って話だが。
俺は魔女っ子を、エルフっ子がお嬢を下ろした。
馬は馬丁と思しき人が、すっと牽いていく。あまりに自然なので、声もかけられなかった。
「やっときまーす」
とマメシバ三尉。
俺に言ってるな。
佐藤、芝、それにドワーフ達を率いて、車両の面倒を見てくれるらしい。手伝ってくれる、お嬢の家の人たちにも、自分が仕切るとわかるように、通信を使わないで声に出したのか。
Colorfulたち、歴史家、元カノ、皆、集まった。
さて、どうする
――――――――――あ、俺が指示するのね。
またまだ陽は高い、だがそれは電気照明に慣れた俺たちの感覚。手持ちライトは十分にあるし、車両にはライトもあるが
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お嬢の家に泊まる以上、ここのサイクルに合わせるべきだな。
皆、この館を支える人たちは、陽が落ちれば寝る。
俺たちがゴソゴソしていたら、慣れない夜勤で怪我人が出かねない。起きてるなら起きてるとして、この家の人たちの邪魔にならないようにしないと。
よって夕方までに一通りの日常的な話を完了しなくては。その後は、個々に照明をつけて過ごせばいい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さすがに、日没と同時には眠れない。
「ご領主様」
お嬢が可愛らしく、挙手。
いつの間にこんな習慣が?
それとも挙手発言は多世界共通?
「まずは湯殿で埃を流されては
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここは温泉がありますわ」
【太守領/太守府から南へ一日行程/私邸玄関ホール/青龍の貴族の前】
「よし、皆、先に入れ」
温泉に、み、な
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――え?
わたくしたち、皆が止まってしまいました。
みな、と言うことは
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わたくし、思わずColorfulの皆を見てしまいました。
Colorfulの皆、はにかみながらご領主様を見て、困ったように、わたくしたちを見ます。私も当然見返しますが、当然、その肢体が目に入ります。
Colorfulと、わたくしたち。
わたくしと、みな。
艶やかな髪
・・・・・・・・・・負けてません。
白。
朱。
翠。
蒼。
橙。
わたくし、白金。
あの娘、金。
ねえ様、銀。
なめらかな肌
・・・・・・・・・・勝ってますわ。
ハーフエルフの吸い付くような艶。
ねえ様、輝き。
あの娘と、わたくしはツルツル。
胸元、腰回り
・・・・・・・不利、は否めません。
均整が取れて凹凸がありながら五人とも違う。
ねえ様の圧倒的な大きさならば互角以上。
わたくしたちは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいんです。
たった一人の、あの方が、どう感じられるか。
それだけです。
それ・・・。
ご領主様なら、きっと!!!
技術
・・・・・・・・・・絶対に、勝てない。
産まれた時から先人の知恵を学び研鑽し続けている皆。
恐ろしい敵です。
初めて殿方を意識した、わたくしたちでは!!
――――――――――――――――――――弱気になっちゃダメ!!!
ご領主様と二人きり、いえ、せめて四人で、と思っていたのに。
ううん、違いますわ。
これは女の戦い。
誰かの顔色を窺うようでは、ご領主様への侮辱です!!!!!!!!!!
ご領主様が、皆、ひとまとめと仰る。
――――――――――わかりましたわ。
マメシバ卿曰わく。
おんりーわん、より、なんばーわん。
見事に勝ち抜いてご覧に入れましょう。わたくしは、Colorfulの皆へ微笑みます。
「では先に、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ」
――――――――――あら、なぜ、震えているのかしら、アナタタチ。
【太守領/太守府から南へ一日行程/お嬢の館/ゲストルームだと思っているが実際は主人の部屋】
中世ヨーロッパ世界。そう聴くと何を思い浮かべるだろうか。
停滞、退化、硬直、腐敗
――――――――――悪臭――――――――――
俺ならね。
中世ヨーロッパと言えば、街と肥溜めがイコール。
風呂?何それ?
皮膚の上に第二の膜が!
などなどなど。
まあ、常識だよね。
湿度が低い場合、ある程度、臭いは抑えられるが、それも程度の問題。
実際にこの異世界も、内陸部、特に都市部ではそうだったらしい。まあ、水自体が贅沢品なのだから仕方がない面もある。
都市はもちろん水源に位置しているが、それを必要とする人口もまた多い。そして下水処理施設などなかった。
――――――――――過去形は何故か?
