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先輩の勝負エンピツ

作者: かとも


もう半袖でも良かったかも。


でも、もし汗ばんできたら、新しい緑の合間に見える伝統の校舎に逃げ込めば、つかの間のヒンヤリは確保できるはずだ。


映像学部の入試説明会は大阪でも開催されるけれど、合格したら実際に通うキャンパス、下見を兼ねて京都までやって来た。


サワっと風が吹いた。

くすぐったくなる、微かな煉瓦の匂い。



 やっぱ、 ここしかない。


 私がここに来たいんだ。



⭐⭐⭐



「合格、エンピツのおかげみたいやん?」


ちょっと、はにかんだ笑顔で。


「もちろん実力ってやつですよ、先輩の実力。

でも、先輩を合格に導いたエンピツ、むっちゃ縁起エエやないすか!

御守りにします、ゼッタイ大切にします。そやから、ぜひィ… 」


大学合格を知らせに美術部の部室に顔を出した先輩に、受験の時に使ったエンピツを是非使わせて欲しいとねだった。



将来、映画の仕事がしたいと他を受けず、映像学部一本に絞っていた先輩は、確実に夢に近づいていく。



ゼッタイ、 あやかりたい。




⭐⭐⭐



卒業式の日、義理堅い先輩は部室まで寄って、エンピツを持って来てくれた。


「ゼッタイ、行けそうな気がしてきました!

優秀な助手になりますよ!

待っててくださいね!

感謝、感謝! 一生の宝物です 」


先輩の、ちょっとはにかんだ笑顔。



「来年、ゼッタイ追っかけます」



⭐⭐⭐


卒業式の三日後。


突然の残酷な知らせに打ちのめされた。



大型トラックが、先輩の命を奪って走り去っていった。




エンピツはここにあるのに、先輩だけ、おらへん…



幸運を横取りしたからか?




駆けつけたお通夜、先輩のお母さんに、一緒にエンピツも見送ってもらうようお願いした。


「これは、あなたが使ってくれませんか?

きっと、あの子もそう願っているはずです」



⭐⭐⭐


しっかり削った新しいエンピツ2本と新しい消しゴムを一つ、机の端にマスキングテープで貼り付ける。

先輩の『B』のエンピツが、勝負エンピツ。そして消しゴムもう一つ、コチラは、すぐ使えるように。

試験中に机から何か落ちて、集中が途切れないよう、受験票もテープで留める。


「試験中に、落ちるって、なんか縁起悪いやん…」



美術部に伝わる受験必勝術、生前、先輩が教えてくれた技を実践していく。



高校に入って初めての模試の時、緊張して頭が真っ白になって、かなり点数を落としてしまった。


「自分の7m真後ろ、高さ3m位んとこに、ドローンが飛んでる…」


ドローンからの映像を想像する。


緊張している自分の後ろ姿が観える。


肩を上げ下げしてみた。

自分の、上下している肩が観える。


右斜め前の人がペットボトルのお茶で口を潤した。


教室の前方では、試験監督官の方々が、問題や答案用紙の枚数確認をしている…


「誰でも試験って緊張する。

でも、自分の居る今の場所を俯瞰してみたらけっこう落ち着けるんよ。

緊張してる自分の姿、心で映してみんねん。

不思議と『緊張』が、キライにならんようになる…」



「で、ちゃんと血糖値も上げとくんやで」


先輩の言ってたとおり、ラムネを3粒、口に含んだ。


⭐⭐⭐


試験官の指示に従い、受験番号と名前を解答用紙に記入した。

この日本史のテストで合否が決まりそうな気がする。


試験官の途中退出ルールの説明の後、いよいよ試験が開始した。



問題の冊子は試験終了後持ち帰れるので、そちらにも自分の答を記していく。


3問目の答えを問題冊子に書き写している時だ。



ポキッ


勝負エンピツの、芯が折れた。


あっ。


危ない、叫び声をあげそうになった。



落ち着け、想定内、慌てなくてもいい…


自分に言い聞かせながら、机に貼り付けたマスキングテープを捲って、新しいエンピツに交換する。



⭐⭐⭐


「今から試験終了まで、退室はできません…」


ラスト10分を知らせる合図。

おおよその問題は見直したし、マークシートの塗り間違い等のチェックは終えている。


でも、一問だけ、まだ答を出せていなかった。


人物名5択の問題、解答欄の5人のうち3人は地域や時代が違うので、二択まで絞れている。


『B』か『D』、どっちかを選ばなければ。


時計の長針を見る、あと5分。



芯の折れた先輩のエンピツが目に入った。



六角の三面に『B』の文字。転がしてみよう。


『B』なら『B』文字無い面なら『D』



『B』が出た。


『B』だ。先輩、ありがとうございます。



『B』が答えのマークシートの番号を塗り終えたと同時に、試験終了の声がかかった。




⭐⭐⭐



LINEで指示された所へ向かうと、母さんは、長椅子の角に空いたスペースを確保して、じゃがバターを頬張っていた。

そこここに立っているのぼりには、『京都さくらよさこい』と書かれている。


平安神宮と『みやこめっせ』の間の広場には屋台が並び、瑞々しい肌に狐顔をペイントしたカップルが、たこ焼きを突つき合っている。


カラフルな衣装で踊りのチェックをしているグループを、初めて腕を通したスーツ姿で眺めながら 母さんのじゃがバターを引き継いだ。


散り始めた桜がひらひらと、催しをより華やかに演出している。


入学式は、学校ではなく『みやこめっせ』で行われた。


「待ってる間に、京都観光しとくわ」


母さんは、嬉しそうに京都まで車を出してくれた。


結局、式が終わるまで、ずっとこのお祭りをブラブラしていたらしい。


「朝の8時過ぎから、パソコンの前に正座してたもんね。

気合い入ってたよね。

他のとこなんか、受けない!って、ガンコだし。

ホッとしたわ… 学費高いけど…」


もちろん、奨学金も申請するけど、割りのいいアルバイトも探さないと。

甘えてばかりもいられない、自分で決めたんだから。




⭐⭐⭐


落ちても浪人はゼッタイしない。

もし、落ちたら後期日程で合格圏の大学を受けること。


と、約束をしていた。


日本史が特に難しかった。 自信はなかった。



何よりも一番の憂鬱は、エンピツで出た『B』が正解ではなかったこと。


試験が終わって、真っ先にスマホで問題の人物二人を検索した。正答は『D』だった。



その一問、不正解が判っただけで、怖くて、残りの問題冊子に書き写した答を自己採点できずにいた。


かといって、後期試験に向けての勉強も手に付かず、悶々と合格発表の日を迎えたのだった。




午前9時、発表の時間。



恐る恐る検索した画面を、スクロールしていく…


何度も見て、暗記してしまった自分の受験番号 。




あった。


うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁー



今まで生きてきたなかで、一番でかい声で叫んでいた。




⭐⭐⭐


エンピツ、答まで教えてくれへんかったけど…


 でも、 先輩のエンピツは、大切な御守り。

いつもちゃんと削ってペンケースの中、今日も持ってきた。




広場の仮設ステージから、演技が始まる前の緊張が伝わってくる。



華やかに、ダンスが始まった。



サワっと、風が吹いた。

花びらが舞った。



先輩の声が聴こえた気がした。



… 実力ってやつですよ … おめでとう …






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