帝国は併合した街々、大都市中心に、上下水道を整備していったからだ。
騎馬民族ちっくな、騎竜民族から発した帝国。遊牧民なら水を豊富に使って清潔を保つ、なんてあたりに拘りはない。
そのわりに征服戦争の過程で、ローマ的な文化に目覚めたらしい。むしろ、縁がない文化に育ったからこそ、カルチャーショックで一気に染まったのかもしれない。
水利を得にくい内陸国家に、帝国の威信をかけて上下水道を整備した。
はっきり、きっぱり、無謀。
ローマの水道橋が有名なのは、他に類例がないからだ。あれだって、すべての都市にしつらえたわけじゃない。技術的にいえば、人口比で水脈が豊富な場所でならかろうじて成り立つ。
ともあれ退かない媚びない顧みない騎馬民族。
困難に敢えて進むことで、水の扱いが巧みになっていったようだ。正確に言えば、巧みな者たちを集めた。併合した諸国から水利にたけた土木都市計画技術者、まあこの世界にはそういったカテゴライズがまだないが、その類を力ずくで集めた。
――――――――――文字通り、強制連行。
基本となる遊牧民族の発想を超えた定住民族の発想。
支配下の文化や技術を、人材ごと吸収していったというところか。兵士を徴発するだけじゃこうはいかない。
さすが世界帝国。
いや、だから世界帝国か。
この文化的柔軟性は、広域帝国の特徴だ。
地球上の歴史でも「世界帝国」と呼ばれる征服民族は、みなナショナリズムに縁がない。
支配者、征服者
――――――――――強者――――――――――
それは皆、同じ形をとるのだ。
元々、都市というのは水源に築かれる。豊富な水源の後に都市が続く。
発展に伴い豊富な水脈を凌駕する人口が集まってしまえば、むしろ誰も手がつけられなくなる。大陸の河沿い、湖沼地帯、湿地帯。
平坦な地形は人の移動を容易にして、都市は人を集める。自然の水源は枯れることがあっても増えない。
無論、都市計画などない。
故に都市では水、体を洗う水すら値段がつく。お湯で入浴は燃料費からみて論外としても、水浴びすら有り得ない。最低限の水が確保できるからこそ、まるでそれを管理できない。
それが、帝国以前の大陸沿岸部、経済先進地域の生活。
ややあいまいながら、公衆衛生に近い概念はむしろ帝国が占領地に持ち込んだくらいだ。征服国家らしく、常に見知らぬ土地の風土病に悩まされているからだが。
たとえ目的が、戦争遂行に必要な兵力を守るためではあっても、占領下で疫病が減った、増えなかったのは間違いないらしい。
そして進む上下水道整備と衛生向上が、感謝されたか?
――――――――――大変な恨みをかっていた。
なにしろ住民の半分が死亡した事例があるほどだ
――――――――――――――――――――――――――――――水道工事で。
ピラミッドかよ!!!!!!!!!!
帝国からすれば、用水整備の為に畑を潰した感覚なのだろう。若芽を潰して作付けをやり直しても、長期的に見ればペイする。
――――――――――まあ、そうだ。
衛生環境が向上すれば、人口は増える。上下水道が整備された都市は生産性も上がる。一時的に落ちた生産、税収は、いずれ必ず回復する。
帝国の永遠を自明とする、彼ら。
今、敗走してなおそれを疑わない彼ら。
おそらく帝国が滅びることなく世界を征服して、半世紀も経てば、機能性の高い、美観に配慮した、素晴らしい都市ばかりになっただろう。
――――――――――感謝される訳がない。
だがしかし、すでに成立している大都市に上下水道という先進インフラを据え付けるのは、帝国の暴力的な方法以外になかっただろう。
都市計画につきものである、利権や住民をまったく考慮しない、すべてを合理的、あるいは合目的に動ける帝国であればこそ、だ。
もっとも大陸沿岸部、つまり帝国支配が始まって日が浅い地域では水道整備はそれほど進んでいない。無いとは言っていないから、相当に犠牲が出ているが。
水道整備が犠牲とはこれいかに。
帝国の征服戦争も末期。
大規模計画遂行、を強制する大兵力動員、が難しい辺境では特に目先の資源を収奪することに注力し、帝国百年の計(上下水道整備)は後に回された。
ここ太守領もそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・幸いなことに、先進水道文化の恩恵を受けずに済んだわけだ。
もともとここは水利に恵まれているから、水害防止の農業治水中心。飲料他生活水は近くの川か井戸で事足りる。十年前に滅びた王国時代から、そうだ。
幸いにして、太守領、太守府は比較的人口密度が低い。辺境の地形的に孤立した地域だからだ。
例えば、この豊かな農業地帯が大陸ど真ん中の平坦な地形に囲まれていたなら?
瞬く間に難民が押し寄せていただろう。
そうはならなかったから、人口に対して自然の給水が多い。
そして、何より大きな要素。
太守府には温泉、源泉があるのだ。
お嬢の話だと、太守領全体でかなり温泉があるらしい。
まあ、だからといって全住居に風呂がある訳もないが。
とはいえ、前太守、そのまえの王家と歴代の支配者が風呂好きだった。
上に習うは人の常。
このあたりは多世界共通。
この邦の上流階級は概ね毎日入浴の習慣がある。
一般市民なら、たまに入浴。
基本は毎日体をお湯か水に浸けた布で拭う。温泉がない港では海水浴。農村でも水浴をたまにする。まあ、農業用水にしている小川が近いからか。
いずこも貧乏人はお察し。
だがしかし、帝国とは別系統で公衆衛生の習慣があるのは確かだ。
今回の移動中も、ドラム缶利用の簡易入浴を用意しておいたのは正解だったな。男ばかりなら、根性で我慢するのもやっぱり嫌だが。
女子供がいると余計に気を遣う。
もっとも軍政官は絶対に、入浴調髪制服整え靴磨き毎日三回鏡観察部下チェック、が欠かせないんだけどね。
軍政部隊兵士も身なりが重視される。
それがどこであろうとも。
これも国連軍規定。
貴様らは人間ではない!!!!!
生きた国連旗である!!!!!!!!
軍旗は清潔糊付型崩れなし!!!!!!!
部下は貴様の盾となり死ぬ!!!!!!!!!
貴様は鹵獲されるくらいなら自焼すべし!!!!!
――――――――――いかんいかん、軍政官訓練キャンプのフラッシュバックが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかし、皆、まだ上がってこないな?
温泉とはいえ、一時間近くたってないか??




